脳腫瘍の夫と共に

2010年4月グリオーマと診断された夫との手探りの日々…

ねえ・・・

2016-08-21 22:23:03 | 日記 2
娘の発熱はおさまったけれど
鼻水・咳は相変わらず。
元気はよいので、グループホームに送ったけれど・・・



お盆前、
夫の従弟がお参りに来てくださった。
毎年、五月の連休・お盆・年末と欠かさず来てくださる。
この従弟の奥様が亡くなられたのは
夫が発病する前年の5月の連休だった。
今から思えば、
夫が元気だった最後の連休だった。


若くして妻を亡くした従弟のために
夫は名古屋に泊まり込んで
その葬儀のすべてをとりしきった。
香典帳もPCに入力し
文字通り、すべてを完了して帰宅した。


その間、
わたしは、いつもと同じ叔父・叔母・義姉たちを迎え
大忙しの連休だった。
名古屋まで通夜・葬儀のお参りに全員を連れていかねばならず
大忙しの日々だった。
加えて、当時16歳の愛犬が
自力では食事も飲水もできず
口の中に流し込んだものをようやく飲み込むというありさまだった。
わたしとしては、
この老犬に付き添っていてやりたかったが
それもままならなかった。


Pcがあまり得手でない夫からは
香典帳を作るために
「ここはどうしたらいい?」という電話が
たびたびかかってきて
大勢の食事の支度の合間に
それにもこたえねばならなかった。


連休中に愛犬が亡くなり
夫不在のまま
愛犬を弔わねばならなかった。
義姉家族が付き合ってくださり
火葬・骨あげまで付き合ってくださった。
15年、ともに暮らした愛犬の骨を拾った。
その時は
わずか2年後に夫の骨を拾うなど
想像すらできなかった。



その従弟とお骨の話をした。
従弟は昨年、7回忌を勤め
納骨したといった。
わたしはまだ仏壇にそのまま・・・
「納得できるまで置いていていいですよ」という
ご院寺さんのお言葉を頼りに
まだ決心がつかないでいる。
従弟は
「あとはあきらめかな・・・」とつぶやいた。
わたしは・・・

あきらめきれない。

夫の
ただひとつの
体の一部


夫が生きた
唯一のあかし


今も
「ねえ、帰ってきてよ」とつぶやく相手。

どうして
あきらめられるだろう。


ねえ、
あなたが愛した娘の体調が悪いんだよ。


いっそ
娘とともに
あなたのいるところに
いきたいよ・・・

娘の発熱

2016-08-17 19:17:41 | 日記 2
お盆は
いつものように義姉家族を迎えにぎやかだった。
義母の37回忌を勤めご近所や親戚にお花束(おけそく)を配る予定だった。
ところが・・・

15日の明け方から娘が発熱。
元気はよいので心配はしていないものの
今日になっても熱が続き・・・
今日はちょうど大学病院のMRI結果を聞くための受診日だった。
小児科の主治医の診察日でもあったので
小児科も予約なしで受診、
点滴を受け、薬を処方していただいた。
「近くで診てもらえるところはない?」と聞かれたが
今まで、何度か受診しても
かかりつけではなく、娘を見たことがない医師たちには
うまく診察してもらえず
結局、ひどく長引いたことが多かった。
今回も、単なる夏風邪だとは思うし
ゼロゼロした咳が続くのもいつものことだが
早めの処置をしていただけて一安心。

MRIは異常があり
造影剤を入れての再検査の予約をしてきた。

お盆中も今回の発熱中も
老猫がずっと娘に添い寝をしていた。
「まるで、お父さんみたいだねえ・・・」
娘にくっついて眠るのが好きで
手術後、再発するまでは
必ず娘と一緒に寝ていた夫。

わたしも
いつまで娘と一緒にいられるのか・・・と思う
自分の生に執着はないが
娘のことだけが心配でたまらない