脳腫瘍の夫と共に

2010年4月グリオーマと診断された夫との手探りの日々…

何度でも……

2012-03-27 21:51:15 | 私の思い 2
「人は一生に飲める酒の量は決まっとる」
お酒大好きだった夫の父親の持論だったそう。
肝臓癌だった父親は
お盆で外泊していて
夕食に少しだけ大好きだったお酒を飲んで
「もう飲めなくなったで俺も終わりやな」と言って
眠りにつき、そのままだったと
何度も聞かされた。
夫19歳のとき。
「息子が嫁さんをもらったら仲良くするんだ」と楽しみにしていらしたと近所の方からお聞きした。
お会いしたかった。
まだ夫と知り合う前のこと。


「俺も肝臓癌になるかなぁ」と言いながらも晩酌を欠かさなかった夫。
病気になって、あまり飲めなくなって
「もう一生分飲んだのかなぁ」と言ったことがある。 
「まだまだだよ、もっと飲も!」と誘ったが、
もうあまり飲みたがらなくなっていた。

なんであんなに生き急いだんだろうと思う。
母親と別れたのは26歳のとき。
そのあと、
山の上にあったお墓を家の横に移した。
お墓には夫と義弟の連名で建之と彫られている。
屋根瓦も交換したし、
台所も増築した。
全部、事前相談は一切なく、
ある日突然業者を連れてきた。

お金がたくさんあったわけではないが
何とか支払えたのは
夫のおかげである。
短い人生で
ずいぶん急いで
家のあちこちを直してくれた。
二階の部屋をサッシにして窓用エアコンを取り付けたり、
車庫に部屋を作ったり
中古の太陽熱温水器を取り付けたりと
何でも一人でやってのけた。

あとは
縁側と玄関をサッシにして
仏壇を直したがっていたが
……

築50年以上の古い家ながら
快適に過ごせるのは
夫の働きのおかげ……

なぜ
あんなに
いろんなことを急いだんだろう……


取り戻せない時間の重さに
何度でも
「ありがとう」と「ごめんね」を繰り返す。

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