脳腫瘍の夫と共に

2010年4月グリオーマと診断された夫との手探りの日々…

夏の日

2018-07-22 19:30:48 | 日記 2
連日の猛暑

あの頃も暑かった

夫が肺炎で入院をして
「もう自宅には帰れない」と主治医から言われたあの日
病院の玄関を出て
駐車場までの通路を
ただ足元のコンクリートタイルの升目を見つめて歩いた

そして

毎朝
その同じ升目を見つめて出勤する
今にも
その場にに泣き崩れてしまいそうになる気持ちを抱えて
必死で歩くのは
あの時と同じ

耳の中では
ずっとセミが鳴き続けている
夏も冬もなく
あの日と同じ

あの最後の日々
苦しい呼吸の下で
不思議と
夫の意識は
清明だった気がする

もう
まったく言葉も話せず
体も完全にマヒしていたのに
お見舞いの人がみえると
いつも涙を流していた
娘の
「おとうさあん」
の呼びかけにだけ
「はあい」とかすかな声で答えていた
その声が
日ごとに弱くなっていき
もう答えることもなくなっていたのに
涙だけは流していた
きっと
最後まで
みんなの声が聞こえていたのだと思う
あのとき
夫はどんな思いでいたのか

もっと
もっと
話せばよかった
一晩中でも
話せばよかった
二度と
あの時間を取り戻すことはできない




ばんの様

2018-07-08 21:03:00 | 日記 2
あたたかいお言葉ありがとうございます。

こんな私を
今でも
応援して下さっていることに
こころから感謝しています

あのころ
たくさんの
コメントをくださり
わたしを支えてくださった皆様に
今も
こころから感謝しています

同じ病で
お子さんや
ご兄弟や
ご主人を失くされたのに
わたしを
励ましてくださった皆様が
どんな想いでおられたのかを思うと
ほんとうに
申し訳ない気持ちでいっぱいになります
同じ病で
まだ闘病中だった皆様にも
とても
苦しい思いをさせてしまったのではないかと
申し訳なくおもっています

いまも
夫のことは
後悔と懺悔しかなく
もっと
わたしに
医学知識があったら・・・
と悔やまれてならないのですが


この七年間は
夢の中のようで
時間だけが
勝手に
通り過ぎて行った感覚で
今も
夫が
「ただいま」と
帰ってきてくれる気がして
なりません


戻れるものなら
あの時に戻りたい
あの時に戻って
夫の気持ちに寄り添いたい・・・


ここ数日
激しい雨で
当地も
避難準備情報や勧告が各地に出て
区長さんも
心配してくださったのですが
避難所では
娘が眠れないだろうと思うと
自宅に留まることしかできませんでした
激しい雨の音を聞きながら
娘と一緒に
夫のもとに行けるなら
それもいいかな・・・とぼんやりと考えていました


大切な人を失って
なんの望みも
なんの目的もないまま
子どもたちのことだけを考えて「生きて」います


前向きのコメントがかけなくて
お返事が遅くなってしまってごめんなさい


きっと
これからも
こんなふうにしか
生きられないのだと思います


でも
温かなお気持ちは
とてもうれしかったです
ありがとうございました