34Leftで

チャリオで20分
羽田空港が子供の頃からの秘密基地
ハンバーガーとモンブランが大好きで時々オリーブも

50数年前 ここは憧れの団地だった

2016年05月02日 | 昭和の

先日 訪れた烏山には数年前まで叔母が一人で住んでいた。
子供の頃 時々 遊びに来ては 新しい発見にワクワクしていた。

初めて洋式トイレを体験したのもココ
最初は力が入らず 苦労しました。

叔母が作る夕飯は どこかお洒落で、我が家の食卓とは比べ物にならなかった。
目の前の公園で二人の従姉妹と遊んでいると、仕事から帰って来た叔父が
おいらを見つけると ニコニコしながらクルマを指差し ドライブに連れていってくれる。

甲州街道から環七を回って一時間ほどのドライブ
おいらの空想した未来の自動車や飛行機の話題に、ニコニコしてうなずいてくれる。

叔父の家は女系一家 だから おいらの事を息子の様に大事にしてくれた。
いっそ 養子にと 自ら望んだこともあったっけ。
叔父も大病を患い帰らぬ人に。病床の その顔は やはりニコニコしていた。
そんな住宅には 今は誰も住んでいない。
帰り際 駅前の 「たちばな」であの頃から大好きだった名物のパンセを購入。

それもチーズバターだけを。

家族も大好きなんです。


あの頃の思い出に

ご馳走さまです。