脳腫瘍の夫と共に

2010年4月グリオーマと診断された夫との手探りの日々…

しばらくお休みしますm(__)

2012-10-20 23:26:11 | 私の思い 2
かなり無理をしてブログ続けて来ましたが
心身共に限界です。

つらいとき、励ましてくださったたくさんの皆さんへの感謝は忘れません。
今まで、
本当にありがとうございましたm(__)m

こんな形でお休みすることお許しください。

元気になれる日が来たらまた続けさせて下さいねm(__)m

月命日

2012-10-08 21:10:34 | 私の思い 2
昨日は14回目の月命日だった。

三連休の真ん中で
お天気もよかったけど、
どこにも出かける気力がない。
娘は退屈するので、
ケアホームに預け、
買い物に連れて行っていただいた。

娘がいないと
一日中泣いてばかりいる。

ここのところ、
かなり危ないなあ、と自分でも思う。

ワンコの散歩の途中、
ガードレールの切れ間にまっすぐ歩いて行きそうになり、
はっと気づいて、その場に座りこんでしまった。

こんな程度の高さでは死なないよーと思いながら
涙があふれた。

現実から逃げたいと思っているわけではないし、
今の自分の精神状態がいいとは思っていない。

でも、
どうしたらいいのか
皆目見当がつかない。
エネルギーを使い果たし、
自分の気持ちのコントロールさえできない状態。


「死にたい」とつぶやく我に
「死ぬまでは『生きて』いろよ」と言いくれし友

2012-10-01 20:03:34 | 私の思い 2
子猫を保護してちょうど1週間がすぎた。
日毎に動きは活発になり、
いたずらの度合いは半端ではない。
以前からいる老猫に遊んで欲しくて
じゃれて跳びかかっては怒られ、小さくなって
でも、またすぐに跳びついていく。

なんでもおもちゃになるのは人間の子どもと同じ。



こんなものも





ビニール袋も





ただの紐でも、おもちゃにして飽きずに遊ぶ。

こんな子がいたら、少しは心和むかと期待していたのだけれど・・・

私の「鬱」はなかなか手強いようだ。





君逝きてふたたびの秋めぐり来ぬ すじ雲高き野分晴れなり


栗、秋刀魚、あなたの好きな里芋の煮物も添へて今宵の夕餉


ただひとりいくたび秋をかさねたら あなたのもとへいけるのでしょう 

誕生日

2012-09-22 13:36:20 | 私の思い 2







朝早く起きると山には靄がかかり、墨絵のような美しさ。
ワンコの散歩に出ると、リスに出会った。
落ちている胡桃を拾っている。
もう冬の支度が始まっているのだろうか。

今日は夫の誕生日。
「お父さん、おめでとうって言おうね」と娘に話すが
怪訝そうな表情をする。
いなくなった人に「おめでとう」を言うということが
理解できないのだろうか・・・
いつも
「お父さん、行ってきまぁす」と「ただいまぁ」は言うのだけれど・・・

やけつくような夏がすぎ
日暮れが早くなった。
仕事から帰るともうあたりは薄暗い。
懐中電灯をもってワンコの散歩に出る。
これから、また、あの心も凍てつくような冬が来ると思うだけで
とても心細くなる。

でも、
不思議なえにしに支えられ
力づけられて
なんとか生きている。
精一杯とはいえないのだけれど
それでも、
今というこの瞬間を、
夫があんなに願いながらもかなわなかった
この瞬間を
私一人で生きている。
夫の苦しみ、悲しみ、それでもあきらめなかった未来への思い。
それらをすべて抱えて、生きていくのだと思う。


住民票妻といふ字が抹消され 世帯主とぞ書き込まれをり


青い空白い雲あり 紅く咲く曼珠沙華にもかなしみあらむ


追記
 「お父さんはお誕生日に何が食べたいとおもう?」と娘に聞いてみた。
「ケーキかなぁ?それともお刺身かなぁ?」と言うと
しばらく考えて「お刺身!」と答えてくれた。
「そうだね、お父さんお刺身が好きだったねえ」
で、夕食は海鮮丼にすることに。
買い物から帰って来て、二人でお墓に行った。
そこに夫はいないと思うのに
お墓に行けば、夫に話しかけ、大泣きする毎日なのだが、
今日は娘と二人で
「お誕生日おめでとう」と言ってきた。
58回目のお誕生日だよ、
一緒に祝いたかったね・・・・・


後悔と懺悔と

2012-09-16 22:05:55 | 私の思い 2
若年性アルツハイマーのドラマを見た。
自分が全てを忘れてしまう日を覚悟して
8歳の娘の将来の誕生日にむけて手紙を書くシーンを見て
涙が止まらなかった


きっと
夫もそうしたかっただろう
病気のことを知っていたなら
失語になる前に
そうしていただろう
私は
告知をしないことによって
夫から
その機会を奪ったのだ


夫は
自分の病が完治しないことに気づきながらも
そのことを嘆くことはなかった
家の片づけをしたり
私たちの未来を気づかったりしながらも
治りたいという気持ちを捨てることはなかった


けれど
再発してからの病気の進行はとても早くて
あっという間に
夫から言葉を奪ってしまった
夫には
きっと息子たちや娘に伝えたい思いがたくさんあっただろうに・・・


どんなに後悔しても時間は戻せない
分っているけど
写真の夫にむかって
繰り返す言葉は
やっぱり「ごめんね」と「ありがとう」しかない

夫と共にすごした幸せだった日々に戻りたいとは思わない
それは贅沢な望みだとわかっている
私は一生分の幸せを夫と共に味わいつくしたのだと思うから・・・

ただ
あの苦しかった日々の夫の思いに寄り添えなかった
激しい後悔だけが私を押しつぶす


かなうなら君の傍(かたえ)に寄り添いて
     君の重荷を共に負いたし