おやじのつぶやき

おやじの日々の暮らしぶりや世の中の見聞きしたことへの思い

読書「朗読者」(ベルンハルト・シュリンク 松永美穂 訳)新潮文庫

2019-08-08 21:38:17 | 読書無限
                     15歳のぼくは、母親といってもおかしくないほど年上の女性と恋に落ちる。
《あらすじ》
 15才の少年ミヒャエルは、ある日、下校の途中に急に気分が悪くなって吐いたところを通りすがりのハンナに介抱される。
 約5ヶ月後、病気が治ったミヒャエルは助けてもらったお礼にハンナを訪ねたとき、外出するため着替える下着姿のハンナから目を離すことができなくなる。
 一週間後、再びハンナの家を訪ねたミヒャエルは、コークスの炭で全身真っ黒になってしまい、ミヒャエルはお風呂を浴びることに。ハンナが、ミヒャエルのバスタオルを取り、全裸になっていたハンナはミヒャエルを抱きしめる。
 次の日から、ミヒャエルは学校の授業をさぼり、ハンナの家で、逢瀬を重ねるようになる。
 「まずは本を読んでくれなくちゃ!」とハンナに言われて、ホメーロスの『オデュッセイア』、トルストイの『戦争と平和』、レッシングの『エミーリア・ガロッティ』、シラーの『たくらみと恋』、・・・、朗読し、シャワーを浴び、愛し合うことが、二人の逢い引きの式次第になってゆく。
 しかし、ハンナは、プールサイドにやってきた翌日、ミヒャエルの前から姿を消す。

 ハンナがいなくなってから、年月が経過。すでに戦後。ナチの犯罪追求が続くドイツ。
 法学部の学生になっているミヒャエルはゼミの一環で裁判の見学にゆくことになり、その法廷でミヒャエルはハンナと再会する。そこで、ハンナが1944年初頭までアウシュヴィッツで、それからクラクフ近郊の小さな収容所の看守をしていたことを知る。
 ミヒャエルは裁判の結果、ハンナが拘置所にいれば、自分の世界、生活の外にいてくれることを望んだ。
 一日も休まず公判に通うミヒャエル。5人いる被告席に座るハンナの後ろ姿を眺め続ける。しかし、何も感じない。
 ハンナたちの起訴理由は、一つは収容所でアウシュヴィッツへ送り返す囚人の選別、もう一つは、何百人もの囚人たちを閉じ込めておいた教会堂が空襲されたとき、囚人全員を閉じ込めたまま見殺しにしたという罪であった。
 裁判はアウシュビッツへ送る囚人たちの選別について審問になる。
 ハンナは新しく送られてくる囚人を収容するために、今いる囚人を送り出さなければならなかったと言う。それに対して裁判長は「選別されてアウシュビッツへ送られれば、囚人たちが処刑されるのは分かっていたはずだ。選別するということは囚人たちに『おまえは死ね』と言うようなものではないか」といって選別を行ったハンナを責める。それに対してハンナは「あなただったら何をしましたか? 」と逆に裁判長に質問する。彼女はほかに何をすべきだったのか、何ができたのか、わからなかった。
 さらに裁判は、選別を行ったのは、全員の判断なのかどうか、に。そのとき、生き残った犠牲者から新しい事実が報告される。ハンナは囚人たちの中から若くて弱くて華奢な女の子を毎晩自室に呼び、本を朗読させていた、と。
 次に、焼け落ちる教会の中で母娘二人のみが生き残り、それ以外を焼死させた罪状に及ぶと、看守たちは報告書は間違いだらけだと主張し、報告書を書いたのはハンナだと主張する。裁判長はハンナに、どうして扉を開けてやらなかった、と。ハンナは報告書はみんなで書いたと主張するが、「あんたよ! 」ほかの被告人がハンナを指さす。裁判長はハンナの筆跡と報告書の筆跡とを鑑定を行なうことになるが、ハンナは、自分が報告書を書いたと発言してしまう。

 ミヒャエルは、裁判が開かれない日曜日。郊外を散歩しているときに、何週間も同じところをぐるぐる回っていたハンナについての思考の中からついに独自の結果を導き出す。ハンナは、読むことも書くこともできないんだ。だから人に朗読させたんだ。自転車旅行のときも。市電の会社での出世のチャンスを棒に振ったのだ。そして文盲であることを隠すために犯罪者であることを自白したのだ。
 文盲が露顕するのを恐れて犯罪を認めたのか? これまでは観客だったミヒャエルが突然参加者になり、共同決定者になった。
 ミヒャエルは裁判長にハンナが文盲であることを話すかどうか悩む。
 ミヒャエルは、強制収容所跡をヒッチハイクで向かう。ハンナの犯罪を理解すると同時に裁きたいと思う。ミヒャエルは裁判長に会いに行く。しかし、ハンナのことはまったく話せずに終わってしまう。結局、ハンナには他の被告たちよりも重い無期懲役が言い渡される。
 その後、ミヒャエルは結婚して子供も生まれるが、5年後には離婚。離婚後もミヒャエルは幾人かの女性と付き合うが、長続きせずに別れてしまう。ミヒャエルはハンナをどうしても忘れられなかった。ミヒャエルは『オデュッセイア』を再読するうち、ハンナのためにカセットテープに朗読を吹き込んで、刑務所のハンナに送り始めることを思いつく。それは、服役後8年目から恩赦が認められた18年目まで続けられる。
 カセットを送り始めてから4年目に、ハンナから手紙が届く。「坊や、この前のお話は特によかった。ありがとう。ハンナ」と稚拙だが、力強い字で書かれていた。
 彼女は書ける、書けるようになったんだ! それから、ハンナから次の手紙が一定の間隔で届くようになる。小説の登場人物についての感想、刑務所で気づいたことなどが書かれていた。しかし、ミヒャエルの方からは、何も書かず、朗読テープをどんどん送り続けた。
 服役から18年目。ハンナが服役している刑務所の所長から手紙が届き、ハンナの恩赦を願い出るので、身寄りのいないハンナの出所後の世話とハンナを訪問してほしいという依頼があった。ミヒャエルはハンナの出所後の生活環境を整え、刑務所でハンナと再会する。

 「大きくなったわね、坊や」彼女の隣に座り、彼女はぼくの手を取った。ミヒャエルはハンナに老人の匂いを嗅ぐ。
 ・・・
 「来週迎えに来るよ、いいね?」
 「ええ」
 「静かに来ようか、それとも少しにぎやかに、愉快にしようか?」
 「静かな方がいいわ」
 「分かった。静かに、音楽もシャンペンもなしで迎えに来るよ」
 ・・・ハンナの目はもう一度ぼくの顔をなぞった。ぼくは彼女を抱きしめたが、しっかりした手応えはなかった。
 「元気でね、坊や」
 「君も」
 そうやってぼくたちは、建物の中で別れる前に、別れの挨拶をしたのだった。(P224)

 出所の前日、ハンナと電話でやりとりする。

 彼女の声は、まったく若いときのままだった。(P228)

 しかし、翌朝、ハンナは自殺してしまう。

 刑務所に着いたミヒャエルは所長のところに案内され、ハンナの独房を見せられる。ハンナの一室は、荷造りせずにそのままになっていた。

 「字が読めるようになってから、シュミッツさんはすぐに、強制収容所についての本を読み始めたんですよ」
 ・・・
 「彼女はあなたと一緒に字を学んだんですよ。あなたがカセットに吹き込んで下さった本を図書室から借りてきて、一語一語、一文一文、自分の聞いたところをたどっていったんです。・・・彼女は読み書きができるようになったことをほんとうに誇りに思っていて、その喜びを誰かに伝えたかったんでしょうね」 (P231)

 所長からは、ハンナが朗読を吹き込んだテープではなく、ミヒャエルの手紙をいつも心待ちにしていたことが知らされる。
 ハンナの残した手紙には、お金を生き残った犠牲者の娘に届けてほしいという依頼が書かれてあった。ミヒャエルは死顔のハンナと対面する。
 ミヒャエルはハンナの遺言を果たすために、ニューヨークに住む、犠牲者の生き残りのユダヤ人に会いにいく。そして、ハンナのお金をユダヤ人識字連盟に寄付することにする。
 後日、識字連盟からハンナ宛に感謝のパソコンで書かれた手紙が届き、ミヒャエルはその手紙をポケットに入れてハンナの墓参りをする。

 それが初めての、そしてただ一度の墓参りになった。(P247)

ハンナがなぜ文盲で、またそれを隠したのか? という点について
 当時、文盲というのはロマ族出身であることを連想させ、差別の対象になっていた。ロマ族(差別的に「ジプシー」と呼ばれることもある)は、ヨーロッパ各地に暮らす少数民族で、もともとはインドから移民してきたと言われ、何世紀にも渡ってヨーロッパ諸国から、人種隔離、迫害、公民権剥奪、退去処分などの不当な差別を受けてきた。 多くの人々がいまだに極度の貧困状態にある。
 ホロコーストではユダヤ人だけが殺されたわけではない。精神障がい者や同性愛者、黒人や少数民族など、ユダヤ人以外にも差別され殺された人々はたくさんいる。その中でロマ族も、50万人も殺されているとも言われている。
 ハンナが文盲である事がもしもナチスにばれてしまったら、彼女が殺されてしまった可能性も十分に考えられる。
 純血主義を徹底的に貫き、ユダヤ人などを虐殺したナチスに、ロマ族であった? ハンナが最初は親衛隊員として、後に看守としてどうして働けたのか? 生きるために自らの出自を隠し、ホロコーストに荷担したのか?
 刑務所で必死に文字の読み書きを習得しようとしたハンナ。読み書きを獲得したことで、かつての自分の所行を見つめ直すハンナ。自らの運命から逃れることはできない、出所の日に自らのいのちを絶ったハンナ。・・・

 数年前に自裁した評論家の西部邁が、映画化された作品の(隠された)テーマについて、独自の見解を述べていたのをyoutubeで見た。「文盲のハンナはルーマニアにいたロマ人の血を引いていて、虐げられしロマ民族つまりジプシーの血族だったのではないか、そしてそのことを誰にも告白できず隠し通して生きていくしかない運命なのだというテーマが潜んでいる」と。

 新潮文庫。平成15年6月1日発行。

 映画版を観てみようと思った。
                

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