30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

貧しきかなわがトマトハウス

2012-04-30 | トマト

ケーン、ケーンとキジがしきりに鳴いている。手を休めていると畑の中をすごいスピードで走って行くのが見える。キジは飛ぶのが苦手だというが、飛ぶのをはじめてみた。重い体を無理して持ち上げているようで、やはり下手だった。何年か前に隣りの畑との境に巣を作って卵を産んでいた。これは孵化しなかったが、それほどキジはこの時期に野良仕事をしていると身近にみることができる。

今年もトマトハウスを建てた。周囲のトマトハウスはみんな立派だ。ところがわがトマトハウスだけはなんともみすぼらしい。見劣りがする。自分でもいやになるくらいの出来栄えだ。とりあえずつくたっといった感じで、まるで私の性格を見るようで目をそむけたくなる。どうみてもいいかげんで、やっつけ仕事だ。それなら最初から見た目がいいものを作ればいいものをと思うのだが、これができない。どうも大工仕事ができない。それでも汗をかいて作った。とりあえず作ったのだから、これからは少しずつ修正していけばいい。と思ったところでたぶん変わり映えしないだろう。要はトマトを雨から防いでやることができればいいのだ。それさえできれば見た目なんか気にしなくてもいい、なんて思うのだが、やはり見た目も大事だ。それにこうも貧弱だと台風にフレームごと吹き飛ばされてしまう。そこだけはきちんと補強しておこう。

トマトハウスの出来具合にあまりこだわらないのは、トマトが好きでも嫌いでもないからだ。トマトは出されたら食べるが、自ら手を出す方ではない。かみさんが好きだから、それじゃ作ってやるかといった感じで向き合っている。

トマトの苗は購入したものだ。トマトをタネをまいて苗を育てるのはむずかしくない。しかしいまの時期までに、植えつけるだけの苗を作るには、3月上旬にタネをまく必要があり、加温が必要だ。その手間ヒマを考えるとこの時期の苗は購入したほうがいい。

その4月中旬に購入した苗は、ひと回り大きなポットに移して、家で育ててきた。第一花房がついてきた。そうなると植え時である。ことしのトマトの株数はやや少なめにした。大玉が4株、ミニが5株の計9株である。小さなトマトハウスは9株も植えつけると窮屈だ。仕方ないから株間を狭くして植えつけている。

黒マルチを張って植えつけたら、まずは天井にビニールを張り、これが肝心の雨よけになる。さらに少しの間は風よけに寒冷紗を周囲にぐるり巻いてあげる。これで準備完了、これから栽培スタートとなる。トマトに限らず、ナス、キュウリ、ピーマンなどの果菜類の栽培は、なにかと資材がいり、それに栽培中もなにかと手間がかかる。面倒だなと思うときがたびたびある。


         


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場所を取るカボチャづくり

2012-04-27 | カボチャ

カボチャが芽を出してきた。よく出てきたね、えらいね、と頭をなでて褒めてあげたくなる。

カボチャは4月10日に大きめのセルトレイにまいた。発芽には保温が必要だ。そのためトロ箱に入れて、さらにそれを空いた肥料袋のなかにすっぽりいれてしまう。これで発芽させることができる。これで大丈夫? 何十年もこうしてきた。今年もこうした。発芽したのは25日だから2週間かかっている。

家庭菜園でカボチャづくりができるのはぜいたくなことだ。大きなスペースを取るから狭い菜園だとあきらめざるを得ない。わが菜園でも事情は同じで、いつも四苦八苦する。しかしカボチャはうまい。大好きだ。好きなら野菜にだって一直線だ。

大きな菜園なら何の制約もないだろうが、5坪や10坪ほどの家庭菜園なら残念ながら栽培は無理だろう。わが菜園でも1株か2株くらいしか栽培できない。それも無理をしての話だ。2人家族ならその株数で十分だ。豊作の時などもてあますほどの収穫になる。

1,2株なら苗を買ったほうが手間ヒマを省けるが、どうしたわけかカボチャはずっとタネから育てている。その手間ヒマが楽しい。だからタネ袋を買っても年に数粒しか使わないから、タネは残るばかりで、年年古くなる。

今年も2株を育てたい。今年はその古いタネと、昨年自家採種したものの2種である。2粒ずつの4粒を一昼夜水につけて、まいた。いま3粒から芽が出てきている。うまく行ったもんだ。本葉が出ると畑に移す。そこでも保温が必要だ。「あんどん型ビニール囲い」をしてやる。いったん勢いがつくと、ぐんぐん伸びてくる。そしてあれよあれよというまにツルは小さなスペースを埋め尽くしてしまう。もう勝手にしろとばかりにあとは放りっぱなしである。それでもカボチャはできる。


         


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5月に似合うルッコラの香りと辛み

2012-04-25 | その他

いつものウオーキングコースの堤からは両側に田んぼが広がる。いい眺めだ。田に水を引きはじめた。じわじわと水が渇いた田に沁み込んで行く。ここの田植えは今月下旬から5月初めにする。田植えのころは、田の水が鏡となり光が満ちあふれ、まばゆいばかりの世界になる。

それなのに、ぼやくことしきりだ。ここにきて体のあちこちの具合が悪い。なんかどっと一度に来た感じがする。年なんだなあ。頭に歯、それに肝臓と膝。とくに膝が気になる。楽しみの登山ができないでいる。無理しないでここはゆっくり様子を見るしかないと自分に言い聞かせてはいるが、内心はおおいに焦っている。ここまま山に行けなくなるのか。悲観すると心が沈む。なるようになるしかならない、そうわかっていてもだ。正月の身延山登山で久遠寺本殿で「ことしも元気で登山を楽しめますように」と手を合せて拝んだばかりばかりなのに、下山してまもなくこのざまだ。バチがあたるようなことはしていないのに、なんとも間が悪い。

夏野菜は、果菜類や豆類にどうしても片寄る。そこで少しでも葉ものを意識的に作る。これが重宝する。4月上旬にルッコラ(ロケット)、ミズナ、コマツナをまいた。葉ものはこれにレタスが加わり、盛夏にはクウシンサイとモロヘイヤになる。

春の葉ものにルッコラがいい。ルッコラを初めて口にしたとき、そんなにうまいものとは思わなかった。それがしだいに味と香りに慣れて、うまいと感じてきた。だから春と秋にタネをまくが、おもに春に作っている。ゴマのような風味とクレソンに似た辛みがあり、レタス、タマネギなどと合わせてサラダにすると香りがたつ。なかなかのもんだなと感心して食べる。

しかし、味は覚えたものの、以前はというよりもいまも「ルッコラ」という名前がなかなか出てこない。思い出そうとしても出てこない。「ロケット」のほうがすぐに思い出せるから、ルッコロというよりもロケットと言っている。

栽培は簡単である。コマツナ並みだ、といえばコマツナに悪いか。条まきする。間引きはしない。大きくなった順に摘んでいく。若菜が断然うまい。これは葉もの全般言えることだが、大きくなるとかたくなる。それにトウが立ってくると、もう駄目だ。だから若いうちに小まめに摘む。いまは寒冷紗をベタがけしている。暑くなるととたんにまずくなる。5月のさわやかな季節に食べるにふさわしい野菜だ。


         


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ラッカセイ、種が古くて芽が出るか

2012-04-23 | ラッカセイ

ラッカセイのタネをまいた。ラッカセイはうまい。とれたてを塩ゆでしたものには感激してしまう。酒の友には最高だ。もったいないと思いながらも毎晩食べてしまう。その楽しみがあるから作っている。

ことしもタネをまく時期が来た。しかし待てよ、タネは? タネがない。タネは、前年収穫したものを保存して使っている。充実したものを殻つきのまま保存している。それをすっかり忘れてしまってすべて食べてしまっていた。どうしよう。買うしかない。いや、物置の隅に一昨年のものが残っていたはずだ。

これを使おう。しかし、まいたところで一昨年のものだからはたして芽が出るのか。わからないがやってみよう。芽が出なかったら買うまでだ。ラッカセイのタネまきは本来は5月に入ってからだから、追いまきしても十分に間に合う。

なんで昨年収穫したのがなくて、一昨年のものが残っているのか。一昨年は種を多くまいて多く収穫できたからで、昨年はまくのを少なくしたからである。作付けが無計画だから、そうなる。

一昨年の殻付きラッカセイを取り出した。ほこりをかぶっている。見た目もさすがに古そうだ。しかも殻が固くなっていて、割るのにも骨が折れた。取り出したタネは小さくしぼんでいる。

これをまく前に一昼夜水に漬けておく。水につける必要はないという。タネが固そうだからつい水に漬けてしまう。ほかのタネだって固いタネはそうしている。だから不要とわかっていても水に漬けてしまう。あれ不思議、しぼんでいたタネは水を吸って膨らんで、少しつややかさを取り戻し見違えるような姿になる。これをみたいのかもしれない。

平ウネで株間30センチ、一カ所に2粒をまいた。ラッカセイにはまだ寒そうだからとビニールで覆ってやった。ラッカセイはほったらかしだが、生育してきたら、せめて雑草取りと土寄せだけはやっている。ことしの作付けは少ない。どうしても十分なスペースがとれなかった。サトイモを優遇したばかりにしわ寄せがラッカセイに来た。サトイモとラッカセイ、どちらも好きだ。どちらをとろうか。野菜にだって決断を迫られる。狭い菜園だからこんな悩みもある。


         


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雨が頼りのサトイモづくり

2012-04-20 | サトイモ

サトイモを植えつけた。まだ早い。わかっていてもやってしまう。なぜにこうも気が急くのだろう。もっとゆっくりやればいいのにと思うのだが、こればかりはどうにもならないようだ。

サトイモは、ヤツガシラと愛知早生とエビイモの3種。前2種は昨年10月に収穫したものの中から一部を種イモと保存してきたもので、毎年この2種を作ってきた。ことしはこれに加えてエビイモを作ることにした。種苗店で種イモを入手できた。

サトイモ栽培は大きな面積がいる。今年は1種類増えたから、いつもの年よりさらに大きな面積がいる。無理してやりくりして植えつけスペースを確保した。わが菜園で一番大きなスペースを取る。サトイモは大好きだからといっても、狭い菜園ゆえにこのツケはほかの野菜にいく。

畑の一角で芽出しを行っていた。掘り出してみると、芽が出ているものの、植えつけるにはまだまだ小さい。しかしこれだけ出ていれば植えつけてもいいかと畑の準備をして定植することにした。いいかげんである。

長さ8㍍のウネを3列用意した。1列に1種類。ウネ間は1㍍。この間隔だとちょっと狭いかなと思うのだが、狭い菜園だから仕様がない。株間は40㌢だから1列で18個ぐらい植えられる。3列全部で50数個の種イモを植えつけることができる。

できるだけ芽が出ているものを選ぶ。サトイモは芽出しをしてから植えつけたとしても、芽が出そろうまで時間がかかる。生育を早めるためポリマルチを張るのだが、以前はそうしていたが面倒なのでこのところやっていない。

芽は一斉に出ることはなく不ぞろいだ。ぽつぽつと出てくる。必ず欠株が出る。これに対応するため、残った種イモを片隅に植えておき、欠株が出たらこれで補充している。

サトイモ栽培で必要なのは水だ。乾燥を嫌う。適当に雨が降ってくれると問題ないのだが、一昨年のように夏の高温で雨が降らないときはアウトだ。畑には水道がない。天を仰いで神頼みになる。雨よ!


         


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トマトなど果菜類の苗の買い出し

2012-04-18 | トマト

トマトなどの果菜類の苗を買ってきた。園芸売り場は花と野菜の苗が出そろい、5月上旬まで平日でもごったがえして年一番のにぎわいになる。園芸売り場にいると何時間でも過ごせそうだ。

夏の畑はトマト、ナス、ピーマンといった果菜類が中心で、葉っぱものの葉菜類がほとんどない。これではおかず作りに困る。このためクウシンサイとモロエイヤをまく。夏の間、とくに8月下旬から9月にかけて夏野菜が畑から消えて秋冬野菜への端境期に、この両者があると本当に助かる。菜園をやっていると夏の葉っぱものをどう確保するか考えるはずである。

果菜類の苗を買ってきたところで、春先からここまでの作業の整理をしよう。春夏野菜は種類がいっぱいある。私はいつも無計画にタネまきや植えつけを次々と行うものだから、まき忘れてしまうものもあり、思い出したはいいものの、そのスペースがなく、あわててやりくりしなければならない事態になることが多々ある。こうして整理してみると、50坪の菜園でも多くの種類を作っていることがわかる。

・きのう買ってきた苗=トマト、ナス、ピーマン、シシトウ、ニガウリ
・この春にタネをまいたもの=ニンジン、ジャガイモ、キュウリ、ナス、カボチャ、ルッコラ、ミズナ、コマツナ、エダマメ、インゲン、サラダナ、トウモロコシ
・昨秋タネをまいて育成中のもの=下仁田ネギ、赤ネギ、九条太ネギ、タマネギ、サヤエンドウ、ソラマメ、キャベツ
これからタネをまくもの=オクラ、ラッカセイ、ショウガ、クウシンサイ、モロエイヤ、サトイモ

買ってきた果菜類の苗は、自宅で今月いっぱい”養生”させる。植えつけるウネにはすでに黒マルチを張った。果菜類はすべてこの黒マルチに植えつける。黒マルチを張る効果は、いろいろあるが、夏は雑草取りに追われる。黒マルチを張ったところはその苦労がないからいい。


         


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トウモロコシは被覆とマルチで保温

2012-04-16 | トウモロコシ

桜が散るのを仰ぎ見る。これから春は速足で遠ざかっていく。行く春を惜しむこころは切ない。待ちに待った春だ。逢瀬を楽しもうにもあまりにも時間が少ない。すぐに別れの時が来る。心がさわぎ、落ち着きがなく、まるで恋の気分だった。あと半月は春なのにもう別れの気分になっている。

トウモロコシは楽だ。夏野菜の中でこれほど楽な気分で育てられるのもはない。タネまきだってまったく無造作にまいてしまう。それでいてちゃんと芽を出してくれる。こんなに楽なことはない。

トウモロコシのタネまきは、保温するに限る。いつもこんな具合だ。まず穴開き黒マルチを敷いて、穴の中にタネを2粒ずつまいていく。まいたらビニールをトンネル掛けしてやる。これで終わりである。トンネル掛けするビニールはトウモロコシの場合は穴があいていないのを使う。今年は穴があいていないビニールが不足しているので、代用に穴あきビニールをかけ、さらに寒冷紗を重ねた。これでも保温できたようで芽が出てきた。収穫は7月初旬からになる。

この季節、被覆資材とマルチ資材は大活躍する。手持ちが不足するほどで、タネをまくと保温のため必ず利用するようになった。ということはそれだけ効果があるということである。

そろそろトマトやピーマンなどの夏野菜の苗を買い出しに行かなければならない。


         


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エダマメ、今年はマルチを敷いて

2012-04-13 | エダマメ

3月29日にタネをまいたエダマメが芽を出してきた。毎日いまかいまかと待っていた。待つのはつらい。それでも待つ先に喜びがあるから待つ。しかし先がわからないままいつまでもじっと待つことだってある。これはつらい。

今年のエダマメは「湯あがり娘」だ。このところずっとこの品種を作っている。たまに違うものをと去年あたりから思ってたりしたが、種苗店で手に取ったのはやはり同じものだった。この品種に出会うまであちこち”浮気”してきた。やっと気に入った品種に出会えた。なんてったって酒の友だ。これなくしては夏のビールはない。それだけにうまいエダマメはないかといつもアンテナを張っている。

豆類の芽出しはなかなかむずかしい。エダマメもそうだ。いまは直まきしてビニールをトンネル掛けしている。これで百発百中だ。ことしはひと手間かけた。黒マルチを敷いて、そこにタネをまき、いつものようにビニールをトンネル掛けした。花が咲くころ乾燥させるといけないという。そこで今年は保湿効果があるマルチを敷いてみた。

芽が出た。これでこの夏のエダマメは食えるなと安心するのは大間違い。花が咲いてサヤをつける。昨年はサヤを多くつけたものの膨らまないままで、収穫は少なかった。泣くに泣けない結果だった。こんなのははじめてだった。毎晩食べるには足りない。仕方ないから買ったものを食べた。買ってきたエダマメなんかまずくて食べられたもんではないよといいながら口に入れた。おっ、案外いけるな。


         


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越冬にはじめて成功した種ショウガ

2012-04-11 | ショウガ

種ショウガの越冬にはじめて成功した。これまでは毎年ずっと腐らせて失敗してきた。今年も失敗だろうなと、地中に保存した種ショウガを掘り出してみた。なんと、みずみずしいショウガがあらわれたのである。てっきり今年も寒さで腐ってしまっているものとばかり思っていただけに、これには驚いた。

なぜ今年にかぎってうまくいったのか。そのわけをいうのがなんとも恥ずかしい。というのは、いつもの年より深く掘って保存した、ただそれだけのことだからである。ほかにいまくいった要因は考えられない。それにこの冬は平年以上に厳しかったのだから、いつもの深さならとうに腐っていたに違いない。

翌年に使う種ショウガは、前年11月に収穫した中から選んで、地中に埋めて冬を越す。毎年そうしているが毎年寒さで腐ってしまう。いろいろ試行錯誤したのだが、ことごとくうまくいかなかった。農家の人に聞くと、保存するには温かくしてやらなければならい。そのためには地中深く掘って保存する必要があるという。

このことはなんどもきいてきた。頭の中に入っている。わかっているのだが、種ショウガの保存のための穴掘りは、サトイモの「種トイモ」と同じ時期になる。穴を掘ってサトイモとつい同じ深さに埋めてしまってきた。

結果はサトイモはいつも無事だが、ショウガは腐ってしまう。そこで昨年は種イモとは別にもっと深い穴を掘って埋めた。これが功を奏した、と思う。そんな単純な理由なら、なんで今までやらなかったんだと言われてしまう。昨年といわず、もっとずっと以前に、農家のいうとおりに、もっと深く掘って保存すれば簡単に解決していたはずだ、そんなことに気がつかないできたのか、と。

たしかにそうだ。そういわれても仕方ない。自分でもよくわかっている。わかっていても、毎年同じことを繰り返してきた。なんでだろう。やっぱり深く穴を掘るのが面倒だったから、という理由しかない。わかっちゃいるけどいつまでもできないことってよくある。これもそのひとつなんだろうなと、自分にあきれながらも、この成功で今年は種ショウガを買わないで済むことになった。


         


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少し苦手なレタスの芽出し

2012-04-09 | リーフレタス

 


レタスのタネを3月下旬にまいた。はたして芽が出てくるか、こんな感じでレタスのタネまきは始まる。いつも不安なところがある。ほんの少しだが苦手意識がある。100%確実に芽を出させる自信がないからだ。芽が出なければあたりまえだがタネをまき直す。以前はたびたびそうしたものである。

レタスの芽出しは簡単そうだが、なかなかうまくいかない。しかし長年の試行錯誤で3回に2回ぐらいの確率で一発で芽を出させることができるようになった。

そのレタスの芽が出てきた。今回は成功した。少しでも芽を多く出させようとして、ついタネを多めにまいてしまう。うまくいくとこれでもかというくらい多くの芽が出てしまう。畑が狭いからこのまま多くの苗ができても処理に困ってしまう。それでも少ないよりは多いほうがいい。

私の芽出しはこうしている。
1、タネをペーパータオルに包んで一晩水につける。
2、水を絞り、そのままラップに包んで冷蔵庫の野菜室に2,3日入れておく。芽がほんのわずか出てくる。
3、以前はセルトレイにまいていたが、面倒なので畑の苗床に直まきしている。
4、苗床にタネをばらまきする。5本の指先で軽く表面の土をかき回して、タネが見え隠れするくらい薄く土がかかっている程度がいい。
5、手のひらで土を押さえる。そして水を与える。
6、保温のため穴あきビニールでトンネル掛けしてやる。

本葉が2,3枚になったら定植する。収穫は、3月下旬のタネまきなら5月中旬からになる。レタスは気温が上がるとまたたくまにトウがたってくる。うかうかしてはいられない。収穫の期間も短い。だからタネまきは早いほどいい。


         


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ソラマメのアブラムシ退治に浸透移行性薬剤を

2012-04-07 | ソラマメ

私の”標準木”の桜が4月4日に咲いた。昨年と同じだった。翌5日は暖かく、一気に花開いた。

桜が咲くと、ソラマメのアブラムシが気になってくる。もちろんまだ姿を見せていない。これで安心して油断していると、いつのまに真っ黒にたかっているのを見つける。油断も隙もあったもんじゃない。こんなことを毎年繰り返している。私はアブラムシ退治に対応できなくなった。もう限界だ。そこで今年はやむなく浸透移行性の農薬をまいた。

野菜にアブラムシはかならず出てくる。見つけると手でつぶすことで難を逃れてきた。しかしソラマメのアブラムシはひどい。ここ2年は特にひどかった。殺しても殺しても増殖しているかのように翌日にはまたうじゃうじゃ生まれてくるように見える。サヤまで真っ黒になる。これじゃ食べられない。毎日のようにまじめに手でつぶしていた。しかし手に負えなくなった。疲れ果ててしまった。もう完全に参った。悔しいけれど白旗である。

ソラマメはこのところ毎年冬に鹿児島産をいただく。一足先に食べている。ソラマメはこれで満足し、ソラマメを作るのはやめようかと思ったりもするが、やはり自家栽培のソラマメを食べたい。

昨年は近くの農家のソラマメにまったくアブラムシの被害がなかった。どうしてだろうかと尋ねたら、農薬を使っているという。それを知って決意した。自分も殺虫剤を使おうと。自分の口に入れるものだからできるだけ農薬は使いたくないのだが、どうにも対応できないのだから使わざるを得ない。有機農法にこだわり農薬を絶対使わない人が多い。たしかにそのほうが安心だ。しかし放射性物質の野菜をどう食べるかと同じく、農薬を使った野菜をどう食べるかも、自己判断になる。

その農家は「アドマイヤー1粒剤」を使っているという。浸透移行性の殺虫剤である。土壌に処理した薬剤が作物の根から吸われて、地上部に移行し、葉に寄生するアブラムシを駆除しする薬剤だ。早速買いもとめた。根元を掘って粒剤をまいた。効果のほどはいましばらく待たねばならないのだが、さてどうなるか楽しみだ。まいただけで、なんか肩の荷が下りたような気がする。ことしはアブラムと戦う必要がないんだと。「よっぽどソラマメのアブラムシにはまいっているようだね」。


      


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これでおしまい、ハクサイの菜の花

2012-04-04 | ハクサイ

きのう3日の春の嵐は、きょうになっても続く。畑が気になる。ビニールの覆いは大丈夫だろうか。吹き飛ばされていたら後始末が大変だとつぶやきながら自転車をこぐ。途中の畑ではやはりというかビニールが吹き飛び、フレームだけが残っている。あちこちで目撃する。私の畑も、きのう強風対策のため補強はしたもののこれではひどい状態かと心配になる。畑に着いて見渡した。わが目を疑った。まったく被害がなかったのである。ほんまかいなと思うほど無傷だった。補強が功を奏したのだ。

ニュースでは農家のハウスの被害を伝える。周辺も同じような状況だろう。「想定外だ」と農家の人が言う。昨年からこの言葉をよく聞く。「たぶんこの程度で大丈夫だろう」と思っていたら予想に反しての状況になる。考えてみると、これまでの人生ほとんどがこの「たぶん…」でやってきた。だから、「想定外」が起こる。これからもそうだ。超高齢化社会になり、だれもが等しく老いて不自由になる。私が寝たきりになったら、想定外だ!と天を仰ぐことだろう。

ハクサイの菜の花を食べてきた。そろそろおしまいである。私の畑のハクサイの菜の花は終わり、いまは近くの畑のものを摘ませてもらっている。それにしてもまもなく終わる。

ハクサイの菜の花でどんぶり物ばかりを作ってきた。きょうはお別れにと「菜の花のスパゲティ」を作ることにした。私のスパゲティはぺぺロンチーノが基本である。ほかのスパゲティは作ったことがない。外で食べるときもスパゲティならいつもぺぺロンチーノと決めている。

そんなわけで、どんぶり物を作るのとまったく同じようにハクサイの菜の花を炒めて、麺と合わせればスパゲティのできあがり。これでお別れだけに菜の花をじっくりと味わった。お世話になりました。おかげで春を楽しみました。どんぶり物よりこちらの方がうまく感じた。さよならだから、情が移るのだろうか。

それにしてもスパゲティ作りは私のおはこになってきた。すいすいと作れてしまう。こちらは数日前に作ったぺぺロンチーノ。簡単ではあるが、調理器具の出番が多いのであとの片づけが面倒だ。


         


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出てきた、ジャガイモの芽が

2012-04-03 | ジャガイモ

きょう3日は一日中、強風が吹き荒れるというから朝ご飯を食べてすぐに畑に行った。タネまきや植えつけをすませ、ビニールでトンネル掛けしているのが多い。これが飛ばされると困る。その補強のためである。畑は吹きっさらしのせいもあろうが、午前9時半ですでに自転車が倒れるほどの風だ。先週の土曜日もそうだった。それ以上に強いというのだから念入りに補強してきた? 「?」をつけたのは、わたしのビニールトンネル掛けは、「3匹の子ぶた」のワラの家と同じように、少し強い風が吹くと飛ばされてしまうからだ。最初からびくともしないレンガの家程度のものにすればいいのだが、それが面倒でつい簡便なもので間に合わせてしまっている。さて、きょうの強風に耐えられるか。

ハクモクレン、コブシが咲いている。木々の花が一気に咲いてきた。春全開といった装いになってきた。東京の桜が3月31日に開花したというから、ウオーキングコースにある公園の桜を仰ぎ見る。きのうの時点で、いつの間にかつぼみが膨らんでいまにも咲きそうな気配である。公園内はすでに提灯が飾られて花見の準備は万端だ。わが町の桜の開花は今日か明日か。

畑のほうも春の陽気になって、タネまきや植えつけで、にわかに作業が増えてきた。これから一気に忙しくなる。

ジャガイモが芽を出してきた。今年は2月27日に植えつけ、4月1日に発芽である。昨年は2月19日植えつけで発芽は3月24日であった。昨年も今年も早く植えつけてしまった。心配は霜になる。ジャガイモは霜に強いとわかっていてもやはり心配である。暖かい日になればこの陽気が続くのだろうと期待するものの、翌日には霜の心配をするような天気に変わったりして、気をもむことがたびたびであった。

畑に行くたびにジャガイモ畑をのぞく。芽は、植えつけて30日から40日で出る。そろそろかなと。見渡すとあちこちから小さな芽が出ている。それを見つけるとひと安心だ。といいたいのだが、この時期になってもまだ遅霜がある。霜にあたってせっかくの芽が枯れてしまうことがある。初めて経験すると、もう芽が出てこないのかとがっかりするが、なんのことはない、新しい芽が出てくるから心配はいらない。


3月の読書
・「犯罪」(フェルディナント・フォン・シーラッハ著・東京創元社)
・「ラブレス」(桜木紫乃著・新潮社)
・「特捜部Q ―檻の中の女― 」(ユッシ・エーズラ・オールスン著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
・「すべて真夜中の恋人たち」(川上未映子著・講談社)
・「蛍の航跡―軍医たちの黙示録」(帚木蓬生著・新潮社)


         


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酒をなめるように飲むようになったのは

2012-04-01 | 



三遊亭円生の「一人酒盛」をCDで聞いたところで、酒の話である。きょうは、酒の飲み方だ。いつの間にやら酒をなめるように飲むようになった。いつからこうなったのかふと気になったという話である。

最近読んだ小説でこんな場面があった。舞台は終戦直後の北海道の開拓村。反抗期の少女が、母親が茶碗酒の縁をなめるようにして飲む姿を嫌悪する。たしかに母親がそんな飲み方をすればだれだって見苦しいと思うだろうなとうなずく。

子どもはたいがい大人が酒を飲み泥酔する姿には目をそむけるはずだ。私が大人の酒飲みに接したのは冠婚葬祭の席が多かった。酒に酔い、てららてらした赤ら顔で上機嫌、いつまでも帰らずに長っ尻のおじさんが必ずといっていいほど、ちびりちびりやっていた。お勝手ではいいかげんに腰をあげてくれないかと手伝いのおばさんたちが首を長くしていた。婚礼ならまだしも通夜などでは飲んべえは歓迎されないが、やはり長っ尻の飲んべえのおじさんが一人や二人はいた。場所がらをわきまえているはずなのだが、だらしなくなめるようにいつまでも飲んでいた。

そんな思いで飲んべえたちを眺めていた少年がいつのまにか長い年月を経て、よもやと思いたいが、いまは酒を毎晩なめるようにして飲んでいる。それも意地汚く飲んでいるのである。若いころの飲み方は、すいすい飲む。口の中に放り込むといった飲み方だ。酔って酒にあきてくると、ちびりちびりと飲む。若いころは酒をなめるよう飲んだという記憶はない。いや、そんな飲み方はやるまいと思っていたのかもしれない。

私がもっぱら清酒をやるようになったのはちょうど地酒ブームで一気に酒がうまくなった頃である。30代になっていた。そのときも「うまいなあ」と舌づつみを打つことはあったにしても、なめるような飲み方はしなかったはずだ。それがいまは酒をなめている。いつごろからそうなったのかと思う。

年を取ってからだ。50代に入ってからだろうか。本当にうまい酒に出会ったときは感激する。口にふくんだとたんに気が遠くなるように感動し、ここはじっくり味わって飲みたいと思い、一滴一滴をなめるるようにして飲んでいる。いまはたしかにそうして飲んでいる。

もうひとつなめる場面がある。いいかげん燗酒を飲み過ぎて盃をおき、少し間がおいてから燗冷ましの酒を飲む時である。昔は燗冷ましの酒といえばまずいに決まっていたが、いまはしっかした造りの純米酒だと燗冷ましの意外なうまさにびっくりする。まさに冒頭の小説ではないが盃のふちをなめまわすように、ときにずるずるとすするように飲んでいるのである。

こう思い返してみると、なめるように飲むようになったのは、酒の味よりも、年のせいかなと思う。

盆と正月にやってくる息子が酒を飲む姿を見て驚いた。酒を楽むようになった。飲み方までも親に似なくていいのだが、似つつある。その姿をはじめて見たときはおぞましいものを見たかのようであった。あまり見たくない光景であった。

上の写真は近くの2軒の酒屋で買い求めた3月の酒だ。たいした酒ではないが、定番ばかりでは面白くないからこうしてあれこれ飲んでみる。飲んでみなければ、なめるような酒に出会えない。なめるような酒に出会えると小躍りしたいくらいうれしい。そのためにもうまい酒をうまいと感じられる体調を維持するのがいちばんだ。とろがここにきてγ―gtpが高くなったと指摘された。注意してきたつもりなのだが。ああ。


         


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