575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

遺壁(いへき)の寒さ腕失せ首失せなほ天使   加藤楸邨

2013年05月12日 | Weblog
加藤楸邨の一○○句を読む(石寒太)を読んでいたら、この句に。
575のリズムから遠く離れた句です。

石さんは、本のなかでこう書いています。

長崎の浦上天主堂の壊れた壁を詠んだ句。
原爆によって破壊された壁、そこにあった天使は、
腕も消え、首もなくなったが、なお天使として立っている。
意味は明瞭ですが、ごつごつした句です。

後に、楸邨自身、この句についてこう述べています。
「いま読み返してみると、ずい分気負いたっているように見える。
しかし、それを恥ずかしく思ってはいけないのだと思う。
何か俳句では背負いきれないような出来事にぶつかった時、
避けて通ることは、俳句を無気力にしてしまう。
その結果は俳句を詠むのに都合のよいことだけに
俳句を限ってしまうことになる。
そのあげく、おそろしいのは、俳句になるものしか見なくなるのだ。
私はときには俳句が傷だらけになってしまうような詠み方も
敢えてしてゆくほかないと思っている」。

10年以上、俳句を楽しんでいます。
ついつい俳句になるものしか素材に選んでいない。
そんな自分に気づかされてハッとしました。

             

今日は母の日です。

   母の日のきれいな風が吹いてくる    遅足








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