30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

長者ケ岳から天子ケ岳ー富士の大沢崩れを見て歩く

2011-12-11 | 登山

富士山の大沢崩れを見ながら歩く。どこまでも富士、の一日であった


長者ケ岳山頂からの富士。手前は田貫湖


山行日 2011年12月10日(土)
天気 晴れ
山域 天子山塊
メンバー 単独
コース&タイム
我孫子駅5:09=5:40日暮里5:46=5:57東京6:07=7:59熱海8:05=8:45富士8:52=9:10富士宮9:17(富士急静岡バス)=10:05休暇村富士10:10-11:45長者ケ岳12:15-12:55天子ケ岳13:00-14:05林道出合い―14:20登山口(田貫湖分岐)―14:55白糸の滝15:30(バス)=16:00富士山浅間大社(富士宮やきそば)徒歩10分―富士宮駅17:10=17:28富士17:34=18:13熱海18:24=20:10東京=21:06我孫子駅


 「週末は抜けるような青空が広がるでしょう」。山を歩いているとこの文句にはめっぽう弱い。「好きよ」という言葉以上に弱い。体がぴくっと反応する。この時期の青空は展望がいいに決まっている。そこで4月に頓挫した長者ケ岳から天子ケ岳を歩くことにした。この天子山塊は富士山の西側に連なる。富士山をぐるりと取り囲む低山のなかでこの西側だけを歩いていない。天子山塊は竜ケ岳から毛無山までしか歩いていない。

今回歩いたコースは富士の西側の姿をずっと見ながら歩く。これでもかと、いつまでも富士を見ながら歩く。さすがにしまいには飽きてきた。富士を見たいといいながらも最後はこの言い草だ。勝手なものだ。見えないと気になるが、いつも見えているとわずらわしくなる。男の勝手な言い分だ。

西側から見る富士の特徴は「大沢崩れ」だ。この時期は雪をかぶっているだけにその印象はそれほどでもないが、やはり荒々しく痛々しい。この山旅を思い立ったのは昔に読んだ幸田文著「崩れ」だ。そこには大沢崩れが取り上げられている。読んでからずっと頭の隅にあったのだが、やっと正面から全容を見ることができた。


今回のコースは、休暇村富士を出発して、長者ケ岳から天子ケ岳を縦走して、白糸の滝まで歩く。

前日はこの冬一番の寒さだ。この日の朝も冷えた。厚着してきてよかったと思ったほどの底冷えだ。天気は予報通りの抜けるような青空になった。おかげで富士は一日中姿を見せてくれた。東海道本線、身延線の中からもずっと見えていた。この日は、東から、南から、そして西からと富士を眺めることができた。

小田原近くになった。富士がまっ白な姿で現れた。真綿ですっぽりと包まれたような清新さだ。いま化粧を終えたばかりの姿だ。美しいと思った。見とれたが、すぐに山の陰に隠れてしまった。私に見られて「あら恥ずかしや」と顔をかくしてしまったようで、妙に色っぽく感じた。そう感じた私が妙なのか。

なんどもの乗り替えで富士宮駅に着いた。いずれかの路線で遅れが生じると9時17分のバスに間に合わない。時間が気が気ではなかった。

登山口の富士休暇村。バスは玄関に着く。登山口はその玄関を背にして正面だ。すでに10時を過ぎている。北に見える毛無山はうっすらと雪をかぶっている。


出発してすぐに、休暇村のすぐ近くから田貫湖を前景に富士山が大きくそびえる。
富士山の西麓だけに大沢崩れが正面に見える。


登山口。登山道は東海自然歩道だ。植林地帯を抜けると葉を落とした木々の中を歩く。いい道が続く。



10:55 第一ベンチから。


南には愛鷹山の山並み。


きのうはこの冬一番の寒さ。各地は初雪。ここも雪だったようだ。


整然としたヒノキの中の道。


毛無山は冠雪しているのがよくわかる。
 

この道標から長者ケ岳まで一直線の登りが続く。坂道といっても、こう配はそれほどでもない。負担が気持ちがいいというのも変だが、自分の意志とは別に体が勝手に動いてくれる。快感だ。



長者ケ岳の山頂。登山口から2時間弱で着いてしまった。さて、展望だ。



富士だけの展望だけではない。西側が少し開けている。この方面は南アルプス、手前に身延山、七面山、八紘嶺の展望が広がっている。さかんに雪煙りをあげているのは雪嶺は南アルプスだろうか。

頂上付近をバラグライダーが飛んでいる。青空に軽やかに舞っている。しかし山頂付近をまじかに飛んでいくのを見て、木に引っかかるようなことにならないのかと心配してしまう。ところがこれが現実になった。後段で述べる。



山頂には30分ほどいた。いつものように山座同定に夢中。しかしどうにも寒い。さいごに大沢崩れをアップで撮る。


天子ケ岳に向かう。稜線にはブナが多い。中には結構太いのもある。

長者ケ岳から15分ほどで天子ケ岳との鞍部。ここで右折する東海自然歩道と別れる。



天子ケ岳の山頂。長者ケ岳から40分で着いた。周囲は木が茂って展望はまったくない。

頂上から少しのところに「富士見台」がある。



天子ケ岳の山頂周辺。


天子ケ岳はすぐに出発。下山路は山頂から西寄りの道をとる。写真のような道標があるからすぐにわかる。

長者ケ岳は山梨百名山に選ばれているが、天子ケ岳はそうではない。隣り合う山なのになにがそうさせたのか。やっぱり展望かなと思わざるを得ない。それとも、天子でも、長者にはかなわないのか。

天子ケ岳の直下で、登ってきた若者がいう。「30分ほど下でパラグライダーが木に引っかかって宙づりになっている。仲間に応援を呼びかけて救援を待っているところだ」。少し下ると赤いパラグライダーがたしかに見えてきた。現場に着いた。パラグライダーが木にひっかかり女性が宙づりになっている。ちょうど仲間の男性2人が救援に登ってきたところだった。遭難の女性も安心してか冗談がでるほど機嫌よくなった。こんな現場ははじめてだ。長者ケ岳で心配したことが目の前で起きている。長者ケ岳の山頂付近をさかんに飛んでいた一人だろう。


救援の仲間に尋ねてみた。こんな事態はよくアルという。どうやってこれから救助するのか見ていた。

一人は仲間のリーダーのようで、岩登りのベテランのようだ。岩登りの装備を整えて木を登っていく。さすがに慣れたものだ。それにしてもいい場所に引っかかったものだ。尾根筋で、しかも登山道のすぐ近くだ。これが道なき谷だったら、ルート探索といい、救助にも時間がかかる。この寒さだ。助かってよかったねといいたい。

林道に出た。車が2台駐車してある。さきほどの救援隊のものだろう。もう一台は天子ケ岳の山頂直下で会った若者のか。林道を横切ってさらに登山道をすすむ。


天子ケ岳の登山口に出た。ここは十字路だ。田貫湖への道と別れ、白糸の滝を目指す。ここから舗装道路になる。白糸の滝へは道なりに進めば着く。

下山後も富士はどこまでも付き合ってくれる。
街中の放水路を見ると水量が豊かだ。音を立てて流れている。

天子ケ岳登山口から35分で白糸の滝。富士をバックに撮れたのはここ一カ所だけだ。手すりがどうにも邪魔だ。


軽井沢の白糸の滝と比べると、こちらの方は落差があるだけに迫力がある。

ここの白糸の滝が今回の山旅のゴールなのだが、せっかく遠路、富士宮まで来たからには、帰りは富士山浅間大社参拝とB1グランプリのやきそばを食べたい。

白糸の滝からバスで浅間大社本宮で下車。富士宮の町は富士山のふもとに広がるだけに坂ばかりだ。この神社は両側がゆるやかな坂で、まるでお皿の底に建っているようだ。
まずは富士を遙拝。


楼門。


拝殿。
 

参拝をすませれば、次はやきそばだ。多くのやきそば店がある。どの店でたべようか。神社に待機していたタクシーの運転手に尋ねてみた。「好みは?」「ふとくて、かたいのが」。それならと、参道にある、それも目の前の<ここずらよ>を勧められた。ちょうど食べ終わって出てきた人に尋ねた。「うまかったですよ」。それならというので入った。たかがやきそばひとつでそこまで慎重に店選びもないだろうといわれてしまうが、私にとってはこれは酒場選びと同じだ。


私の席のすぐ近くでつくっている。ソースやきそばだ。

うまい、というほどではない。それじゃ、まずいのか。いや、そうでもない。食べられる。そんな微妙な味だ。

これできょうの予定はすべて消化した。街は暮れてきた。

富士宮駅に着いた。車中での酒を買い忘れていた。近くの酒屋まで戻った。もちろん地元の「高砂」を選んだ。これで安心。長い車中の友になる。街はすっかり暗くなった。どこまでも富士、の一日であった。
 


追記(2011.12.12)

検索したらこんな映像が出てきた。きっと参考になると思う。

幸田文著「崩れ」-富士山大沢崩れ

文豪・幸田露伴の娘幸田文は、72歳になったある日、ほんの偶然から安倍川上流の大谷崩れに出会い、その迫力に惹かれはじめました。以来、全国の崩れを訪ね歩き、名著「崩れ」を著しました。ここでは、富士山大沢崩れを幸田文の目で辿ります。


   

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