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カメレオンの独り言

当分は漫ろ言の漫ろ歩き、頭に浮かんだ事柄を挿絵と写真と下手な文で綴ります。色々と間違い多いですがご容赦を。

カメレオンの独り言-1555 『手相に明日を夢見る乙女たち』

2016年01月19日 | 日記







 2016年1月19日







今日は、土曜出勤で眠たい仕事を片付けて、ほっと一息、外に出て煙草を吹かせてたら「★★ちゃ~ん」って、おませな中2の女の子の連れの子が

芸能界志望の女の子と二人連れで何処からか帰ってきたよ。今日は、部活は昼までって云って、どこぞへ遊びに行った帰りだね。

「★★ちゃん、10分で戻って来るから帰ったらあかんで」 なんでやねんなあ、疲れてんだよ。「ほなあ、5分で戻って来るわ」





「な〇、行くでえ」 走って帰って行ったよ。おっさん待たせて、なんの用なのかね? ちょっと、暗くなるのが遅くなったかな?

暫くすると 「★★ちゃん、早いやろお」 ああ、ホントに早いね。芸能界志望の女の子も戻って来たよ。

他愛ない話相手になってたら、「★★ちゃん、手相みてえ」 オレは占い師じゃないよ。「せやけど、知ってるやん」 ほんの少しね。



























「★★ちゃん、生命線云うたら、この線か?」 そう、手のひらの親指の土手をなぞるように手首の方へ伸びてる線だよ。

運命線ってのは、その生命線に沿って手のひら中央辺りを中指まで伸びてる線を云うの。感情線は小指の下から手のひら横断して中指下辺りまで

上がりカーブを切って走ってるだろ。その下を頭脳線が逆の位置から手のひら中央を下り気味に走ってる。





う~ん、感情線と生命線と運命線、それに頭脳線が交差して「M」という字を形成してるね、これがあるとね、どんな仕事でも順応できるの。

おまえは、ほら、手のひらにそれを持ってるよ。「ああ、ホンマや」 芸能界志望の子が 「わたしは?」

う~ん、まだ、子供だからね、大人になって運命線が出てきたら「M」になるよ。「良かったあ~」 う~ん、おまえは、親離れが早いね。





「死ぬのん?」 アホカか、生命線と頭脳線が離れて線を引いてるだろ? 「うん」 早いうちから一人で住みたいって云いだすの。

つまり、巣立つのが早いってこと。 「わたしは?」 おまえは標準かな? 23~4で巣立つね。「ええ~嫌やあ~」 なんでや? 

おまえな、精神痛めるほど拘って考え込んだらあかんで。「わたし、めっちゃ考え込むねん」 頭脳線が手首の方へ落ちてるやろ、「うん」 





これが行き過ぎると自殺するで。「ええーっ」 冗談やがな、「★★ちゃん、コワイこと云わんといて」 

心配しなくてもね、おまえらのは、まだホンマもんやあらへん。心を清く行い正しく生きればね、手相は、どんどん良くなっていくの。

「変わるんか?」 手相はね、生き方を反映してるの。善いも悪いも、その人の生きざまで線は如何様にも変わるらしいよ。



























「清く正しく生きよ」 おまえ、いつになく素直やね。 「そんなん、コワイやんか」 「もうないかなあ?」 二人して考えてる。

「せやっ、★★ちゃん、結婚線は?」 うん、これは、おまえたちにとって大事な問題だろうね? 「おらんかったら独りでええわ」 突っ張ってるね。

うん、二本入ってるね。「離婚すんのんか?」 縁のある人が二人ってこと。「ああ~そうかあ~良かったあ」





「わたしはっ?」 ええ~と、おまえ、真剣な顔してるね? 「そんなん当たり前や」 そうか、おまえも二本入ってるよ。「良かったあ~」

二人して手のひらまじまじ見詰めて 「★★ちゃん、お金は?」 ああ、財運線か? それはね、小指の下に感情線を突き破って縦に伸びる線や。

「無いわ」「わたしも無いわ」 これから出て来るもんや。大方の人はね、感情線から上に出るの、退職して纏まったお金が入るだろ?





「★★ちゃんは?」 オレか? オレは金が無いのに線だけあるよ。 「宝くじと違うかあ?」 だったらいいねえ。

最強はね、生命線から枝分かれして小指の下までと薬指の下まで伸びる縦線が入っていたら神さんに感謝だよ。「薬指の下の線は、なんや?」

太陽線って云って人気があるって線だよ。人受けがいいんだよ。この世は、人と人の間で生きていかねばならんだろ? 「ふ~ん」



























それから、もう一つ最強はね、頭脳線が手のひら端から端まで横切ってると、升掛(ますかけ)って云って、これも強運なんだね。「そんなんないわ」 

「わたしは、運命線がないなあ」 芸能界志望の女の子が手のひら見詰めて云ってる。女の子はね、無くてもいいの。「なんで?」

女の子が、はっきりとした運命線を手首から中指の下まで持ってると、しっかりし過ぎて不幸になるらしいよ。皆が皆じゃないんだろうけどね。





男は、ある方がいいみたいだね。自分ってことだよ。中指の先まで伸びてたら天下を取るってぐらいのもんだよ。世を創る勢いなんだろうね。

「★★ちゃん、長くて濃いなあ」 我が強いだけだよ。「完全なMの字やんか」 これで、オレは、なんとか生きて来れたんだろうかねえ?

知らぬ間に、近所のご主人らが寄って来て聞き耳立ててるよ。働けど働けど我が暮らし楽にならまじ、じっと手のひらを見るって云うだろ? 「知らん」 





それほどに人生というものは、絵に描いたようにはいかないもんなの。ご主人さんらが笑ってるよ。手相で全てが決まるほど人生は単純じゃないからね。





























たしかに、ほんのこころもち、日が長くなってるね? 街灯が点灯してから、その明かりが役立つまでの時間が長くなってるよ。

「★★ちゃん、帰るんか?」 おう、おまえたちは? 「まだ、もう少し遊ぶねん」 そうか、じゃあな。 「バイバイ」

外で立ち話してても冷えてこないね。秋の夕方って感じだよ。歩きながら、もう一本吸うか、しかし、最近、咥え煙草してる奴って見なくなったねえ。





「おまえは?」 アラン・ドロンは永遠だよ。































カメレオンの独り言-1554 『映画 パリは燃えているか (Brennt Paris?) 2』 1966年度作品

2016年01月17日 | 日記






 『パリは燃えているか』 2016年1月17日







何度か書いたけど、昔(1966年/昭和41年)当時は、正月映画で封切られた 『パリは燃えているか』を初めて観たよ。勿論、DVDだけどね。

封切られた道頓堀の松竹座の前で、大きく掲げられた看板の下、陳列ケースの中に貼られた写真を食い入るように見てた。観たかったんだね。

でも、この映画は、観ずじまいだったよ。流れる主題曲に、当時、ラジオ放送でサントラの映画音楽をよく聴いていたのを思い出したよ。





これを耳にするまで、NHKの『映像の世紀』で流れる「パリは燃えているか」の曲が、ひょっとするとサントラでは?と思っていた。

以前に書いた折にコメントを頂き、曲名は同じでも 『映像の世紀』の「パリは燃えているか」は、加古隆の作曲で別箇のものと教えて頂いた。 

この曲は、日本人の感性ではない旋律を感じさせるんだね。ドキュメンタリーの映像のバックに流れて、抗しがたい時代の奔流を感じさせる名曲だよ。












大日本帝国 ドイツ イタリア 枢軸国の敗戦 ....パリは燃えているか



『ユーチューブに投稿する人は、総じて編集が下手だね、なんで、短編映像にわざわざ太平洋戦争まで挿入すんの?』 「文句云うな」











実際の『パリは燃えているか』のサントラは、花の都のパリらしく、フランス調のパリの空の下セーヌは流れるって感じで、芸術的なんかねえ?

「なんやねん、お前しか解らん解説やで」 じゃあ、おまえが音楽を語ってみろ。音楽は聴くもので語るものじゃないんだよ。「ホンマかえ?」

オレはね、音楽なんて解らんけど、オレの感性からするとフランスの国は嫌いじゃないけどフランス調の音楽は嫌いだね。全然、心が躍らんよ。















『ナチス・ドイツ軍、パリを占領行進』 下3枚ともに実写 



































1940年、ドイツ軍による占領下のフランスは、アドルフ・ヒトラー率いるドイツ国の四カ年計画に基づき、ドイツ企業によるフランス企業の吸収や

輸出入の統制、占領経費の供出を強いられるなど経済的支配を受けた。

占領初期から中期には自由地域が設定され、ヴィシー政権による一応の独立が認められていたが戦局の変化に従い1942年11月から全土が占領された。













『パリは燃えているか』 有名な写真だね パリの地下水道からマンホールを上げて地上を見回すレジスタンスの若者』









長く観ることのできなかった映画なんだけど、簡単に感想を云えば、本物と作り物の合体作品で役者で味を出していたのは、ゲルト・フレーベだね。














『ディートリヒ・フォン・コルティッツ ドイツ国防軍歩兵大将を演じるゲルト・フレーベ』









「誰や、それ?」 かの『007/ゴールド・フィンガー』の悪役やってた人だよ。オールキャスト映画らしく、そうも多くの出演時間はないんだけど

戦局不利に傾く当時、精神に異常をきたしていたであろうアドルフ・ヒトラーが狂人のように「Brennt Paris?(パリは燃えているか?)」

「Brennt Paris?」 「Brennt Paris?」って、3回、怒鳴って問うた相手がゲルト・フレーベ演じる





ディートリヒ・フォン・コルティッツ ドイツ国防軍歩兵大将だったの。尤も映画では、降伏後で無人になった部屋に空しく響いて答えるものは居なかった。

この映画の4年前に公開された『史上最大の作戦』(1962年/昭和39年公開)これも正月映画で封切られたんだけど、同じくオールキャストで

ゲルト・フレーベも出てたよ。「今日も仕事かよ」なんて顔して、「おまえみたいな役やね」 ロバに乗り海岸の丘を行くドイツ歩兵役だったね。





気怠い面持ちでいい雰囲気を醸してたよ。連合軍の一斉艦砲射撃で辺りは炸裂しまくって慌てふためいて死んだか生きたか解らぬままに出番は終わった。

あんなのと比べたら、この『パリは燃えているか』のフレーベは、重要なる役柄だね。

コルティッツ大将はナチ党員ではない軍人なんだね。当時は、将軍クラスの軍人でもナチ党員の親衛隊は脅威だったみたいだね。














『実際のディートリヒ・フォン・コルティッツ ドイツ国防軍歩兵大将』 実写








ディートリヒ・フォン・コルティッツ大将は、ヒトラー総統から直々にパリの防衛と戦況次第ではパリ全土の破壊の任を受けて司令官に就任する。

着任早々、パリの歴史的建造物、橋等に爆薬を設置する計画を練り実行する。

映画では、エッフェル塔やルーブル博物館、セーヌに架かる橋などに大量の爆薬を設置するシーンが描かれているけども、





実際には、爆薬の量は充分ではなくパリ全土を破壊することは到底不可能だったらしい。

ノルマンディ上陸作戦を成功させパリ近郊まで進撃する連合軍を一刻も早くパリ解放に導きたいフランスレジスタンスが危機的状況を

大仰に報告したためにドイツ軍のパリ壊滅作戦に尾びれが付いたのかも知れないんだね。















『イギリス全土から船という船をかき集めて、ダンケルクの海岸に追い詰められたイギリス、フランス連合軍の大撤退作戦』 実写










過去、1940年5月、フランス軍を含むイギリス連合軍は、ドイツ軍の電撃作戦の攻撃に敗退を続けダンケルクに追い詰められた挙句、

一切の武器を放棄して敗残の連合軍兵士36万人はドーバー海峡を渡りイギリスへ大撤退を余儀なくされた。

この撤退作戦で、イギリス軍は深刻な兵器不足に見舞われたが、熟練の兵士を多く救ったことで人的資源の保全という意味では非常に大きな成功を収めた。





しかし、兵器とともにフランスの防備をも放棄した撤退作戦(5月24日~6月4日)後、本土に残るフランス軍は雪崩を打ったように崩壊した。

6月13日にはパリを占領されて、6月22日に興和(降伏)を受諾されたフランスはナチスドイツに屈服したんだね。

ドイツ軍の電撃作戦は駆逐の勢いでオランダ・ベルギー・ルクセンブルク、そして、フランスと瞬く間にヨーロッパ諸外国を席捲した。





ドイツの統治下に置かれたフランス国民の4年間は長かった。特に降伏を良しとせず地下に潜って闘い続けたレジスタンスの闘士に於いては

ドイツ親衛隊、秘密警察のゲシュタポを相手の過酷なる暗黒の4年間だったろうね。過去の映画で嫌というほど描かれてるよ。

暁の来ぬ夜はない。そして、今、再び、1944年年6月6日、ドーバー海峡を渡り、参戦したアメリカ軍を筆頭に連合軍が巻き返しに戻って来たんだね。















『史上最大の作戦 ノルマンディ上陸作戦 最大の激戦地オマハ・ビーチを制して進撃する連合軍のアメリカ海兵隊』 実写









この日を、今か今かと待ちわびていたフランス国民が各地で連合軍の進撃に狂喜して熱烈な歓喜の元迎えるんだね。

独軍下のパリでは、地下組織に潜ってレジスタンスを指導するド・ゴール将軍派と自由フランス軍(FFI)の二派が在った。

武装蜂起について、自由フランス軍(FFI)の強行策に対し、ド・ゴール派は、連合軍到着まで待つというものだった。





ド・ゴール派が懸念するのは、「パリをワルシャワの二の舞にはできない」 1944年ドイツ軍占領下の東欧ポーランドの都市ワルシャワで

ロシア赤軍の進撃のニュースに呼応、国内軍とレジスタンスが武装蜂起して善戦するも一向にロシア赤軍の到着がなく兵器に勝るドイツ軍の反撃に

抗しきれず敗退。蜂起に激怒したヒトラーの命で都市を完全壊滅、全土焼け野原と化したんだね。多くの市民が略奪、強姦、虐殺されて地獄だったとある。















『ワルシャワ蜂起軍の鎮圧に向かうドイツ武装親衛隊第36擲弾兵師団の将兵』 蛮行を働いた連中らしいね。 実写









ナチスドイツと云うとユダヤの弾圧の悲劇がクローズアップされるけど、このポーランドの国民もそれに劣らず大変な目に遭ってるね。

ナチスドイツだけでなくロシア赤軍からも弾圧を受けて踏んだり蹴ったりだよ。ロシア赤軍は、ナチに引けを取らない残虐行為を平然として行ってるよ。

ロシア赤軍のワルシャワ進撃のニュースは、ワルシャワ蜂起を誘い自滅に至らせるスターリンの意図するものだと疑われている。





国を思い、勇み立つ者の数を減らすんだね。ポーランドをドイツから解放した後の計算が働いたとみえる。乗っ取る気なんだね。こいつは、そういう奴だよ。

パリに戻る、パリ防衛について左翼のFFIは武器弾薬が手に入りしだい決起すると主張を譲らない。

ド・ゴール派は、連合軍の首脳と面会しパリの実情を話し解放のために進撃を促す交渉をするため使者をたてる。結果、これが功を奏した。














『ド・ゴール派のレジスタンスを演じるジャンポール・ベルモンド、アラン・ドロン等』














『連合軍ジョージ・パットン将軍を演じるカーク・ダグラス』 このカーク・ダグラスが、今99歳で、なお健在ってのには驚いたよ。









ド・ゴール派の幕僚には、アラン・ドロン、ジャン・ポール・ベルモンドなんてのが演じてるけど芸を見せるほどの場面もなく顔見世程度だね。

なんか、この映画は、オールキャスト映画の悪い見本みたいな出来だね。愚作の教本だよ。「エラそうに云うな」 

ただね、この映画の封切られた時代から湧き上がってくるスターとの親近感ってのかね、嬉しくさせるものが漂ってるんだね、それだけ。「貶しとるわ」














『連合軍の戦車隊の上官役のイブ・モンタン』 映画館の陳列写真だったかなあ? なんか、この写真が凄く印象に残ってるんだよ。








連合軍のイブ・モンタン、戦車の乗員なんだけど戦死するために出てきたって感じがするよ。そこへ至るまでに、同じく、別の戦車の乗員が進撃に加わって

故郷のパリに帰って来るんだね、戦車の窓越しに見える建物や看板に昔を思い出し仲間に嬉しそうに語りながら煙草を分けたりしてる。

街ん中を走行していてドイツ軍の攻撃を受け戦車が破壊されるんだね、爆発があって燃え盛る戦車の脇にキャメルの煙草の箱が落ちてるって描写があるの。














『パリに向かって進撃中の連合軍』













『パリに向かって進撃中の連合軍 向かって右がイブ・モンタン』












『パリ市内に入る連合軍』









何かしらエピソードを前もって描かれた奴は死ぬんだよ。イブ・モンタンも進撃中の戦車の上で仲間と話してるシーンがある。

パリ市内に入ってドイツの戦車と一騎打ち、一発、先にかましたけど弾は発煙筒だった。敵は砲塔を回転してお返しが来る、弾込めする時間がない。

「体当たりだっ」 速力上げて敵戦車の横っ腹にズッシーンと体当たり、敵の乗員は逃げ去る。ハッチから出て、銃を片手に「腰抜けどもが」なんて云って














『別に死なさなくてもいいようなもんなんだけど、それが戦争なのかね? イブ・モンタンは背中を撃たれて死ぬ』








敵戦車の中へ手榴弾を放り込む。この後だね、砲塔に戻って戦車を誘導する背後から射撃を食らって「な、なんでなの~?」なんて顔して死ぬの。

アメリカ軍のアンソニー・パーキンスも、進撃途中で仲間と話していて不吉な思いが過って表情が陰る。

パリ市内に入ってバズカー砲で戦車を破壊、レジスタンスの男が「一杯やろう」って酒場に誘う。夢に描いてたパリがどうたらこうたら云ってると














『向かって右がアンソニー・パーキンス』








忍び寄ったドイツ兵のMP-40シュマイザーマシンガンで撃たれて死んでる。どうでもいいよなエピソードが多いから、

それを書く駄文もどうでもいいよな内容になる。「おまえが下手なだけじゃ」 で、矢鱈、くだらなく長い。「ここ等でまとめてスッキリさせろ」

全部を知ってる訳じゃないけど、実際の映像に残ってるシーンを被せて繋いでるようだね。そんなのを想起させる場面が多いよ。















『パリの有名な大通りなんだろうね? ジャンポール・ベルモンドと、このブス、誰だったかな? ドイツ兵の狙撃を躱して道路を伏せて渡る場面』













『連合軍の援護を受けて闘うレジスタンス』










歴史を守ろうとする者、歴史を破壊しても、それが歴史として残るんだけれども何千年をも引きずる建造物の歴史は破壊すれば戻らない。

わが身は、明日を知らずに倒れても、歴史を明日に繋ぐために命を懸けて闘う人々の思いが矢鱈と重いんだねえ。

創りものではないからね。愛国心とは、こういうものなんだろうかね? 時代が目覚めさせるのが愛国心なんかも知らんね。





極めて弱い立場に在りながら不可能を可能にせしめて、今もパリは、昔のままに在る。愛するという心と不屈の精神の賜物だね。

電流が走るが如くヨーロッパを破壊して駆け巡ったナチスドイツの威容は、故国の名誉を汚しめて消えぬ愚かの歴史を残したね。















『ナチスドイツ総統 アドルフ・ヒトラー』 実写










パリ占領司令官のドイツ国防軍歩兵大将ディートリヒ・フォン・コルティッツは、この戦の勝敗の結果を図り知っている。

パリを壊滅しても戦局をなんら好転できる訳でもない。それを命じる総統ヒトラーは、今や狂人化して付き従う意味を失っている。

戦車が表の道路で破壊された爆風が指令室にまで押し寄せ書類や小物が吹き飛ばされる。連合軍が、もう、目と鼻の先に迫っている。





2階の自室に上がり部下等に最後の言葉をかけて降伏の時を待つ。始めあることは、やがて終わりが来る、互いが、その終わりを見る時が来た。

昼過ぎ、ドイツ指令室の在るオテル・ムーリスの玄関にフランス軍のカルシェ中尉ら4名の兵士が乗り込んで来た。

コルティッツ大将は、落ち着いて降伏の意を伝えて連行される。





実際は、カルシェ中尉は、司令官室に乗り込むと緊張のあまり 「ドイツ語を話せるか?」とドイツ語で叫んだとある。

「貴官よりいくらか上手だと思う」と答えたコルティッツ大将は、降伏する旨を伝え、司令部員たちが、これに倣い武装解除したとある。

1944年8月25日、パリは解放された。













『パリ解放行進するアメリカ軍』 実写











『三色旗を振って歓喜するパリ市民』 実写











『解放の喜びを祝う大通りの人々』 実写









午後1時、パリの状況に苛立ったヒトラーはパリ廃墟命令が実施されているか、最高司令部作戦部長アルフレート・ヨードル大将に質問した上で、

パリ司令部に電話を通じて 「Brennt Paris?(パリは燃えているか?)」と3回にわたって叫び、

長距離砲やV1ロケット、空襲などあらゆる手段でパリを灰にするよう命じたが、結局外部からの焦土作戦は実行されなかった。



























映画は、映画館で見るもんだなあって、今更のように思ったね。僅かな時間の映像の中で微妙な演技の味わいが光って印象に残るんだね。

DVDでモニターを睨んでも伺い知れない独特の雰囲気を伴って感性に訴えかける。

大スクリーンに、それが迸(ほとばし)って強烈なインパクトとなる。忘れられないシーンってのは、そこから生まれてるね。





だから、映画自体の出来は然程のものでなくても印象に残る絵が、それを補って余りあるんだね。

この映画も、昔、大画面で観ていたら、そういう気づかぬ場面が、あちらこちらに散りばめられてんだろうね。

なんでもないシーンにも意外とあるんだね。50年目で初めて観て、そんなのを感じさせる映画だったよ。













『1985年(昭和60年) 大阪道頓堀 松竹座』 御堂筋側から見る。
 




























カメレオンの独り言-1553 『98 と Windows10 と 僕ならばここにいる』

2016年01月15日 | 日記






 『Windows10』 2016年1月15日






Windows10 へアップグレードしたよ。アップグレードには1時間30分強かかった。待つってのは、長いね、イライラするしドキドキもするね。

完了後、アイコンやタスクバーの表示が小さくなって、毎度の馴染みが消えて寂しいね。なんか、画面が白々しく感じるよ。

タスクビューなんてアイコンが増えてる、クリックすると開いてるページが並んで表示されるんだね。余計なことだね。「なんでやねん?」 なんとはなく。





Microsoft Edge なんてアイコンも断りなしに増やしてるよ。クリックするとマイニュース・フィードなんて開いて 「次はどこへ?」 余計なことだね。

ストアなんてアイコンもある。開くとアマゾンとか楽天とか映画とか写真なんてのが案内されてるよ。余計なことだよ。

「何か聞いてみてください」なんてのもある、何を聞くねん? 端っこの検索をクリックしたら、上の余計なことが纏めて表示されてるじゃないか。





余計なお遊びだね。あっ、そうだ、フォトスタジオのソフト動くかな? アイコンはあるね、クリックしたら開いたよ。機能を試すと支障なしだね、よかったあ。

しかし、なんか全体のフォントが小さくなったんじゃないかなあ? 表示の文字サイズは125%で同じだね。 気のせいかな?

ディスクトップ設定で色とアイコン表示拡大の設定をしたら画面の雰囲気とアイコンの大きさが元の姿に戻ったよ。いつもの馴染んだ雰囲気に返ったよ。














『Windows10 へ アップグレード』








タスクバーIME表示がお粗末になったね。オレがいつも愛用してる辞書がどっかへ隠れてしまったよ。余計なことすんなよ。迷うじゃないか。

暫くしてエクスプローラが無いのに気づいて焦ったよ。コンピューターを何処から開くのよ? 検索の中にあったよ。汗かかしよるね。

セキュリティやプログラム等のコントロールパネルも見当たらないからウロウロしたけどスタートを右クリックしたらズラっと出たよ。





フリーソフトで一番世話になってる強力アイテムの調子が悪くなったね。これは、フォトスタジオと同じくらいに大事なの。

よし、アップデートで解決するかも知れん、早速、アップデート。おおっ、デザインが一新されて恰好いい。

不良の箇所も解決してるやんか、助かったあ~。まあ、他に大きな支障もなくグレードアップできたよ。ホッとしたよ。





なんだかんだと云っても、こんな凄いもの提供して貰ってんだから、ありがとうの一言だね。

























ずっと前から気になっていながら二の足踏んでたことを思い切ってやって改めて気が付いた。

なんでも線を越して踏み込まないと次が来ないね。肝に銘じておこう。先に延ばせば不安や恐れ、果ては怠惰な姿勢が増幅するばかりだよ。

この調子で懸案だった事柄も壁を壊して前へ進めよう。沼のように腐って動かぬ水面(みなも)に石を放りこむようにね。





リリースされて7~8年後かな、FM放送で耳にしてから追いかけて聴いてた。テープに録ってヘッドホーンで聴いていたよ。

当時は、仕事に追いかけられて自分の時間が深夜しかなかった。

近所の人に「98」のパソコンを頂いてフリーズと闘いながら操作と機能を習得しつつ顔の知らない歌手の歌を聴いていたね。





僕ならばここにいる~なんて身体で調子とって下手くそなパソコンに夢中だったよ。「今は?」 下手くそのままだよ。

若いときはドラム叩きながら歌ってたんだね。おっちゃんになったね。

そいで、下手くそなまま、Windows10のパソコンを前にして、また、ユーチューブで行き当って聴いてんだよ。時代は繰り返すね。









1993年リリースの稲垣潤一 『僕ならばここにいる』 








稲垣潤一 僕ならばここにいる



『良いのが消されちゃったね、では、もう、これしかないよ』 ユーチューブって根性が臭いよ。





















届きそうな夢に

投げ出したすべては

たかが 二人の人生だけさ

今の君がきっと

求めている愛は

引き止めるやさしさより

見送ることさ























僕ならばここにいる

君がどこへ行っても

わかるように

僕ならばここにいる

遠くまで抱きしめて

いつまでも

守りたい

























君の華奢な腕に

両方は持てない

愛か仕事か 後にまわして

同じ夢を二人

見れたならよかった

IFばかり並べるより

CERTAINLY 探そう























この僕にできるのは

君がやがて傷つき

帰る日まで

この僕にできるのは

この場所で 待つことさ

いつの日か

迎えよう

























悲しみに

どこかで出逢ったなら

思い出せよ

永遠に

愛しているよ























僕ならばここにいる

君がどこへ行っても

わかるように

僕ならばここにいる

遠くまで抱きしめて

いつまでも

守りたい

































































カメレオンの独り言-1552 『ハードの中味が壊れて緋牡丹お竜も泣いてるよ』 どういうことや?

2016年01月13日 | 日記







 2016年1月13日







昨日、サブのハードディスクに繋がらないアクシデントが発生して慌てたけど、どうにもならない。パソコン本体のハードもサブも600GBなの。

息子が揃えてくれた日立のハードが、オレにしたら珍しいので信頼してたんだね。「どういうことや?なんで珍しいから信頼できるねん?」

日立だよ。オレは、関連機器は、大方 「I-O DATA製」がメィンで購入してるから、ネームバリューで良さげに感じたんだよ。





で、DELL本体のハードをカバーしてだね、バックアップもそれに保存して、此のブログの解析結果の記録も、集めに集めた貴重な写真集も、

良からぬ写真集も少し、「おまえ、前、全部処分した云うとったやないか?」 其の後の傑作集だよ。「何が傑作やねん」 凄いんだよ。

そんなのが全部消えちゃったよ。「ハードが壊れてアクセスできません」なんて出たから、痛あって思ったんだけど、





「フォーマットしたら助かるよ」って云うから、ええいっ仕方ない消えっちまえって頼んだの。「おまえ、誰と会話してんねん?」

これには、伏線があったね。それは昼頃だったよ。何気に日立のハードにある写真集のファイルを見てたら、尤もらしいファイル名が並んでる。

あれ?こんなのファイルしたかなって開いたら良からぬ写真集が残ってたんだね。「その後までの奴か?」 そうだよ。























オレは、必死になって集めるんだけど後から見ることが皆無に等しいんだね。で、消しちゃえと削除クリックしたら、「なんだらかんだらの理由で消せません」

あれ? なんで消えないのと何度も削除をクリックしても同じ繰り返しなんだよ。困ったねえ、消せないってことになんか焦りを感じてる。

「なんでや?」 隠滅を図れないってのは人間性に関わるだろ? 「スケベな変態な部分が残って消えないからか?」 そう、澄まし顔ができないよ。





「そんなもん、嘘やないかえ、集めたってことが変態なんだから、もう、遅い」 ああ、そう。しかし、手はある、画像編集ソフト開いて片っ端から

黒くペイントして保存すれば闇に葬れる。「なるほど」 これが面白いんだよ、いいのは、どうしても残すね。「いじましい奴やね」

そいでソフト開いたついでに遊んだれって思って、藤純子の写真のそれらしい表情の顔を繰り抜いて、あられもない組んず解れづの女性の顔に移植する。





「何をするねん?」 トリミング、回転、方向なんてのを駆使して位置決めしたらスマッジツールの強弱大小微調整で輪郭を馴染ませると合体OK。















『緋牡丹博徒』 矢野 竜子 通り名は、緋牡丹のお竜  藤純子









オレはね、こんなことさせたらプロ顔負けの腕前だから、色合い、陰影、コントラスト、鮮度や彩度なんて矛盾のない描写を施して、背景も時代に合わせて

置き換えて、転がる小道具も時代物、そうして仕上げたら、此の世でたった1枚の写真が出来上がるよ。緋牡丹博徒番外編なんてのが出来上がるんだよ。

当然、元写真の女性の身体つきなんかも、藤純子と照らし合わせて考慮してるから 「見たんかえ?」 スケベな想像力だよ。「こいつ、危ないで」





ちょいちょいと3枚ほど傑作を仕上げて 「ちょいちょいかよ?」 そうだよ、時間は、然程、かからないよ。時間がかかるのは表情選びだね。

あられもない組んず解れづの姿態に合う表情選びが難しいんだけど、オレの感性は並じゃないから、これって決めたら怖いほどばっちしだね。自分でも感心するよ。

出来上がりを此処へ貼ってあげたいけどgooが 「けしからんっ」なんて削除しよるから駄目だね。 「永久追放されるわ」 だろうね。

























27インチ一杯に拡大しても矛盾はないね。緋牡丹お竜さんも女なんだね。悪い男どもに弄ばれて泣いてるよ。やけに艶かしいよ。

「悪い男ってのは、おまえだよ」 あのね、創り出すってのはね、その仕上がりに集中するんだよ。矛盾を探してんだよ。だから、腕が上がるんだよ。

話が、おかしな方向に進んでしまったけど、消せないんで、真っ黒けの写真と一緒に其のファイルに仕舞ったのが伏線なんだよ。ハードに支障が発生してたんだね。





「じゃあ、此の世で一枚のあられもない藤純子も消えちゃったのかっ?」 そうだよ。「う~ん、もったいないねえ」 おまえもスケベだね。

あんなの造作なく創れるけど、人が創ったものじゃなくて自分の創ったものって冷めてんだね。技法的な方に興味がいくからね。 

でも、今、愛用してる旧式の「フォト・スタジオ」ソフトでないと手が動かんね。慣れ親しんで、他のじゃ開拓するのが面倒で気が折れる。「もう、折れとけ」





十数年前の日立のプリウスに入っていたソフトなんだけど、其処から抜き出して、今、Windows7で動いてる。でも、10に変えたら、どうだろうかねえ?

同じくバンドル版の動画編集ソフトも手に馴染んでサッサッとこなしてたんだけど、Windows7に入れ代えたら動かなくなっちゃったからね。

画像に関してはフル稼働だから 「フォト・スタジオ」は、なんとしても動いて欲しいんだけどねえ。 これが、Windows10へのグレードアップを躊躇わすね。























もう一つはだね、大阪の今昔写真集、集めに集めた写真が一切合財消えちゃったのは面倒が増えたね、また、泥棒して歩かねばならんよ。

こんなのは、もう、お目にかかる機会はないって思えるような写真が多くあったんだよ。「何処かに載ってるよ」 まあね、その辺が、収集の意味を問うね。

「持ってたいんだろ?」 そうだろうね、エロ写真なんか収集する労力がもったいないよ。エロ、一切、禁止ってなったら、がっつくだろうね。「哀しい奴だねえ」





「おまえの撮った写真は?」 それもパーだよ。しかし、無くなったものの中では、一番、どうでもいいもんだね。「腕を磨けよお~」 無理っぽいね。

携帯で思うつくまま撮った写真も消えたんだけど、考えたら、まだ、メモリーに残ったままだったよ。其れ以外には、記憶に無いね。

ハードも、絶対的じゃないから幾つかにバックアップしておかんといかん。不意打ちだから手の打ちようがないわ。





120GBのハードには、いろんなのが記録されてるけど、これがアウトになったらショックだろうなあ。「バックアップしとけよ」 めんどいんだなあ。

滅多に開かないから余計にめんどいんだよ。こんなのを考えると、人間の脳味噌は、喩えアホでも素晴らしいものがあるよ。

映画も2テラのハードに、どんどん溜まっていってるけど、これもファイルが破損したら全部がアウトってなると手間を返せと云いたいよ。











  『I-O DATA LCD-MF272CGBR 』











ああ~、I-O DATAの27インチのグレアモニター(LCD-MF272CGBR )欲しいね。6万5千円か、下がらんね。この型は、人気が高いね。

価格コムのデーター見たら去年の11月末から12月中頃まで5万9千円に価格が落ちてたね。でも、昨日かな? 一時、8万まで上がってるよ。

オレが、良いって云ったやつは、間違いなく良いんだよ。I-ODATAのグレア使ったらノングレアなんかイモだね。オレが、言い返しておいてやろう。





「今時、グレアなんて」のお返しだよ、今時、ノングレアだなんて新聞紙の写真で満足できる人向けだね。「なんで、おまえが熱入れんねん?」 

なんか腹立たしいんだよ。これでグレア愛好家の人も溜飲を下げるだろう。「そんなの、このブログ見んことには解らんだろうが」 見た時でいいよ。

DELLの本体も、もう、一台欲しいね。強力なi7がいいよ。まあ、来年の話しかねえ。「まだ、今年、始まったばかりじゃないか」 





ダラダラと、なんの意味もない話しにつき合わせてしもうて、ええのんかいな? 「読み終わってから腹が立つかも知れんぞ」 ごめんなさい。

































カメレオンの独り言-1551 『天気晴朗ナレドモ波高シ』 全然、関係ないね。

2016年01月12日 | 日記







 2016年1月12日







今日は、ネットで引越先の物件を探しながらいろいろなことを考えていたよ。思考は、容易に先走りする。

でも、実際に展開させるのは容易じゃない。それを進めるために考えている。為さねば成らぬ、そう自分に言い聞かせて考えているんだね。

昔から、道筋作って展開する段取りを考え出すのは早い。オレの弱いのは、それを実践するエネルギーが不足してんだね。





「考え出すだけで終るのか?」 そういうのが多いね。オレの案通りに進めば間違いないのにって、自分の弱点棚に上げて、よく思ったもんさ。

なんにも無いところに道を創るのが上手くて早いんだよ。まあ、謂わば司令塔みたいなもんだよ。

でも、司令塔が動かないから誰も動かない。「自信がないのか?」 自信のないことは云わない、思うさま動ける人間になりたいんだけどねえ。





天は二物を与えずって奴だね。オレは、此れでだいぶん損をしてるよ。考え出す案には自信があるんだけど自分自身に自信がないから動けないんだろうね。

「それは、情けない話しだね」 情けないけど仕方ないよ。頼りない俺が出張るより、それに強い奴が実践して答えを出す。理想的だよ。

餅は餅屋だよ、其々に得意分野がある、其れを活かして成るんだよ。「じゃあ、おまえは考えるだけか?」 そうなるね。





昔、頭は頗(すこぶ)るいいんだけど、事の解釈がへそ曲がりなために訳の解らん奴って判子押される弟に、こうしろって知恵を出すだろ、

「おまえは、何をする?」とくる。俺が行っても埒があかんから、おまえの押しで行けって云うの。「おまえは楽やのう」って動かない。

アイデアは、流れに乗ってるときが活かし時だからね、機を逃がしては意味がない。そんなのばかりだったね。「おまえが悪いのか?」 そうだね。















『日本海海戦』 これは、我が連合艦隊ではないみたいだね?









そんな悪い弱点を後生大事に今も持ち続けてるよ。「その弱点の根拠はなんだ?」 コンプレックスだろうね。

「おまえのコンプレックスって学校嫌いか?」 流石にオレの客観氏(視)だね、よく見てる。 

オレは、学校嫌いで学校を蹴飛ばした癖して、そのマイナスに捉われて社会に臆病になった卑怯者さ。本来なら馬鹿の強さで突き進むべきが男じゃないか。





オレは、その勇気を何処かに落してしまったかね? 「いや、おまえは、それを蛮勇と捉えたんじゃないか?」 厳しい視点だねえ。「感心すんな、アホ」

オレはね、馬鹿なんだけど見えないところも知恵走って見えるんだよ。先読みが的を得て外れ知らずなんだね。

「想像力が冴えておるのか?」 そうなんだよお~。敢えて馬鹿をしない知恵だね、そんなのをフル活用した結果の成れの果てが今のオレさ。





オレはね、オレが大スカン。もっと素直な男がいい。「素直じゃないか?」 作られた素直じゃないか? 「地じゃないか?」 そうじゃないか? 「何云うとんねん」

おまえが、じゃないか? ばかり云うからだよ。「おまえはな、コンプレックスを逆手にとって笑いに変えるほどの悪知恵が働く奴だよ」

そういえば、そうかも知らん、沁みこまないんだね、それがどうしたんじゃいなんて気がなくもない。ただ、頑固なブレーキにはなってるね。





「引くのか?」 そうだね、引く、控えるって姿勢が身についてしまったね。垣根は越さぬって処世術かも知れん。「分を弁(わきまえ)えるか?」















『日本海海戦』 どうもロシアのバルチック艦隊みたいだね? 此の黒色火薬ってのかね? 撃ったら煙で前方の視界が利かなくなるんだね。敗因になったね。









「それでは伸びんぞ」 背は伸びた。「それがいかんのだっ、余計な冗談云うなっ」 解っておるよ、自信が身につかん、だから伸びないんだよ。

「垣根を踏み倒して行けっ」 言うは易い。だから、垣根の向こうに繋がる道を必死に考えて道なき道を探すんだよ。

既に標識が立ってる道なんかは、大通りを歩き往く奴等のための道なんだよ。雑草覆う荒地を掻き分け、掻き分け歩いて獣道を探すんだよ。





「そんなのして何を得る?」 知恵を磨くんだよ。草や木にこすられ続けて磨きがかかるんだよ。オレの知恵は並じゃないよ。

学んで磨いた知恵じゃない、探して擦られて恥かいて拾って身につけた知恵なんだよ。価値とは、片方にだけ有るものじゃない。

なんでも対照してあるんだよ。表には裏、上には下、右には左、対極するところで価値ある人間に育てばいいと思って生きてきた。





「そんな人間になったか?」 あかん。「なんやねん、意地をみせろっ」 だから、この歳ぶら下げてでも、まだ、戦う意志力をもっておるわ。

と、まあ、そんなこと考えながらだね、次なる作戦を実行する段取りを組んでおるんだよ。まずは別居作戦だよ。

まず、奥さんと息子の引越先の物件を決めて其処に落ち着かせる。独り残った俺は、跡は野となれ山となれだよ。 「それが作戦か?」 そうだよ。















『日本海海戦』 バルチック艦隊かね? 「調べてから盗って貼れよ」 時間がなかったんだよ。









今のままでは変わらない、変える為の陽動作戦だよ。「何を陽動すんねん?」 常識ばかりで動かぬ水面(みなも)に石を放り込むんだよ。





























カメレオンの独り言-1550 『生きとし生けるものの春』

2016年01月10日 | 日記






 2016年1月10日






10度前後で寒いなんて云うのかなあ? 北国だったら暖かい温度だろうね? 暮から正月、厳しい寒さがないまま3連休が来たね。

今日は、久ぶりに頭ん中、空っぽで話しのネタが浮いて来ないよ。浮ばないから居眠りして気付いたら焦らねばならん時間になってるよ。

昨晩は飛ばしてるから今日は書かねばならん、しかし、書くことがない。こういう場合、どうすればいいのかね? 「飛ばしたらあ」 なるほど。





え~とね、今日ね、彼女が来て、毎度のようにコンビニへ付き合ったの。勘定を済ませた後、彼女がレジーで店員さんと話してるから、もう一人の店員さんと

なんの話からだったかね? ネットで占いしたら来年1月1日に大金が入りますって出たのって、云ったら、もう、手にしたみたいに「へええ~」って驚くの。

オレは、それを見たのは、この年末だったんだけど、来年1月1日を勘違いして再来年の正月と思ったからピンと来なかったの。考えたら今年なんだね。





此の正月なんだよ。元旦に大金が入るって云えば年末ジャンボと捉えるだろ? 「お年玉って歳じゃないからね」 で、まだ、見てないんだよ。

当たったら皆に封筒に万札詰めて持ってきてあげるよって笑って店を出ると、後ろから来る彼女が「わたしは1億円貰うで」って云ってんの。

いつも、オレが宝くじの話ししても「当たらへんわ」って一笑に伏すのに、今回、皆に負けじと、大きく唾つけるってことは可能性ありと見たのかなあ?





「それは、おまえがそう思いたいからだろうが?」 そうだよ。「じゃあ、俺が云ってやる」 「当たらへんわ」 ああ、そう。

なんで、当たらないほうが確率が高いんだろうかねえ? 「当たり前やないか」 本来、世に当たり前なんてのは無いんだぞ。

たまには大盤振る舞いして大赤字に泣けよ。毎度、なけなしの金払って空クジばかり買う奴等の気持ちを味わえ。ゴミを売って儲けてばかりじゃ罰当たるぞ。





















なんとか絞って1000字まで書いたね。近所に知恵遅れの少年が、いや、もう、青年だね。ちょっと、顔つきが、いかにもって感じの男の子なんだけど

いつも、スゴスゴと通り過ぎていくんだけど、オレと顔を合わせると、ニタニタ笑って馴れ馴れしくちょっかい出しに来るんだね。

一昨日(おとつい)は、事務所まで来て、なにやら一生懸命に話すんだけど、ろれつが回らない話し方だから、云ってる内容が汲み取れないんだね。





単語を繋ぎ合せて解釈するところ、大きなオッパイのAV女優に興味があるらしい。其れをなんとかしろとは意が読める。オレは、そんな人と面識ないで。

DVDと云ってる。そうか、AVのDVDを見たいのか? おまえは、パソコンしないのか? 首を振ってる。

おまえなあ、パソコンしてみろ、次から次から、もう、ええわってぐらいに出て来るぞ。「馬鹿か、おまえは、火に油注いでどないすんねん」 そうだね。





おまえ、ツタヤの郵便配達利用してんだろ? 頷いてる。それで頼めば送ってくるぞ。「あぎゃんのん」 お父さん、お母さんにバレるからか? 頷いてる。

「そんぎゃらな、自分が、ほいたらなあ、いってだらな、ええねん」 う~ん、察するところ、オレに身代わりを頼んでおるな? 

おまえも年頃だな、綺麗な女性に興味を持っても不思議はない、思いを叶えて遣りたいけれど、おまえが両親に内緒で済ませるかと問えば、甚だ、無理だろうね。





ご両親には、ご両親の考えがある。其処へは入れぬ領域だから、よし、任せておけとは云えんのだよ。














『ソフィア・ローレン』








其の日は、なにやら独りで納得したような顔で帰って行ったけど、昨日、終業間際に、また、来たよ。「こここれやっ、ほいだら、おっちゃん、わかるやろっ?」

A4紙に大きな字で書かれた女の子の名が並んでる。此の娘達は、おまえの好きなタイプの子か? 恥ずかしそう笑って誤魔化してるよ。

AV女優って書いて、其の下に6人ほどの女の子の名が書かれてる。此の中で、どの娘が一番好きや? 





書かれた名前の上に指を這わせて、言葉にならぬ声を漏らして首振って、こいつ、赤くなってるよ。欲求不満を増幅させるのか、どうかは知らんけど

こんな話しは、心が弾むね、解る範囲で相手になってやる。しかし、おっちゃんはね、おまえと同じだよ、此の子等は知らんで、どんな娘かなあ?

「オッパイ、大きいっ、可愛いっ」 そうか、おまえのほうが、よう、知っとおるなあ。なんか、嬉しいのかねえ? 顔を赤らめてニタニタ笑ってるよ。





男に生まれたら女の子に興味を持つ、女も然りだね。何かの記事で読んだ覚えがある、この子のような人たちの欲求を晴らしてあげる女性が居るらしいね。

表には出ない奉仕なんだろうね、善いとも悪いとも云えないけれど生きる喜びを知る機会を潰すことは要らん。

人は、春を知って、夏を笑って生きて、秋に心で泣いて、冬に人生を振り返って幕を引く、生きとし生けるものの思いは、皆、同じなんだろうね。

































カメレオンの独り言-1549 『映画 ボヴァリー夫人とパン屋』

2016年01月09日 | 日記







 『ボヴァリー夫人とパン屋』  2016年1月9日







『ボヴァリー夫人とパン屋』 舞台となるフランス、ノルマンディーの田舎の風景が綺麗だね。望遠レンズでボケて見える背景のよう彩りを思わせるよ。

「ボヴァリー夫人』ってのは、フランスの官能小説の題名なんだね。そんなの知らないから、ほんわかしたような映画と思って観たんだけど 

ほんわかとはしてんだけど、映画でも同名のボヴァリー夫人が夫の眼を盗んで、若い男と大胆して、其の上、昔の男も出てきて拒絶してんのに危なっかしい。























 『ボヴァリー夫人とパン屋』











いい歳したパン屋のおっさんが一目惚れして、愛読する小説「ボヴァリー夫人』の顛末を、其の夫人に被せて気を揉んで男たちの間で独り妄想してる。

夫の優しさに気づいて目が覚めて出直そうとした、矢先、パン屋のおっさんが作ったパンを喉に詰めて夫人は窒息死しちゃうんだね。

自分のために人が介在するのか、人のために自分が介在しただけなのか結果で解る事の成り行きってのがある。そんな運命を感じさせる女性だったね。





















もうちと夢のある綺麗な筋立てで描いて欲しいね、背景の美しさが虚しくなるよ。大人の映画は書きにくい、「おまえも大人やろ?」 そうだけど。










7/11(土)公開 『ボヴァリー夫人とパン屋』 予告篇














『ジェマ・アータートン』










『ジェマ・アータートン』










『ジェマ・アータートン』








ジェマ・ボヴァリーを演じるジェマ・アータートンって女優さんは、美人ってんじゃないんだけど肉感的な色っぽい女性だね。

一目惚れするパン屋のおっさんが夫人を見詰る目つきはなんかコワイよ。亭主が眼の先に居ても変わらない、もうちと芸をせいよ。すぐにバレるで。

オレなんか、長い間、若い彼女と付き合ってるけど、そんな目つきでは、とてもよう見んで。歳らしい遠慮ってもんがあるよ。














『ボヴァリー夫人とパン屋 原題 GEMMA BOVERY』 2014年 フランス映画









映画を観ていて、愚かな自分を見るような気持ちになったよ。こうして二人して木漏れ日の下、肩を並べて歩いてりゃいいのさ。
































カメレオンの独り言-1548 『好きこそ物の上手なれ』

2016年01月07日 | 日記







 2016年1月7日







暮から正月にかけて映画 『あの日の声を探して』と『カリフォルニア・ダウン』 を観たついでに駄文を更新したんだけど、お休みって断わっていたので

見て貰ってないみたいだね。「そらあ、おまえが悪いんだよ、しかし、なんで、観てないって解る?」 編集欄の解析を見ると解るんだよ。

お正月だから、休みは、休みなりに忙しいところもあるからね、帰省だ、初詣だ、お客さんだ、お節だ、酒だ、ビールだ、テレビだって目白押しだよ。





尤も、いつかは観て貰えるだろうけどね、お正月の挨拶ともども書いたから、今が見頃ではないかいなと思うんだけど、どうでしょうか? 「知るか」

でも、新しく、このブログに行き当たった方々が、次から次へと読んで頂いてるみたいで、休み中は、訪問、閲覧数ともにうんと増えてるんだね。

解らんもんだねえ。常連さんがお休みの時は、新しい人たちが変わりに見てくださるよ。235万強のブログの件数の中から行き当たるご縁のある方々だね。





「おまえは、今、どの辺りに居る?」 この一週間ほどは、1千程上がって2~3千台の位置に置かして貰ってるよ。

オレの此の駄文が235万強のブログの件数中、2~3千位台だぜ、信じれるか? 「不思議だね」 オレも、そう思う。

昔をご存知の方々も、「そう思ってるだろうね」 這い上がる喜びだよ、数集めなど一切しないで書きまくって這い上がる、これが堪らん味やねえ。





「ズドンと落ちたら?」 うっふふふ、なんのお~書いて書いて書きまくって、また、這い上がるまでさ。これがあ~実にしんどくても堪らん味やろねえ~。

なんて、馬鹿を書きつつ、休憩がてら解析を覗いたら、喜べ、皆さんが帰って来たよ。遡って読んで貰ってるよ。ざまあ見ろ、帰って来た用心棒だよ。

「皆さんが用心棒か?」 そういうことになるだろうねえ。「三船敏郎か?」 クリント・イーストウッドもいるよ。「栗塚旭もか?」 古いねえ~。
























今日は、午前中は暖かかったけど午後になると空を雲が覆って少し気温が落ちたかな? 寒くなってきたよ。

こうなって来ると地球が、この先、滅びても暖かいほうがいいね。滅びるのは先々の話しだしね、今が大事だよ。「勝手なおっさんやね」

気も身体も平日に馴染んできたかね? しようもない。「なんで、しょうもない?」 流されるがままだね。でも、今年は、流れを変えて見せるよ。





其れより何より、なんでこんなに眠たいのかね? 夜中は死んだみたいに寝てるのに矢鱈と眠たいんだよ。

欠伸の連発で、ちょっと動きを止めるとス~と睡魔に落ちるね。で、カックンと跳ね起きて、頑張るんだけど、また、カックンと跳ねてんだね。

歳食うと眠れないって、よく聞くけど嘘やでえ~。寝て寝て寝まくりたい欲求があるんだけど、休みの日は、パッチリ目覚めて寝直し利かないんだね。





「休みにがっつくからだろ?」 それもある、寝てるのが惜しい。「仕事の日は?」 起きるのが惜しい。「情けないねえ~」

オレは、好きな仕事をするべき人間だったのね、「誰でもやろ?」 オレは、特にだよ、大失敗だよ。

好きなことしてたら喰うのも寝るのも休憩するんのも忘れてるよ。歳とるのも忘れるよ。朝の目覚めもいいからね。仕事の日でも寝てるのが惜しいよ。























好きなことに向き合って生きるってことは、苦しむことが快感なんだよ。其れを克服することが喜びなんだよ。

だから、オレは、なんとか成った奴を尊敬などしない、ただただ、幸せ者だなあ~って思うんだよ。いい星の元に生まれたんだろうね。

尊敬する人は、その逆を生きて負けなかった人だよ。自分に克った人だよ。そう思って生きてるから、オレは負けそで負けないんだよ。





「で、なんで、ここでツタヤなんだ?」 知らん。「おまえって変わってるねえ」 写真を探すのも大概しんどいんだよ、まあ、お世話になってるし。





























カメレオンの独り言-1547  『映画 キングスマン』 一世(いっせい)を風靡(ふうび)する魅力あり。

2016年01月06日 | 日記







 『映画 キングスマン』  2016年1月6日








新しいスタイルを創り出したね。一言、素晴らしい。英国紳士のシークレット・サービスが矢鱈と格好いい、これでなければいかんのだよ、映画は。

観るものの胸が躍るような爽快感と溜飲下げてスカッとする醍醐味だね。そして、あくまで格好良くだよ。

主演のコリン・ファースという人の出演映画は、『英国王のスピーチ』以外では観てないんだけど、これに限って云えば全くの別人だね。











  『007ジェームズ・ボンド (James Bond)』 ショーン・コネリー











1962年に公開されたイギリス映画『007 ドクター・ノオ』(当時は、邦題の007は殺しの番号)007の第1作だね。

ショーン・コネリーが英国情報部の諜報員007ジェームズ・ボンド (James Bond) を演じて人気大爆発を起こしたよ。何が当たるやら解らんね。

其れまでにはなかった格好良さなんだろうね。英国女王陛下の007って後ろ盾を冠してエリートのジェームズ・ボンドが遣りたい放題なんだね。













『007は殺しの番号』 1962年イギリス映画  ショーン・コネリー








「それはええ意味で云ってんか?」 そうだよ。「遣りたい放題なんて云ったら傍若無人に聞こえるぞ」 それに近いよ、007は殺しの番号だぜ。

原作のイアン・フレミングが創り上げた男の嗜好品をそのままに紹介して、さも実在するかのように宣伝しまくる。

腕時計は、 ロレックス、オメガ。スーツは、 サヴィル・ロウ、トム・フォード、ブリオーニ、アルマーニ。ワイシャツは、 ターンブル&アッサー。





革靴は、 ジョン・ロブ。眼鏡は、ペルソール(サングラス)ライターは、 ロンソン、エス・テー・デュポン。葉巻は、 モーランド。なんて嘘っぱち。

そして、車は、アストン・マーチン。射撃、格闘技に秀でて英国海軍少佐だったかな?中佐だったかな? 表の肩書きも遜色がない。

そして、モテまくりの色事師でダンディで脚が長い、もう、ないか? 兎に角、俺ほどの奴は何処にも居ないって男なんだよ。





そんなのが颯爽と出て来たもんだから世界中は、もう、半狂乱だよ。「どう半狂乱やねん?」 誰も彼もが憧れの男なんだよ。創り上げるってことはそういうことさ。














『キングスマン』 コリン・ファース








この『キングスマン』には、そのときの007/ジェームズ・ボンドと合い通じる魅力が充満してるよ。男の夢が詰まってる。それが素晴らしい。

007のようにシリーズ化するつもりかどうかは知らんけど、して欲しいと思わすね。理屈じゃない格好良さに酔わせろ。

云っとくけど、この魅力は、コリン・ファースがばら撒いたって事実を忘れてはいかん。なんで、殺しちゃったの? 後を継ぐタロン・エガートンでは持たない。





まあ、映画だから、どうなとなるから面白い。死んだ奴も生き返る世界だからね。『キングスマンは2度死ぬ』なんて云って戻って来い。

冒頭、ヘリの両脇のロープにぶら下がり古城を攻撃するシーン、城壁が爆発して瓦礫が飛び散る、向い往くヘリから見て転がり来る瓦礫が

フォントになってタイトルに化ける仕掛けが斬新やね。映画の出来は初っ端で読める。こらあ~おもろいわ、となる。





何処だったっけ? 辺り一面雪景色、絶壁に建つ山小屋、誘拐された学者が屈強な男たちに見張られて軟禁されてる。其処へドアをノックして男が

「砂糖を分けて頂けまいか?」と訪れる。怪しむ屈強な男の動きが早いか、訪れた紳士風の男が早いか、目にもとまらぬ早業でサイレンサーを撃ちまくり

屈強な男たちは、ことごとく床に這っている。この紳士風の男も格好いい。キングスマンのメンバーなんだね。













『キングスマン』 ジャック・ダヴェンポート







でも、この格好いいキングスマンを惜し気もなく縦真っ二つに切り離して殺してしまうんだね。「縦真っ二つ?」 そうだよ、ビシッて音とともに

顔面を縦に血筋が走り、ズレて二つに割れるんだよ。両脚ふくらはぎから下が無い脚に恐怖の義足を着けた怖ろしや、女殺し屋の仕業。

最初から最期まで義足としか思えないよ、精巧なる特殊撮影なんだろうね。ソフィア・ブテラって云う女優で身のこなしはダンサー上がりかね? 













『女殺し屋 ガゼル(ソフィア・ブテラ)』





『ソフィア・ブテラ』 これは、ダンス映画の一場面かな? 「此の通り、足はあるわよ」だって それにしても関節異常じゃないの?







実際は、ちゃんと脚があるよ。もう、映画に不可能はないで。

ブリティッシュスーツを華麗に着こなし、スパイ組織「キングスマン」の一員として活動しているハリー・ハート(コリン・ファース)。

ある日、組織の一員(ジャック・ダヴェンポート)が何者かに殺されてしまい、その代わりに新人をスカウトすることになる。














『キングスマン』 ハリー・ハート役のコリン・ファースとロンドン、サヴィル・ロウの高級テーラー「キングスマン」









ハリーは、かつて命を助けてもらった恩人の息子で、密かにその成長を見守っていたエグジー(タロン・エガートン)をキングスマンの候補生に抜擢する。

キングスマンメンバーが各自1名選出して7名の候補生が集まる。生命保証なしの特訓を受けてエグジーと女性のロキシーがキングスマンに成る。

一方、その頃、頻発する科学者の失踪事件の首謀者ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)が、前代未聞の人類抹殺計画を企てていた。





此の首謀者ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)のボディガードを兼ねた殺し屋がソフィア・ブテラが演じるガゼルなんだね。

キングスマンを真っ二つに割ったのは、義足のヒールに当たる部分に仕込まれた鋭利な刃物なんだよ。此の娘の脚捌きが凄い、クネクネ、シャッシャシャッだよ。

「なんやねん、それは?」 身のこなしが並じゃない、止められへん速さやで、ダンサーでないととても無理な動きをする娘(こ)だよ。





エグジー(タロン・エガートン)の父親は、キングスマンの一員で、エグジーが幼い頃、破裂寸前の手榴弾に身を伏せ仲間を救って死ぬ。

妻は、やがて、落ちぶれて粗野な男の女になり荒んだ生活の中、エグジーは成長して青年になってる。とんでもない野蛮な義理親なんだね。

義理の親父の仲間といざこざを起こし警察に逮捕されて監獄送りになるところをハリーに救われる。














警察からエグジーを釈放させて 「君のお父さんには、命を救って貰った」 











「おっさん、怪我するぜ」 話は通じない。











ハリーは、「失礼」と云って席を立ちドアに向う。











「マナーが」 「作るんだ」 「人間(紳士)を」 こういう手合は身体に教え込まないと解らないって感じだね。









酒場で話していると義理の親父の仲間たちが現れる。エグジーに仕返しに来たんだね。ハリーは落ち着いて「わたしが此れを呑むまで静かに願う」

「おっさんは黙って消えろ」 ハリーは身のこなしは紳士然として 「失礼」ゆっくり出口に向うとドアの前に立ち止まり、ドアの錠差しを止めつつ

「マナーが」 「作るんだ」 「人間(紳士)を」と順に鍵をかける。振り返る男たち、エグジーも展開がヤバイほうに向ってるから困るんだね。





「意味が解るか?」 背後に迫る男たちに「では、教えよう」 傘の柄で引っ掛けたテーブルのグラスをすっ飛ばす、男たちのリーダー格の額にストレートで

炸裂、ぶっ倒れる、5人の男が暫し、呆然、立ち尽くしてると 「一日立ってる気か?」 ハリーが歩み寄っている。一人の男が拳を振り上げる。

このシーンは、目が覚めるね。奥歯が飛んでいく、男も飛んでいく、暴れても、あくまで紳士然として桁外れに強くて格好いいんだねえ。エグジーも唖然。














『キングスマン』 マイケル・ケィン








キングスマンのリーダー役をマイケル・ケィンが演じてる。此の人も爺になったね、かの『ズール戦争』では、若い将校を演じて名を馳せた。

1964年だね。もう、52年が経ってる。其れを映画館で興奮して観てたオレも同じく歳を喰った。こいつと違って、オレは進化が止まったままだね。

順調に財を成したイギリス人だね。人間を血統で価値付ける貴族主義の爺を演じてる。「貴族も廃れて力もない」ってハリーに戒められてる。





人間的には成長しておらんね。「映画の中でやろ?」 『ズール戦争』の将校ブロムヘッドは貴族出身だったよ。垢抜けた軍服姿で優雅なもんだよ。

スタンリーベイカーの演じる工作隊の隊長ジョン・チャード中尉は平民だったよ。「関係ないやろ」 

野蛮な土人どもと戦って人間を知るんだね、いい勉強をしたよ。しかし、ビクトリア勲章を貰ってもとに戻ったかねえ? 「なんの話しやねん?」 














『ズール戦争』 1964年イギリス映画  マイケル・ケィン スタンリーベイカー








ハリー・ハート役のコリン・ファースが前半でキングスマン組織と敵の存在をも明るみにしてスマートに小気味良く展開させるね。

しかし、敵の罠に嵌まって教会での集団大乱闘で殺して殺して殺しまくって一人生き延びた後、ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン)に射殺される。

この映画が15歳制限がついたのは、このシーンのためだろうかね? 集団大乱闘ってのは、映画を安っぽくする馬鹿らしさが露呈し易いんだけど





此の大乱闘は、よほど、眼を凝らさない限り興醒めさせる馬鹿らしさがないね。男は勿論、女も婆も隔てがない、撃っては殺し、刺しては殺し、

殴り飛ばして蹴り飛ばして容赦が無いんだね。ハチャメチャなんだけど正確に致命傷を与えてる。

ハリー・ハートが狂ったんじゃなく、ヴァレンタインが操る秘密兵器が人々を凶暴にするんだね。人類の減少によって地球を救う新兵器の作用なんだね。





こうして説明すると内容の馬鹿らしさが、それこそ露呈するんだけど、さに非ず、物語の流れは荒唐無稽なのにスマートなんだよ。007と同じだね。

悪の考えることは、みんな似たようなもので、とんでもないことを尤もらしく進行させるんだね。

ハリー・ハート亡きあと、エグジーとロキシー、それに教官のマーリン (マーク・ストロング)の3人が悪に挑む後半に繋がる。













キングスマン養成の教官 マーリン (マーク・ストロング)







まだ新しい映画は、下手な紹介でも最期までは書いてはいかんからこのぐらいにしておこう。此の映画はホンマにスマートで面白いよ。

ラスト、字幕が流れた後のエピローグ、義理親や仲間たちが酒場に巣食ってる。エグジーが、ハリーのようにダンディにスーツ姿で現れる。

暴力で母親は青あざが絶えない。「何処に隠れてた?」なんて義理親が馬鹿にする、エグジーは不敵な笑みを浮べつつドアに向き直り、





ドアの錠差しを上げながら、「マナーが」 「作るんだ」 「人間(紳士)を」と、云って鍵を閉めるんだね。













ロキシー(ソフィ・クックソン)









ロンドン、サヴィル・ロウの高級テーラー「キングスマン」は、何処の国にも所属せず秘密裏の活動を行い数々の難事、テロを解決する、スパイの本拠地









ハリー・ハート(コリン・ファース) エグジー(タロン・エガートン) 諜報員が身につける秘密兵器の数々が陳列されてる









ヴァレンタイン(サミュエル・L・ジャクソン) ガゼル(ソフィア・ブテラ) 









ハリー・ハート(コリン・ファース)


























映画『キングスマン』予告編













イギリス映画『キングスマン(Kingsman)』 (The Secret Service) 2015年公開 イギリス映画 






























カメレオンの独り言-1546 『TV ローカル路線バス乗り継ぎの旅』

2016年01月04日 | 日記






 2016年1月4日






なんてことだよ、終わりじゃないか。「始めあることは終りも来るわいな」 あまりに早く来ることに、なんてことだよって云ってんの。「たしかに早いね」

元旦も二日もいい天気で穏やかな正月だったね。二日の日中は暖かで春みたいだったよ。

今日(2日)の昼過ぎ、TVは滅多に観ないんだけど、食事のあと、おこたでのんびりしてたら「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」が映ってる。





太川陽介と蛭子能収に、毎回女性ゲストを1名加えた3人が、3泊4日の日程内に日本国内の路線バスを乗り継いで目的地への到達を目指す旅なんだね。

この番組は、不思議と眼にするね、そいで、最期まで観ちゃうんだよ。今回は、大阪から金沢の兼六園までなんだけどローカルばかり乗り継ぎだから

なかなかすんなりとはいかない。バス区間が無ければ、其の区間を歩きで埋めて、次に乗り継ぎ目的地を目指す。





今回のゲストは、どこのオバハンかいなって思ってみてたら、マルシアなんて呼んでる。聞いたような名だね? 太川陽介って人がしっかりしてるね。

蛭子能収って人は漫画家なんだね? 此の人が頼りない、オレと似たようなもんだよ。オレよりは、しっかりしてるかな? 

オレは、こういうのは、全くオンチだから役に立たないよ。文句云わずに笑って着いて行くだけだね。旅って感じがするんだね、此の番組は。













『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』 太川陽介 マルシア 蛭子能収  撮影班が、当然、車で同行してるけど、其の車で誤魔化すなんてのは無いみたいだね。








苦なくして本当の達成感や喜びは味わえないことを教えてくれるよ。これ、去年の正月に放映したもんらしいね? 再放送だったんだね?

で、新聞のTV番組表を何年ぶりかに見たら、今年の正月用が6時から放映されるとあったよ。

『第22弾 水戸・偕楽園~長野・善光寺人情ふれあい珍道中』 なんて載ってるよ。う~ん、オレの予定に絡まなかったら見ようかね。













『2016年1月2日の夜空』 なにかしら寂しさ漂ってるよ 「いつもと一緒やで」 いや、違うね、「一緒やないか」 儚さかなあ~解らんかあ? 「解らんわ」








横手の窓を見ると、なんと、もう2日も真っ暗になっちゃってるじゃないのっ。なんやねん、もっと持ちこたえろよ。根性なしがっ。「無茶云うたらいかんわ」

映画『キングスマン』を観て、いたって感動して気分がいいから堪えてやろう。昔、『007は殺しの番号』を初めて観た時の感動だよ。素晴らしい。

実に素晴らしい、現代のシークッレト・サービスシリーズ化待望の一作だよ。イギリス紳士のコリン・ファースが最高だね、でも、死んじゃったよ。













映画 『キングスマン』 コリン・ファース







「映画紹介もどきはやらないのか?」 次に取っとくよ。間に合わせで添えるような作品じゃないよ。勢子入れて書いても、出来は、間に合わせ程度だけどね。

背後のテレビで『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』をやってるね。ちょろちょろ後ろ振り返って観ながらパソコンしてる。栃木辺りの内陸部で困ってるね。

ぶっつけ本番だから時間内に到着は難しいね、田舎のバスは最終が早いから、最終日の夕暮れ回ってからじゃ乗り継ぎは不可能に近いよ。













『ローカル路線バス乗り継ぎの旅 第22弾 水戸・偕楽園~長野・善光寺人情ふれあい珍道中』 南明奈 蛭子能収 太川陽介 







旅館や室内、温泉、料理なんかを、矢鱈、綺麗に栄えさせないで、そのまんま。仰々しくなくてヤボいところがいいね。

正月だから、こんなもんで終っておこう。休み、あと一日だね、糞っ。





























カメレオンの独り言-1545 『映画 カリフォルニア・ダウン ・ 大晦日からお正月へ 気分もダウン』

2016年01月01日 | 日記






 『元旦』 2016年(平成28年)1月1日







平成28年、明けまして、おめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

元旦の午前0時、山なりのカーブの頂点に達したね、後は、あっと言う間に転び往き、初仕事、おふざけじゃないよ。此の展開、なんとかならんのか? 

毎年、あまりにも呆気ないんだよ。正月の余韻を愉しめる日々を休みに追加しろ。そんなの要らない人は、先に働いてください。「馬鹿か」 





「子供みたいなこと云うな」 根は子供だよ。オレの望みはね、生きてる間に、ホンマにゆっくりした正月を味わってみたいんだよ。





今年こそは、変えてみせる。痛みを伴っても変えてみせるのだ。其れが、今年のオレの抱負だよ。見ちょれ。「そういうのには勢いあんねんな?」 そうだよ。

暮の30日、31日の大晦日はいい天気に恵まれたね。夜中は、流石に寒かったけど、日中は、机の横っちょの窓に日が差し込んで暖かかったよ。

昨日(30日)の夜、然程、期待もせずに映画 『カリフォルニア・ダウン』を、ゆっくり観たよ。





背後のテレビは、暮の歌番組が喧しい。どいつもこいつも下手糞のチンドン屋め。 太腿出して踊りゃいいってもんじゃないよ。

男連中も冴えないねえ、品の無い服着てドタバタ暴れておるだけじゃないか。「踊ってんだよ」 ああ、そう。

なんでもええわ、観とれん、聴いとれん、知らん奴ばっかし。おっさんは、ヘッドホーンのボリューム上げて背後の騒音をカットだよ。















『カリフォルニア・ダウン』 ドウェイン・ジョンソン








もうCG映画は、眼に慣れきってるけど此の映画は面白かったね。パニックものの筋運びってのは、どれを観ても同じような展開なんだけど

地震の描写がリアルで怖いって思わせるよ。いくら見慣れたとはいえ映像技術の進歩は眼を見張るものがあるね。

実際には不可能な壮大なシーンを表現できるってのは、素晴らしいの一語だよ。大都市が崩壊して大津波が押し寄せて空から大型客船が降ってくる。














『カリフォルニア・ダウン』 押し寄せる山のような大津波、船は、この波を乗り切ると大丈夫らしいけど、しかし、こうして見ると無理ではないか? 








1974年作品の 『大地震』って映画があったね、チャールトン・ヘストン主演で同じくカリフォルニアの地震を描いてた。

当時としては、大作のパニック映画だったんだけど、特撮をふんだんに使って其れらしい雰囲気を出していたけど日本のゴジラ映画を一歩リードした

ような程度だったね。限られた範囲でしか大地震を描くことが出来なかった。南海通りのA&P2階の弥生座で観たよ。





この『カリフォルニア・ダウン』と比べたらセットの中の芝居って感じだね。記憶では、内容もあまり面白くなかった。

時代が変わって2009年作品の 『2012』だったかな? 此れはCGてんこ盛りでカリフォルニアがなくなっちゃたね。

「オレのビルが倒れてるよ」「私の家が燃えてるわ」って所有者が指差して笑えるほどに精巧な街が崩壊するさまは、実際、呆然とする映像だったね。














『2012』 此の映画は、前半は凄いんだけど後半が悪すぎる 地球上壊滅、でも、ノアの箱舟で助かる? おちょくっとんかえ? スカッと全滅せい








人間が想像するままに映像化できるってことは凄いことだね。もう、此処まで来たら、いかに微細に表現して秒単位で見るものの視覚を納得させるか

にウェイトがかかってくる。根気と繊細な想像力が実際以上の精緻な映像を創り上げて「これは本物だっ」と云わしめることだろうね。

跳ねる、落ちる、盛り上がる、押し寄せるなんて、それぞれの速度の計算もなされて矛盾を感じさせない裏方の努力も光ってるよ。















『カリフォルニア・ダウン』 こんなんが、実際に起こったら地球は終わりやで 物語りも糞もないで








出だしから巨大なダムが決壊して凄まじいんだね。地震も凄いんだけど主演のドウェイン・ジョンソンも巨大で凄いね。なんなの、こいつ。

身体にシリコン注入しとんかいな? こんなの訳解らん英語で怒って暴れだしよったら、射殺以外、手つけられへんで。「此の手の人は意外と大人しいんだよ」

オレは、此の手の怪物男が主演してる映画は、あまり好きじゃないんだけど、此の役者の 『ヘラクレス』を観てからイメージが良くなったんだね。





タダの筋肉馬鹿から除外してたの。「おまえもわりと大柄でごついんじゃないか?」 日本人では嵩が高いかね? しかし、こいつと比べたら猿の針金やで。

「猿の針金のタダの筋肉馬鹿か?」 そういうことになるね。でも、然程、筋肉なんてないよ。「普通になりたいのか?」 目立たないほうがいいよ。

さて、暮の街でも歩いてくるか。「待てよ、映画紹介は?」 終わりだよ。「終わりだよって、まだ、始まってないよ」 こいでいいんだよ。





映画紹介なんてしなくても観れば解るよ。昔と違ってDVDや衛星放送、ネットの放映なんかが盛んだから、映画の題名だけでいいんだよ。

「ああ、そうだ、この映画、忘れてた」って、気がつく効用だよ。自分が観て、感じたままが、其の映画なんだから。「そんなの云ったら身も蓋もないよ」

押し付けがましい人が居るだろ? このように観るのが正しいなんて講釈述べて、さも物知り顔な奴、そいで観たら、そうでもないのが多いよ、迷惑だよ。















『カリフォルニア・ダウン』 









ああ、そうだ、一つ気になる処があるね。これも人其々だけど、パニックものの映画って、出てくる女優が、皆、揃ってブスだね。「余計なことやろ」 そうかね?






























夕方になって買出しに行く奥さんが 「雲って風が吹き出して雨もパラついて、えらい寒くなってるがなあ~」と云って出かけた。

寒いのはエエけど雨はあかんでえ、なんで雨やねん? 天気予報、云うとったかな? 足、引っ張りよんなあ。どうしようかなあ~? 

パスした風呂場の掃除でもしとこうかな。パソコンの手を止めてベランダに出てみると降ってないがな、空が赤みに染まって夕焼けじゃないか。





パラパラと零れただけだろ? うちの奥さんは大層な物言いしよんねえ。ヤフーの天気予報を開いたら明日の元旦も晴れだね。

初風呂は綺麗な風呂で浸かりたいし、やっちゃうか。タイルの筋の汚れを隈なくタワシで擦り落とすんだけど、これが意外と疲れるんだね。

びしょ濡れになっちゃったよ。ピッカピッカにして終ったら7時になってる。今日もテレビは紅白の歌番組かよ、ぞっとするね。





よし、オレは、二夜連続の映画鑑賞とするか。「行かへんのか?」 来年の暮れも生きてる予定だから暮の散歩は来年だね。

考えたら、オレは暮の散歩は、大方欠かさず行ってるけど正月は滅多に出かけないね。お屠蘇(とそ)のせいだね、毎度、決まって寝てしまうから。

お雑煮と酒はだね、オレからすると最高の取り合わせだよ。雑煮は、地方や各家庭でいろいろあるらしいけど、うちのは実にシンプルだよ。














『おすましのお雑煮と水菜(みずな)』









おおまかに味噌だしは関西、醤油だしは関東と分かれてんだね。関東武士は、縁起をかついで「味噌をつける」って、向きから敬遠したらしい。

口のうるさい親父が雑煮は、これに限るって通したのをオレも踏襲してる。うちは、関東風だね。

出しの利いた美味いすましに水菜を沢山入れて餅を沈めるだけだよ。これがだね、実に美味い、酒と合うんだね。燗の酒が五臓六腑に染み渡るんだよ。





餅の欠片の焦げが浮いてね、其れが水菜に絡んで香ばしい。正月は、これだけで充分満足出来るね特別な味だよ。日本酒は、正月三が日しか呑まないからね。

元来、お屠蘇は薬種なんだね、中国伝来だよ。邪気を屠(ほふ)り、魂を蘇(よみがえ)らせると云う意味だね。

正月に呑むと一年の厄除け、家内健康、幸福を迎えると伝えられてんだね。味醂や薬種を混ぜて、実際は、あまり美味くない。





酒飲みの親父が、これを嫌って「当家は酒で清める」なんて云ってから、我が家のお屠蘇は丸きりの日本酒なんだよ。オレも、それを踏襲してる。

最近の子供たちは、お節料理を好まないね、うちの息子も「またかいな」なんて歓迎しないよ。

お節料理も目出度いものであるけれど、これも武士社会の名残だね。正月料理は、江戸時代の武家作法が中心となって形作られたとある。





昔は、店という店が全部休んでしまうから長い正月休みに備えて買い出しが必要だった。今は、もう、休んでる店探すほうが難しいぐらいだよ。

大量に買出しする意味が無い。いつでも平日どおりに買いに行けるのに馬鹿みたい。こうして伝統は滅びて往くんだろうね。

此れではいかんと思ったのかどうか知らんけど、東京の伊勢丹が正月1~2日は休むらしい。やるんなら、心意気見せて1~3日にしろよ。























大晦日定番の国民的歌謡馬鹿番組を騒々しく遣ってるよ。「なんで馬鹿番組なんだよ?」 シラけて観ればよく解るよ。

街ん中の兄ちゃん姉ちゃんらと、なんら変わらんよ。ギラギラの衣装着てライト当てて貰ってケツ振ってりゃ、それらしく見えて錯覚してるだけだよ。

飛びぬけて歌が上手い訳じゃないがな。演歌歌ってる歌手ぐらいだよ、プロって云えるのは。まあ、どうでもええわ。「どうでもいいんなら云うな」





こうして、毎年、なんら変わらぬままに年が暮れて新年を迎える。結構なんだけれども変えねばならん。いざっ、新年。































カメレオンの独り言-1544 『映画 あの日の声を探して ・ 第二次チェチェン紛争』

2015年12月31日 | 日記







 『あの日の声を探して 』 2015年12月31日







気温が下がって、ちょっと、冬らしくなったみたいだね。10度か、まだ、寒いってとこまではいってないけど暮の気配を味わうにはいいかもね。

仕事から帰って、う~ん、どうしようか? ツタヤへ行くか。夜の道は、正月の買出しで奥さん連中が自転車で走り回ってるよ。

ライトを点けろよ、真っ暗な道をスピード出して一目散はいいけど見えてないよ。自分では、見えてる積もりなんだろうけどホンマに見えてないよ。





こんなの出会いがしらに車で当てたら堪らんねえ、帰って風呂浸かって飯喰ってホッとしようと思ってる人が気の毒だよ。

無灯火の上に飛び出し平気のおばちゃん、おまえが悪い。引かれたら「ごめんなさい」って云って死になさい。

こんなの云ったら「なに云ってんのよっ、車が不注意に決まってるわっ」って、自分の非を認めない奴が大方だろうね。云っても聞かん奴は死んだら解る。





日が落ちて暗くなると顔と手が冷たくて寒いねえ~。「アスペンパーカはどや?」 温いねえ~いい具合だわ。ツタヤに着いたら、新作の棚に直行だよ。

あらまあ~ズラ~と空箱並んでる。うん? 『キングズマン』 1枚入ってるっ、サッと抜く。『カルフォルニア・ダウン』はアカン。

近づいて下の棚を覗くと、オッ、1枚入ってるっ、サッと抜く。ふうう~、やったぜっ。どちらも返却の品を棚に戻したところみたい。ついてるぜ。





『ボヴァリー夫人とパン屋』もあったね。「パン屋のおっさんと、なんとか云うとったな?」 全然違うね。あと2本、何も無い。

もう一度、丹念に探したけど邦画時代劇 『蠢動』は置いて無いね。チッ、暖かいとこへ入ってウロついてると鼻水が垂れてくるんだね、鬱陶しい。

もう、なんでもいいやで数合わせの洋画を2本追加して借りる。「1月5日火曜日ご返却日になります」 最悪の日だね。気重たくなるよ。













『あの日の声を探して 』 

 





昨晩、『あの日の声を探して』を観たんだけど哀しい映画だったよ。こんなの観ると、自分は、いい国といい時代に生まれたなあって思うよ。

普通の人が虫けらのように殺されるんだね。銃を持った奴の人間性が破壊されているから、どう云っても、こう云っても通じない。

仲間の誰一人止めようなんてしない。笑ってんだね、笑って見てんだね。お茶の間で映し出される中東域の紛争の報道を見慣れてる。





真実は報道されない。真実の惨たらしさを報道せずして戦争反対なんて叫んでもお茶の間には、なにも届かないよ。

馬鹿番組にチャンネル変えられて、みんながみんな笑って忘れてるよ。大方の人が鈍感なんだよ。所詮、他所事、他人事、遠い彼方の出来事でしかない。

人間は、その場に身を置かないと親身にはなれない生きものなんだね。飼っていた犬が死ぬ、これほど悲しいことはないと思って泣いているんだね。





9歳の男の子が姉の赤ちゃんを抱きかかえ窓を覗く。窓の外では、無抵抗な父親が射殺され、その遺体にすがり付いて泣く母親が射殺される。 

テロを働く一派と見なされて取り付く島も無い、その場の兵隊の気分で人の命が左右されるんだね。殺された人の一生の物語は終る。

殺した兵隊の人生の物語は、此れからどうなって往くのかね? ごく普通の青年が軍隊でいびられ捻(ねじ)られ精神が歪んでいくんだね。












『あの日の声を探して 』 人は環境で創られる、戦争は若者を変貌させる







前線に赴き、真横で仲間が撃ち殺される、発狂寸前のショックを受けて機銃を乱射する、逃げ惑う家族を敵と見誤って娘を撃ち殺して茫然自失。

理性が破壊されるんだろうね、置かれた立場を短絡的に受け入れざるを得ない。殺さねば殺される、殺人兵器に仕上がる過程が描かれてる。

殺し殺される其の隙間を赤子を抱いて少年は家を出る。健気な子だね、赤子を守り切れない、少年は、とある家の前に赤子を置いて走り去る。












『あの日の声を探して 』







少年がドアをノックして走ったあと、気付いた家人が赤子を抱き上げるのを物陰に隠れて確かめるんだね。悪く無さそうなお婆さんで良かったよ。









あの日の声を探して 本予告










ヨーロッパのロシアを取り巻く一帯の国々は、総じて因果を背負って哀しいね。歴史に根深く民族間の怨念が脈々と息衝いてるって感じがするよ。

そして、恨みが高じてか残酷劇が多いね。其の上、ロシアが介入するから、尚、残酷なんだね。此のチェチェンも第2次世界大戦後、

ドイツに加担したという疑いでロシア、スターリン赤軍によって全チェチェン人とイングーシ人50万人は中央アジアやシベリアに追放された。





多くのチェチェン人とイングーシ人が追放中の劣悪な環境のために命を落とした。一説には全体の4分の3が犠牲になったといわれてる。

1953年にスターリンが死去後、ニキータ・フルシチョフが政権を獲得、後、スターリン批判を開始した。スターリンの銅像が粉砕されるね。

スターリンの行ったチェチェン人とイングーシ人の民族追放も批判の対象となり、1957年、両民族は対独協力の疑いを破棄されて名誉を回復した。





そして、チェチニヤへの帰還と、チェチェン・イングーシ自治共和国の再建を認められたんだね。ロシア親方の言いなりだね。

1993年に成立したロシア連邦憲法に倣うロシア連邦に周辺の国々は加盟するがチェチェンのみが未加盟となる。言いなりにはならない姿勢だね。

翌年、チェチェンの分離独立を阻止するためにロシア軍が軍事介入、第一次チェチェン紛争に突入する。













『東西冷戦下の時代 ニキータ・フルシチョフと米国ジョン・F・ケネディ』 実写








エリツィンは「憲法秩序の回復」のためチェチェンへの侵攻を開始したと主張し翌年にはロシア軍が首都のグロズヌイを制圧。

ロシア軍が広域に渡って支配権を回復したことで、エリツィンは一方的に休戦を宣言し軍の撤退を始めた。

1999年、チェチェンの一部イスラム原理主義勢力が隣接するダゲスタン共和国をロシアの支配から解放すると称し越境侵入、ロシア軍との間で戦闘が再開。





アルカイーダが介入したんだね。ロシア政府は、チェチェンなどのイスラム武装勢力の拠点に対する攻撃を警告する。

此れに対し、ダゲスタンで軍人家族用アパートが爆破され64人が死亡し133人負傷、モスクワのアパートが爆破、94人が死亡し164人が負傷、

モスクワで再び119人の死亡者を出す爆弾事件、南ロシア・ヴォルゴドンスクで爆破事件が発生、17人が死亡し72人が負傷するテロが連続する。





ロシアはこれら計5件(死者約300人)の爆破事件は、チェチェンのイスラム原理主義者が関わっていたと断定。

エリツィンは、全国的な対テロリズム作戦開始を宣言し、2~3万人強のロシア軍がチェチェン国境に集結することとなった。

これが第二次チェチェン紛争なんだね。此の映画の背景になってる。イスラム原理主義者とチェチェン、イングーシの人々を、どう見極めるんだろうかね?












『実際のチェチェン紛争時』 実写








疑わしきは、敵と見なして殺戮(さつりく)するんだね。男も女も老人、子供も見境なしに殺すなんて悲惨なことになる。

チェチェンなんてところは知らないけれど、映画は、其れらしき風景の中、逃げ惑う人々の、脅え、悲しむ表情を通して人間の愚かさを訴えているね。

昔、10年に及ぶ年月を追放されて生き長らえた人々が帰国すると、其処には、オセット人やロシア人が大挙して入植していたために





土地を失うものが続出したんだね。土地を巡る深刻な対立と紛争が起こるなど問題の根本的な解決は果たされずままにあったから

チェチェン、イングーシの人々が、ロシアに素直になれるはずがない。そこへもってきてアルカイーダの参入で踏んだり蹴ったりの有様だよ。

生まれる家族、生まれる境遇、生まれる環境、生まれる国、人間は、どのような経路を辿って、此の世に生まれ出でて来るのかね? 選んだ覚えはないね?





今の自分の在りようが当たり前とは思えない。今の自分の不遇を取り立てて、殊更に嘆くことかと思えてくるね。

遠い昔の話じゃない、今、同じ時間を生きてる人たちなんだね。

殺される人たちも殺す側の者も、それぞれに声にならぬジレンマを抱えて悶え苦しむ。忘却が救いになっても血が其れを忘れないから終らないんだろうね。













『実際のチェチェン紛争時』 実写








映画は冒頭、ビデオの画面を通して戦場と化した村の光景を映し出す。泥沼になった河底の牛の骸(むくろ)を撮り、

ターンして戦闘のあとの村に入って行く。撮影者の声がロシアを讃え、戦友に声かけしつつ進んで行く。何か投げやりな物言いなんだね。

何人かのロシア兵が親子のチェチェン人を取り囲み尋問している。どちらもが興奮状態で話が通じない、ビデオは笑いつつ写し続けている。





そのうち、父親らしきチェチェン人がなにやら唱えるような口ぶりになって「こいつは祈ってる」って若い兵士が憤る。イスラム教徒と誤認したのかね?

やおらAKライフルの撃鉄を引き射殺する。泣き叫ぶ母親が半狂乱で夫にすがりつく。その背中越しに連射して殺す、恐怖で立ちすくむ娘。

ビデオは見慣れた光景に驚きもせず写し続けてるんだね。少し離れた家の2階の窓から9歳の少年が、姉の赤子を抱いてその光景を目撃する。














『あの日の声を探して 』 少年の目の前で両親が射殺される








なんてことだろうかね、地獄だね。ロシアの街頭で友人と女性の話をしながら、互いにモクを吹かせて歩く若者。

「ジュースを買う」と一人が売店に立ち寄る、其の時、パトカーが脇に停まり警官が降りて来て、残った若者に 「吸ったな?」と

慌てて踏んで火を消したモクを拾い上げ、言い訳無用で連行する。運命の分かれ道だね、ジュースを片手に動くことも出来ず見送る友人。





連行された若者は、「刑務所は厳しいぞ、云いように取り計らってやる」と取調官に云われるまま、軍隊に送り込まれる。













『あの日の声を探して 』







この少年と若者の二人の在りようが交錯して物語が展開するんだね。殺したり殺されたりを見せ付けられて生きる少年と、

それらとは別世界で生きて居た若者が、軍隊と云う集団の中で生死に関わる行動規範を叩き込まれて人格が変貌していくさまとが描かれてる。

此の頃のロシアはソヴィエト連邦崩壊後で民主化が進んでいた時代だと思うんだけど、絶対的体制下にある生活の様相までは変化がないんだね。





ミレニアム2000年(千年紀とは、西暦を1000年単位で区切ったもの)の頃だね。我がごとの中には苦しみや悲しみを抱えても

世間は苦なく愉快なことばかりの日本、今も変わりなく平和な時代を満喫してるね。何故、こうも違うのかね?

端的に云えば、日本は取り巻く海が災いを制して守られているんじゃないかね? 





ヨーロッパのように地続きってのは、互いの不可侵の約束の上で成り立つけれど、民族入り混じって火種が拡散する種を持つ。

そういうことに疎い日本が、他国の人々を安易に受け入れて建物を売り、土地を売り、儲けに走ってけじめを忘れることが果たして先々大丈夫なの?

狭い日本、浸透するのも早いと思うけどね? 軒貸して母屋盗られるって云う、末代までをも見通すことが大事だよ。





この映画、9歳の少年に限っては、紆余曲折の道を辿って彼を探し求める姉と再会、預けた赤子も姉の元に帰り、良かったね、の最後で救われる。

誰が観ても、そう思わざるを得ない顛末なのに、未だに破壊して殺して泣くを繰り返す。人間の愚かを象徴してるよ。

彼の世の神さんは、人間に何を悟らせようとしてんかね? 60億の人々に生きて往く表と裏を知らしめてるんかねえ? 





其れを悟(し)って何を学ぶのかね? 人のふり見て我が振り直せを下敷きに、身に有るは、ささやかなれども平和の中に感謝を知れだろうかね?













『あの日の声を探して 』  善良な人たちから無事に赤子を返してもらい、弟を必死に探す姉









同時展開と思って観ていたけれど、ラスト、掃討作戦の最中、倒れた仲間の遺留品を奪うように収拾する兵士たちの中で若者は死体からビデオを盗る。

戦闘が終結して荒れ果てた村の橋を渡りつつ、盗ったビデオで撮影を始める。見下ろす川は水が減り、沼となった底に牛の骸(むくろ)がある。

街頭で隠しながらにモクを吸って逮捕され軍隊で人格変貌した若者が、牛の骸からターンして破壊された村の中へと撮影しながら入って往くんだね。





戦争を知らない平和の中の若者が戦争を思い知らされて変わって往く。明日の自分に今の自分を維持することに約束はないのかねえ? 













『あの日の声を探して 』 この二人の女性の力添えで少年は姉と再会を果たせる、捨てる神あれば拾う神ありだね













チェチェン共和国は、北コーカサス地方の北東部に位置するロシア連邦北コーカサス連邦管区に属する共和国(赤枠)。

設立は1991年で首都はグロズヌイ。つまり、ロシア領内の南端にあるんだね。









チェチェンは、ロシア帝国の時代から、ロシア併合の圧力に頑として抵抗を続けたが、1856年のコーカサス戦争で制圧されてしまう。だけど、

ロシアに恭順をよしとせずその反目姿勢の歴史は長い。このことからチェチェン人に対する恐怖心、敵愾心はロシアの社会に根深く残って現代に至ってる。

一方、チェチェン人にも自分たちの土地で採掘される石油の富がロシア人によって持ち出されることに対する不満が蓄積されて、余計に素直にゃなれぬ経緯だね。





スターリンの赤軍、フルシチョフのソヴィエト連邦(鉄のカーテン)、エルツィン、プーチンと大統領が変わる都度、チェチェンに吹く風が変わるんだね。

ブレジネフ、ゴルバチョフ時代は、風は吹かなかったのかね? 

幼い子供たちの心を引き裂き、溢れる涙で瞳を濡らすようなことしか出来ん奴等ばかりだね。













『あの日の声を探して 』 THE SEARCH  2014年 フランス・グルジア作品































カメレオンの独り言-1543 『お正月休みのお知らせ ・ ウキウキ』

2015年12月30日 | 日記







 『カフェ・ソラーレ 梅田ロフト店』 2015年12月30日








また、ずうっと毎日書き続けて、気がついたら暮から正月のお休みをお断りしておかねばならんね。オレの日付は、先行きして30日になってるけど、

これは、週3~4日の割で更新するための調整を測った日付なんだね。どこかで連続して更新を続けたので大きく先行きして狂ってしまったの。

で、明日、カレンダーの28日で、一応、お休みを頂きます。正月は4日から糞鬱陶しい仕事とともに書き始めることと致します。





本年は、有難うございました。来年も、変わらずご愛顧のほど頂けますよう宜しくお願い申し上げます。 尚、正月休み中、気分が乗ったら更新します。















『梅田 茶屋町』









こうして、休むと断わっておけば気楽におれるところがいいね。自由だよ。何ごとも、己の発心に倣って進み往く、理想的なる人生だね。

「ただの気侭やないか」 そうとも取れるね、しかし、発動は自分の意思にかかることだから油断は出来ないんだよ。人に委ねて成るものではない。

まあ、そんなことはどうでもいい。人が減ってるね? 「どう、減ってるねん?」 いや、もう、帰省が始まってるのかね?





人の声がしないし、そこ等の駐車場の車が消えてるよ。土曜(26日)から休みに入った処が多いのかな? ウキウキだね。

還って行くのはいいんだけど戻って来るのはやめて欲しいよ。ニュースで帰省客が戻って来るのを見ると、ああ~終わりだなあ~ってガックリくるよ。

ずうっと行ったままがいいよ。「そんなん、ユータンあかん」 Uターンのつもりか? 苦しいのう。
 




さあ、今年も、あと、残すところ4日となったね。29日になったら、もう、夜は、市内の街ん中、閑散としておるだろうね。

御堂筋のイルミネーションは、来年の1月17日までやってんだねえ? もう、そろそろ終りかいなと思ってた。街を華やかに飾っていいことだよ。

今年は、電球の数も増えて派手になったって誰か云ってたなあ。 仕事納めの夜、ちょっと出かけて暮の街をブラブラしてこようか。














『大阪御堂筋のイルミネーション』








なんか、ホッとしたのかして、話しのネタがなんにも浮かんで来ないよ。 もう、ええか? では、皆さん、いい年をお迎えください。




























カメレオンの独り言-1542 『mont-bell アスペンパーカ試着 と 映画 キャプテン・フィリップス』

2015年12月29日 | 日記






 『キャプテン・フィリップス』  2015年12月29日






朝食をしようとキッチンに行くと昨日のご飯が残ってないよ。炊くか、めんどいね。味噌汁作って豆腐を浮かべて刻みネギを入れて

ひやご飯と一緒に頂けば此の世の天国だよ。白菜とタクアンの漬物、梅干一つ、熱い煎茶、此れだけ食卓に並べば日本の朝だよ。

しかし、出来立てのご飯は味噌汁に合わない。タマゴご飯だね。どうしようかな? 食パンの買い置きがないね。





「あんた、パンはこれやで」 コッペパンみたいなのを食卓に置いてる。それカリカリのパンやな? 「バケッドやがな」 戦時中のパンやね。

「何が戦時中のパンやのん? 解らんなあ、あんたは。今時のパンやがな」 喰ったら、そこ等パンくず飛ばして行儀の悪いパンやがな、乾燥しとんかえ?

こんなのは屋外で食するもんや、ガーデンやね、散らばり落ちるパンくずに小鳥たちが飛び来てついばんで掃除してくれる、そういうパンだよ。





















其のパンを発想したのは、フランス辺りじゃないの? 店先のテーブルでコーヒーでくつろいだりするお国柄から生まれたもんだよ。

やぐら炬燵を食卓にする日本には不似合いなんだよ。見ろよ、このパンくず、散らばりまくってるよ、品が無いねえ。拾い取るのが大変だよ。

静かに朝食を頂いたあと、「何処が静かやんねん?」 馬鹿だね、心ん中の声だよ。また、パソコンの前に陣取ろうか。





ホントはね、腹が満てればなんでもいいんだよ。奥さんの不味い料理で身に着いたのは、そういう謙虚な喜びだね。「それは嫌味か?」 でもないよ。














『 「何処のツタヤや?」 知らん、何処かのツタヤやね 』








まてよ、『キングスマン』 『カリフォルニア・ダウン』 『ハイネケン誘拐の代償』 の新作が出てるはずだから、ちょっと、ツタヤを覗きに行くか。

よし、『アスペンパーカ』を着て行こう。「新しく買った服をツタヤへ着て行くのか?」 そうだよ、それがどうした?

「自転車乗ってか? 格好つけるってことがないのか?」 その考えは、遠い昔の話しさ、新調した服を、お出かけにお披露目するって意識だろ?





今はね、無理して高価な服を買っても普段着のように着るのが通だよ。「そうかあ?」 オレは、そうなんだよ。其の方が、服は生きるよ。

お出かけ用なんてしてみろ、箪笥の肥やしになるだけだよ。しかし、ちょっとお洒落をせねばならん時、みんなヨレヨレなんてことになるかもね。

そこでだよ、無理していいのを買っておけば、ヨレヨレしてても物が良ければひがまなくていいだろ? だから、少しでも良いのを買うんだよ。





そういう考え方でいけば、普段着も余所行きも良いもの着てるって贅沢を味わえる。まあ、貧乏人の苦肉の発想だろうね。

しかし、いいねえ~、分厚いダウンではないけど充分に温もるね。まあ、今日も、然程、寒くないから防寒の機能の程は計れないけどね。

裾を絞って外気を遮断すれば衣服の中の空気は温もるよ。この裾の紐の伸縮の処理方法が考えられてるね。





裾周りの紐を絞って引き出したぶんは腰の両脇のポケットの底に通じていてぶら下がらないんだね。「どういうことや?」

裾周りの紐を絞るとそのぶん引き出した紐がチンチンの前辺りでブラブラするだろ? それが無いんだよ、みんなポケットの中に収まる仕組みだよ。

見た目は、モコモコせずにパーカって感じであっさりして、そのくせ防寒着の機能を有する優れもんだよ。














『mont-bell アスペン・パーカー インディゴ』









半袖の下着に薄手のタートルネックのセーター1枚だよ。今日は、ちょっと暑く感じたね。厳しい寒さになったら下にまだまだ着れるゆとりがある。

暖房の利いた屋内に入るとモコモコのダウンは着ていられないからね、大阪では、このパーカ式がベストじゃないかね?

そうだ、オレはね、このタートルネックのセーターってのが苦手なんだよ。肩なんか凝ったことないんだけど、この手のセーター着ると首周りが疲れる。





だから、滅多に着ないんだけど、この 「GAP」のタートルは、全然、疲れないんだね。なんでかねえ? 奥さんに云わせると、「ものがええからや」って云う。

3千円前後で買ったって云ってる。元は1万2~3千のものらしい。こんな薄手のセーターが1万以上なんて想像したこともないよ。

ネットで調べたら、ここのは高いねえ。オレのが、やっぱり、1万2~3千で出てるよ。ここのなら白と黒のが欲しいよ。「バーゲンやったら安く買えるわ」 





こうして知って行くと服に凝る人ってのは切りなく金が要るね。 一言、気の毒やね。「放っとけ」 これで流行を追いだしたら、

なんぼ金あっても足らんのじゃないか? 自己満足の世界に金つぎ込んでやまない世界だね。光線と上向き加減の姿見で操作されてんだろうかね?

「着心地に酔ってしまうと安物なんか受付なくなるんだろ?」 そうだろうね、たしかに高価なものは、その辺が決定的に違うんだろうね?





こういう手合の人は、価値あるものの価値を知らない無価値な人って、一言、屑(くず)って云ってんだろうね。「聞こえるようだよ」















『キャプテン・フィリップス』









全滅だよ。『キングスマン』 も『カリフォルニア・ダウン』ズラ~と空箱ばかりが並んで中味がない。『ハイネケン誘拐の代償』が見当たらないね。

仕方ない、今日は諦めて帰ろうか。いつも萎えさせよる大きな姿見でアスペンパーカを見る。いいねえ~。「おまえは?」 老けたおっさんだよ。

明日を夢見る中味のオレと、大きな姿見に映るオレとの間にギャップが生じておるね。「ホンマかよ?」 玉手箱開けた浦島太郎じゃないか。「大きな差だね」





もう、Gパン履いて合わせても似合う歳じゃないね、若さにしがみついてるような哀しさを感じるよ。いつから、こんなふうになっちゃったんだろ?

「おまえの錯覚が原因だよ」 女の子たちが「★★ちゃん、★★ちゃん」って友達みたいに寄り来るからかなあ?

「★★ちゃん、若いわあ~」「格好いいわあ~」って無責任な評価をまともに聞き過ぎてるのかね? 「キャバレーか?」 不純なとりをするな。





「中味が、そう感じさせるんじゃないか?」 なんか、余計に悪いのと違うの? 軽薄なおっさんって感じだよ。「少し軽薄だろ?」 まあね、

年輪の重みを憧れるんだけど毛嫌いする部分もあるからね。「子供で居たいのか?」 かもね。

しかし、此処のツタヤの大きな鏡は、オレにとっては不愉快だね。客の気分を萎えさせるよ。他所では、そんなに極端な感じは受けないよ。





しかし、鏡は嘘をつかないからね。もう少し、歳相応の落ち着いた自分になるよう努めよう。「気付かせてくれてるんじゃないか?」 かもね。














『キャプテン・フィリップス』








昨晩も休みの前日だから映画をゆっくり観たよ。『キャプテン・フィリップス』 トム・ハンクスが実在の船長役なんだけど、此の人は不思議な人だね。

「なんでや?」 観たいって引き込ませるほどの派手な魅力は無いんだけども、観たら裏切りの無いしっかりした芸を見せる役者なんだね。

なんでもないよな映画でも面白くするんだよ。正直、気が進まないけど消化せんとあかんので観出したんだけど満足したよ。





アメリカのコンテナ船「マースク・アラバマ」号がアフリカ大陸のインド洋側、紅海のアデン湾からモンバサに向って航行するなかソマリア沖を通過中に

ソマリアの武装した土人どもにシージャックされる。彼らは、もう、ほとんど真っ黒け、「なんやねん、アフリカ人やろ? 黒人やないか」

でも、船の操縦もこなして英語も話せるし漁師だったからスイスイと泳いだりもできる。「おまえより、遙かに現代人ではないか」 そうだね。














『キャプテン・フィリップス』








教育というのは怖いもんだねえ。骨皮筋ヱ門で怖い顔してんのに頭は、まともに働いている。AKライフルで威嚇して無理難題の傍若無人。

船長フィリップスは、操舵室に二人の部下を残して、他の船員達を機関室に匿い海軍の救助を待つ間、必死に彼らに対応する。

此の海域では、今でも海賊が頻繁に出没する危険域なんだけど、日本船なら解るけど民間の貨物船といえどもアメリカ船が、何故、武装しないのかね? 





小さな船で襲って来る海賊船なんか大型船の高い甲板から機銃掃射したら圧倒的に有利で、海軍がわざわざ救援に出向かなくてもことは済むはずだけどね?















『キャプテン・フィリップス』









海上の約束事なんかね? 船内の船員反乱事件の抑止のためかね? 誰もが、簡単に銃を持てる国なのに、銃を乱射しつつ小船で迫ってくる海賊船に

フィリップス船長が及び腰で発炎筒を撃ち返してんだね。日本映画なら違和感のない姿だけど、アメリカ人には似合わないよ。なんか苛立つんだね。

その欲求不満をだね、駆けつけたアメリカ海軍の駆逐艦や小型空母なんかが圧倒して、ネィビー・シールズの隊員たちが晴らしてくれるよ。





一発必中の狙撃の腕に感心してしまうよ。銃声とともに、バシッバシッバシッ、救助艇の小さな窓に弾痕、血しぶきが飛び散って全てが終わる。















『ネィビー・シールズの狙撃手』 アメリカ海軍特殊部隊









トム・ハンクスにスカッとするよな場面は無い、脅され従いつつ云うべきことを云う、勇気ある行動なんだけど、なんせ人質だから限られる。

儚(はかな)い抵抗も無駄に終ってどつきまわされる。揚句、縛られてぶら下げられて、気性の激しい黒人に、あわや刺し殺されそうになる。

この逼迫した事態を盗聴、盗撮して機会を待つシールズの隊長、海賊3人を一挙に射殺せねばならない。彼らが乗る救助艇の小さな窓に影が見え隠れする。





母艦の甲板上にシールズの狙撃兵たちが伏して狙いを定めている。それまで窓には顔を出さなかった海賊がフィリップスに激昂して

窓の存在を忘れた間一髪の隙だね、狙撃の弾丸は、土人どもの頭をことごとくスイカの如く割るんだね。アメリカ、恐るべし。

こいつら、なんで、こんなに格好いいんだろうかね。格好いいから、おまえらは正しいと云ってしまうのは間違ってるね?「疑う思いがあるだけ救いではあるね」





ネィビー・シールズの隊員たちは終始無言なのに圧倒する存在感なんだよ。堪らんねえ~。「なにがや?」 やっぱり、こいつらは正義の味方やで。































カメレオンの独り言-1541 『前にあったクリスマス、もう、後ろに消えちゃった』

2015年12月28日 | 日記







 『クリスマス』 2015年12月28日







暖かいクリスマスなんて過去にあったかなあ? オレの記憶は当てにならんけど、こんなの初めてじゃないか?

この調子だと悩んで買ったアスペンパーカ、着ることないんじゃないか? どうしてくれるの? どこぞでツツジが咲いてるなんてテレビで云ってるよ。

ツツジは桜が散り終わる頃に咲くんじゃないの? もしかしたら、地球も、あと暫くの寿命じゃないのかね? SF映画も馬鹿に出来ないトコがあるよ。





まあ、この温暖化が牙を剥いて暴れだして地球が終るにしても、後、何百年は先の話しだろうけどね。

死んで彼の世から生まれ変わるとしたら時期を選ばんと、とんでもない状況の地球を目の当たりにせねばならんかも知れん。

SFの世界は嫌いだから生まれ変わりを拒絶して彼の世で、なまくらな魂のまま浮いておこ。「魂は浮いてるのか?」 そうじゃないのか?





サンタクロースもトナカイも浮いておるではないか。つまり、常に浮かれているんだよ。「常に愉しいということか?」 そうじゃないのか?























「おまえ、此れを更新した時には、もう、クリスマスは終わってるぞ」 おっさんのオレとしては、ホントはどうでもいいんだけどね、ことの終わりの余韻だよ。








稲垣潤一, 広瀬香美 - クリスマスキャロルの頃には









「ヤッホー、★★ちゃ~ん」 某私立大学付属の高3の女の子がお洒落してお出かけだね。「★★ちゃん、デートに行く」 そうか、綺麗だぞ、自信もって行け。

ニッチャラ、ニッチャラ満面笑みを零して手を振り振り行ったよ。考えたら、誰でも番(つがい)になれるように天の配剤だね。

今、いや、ずっと相手が居ずに寂しい思いを引きずってる人たちも大いに夢咲かせて待ってりゃいいよ。必ず、眼の先にステキな人が現れるもんなんだから。





この某私立大学付属の高3の女の子も、相手が居なくて長く心痛めておったのに、今じゃウキウキの世界を跳ねてコロこんでおるよ。

滅入ってはいかんよ、この子のように食欲旺盛にして、常にニコニコしながら心を痛めて笑ってるってのがいい。

呼び込むんだろうね。「なにをや?」 福をだよ。夢が叶うんだよ。〇〇〇〇君がいいって、熱い片思いしてたのに、あいつ、最近、全然忘れたかのようだよ。





こんなの見てると男と女ってのは、大概、いい加減なもんだね。総じて、男の子は両面通行利くけど、女の子は一方通行だね。そんな感じがするよ。























もう、街ん中は歳末一色だね。洋風のツリーもサンタもカモシカも、はい、終りって片付けられて倉庫の中。商売人は、愛想笑いの裏で非情だよ。

これからは、正月を迎える品物が店先一杯に並んで純和風。店先流れる音楽もお琴の音色に変わってる。都会から田舎って感じかね?

だから、世の流れが忙しなくなるんだよ。時は金、時間を追って様変わり、追い立てられて気分を変えて次へ行く。一年が早く過ぎ去るのは商売人のせいやねえ?





「余韻も糞もあったもんじゃないね」 だから、当駄文は意図的にずらしているんだよ。まだ、サンタクロースだよ、

場所を外していて携帯が鳴った。「★★ちゃん、何処?」 あれ、彼女だね、おう、行くよって事務所に戻ると前で振り返って笑ってる。

「今日も仕事やねん」 おまえ、クリスマスだよ、誰か友達連中と遊びに行かないのか? 「昨日も仕事やった」 大学は休みに入ってるみたいだね?





用事で市内まで行って来たらしい。おまえは行動派だから苦にならんだろ? 「しんどいわ」 ああ、ホント。

道々、人間の血流について、なにやら難しい説明をしてるよ。血栓? 血の塊だね、血管詰まって死ぬやつだよ。エコノミー症候群って昔云ってたね。

最近、聞かないね、なんて話し聞きながら思い出してる。コンビニで買い物済ませたら「このまま仕事するわ」って云うので、じゃ、頑張りよってバイバイ。





オレの人生で、こんな不思議な娘(こ)は居なかったね。いっつも居ないんだけど、いつも側に居るんだね。「どういうことや?」 そういうことさ。





















クリスマスと同じだよ。前に居ると思ったら、もう、後ろに消えちゃってる。でも、クリスマスは無くならないだろ。





























カメレオンの独り言