30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

身延山ー気を取り直して再び山へ

2012-01-11 | 登山

身延山

ことしも元気に山を歩けますようにと手を合わせる


   ↑(上)山頂から東側の展望ー富士川が流れ、目をあげると天子山塊、そして富士だ

↓(下)山頂から西側の展望ー白峰三山など南アルプスの雪嶺パノラマが広がる
 


山行日 2012年1月9日(月)
天気 晴れ
メンバー 単独
コース&タイム
我孫子駅4:53=5:06新松戸5:15=6:11西国分寺6:23=6:28立川6:43(中央本線)=8:38甲府9:06=10:19身延10:30(バス)=10:45身延山バス停ー11:00久遠寺本堂11:05-11:50三光堂12:00-12:37法明坊-13:00身延山(奥之院思親閣)13:30-13:50ロープウエー=14:05久遠寺本堂14:30ー14:50身延山バス停15:10=15:25身延駅15:43=17:05富士17:13(東海道本線)=18:00熱海18:10=19:52=20:47我孫子駅


新しい年のはじめての登山は、8日の入笠山のはずだった。それがJRの遅延で途中で引き返した。正直のところ気が抜けた。しばらく様子を見ようか、それとも気を取り直して再び翌9日に行こうか。山に行こうという気分を大切にしようと、翌日歩くことにした。計画はやはり実行して、きちんと仕上げたい。

行き先は入笠山から身延山に変更した。天気はいくぶん下り坂だという。入笠山は展望が売りだ。この天気予報だと少しあやしくなった。そこでもう1つ予定していた身延山に変えた。しかし身延山も南アルプスの展望の山だと聞いている。どちらを選ぶべきか迷った。こんな小さなことだが、私にはとても大事だ。入笠山は3月にしよう。

身延山を選んだのにはもちろん伏線がある。2010年3月の浜石岳、それに2011年12月の天子山塊からの眺めだ。目の先の遠くに身延山があったからだ。それに正月だからお参りをかねての登山もいいかと結局は身延山を選んだ。

年始に子どもが集まったとき、かみさんが「1月下旬からニュージーランドに10日間ほど山歩きに行くの」という。私は初耳だった。「前日に言って出発するつもりだった」。口うるさい亭主に内緒にしていたのはよくわかる。海外の山に行くのはいいのだが、帰国して必ず言う。「やっぱり日本の山が一番よ」。金を使ってこの言い草が気にくわない。それでも、せっかく身延山にきたのだからと、久遠寺本堂で手を合わせて、かみさんの安全渡航、子どもたちの健康、それに「今年もいい山に出会えますように」と自分のことも忘れなかった。

身延山の頂上からは期待していた展望が待っていた。雲が出てきたのではないかと心配したが杞憂だった。富士の眺めに、そして南アルプスの眺めに、気をよくした。結果が出たことで、気を取り直して出掛けてきたことに満足した。


鈍行列車で日帰りで行くには身延山は遠い。これまで行こうとしても行けなかった理由がこれだ。残された人生は長くはない。登りたいと思った山に登っておかないと、あしたわが身がどうなるかわからない。ここは行くしかない。行きは中央本線で甲府乗り換え身延線。帰りは富士に出て東海道本線を利用した。ぐるっと一周した。さすがに乗車時間は長かった。

天気は晴れ。中央本線は乗車時間が長くても窓外の山を眺めているとあきない。この日も北側の山々は輪郭を硬い鉛筆で書いたかのようにエッジがきれいだ。逆に南側は逆光のせいもあるのだろうか、それとも雲が多いのだろうか、イマイチはっきりしない。

中央本線に乗って車窓の風景に必ず身を乗り出すのが、勝沼ぶどう郷駅からの南アルプスの眺めだ。何回見てもあきない。それだけ楽しみにしていたし、今日の天気を占うにもいい場面だ。南アルプスは雲で覆われているように見える。身延山はどうなのか。ちょっぴり不安になってきた。

身延線に入ると西側の山々がきれいだ。櫛形山につづいて富士見山。葉が落ちたからか、いずれも山襞がくっきりしている。尾根と谷の陰影が濃く、見とれてしまうほど筋骨隆々としている。
我孫子駅を出発したのが4時53分。身延駅駅到着は10時19分だ。駅前から身延山、そしてロープウエーが見える。ここから身延山行きのバスに乗る。

身延山バス停から門前町を抜けると久遠寺の三門。


三門をくぐると石段だ。287段あるという。はじめは数えていたが、途中で忘れてしまった。この写真よりずっと急である。汗をかいた。


上りついて見下ろす。やはり急だ。


上りついた目の前に久遠寺本堂。神妙にお参り。お願いごとは前述のとおり。
きょうのコースは表参道から山頂に至り、帰りは裏参道を歩かないでロープウエーで降りてくる。下りは裏参道を利用するのが一般的だが、きょうはゆっくり眺望を楽しむことにした。


本堂の左を入ると、裏側に表参道がある。この山の登山道はこの参道である。左手がロープウエー乗り場。一段上の右手の道が登山道となる参道だ。一般車は進入禁止になっている舗装道路だが参拝者はここまで入って来ない。ひとり静かな道を歩む。


きょうは風がない。ゆるやかな坂道だ。歩くほどに汗をかいてきた。こんなはずがない。ザックの中は万が一にと防寒着で膨らんでいる。出番がない。アイゼンまである。手袋だってオーバ-グローブまで用意してある。中身は見えないからいいものの、ザックの大きさだけでも場違いだ。

そんなことを考えながら三光堂。ここで半分。ちょうど正午。昼飯を手早く済まして出発。

三光堂から先は砂利道になった。この先の法明坊までは尾根道だ。参道だから登山道の雰囲気はない。あくまで参道である。体が慣れてきたのか、三光堂からは調子がよくなってきた。傾斜は徐々に増してきた。それでも体が動く。まだまだ捨てたもんじゃない。

上からグループが下りてきた。2人が白装束だ。「なむみょうほうれんげきょう」と歌うように唱えながら。


法明坊が見えてきた。表参道には1丁目から奥之院まで50丁目までの丁目石が参道わきに立っている。さきほどの三光堂は中間地点で「25丁」。ここ法明坊は「40丁」。山頂の奥之院まであと10丁だ。



「49丁」。あと1丁で山頂となる奥之院だ。


予定通り午後1時到着。
さあどうだ? もちろん気になっていた展望である。ずっと気になっていた。奥之院への階段の手前から展望が広がる。


おお、見える、見える。ひときわ富士が大きく見える。よかった、よかった。これじゃまるでガキだな。もしかしたら雲で隠れて見えないのではと不安であっただけに、感激した。これまでいやというほど見てきた富士だが、見えるべきところで見えないとやはりがっかりする。不思議な山である。

ここから眺める富士は、天子山塊を前衛に顔を出している。2011年12月にその天子山塊から見た富士と同じ形だ。西から見た姿である。当然大沢崩れも見える。

 



東側の展望は完璧だった。そうなると奥之院の裏手、西側からの南アルプスの展望はどうなのだ。どうも気になる。近くにいた人に尋ねた。「なかなかものものでしたよ」。これで安心した。

さあ、急ごう。奥之院思親閣を抜ける。参拝は後回しだ。バチがあたるかなと思いながら山頂を目指した。



ここが身延山の山頂だ。南アルプスの雪嶺が見える。雪煙りが上がっている。私の安物カメラではその山並みを写し撮ることができない。どうしても小さくしか写らない。実際の目ではもっと大きく見えるのにといつも不満だ。

南アルプスの横一列の雄姿はあちこちの山からなんども見ているが、これもなんど見てもあきない。すぐに同定だ。自分が歩いた稜線を目でたどる。いい気分だ。この時期だというのに南アルプスは雪が少ないように見える。


南から北へこの山群を撮る。まず布引山、笊ケ岳。その背後に雪をかぶっている悪沢岳、さらに塩見岳だ。


アップで悪沢岳。


塩見岳もアップで。


さらに北に目をやると白峰三山。手前の富士見山が北岳を邪魔している。さらに鳳凰三山、八ケ岳だが、私のカメラではここまでが限界だ。
 

白峰三山もアップで。 手前の富士見山の向こうになんとか北岳のトップを撮ることができた。

鳳凰三山と八ケ岳のアップ。鳳凰三山は雪山になっていない。
こんな景色を見ていると、立ち去り難い。なんと30分も眺めていた。ここまで目に焼き付けたら十分だ。納得して山頂を後にする。この気分はいいね。とってもいい。
帰りの時間も迫っている。参拝できなかった奥之院にはゆっくりと手を合わせた。


日蓮聖人お手植えの杉。


帰りにもう一度、富士の展望を楽しむ。



ロープウエーで下山。7分で下山してしまった。ロープウエーからの富士。しだいに姿を隠していく。

身延山に雪はなかった。道も凍てついていなかった。冬山装備で膨れたザックが周囲から浮いていた。もう一度本堂にお参り。きょうはなんどお参りしただろう。まだ時間に余裕があるので伽藍を見学して、さあ帰ろうと腰を上げた。帰りも時間がかかる。長い一日だった。決断すれば行けるものである。これで気になっていた一山を歩けた喜びがある。


      

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