30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

北アルプス-霞沢岳(1)

2012-08-31 | 登山

   霞沢岳へはアップダウンの連続だった。よくぞ頂上を踏めたな、という思いが強い

(参考)穂高岳からの眺め=霞沢岳(左)、焼岳(右)、乗鞍岳(中央手前)、御嶽山(中央奥)


山行日 2012年8月28日(火)~30日(木) 2泊3日テント泊
天気 28日晴れ 29日くもり夕方小雨 30日晴れ
山域 北アルプス
メンバー 単独
コース&タイム
8月28日(火) 我孫子駅=新宿駅=新宿西口都庁大型バス駐車場7:30(さわやか信州号)=12:15上高地12:20-12:28河童橋12:35-13:15明神⇔明神橋13:37-13:43徳本峠分岐-15:15水場(“最後の水場”の標識あり)15:25-16:00徳本峠(テント泊)

8月29日(水) 徳本峠4:45-5:35ジャンクションピーク-7:55 K1 8:05-8:33 K2-8:55霞沢岳9:30-10:05 KⅠ10:15-12:51ジャンクションピーク-13:38徳本峠14:30-16:00徳本峠分岐-17:00上高地・小梨平キャンプ場(テント泊)

8月30日(木) 上高地・小梨平キャンプ場-上高地バスターミナル=新島々=松本駅=新宿駅=我孫子駅


霞沢岳はタフな歩きを強いる。徳本峠からだと標高差は約500メートルだ。それなのに往復で9時間もかかった。これで通常タイムだという。標高のわりには道のりが長く、これでもかと急峻なアップダウンが多い。たしかにねと実感しながら、ようやく頂を踏むことができた。

北アルプスの山群にはまだ踏んでいないピークがあまたある。そのなかでなぜ霞沢岳なのか。一昨年と昨年と焼岳を歩いた。どうしても霞沢岳が目に入ってくる。これまで意識していない山だったが、おいでよ、とやけにアピールする。それじゃ行くか、とそ
の気になった。地味なところがいい。シブイところがいい。私の好みである。

霞沢岳へは、島々谷から徳本峠越えのいわゆるクラシックルートを考えていた。島々谷から徳本峠まで8時間ほどかかる。膝に痛みを抱える身としては初日にテントをかついでのこの行程は厳しい。本番の2日目に支障をきたしてはいけないと、上高地から入ることにした。弱気になると万事いいことはない。

霞沢岳の売りは、K1からの梓川を挟んで対峙する穂高の展望だ。天気を見定めて出かけたのだが、2日目は雲で穂高が見えない。焼岳からの穂高展望と変わりないから、まあいいかと自分を納得させだが、晴れ男の面目が立たなく悔し涙にぬれた。


1日目のコース&タイム
8月28日(火) 我孫子駅=新宿駅=新宿西口都庁大型バス駐車場7:30(さわやか信州号)=12:15上高地12:20-12:28河童橋12:35。-13:15明神⇔明神橋13:37-13:43徳本峠分岐-15:15水場(“最後の水場”の標識あり)15:25-16:00徳本峠(テント泊)

1日目は上高地から徳本峠まで歩く。標高差は約600メートル。約3時間30分の行程である。
徳本峠のテント場には遅くも16時までに着きたい。「さわやか信州号」の往路7時30分発が上高地に12時15分到着予定だ。当初はJRの予定でいたが変更してこれに決めた。

定刻に上高地に着いた。バスターミナルの広場は8月末の平日でも大混雑だ。やはり河童橋に立ち寄ろう。正面に穂高。お決まりの風景だがなんど見ても飽きない。


少しアップしてみよう。


出発前の元気な姿を撮ってもらった。この日もザックが重い。

後ろを見ると焼岳もくっきりと見える。これで満足した。さあ出発だ。

といいながら、数歩進んでまたパチリ。


明神の少し先にある徳本峠分岐を目指す。
下山ラッシュにぶつかった。こんなにと思うくらい、途切れることなく下山してくる登山者の列が続く。みんな速足だ。ほとんどが穂高、槍からだろう。早朝出るとちょうどこの時間帯になる。圧倒的に若者が多い。どこに行っても私と同じ中高年ばかりなのに、さすがに穂高・槍は違う。これだけの若者をひきつけるのだから、さすがに人気スターだ。それにしても8月の穂高・槍には行きたくない。この人ごみにはうんざりしてしまう。

山ガールが多い。それだけで明るい雰囲気になる。こんにちは。はつらつとした笑顔で応えてくれる。次々とあいさつを交わしているうちにはたと気がついた。私に声をかける山ガールはいずれもいい笑顔の美しい娘ばかりだ。
「おれには若い娘たちを引きつけるなにかがあるのか」
つい勘違いしてしまうほど、おじさんはご機嫌になる。
いつも思うことだが、やはり夏山には若者が似合う。その活気が私までも元気にしてくれる。

明神だ。ここも団体ツアーの登山者で占領され、穂高・槍を目指す人でいっぱいだ。

明神岳がいい姿を見せている。そこで明神橋まで往復することにした。


明神のすぐ先で徳本峠への道を右に取る。一転して静かになった。人っ子ひとりいない。さきほどまでのあの喧騒はなんだったのかと思えるほど静かになった。やはりほっとする。人込みに巻きこまれたくはない。しばらくは広い平坦な道が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道が狭くなり、2つの桟橋を渡るとしだいに勾配が増してくる。
中高年の女性一人が下りてきた。
私を見るなりこういった。
「小屋は予約してあるのか」
「いや、私はテント泊まり」
「それならいいですね。私は予約でいっぱいだからと宿泊を断られてしまった」
相当ショックの様子だ。見るからにがっかりしている。
小屋の定員は30人と小さいので、この夏はずっと予約で満員のため、予約なしは断られているという。
このさきも、会った人から2,3度同じことを尋ねられた。そのたびに「テントだ」と答える。
テントでよかったと胸をなでおろした。
断られて悄然として下山していった女性は翌日再度登ってくのかと思ったが、翌日会うことはなかった。

徳本峠のテント場には水はない。峠の手前に水場があるというから、そこで汲んで持ち上げることにした。
最初の沢に着いた。ここが最終水場かな。下山する人に尋ねたら、いや違う、もっと先の沢だという。これまでの経験からすれば、たぶん「最終水場」という案内板があるはずだ。2つ目の沢に着いた。右にベンチがあり、その脇に「最後の水場」とある。

水は、きょうの夕飯用と、あした一日分である。4リットルを持ち上げることにした。いっきにザックが重くなった。こんなことは塩見岳でもあったなと懐かし思い出される。たぶん徳本峠小屋で水は売ってくれるのだろうが、テント山行だけに水の確保も自分に課さなければならない。

 

 徳本峠と霞沢岳の分岐。峠まであと200メートルだ。


徳本峠小屋に予定どおり16時着。上高地から3時間30分で来た。旧館の後ろに新館ができた。定員30人の小さな山小屋だ。テントサイトは旧館の前にある。すでに6張りほどあった。

テントサイト利用料金の600円を持っていったところ、管理人が入口で口に指を当てて静かにという。何事かと思ったら、いまコンサートが始まったばかりで、音を立てないで静かしにろということだった。そんなことは知らないから、最初はなんと無礼なやつかと思った。

山小屋でコンサートをやるのが流行りなのか、よく耳にする。私は山のてっぺんで、それも狭い空間でコンサートを開くこともないと思っている。

山にはもっと上質の調べがある。私ならコンサートの時間に一人外に出て山を眺める。日が落ちて残照に輝き、まもなく薄暮がせまりきて、しだいに山はシルエットになって浮かぶ。山の姿は刻一刻と変化し、しだいに静寂が支配する。そんなとき天から調べが降りてくるのを聴いたことはないか。その調べが心に響きあうとき、山と溶けあう甘美な瞬間となる。

もっと具体的言おう。日が沈んで山が残照で輝くときバッハの無伴奏チェロ組曲が聞こえてこないだろうか。日が沈み闇が迫ってくるとこんどは山の向こうからショパンの夜想曲が聞こえてこないだろうか。山の夕暮れには、天空に調べが満ちている。しじまの中に耳を傾けると、こころに響いてくる調べがきっとあるはずだ。 

テントサイトから見る、17時30分の穂高である。

徳本峠は標高2135メートル。夜は寒いくらいだ。
あしたは本番。遅くも3時30分には起きよう。

北アルプス-霞沢岳(2)につづく


         


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不作と思っていたカボチャだが

2012-08-26 | カボチャ

キュウリとニガウリが終わった。夏野菜がしだいになくなり、いま収穫できているのは、カボチャ、ナス、ピーマン、シシトウ、オクラ、クウシンサイ、モロヘイヤだけになった。

ことしのカボチャは不作だと思っていたのだが、これは勘違いであった。

ことしのカボチャの収穫は、初回の時が4個だった。ことしは、いつもの年なら2株のところを6株も植えた。それにしては収穫が少ない。不作だなと思った。

ところがである・・・。

そろそろダイコンのタネまきをしなければならない。そのためカボチャを放任していたスペースを使うことにした。カボチャは植えつけてからまったく手をかけていない。雑草が猛々しく繁茂して、その中をツルが勝手に伸び放題で、手に負えない状態になっている。

これを片づけて耕す。このくそ暑いのにまずは雑草を手刈りして、つぎにあちこちに伸びているツルを手繰り寄せると、ツルに重量感を感じる。見ると見事なりカボチャが姿を現した。雑草の中に身を隠して、これまで私に見えなかったものだ。それが次々に出てくる。結果は大小16個lあった。ことしは初回の収穫が少なくて不作だなと思っていただけに、思いもよらぬ事態になった、雑草の中にこんなにあったとは、楽しませてくれるよな。

カボチャはあと2株残っている。これも来週には片づける。いまのところ見た目では数個しか確認できないが、これも確認できた以上のものが雑草の中に隠れているはずだ。そう思うと楽しくなる。


         


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暴挙かなとハクサイの植えつけ

2012-08-25 | ハクサイ

困った。雨が降らない。ずっと降っていない。これから先も予報によると降らない。困った、困ったというばかりである。畑は土ぼこりをあげている。雨でも降らない限りタネまきができる状態ではない。それにこの強い日差しでは苗を植えつけても毎日のように水をやらないといけない。

しかしやってしまった。ハクサイの植えつけをである。16日にポリポットにタネをまいたハクサイ。ことしは5,6日早めにまいてしまった。すでに10日になる。いつもは本葉が出てから畑に移すのであるが、私に事情がある。いつまでもハクサイの面倒を見ていては山を歩けない。

そこで、この日差しの強い乾燥した畑に、小さな苗を植えつけたのである。暴挙である。たぶん暑さでバタバタと枯れてしまうだろうなと知りながらもやってしまうところが私にはある。

20株を50センチ間隔で、ていねいに畑に移した。たっぷり根元に水を与えた。それでもこのままにしておくと強い日差しで、苗はその日のうちに枯れてしまう。

それなりの対策をした。まずは虫対策のために防虫ネットをトンネル掛けした。さらに強い日差しを遮るために、防虫ネットとトンネル掛けの柱の間に寒冷紗や新聞紙を挟んだ。

対策はこれだけである。2,3日は面倒でも水を与えなければならない。そう覚悟している。

覚悟はまだある。たぶん全滅してしまうだろなということだ。とにかく出来る限りのことはしよう。それで全滅なら、代わりにことしは市販の苗を使おう。そう覚悟したら気が楽になった。

膝が痛いのなら夏山は見送ればいい。そうわかっていながら、やっぱり歩きたい。しかし弱気になっているからつい先延ばしにしてしまう。そのつけがいまになってきた。秋野菜のタネまきとぶつからないようにと調整してきたのにこのざまである。

小さな苗のハクサイが生き残れるかどうかは、この3、4日が勝負かなと思う。


         


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これが進化形のトマト冷製パスタ

2012-08-22 | その他

この夏はかみさんが留守がちなこともあって、台所に立つ機会が多い。昼ご飯は毎日冷たい麺類だ。種類を増やそうと冷製パスタに挑戦して、これまで3回作ってきた。

しかし、どうも自分の好みの味にならない。なにかが余計で、なにかが足りない。それでもぼんやりとだが、あれは少なくして、あれを多くしてみればいいのではないかと、見当がつくようになった。

そこで、これらを総合すると、これが私好みのトマト冷製パスタの完成品なるものをつくれるのではないかと、4回目の味に挑戦した。さてどうか。味見だ。おっ、どうやらなんとなく私の好みの味に近づいてきたようだ。やるものである。やればできるものである。まだまだ私の感性は衰えていないものだと、一人ぼっちの食卓で、一人ごちた。だれもこの喜びを分かち合う人がいないのもさみしいものである。

十分満足の味ではない。まだまだ工夫が足りない。改良の余地がある。それでもいまの味をきちんとレシピをメモしておかいないと、あっという間に忘れしまう。

材料
トマト(ミニトマト15個)、モッツァレラチーズ(適宜)、タマネギ(小1、みじん切り)、バジル(2,3枚)、酢(大1)、醤油(大1.5) 砂糖(小0.5)、オリーブオイル(大1)、塩(少々)、黒コショウ(少々)

私の好み味
1)トマトは多いに越したことはない。豪華に見える2)タマネギを入れたほうが私は好きだ3)パスタは氷水で締めて水けをきちんときっても、やはり水け出てくるから、味付けはやや濃いめにしたほうがいい4)味のポイントは酢と醤油。酢が好きだからつい多めに入れてしまう。冷やし中華風になるが、濃い味がいくぶんさっぱりした味になる5)これらをパスタをゆでる前にまぜ、冷蔵庫ではなく冷凍庫で冷やしておく。


         


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煮詰めすぎてしまったかな、のブルーベリージャム

2012-08-21 | ジャム

かみさんはいまごろ剱岳を登っているはずだ。留守を守っている私としては滑落などしないかとどうも心配になる。無事に登頂して下山してくれることだ。

きのう朝早く摘んできたブルーベリーはすぐにジャムにした。いいにおいが台所にたつ。ブルーベリージャムの作り方は手間がかからず簡単なのだが、火を止めるタイミングがむずかしい。

ジャムは煮詰めると、とろみがついてくる。その具合をじっと見ながら、いつ火を止めかを見定める。これまでなんども作り慣れたものは「ここだ」とそのタイミングがわかるのだが、このブルーベリージャムは昨年に続いて2回目ということもあってか、「いまか、いやまだだ」と逡巡しているうちに少々煮詰めすぎてしまい、やや固めに仕上がった。最初の「いまか」で火を止めるべきあった。

これをけさはトーストに塗った。見るからに固い仕上がりになったから、すっと滑るように塗れるものかと気がかりだった。なんのことはない。見た目よりもやわらかくできたようで、きれいに全面に塗ることができた。しかし香りはそれほどではない。不満だ。昨年作った一回目のほうがよくできたかなと思う。

ジャムに香りを残すのはむずかしい。香りがあるうちはとろみが浅くてジャムにならない。煮詰めすぎるとこんどは香りが飛んでしまう。いい塩梅にならない。これまで作ったジャムで、香りと固さのバランスがいいのは、ユズジャムと梅ジャムだろうか。香りを大切にしたいルバーブジャムは、台所に満つ素晴らしい香りをどうしてもジャムの中に閉じ込めることができないでいる。


         


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早起きしてブルーベリーの摘み取り

2012-08-20 | その他

お婆さんは山へ柴刈りに、お爺さんは川へ洗濯にと、わが家のこの夏は桃太郎の家とは逆になった。かみさんは外に遊び、私はしかたなく内に遊んでいる。かみさんはまたも山だ。昨晩の夜行で剱岳と大日三山へ出かけた。私はけさ早く近くのブルーベリー園へ摘み取りに出かけた。

ブルーベリー園での摘み取りはジャムを作るためである。昨年、ウオーキングコースの途中にブルーベリー園ができた。これでとれたてのブルーベリーでジャムを作ることができると喜んだ。
ジャムを作るのは好きだ。ブルーベリー園ができたおかげで、ジャムの種類がまた増えた。


2011年9月朝摘みベリーブルーでジャムづくり


2011年6月ブルーベリー摘みを楽しむ

このブルーベリー園は近わが家から自転車だと7,8分で行けるところにある。
ファームの名称は、「イイダベリーズファーム」。
電話:04-7131-7302
場所:千葉県柏市布施下256
わかりずらい場所だから、電話して行ったほうがいい。

生食用ならひとつひとついいところを選びながら摘んでいくのだが、ジャム用だからそんなことにかまわずどんどん摘んでいく。ジャム用には未熟な赤い実を入れた方がいいという。程よい酸味を加えてくれるからだ。しかし完熟ばかりを摘んでしまった。これじゃ、レモンを加えるしかない。

昨年は2㌔だが、ことしは半分の1㌔にした。というのも冷凍庫は私の作ったジャムに占領されている。いっぱいでこれ以上作っても入りきれないからである。

さあ、レモンを買いに行ってから、ジャムづくりだ。

 

 


 

          


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ハクサイのタネまきで、いまから腕が鳴る

2012-08-18 | ハクサイ

ハクサイのタネまきの時期になった。お盆過ぎたらハクサイのタネまきだと覚えておく。品種は中生種の「黄ごごろ85」(タキイ種苗)で、わが菜園ではこのところこれが定番である。

ハクサイの栽培はむずかしい。冬野菜の中でも一番だ。ハクサイを立派に育てられらた一人前である、なんて偉そうに言うのだが、私もハクサイとなると身を構えて取り組む。何年やってもそうだ。それも一発勝負だから真剣にならざるをえない。

原因はいくつもある。まずはタネまき時期が限られていることだ。秋の日は日々短くなる。それに従って作業を進めなければならない。タネまきが遅くなると育成が遅れて葉が巻かなくなる。周囲の家庭菜園の失敗はほとんどがこれに起因する。私はポリポットにタネをまく。芽が出て苗を作り畑に定植する。ここからは害虫対策になる。もちろん防虫ネットをトンネル掛けする。それでも虫に食われる。欠株が出たら予備苗を補植していく。葉が巻いてきたからといって安心は禁物だ。こんどはあのヨトウムシが出てくる。ハクサイづくりはどの段階で気が抜けない。そうはいっても、なんて言っていると必ずといっていいほど失敗する。取り返しがつかない事態になる。わかっちゃいるけど、わたしもなんども失敗をしてきた。それが身にしみた。

ことしのタネまきは8月16日。いつもより5,6日早い。ハクサイはポリポットにタネをまく。直まきはしない。害虫と暑さでいつも失敗してきたからだ。それ以来ずっとポリポットだ。ひとつのポットに3,4粒まく。ハクサイのタネは高いからといってケチしないことだ。

きょう18日の朝見てみると、もう芽が出てきた。

ハクサイに限らずアブラナ科をポットで育てると徒長する。ひょろひょろになってしまい倒れたりして、苗づくりはうまくいかない。たぶんこの段階で失敗してしまう。私も失敗してきた。試行錯誤して、いまは苗づくりはこうしている。

タネをまく段階で、ポットには最初浅く土を入れてタネをまく。芽が出て徒長してきら、苗が倒れない程度に土を入れて支えていく。しだいにポットの上まで土に埋まってきたら、定植するという段取りである。手間を食う。しかし直まきで最初から暑さと害虫とたたかうよりはましだ。

ハクサイには格別な思いがある。それはどうしても冬にハクサイのお香香を食べたいというものだ。だから失敗は許されず、どうしてもあの堂々とした立派なハクサイを育てなければいけないのである。万が一に苗づくりが失敗したら(そんなことはないはずなのだが)、後戻りはできないから、対応としては苗を買ってくるほかないのである。

ことしもその使命に燃えるときがきた。いまから腕が鳴るのである。ハクサイごときになんと大げさなと思うのだが、本気なのは確かである。


         


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ここまで育った夏まきキャベツとブロッコリー

2012-08-15 | ブロッコリー

  ↑ブロッコリー

↓キャベツ

うだるような暑さが続く。それでも畑には毎日のように行く。夏野菜の収穫のためである。キュウリなどは一日遅れると大きくなってしまうから、まめに行かなければならない。

同時に秋冬野菜の準備でもある。夏野菜が終わったところから順次片付けて耕していく。このような作業があるときは、長ズボン、長袖、長靴に身を固め、さあ行くぞと暑さを覚悟して家を出る。

夏野菜の種類はだいぶ少なくなってきた。その傍らで秋冬野菜が少しずつ育っている。

7月12日にタネをまいたブロッコリーとキャベツが、すでに本葉を6、7枚つけるほどに育ってきている。タネをまき、定植してほぼ1カ月がたった。

両者を育てるには防虫ネットは絶対というほど欠かせない。これなくしては虫に食われてしまい収穫は期待できない。収穫までトンネル掛けした防虫ネットの中で育つ。

それでも虫に食われる。防虫ネットをしているからといって安穏としてはいられない。とくに芯を食われるとアウトだ。たとえ相手が虫であっても悔しいものである。芯を食われては生育が遅くなる。そこで予備の苗を補植する。そのため予備の苗も育てている。

両者ともに年内に収穫できる。さらに楽しむためにもう一回タネをまく。キャベツは9月に入ると春キャベツのタネまきをする。ブロッコリーも冬から早春どりのタネまきをする。秋は温度がぐいぐいと下がるから、タネまきは早めにするに越したことはない。

お盆が過ぎたらハクサイのタネまきが待っている。夏だけど畑は秋の準備である。


         


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カボチャがアンカーだった

2012-08-13 | カボチャ

かみさんが前穂高岳~奥穂高岳の山歩きから戻ってきた、と思ったら、一晩いただけでまた出かけてしまった。元気だなとつくづく感心してしまう。というのも私のほうはすっかり夏バテでなにをするのも億劫になりがちだからだ。元気を少しばかり分けてほしいなと思う。

「カボチャはまだできていないの。まだ取れないようなら買いたいのだが」
「買うのはちょっと待って」
ということでカボチャを収穫してきた。カボチャは畑でできていた。いつ収穫してもいい状態であった。収穫はまださきでいいかと放置していた。

タネをまいたのが4月上旬だった。毎年2株で十分なのだが、ことしは3倍の6株も植えつけた。当然多くの収穫が期待できる。カボチャは、まったく放任である。雑草の中に埋没している。雑草をかきわけながらカボチャの実を探すのだが、ツルばかり旺盛に伸びている割には実をあまり結ばなかったようだ。ことしは少ない。意外だった。というわけで6株植えつけて正解だったのである。

とりあえず4個を取ってきた。あと何個取れるだろうか。10個ほどか。やはり6株からこの数量では少ない。とはいえ、これだけ取れれば十分である。カボチャは長期保存ができる。食べきれないなと思ってもいつのまにか食べてしまう。

夏野菜の中でカボチャが最終ランナーだった。畑からしだいに夏野菜が消えていく。すっかり秋冬野菜のタネまきと植えつけに移行しつつある。この残暑の中で作業をする。その覚悟で畑に出向く。お盆を過ぎると雑草の生命力も一段落だ。

夏はまたたくまに過ぎていく。山の天気を見て、私も夏山に出掛けなければならない。私がこの2年ほど恋している山が私のくるのをいまかいまかと待っている。会いに行きたいからもう少し元気をください、と神さまにおねがいしているところだ。


         


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きのうの夜はナスと豚肉の味噌炒め

2012-08-11 | ナス

ナスはいま16株ほど植えてある。ことしの品種はすべて「千両2号」だ。好きだからこそ時期をずらしながらタネをまいてきた。これで秋分の日まで十分に食べ続けることができる。

最初に植えつけた4株の更新剪定を8月初めに行った。枝が伸び過ぎてまさに選定の時期だ。各枝の葉を一枚残して切る。丸裸にしてしまう荒技である。初めて更新剪定する人は、思い切ってこうまで切ることはなかなかできない。はたしてまた葉が出てくるのか、このまま枯れてしまうのではないかと心配してしまう。更新剪定することで、新たな葉を出して秋ナスの実を結びさせ、ナスの寿命を延ばすことができる。よく考えたものである。

家庭菜園でこれだけの株数があると、毎日欠かさず何個かの収穫がある。まずは好きな漬けものだ。これだけでもわたしはご飯が食べられる。食卓にあるとご機嫌である。

ナスの調理範囲は広い。キュウリやトマトと比べるとなるほどなと納得する。漬ける、煮る、炒める、焼く、なんでも来いである。どれもうまい。おかずづくりに貢献している。大変な実力の持ち主なのだが、ありふれた夏野菜だけにどこか軽視しているきらいがある。もっと重んじなければならない。

かみさん元気で留守がいい、の夏が続く。きょうも古亭主はひとり台所に向かう。冷蔵庫を見るとナスがいっぱいある。このままだとはゴミになる。なんとももったいない。そこで今夜はナスと豚肉の味噌炒めを作った。

じつはこれ、レシピは先日作ったキュウリと豚肉の炒めものとほとんど変わらない。いくぶん応用動作を加えた。食べるのはわたしだけだから、まずくとも文句を言う人はいない。どんな味になろうとも気は楽である。

ナスは、切って塩をまぶしておき、しばらくたって水けをぎゅっと強く絞る。豚肉は片栗粉をまぶしておく。あとはフライパンで各種調味料を動員して好みの味に仕立てる。といっても、味は覆水盆に返らずであって、最初から濃くすると取り返しがつかなくなる。わたしのような素人はできるだけ薄味にして、味見しながら繰り返し調味料を加えていく。まあこれでいいかと火を止めて食べてみる。ん? からい! そんなはずはないのだが、現実はからい、のである。ちょっと失敗だったか。次回から塩と醤油はもっと少ないほうがいいか。こうして反省を繰り返しながら日々腕をあげていく、といいたいのだが、かみさんが帰ってくると、わたしは台所に立つこともなくなるからその志向は途切れ、レシピも忘れてしまう。

こんな繰り返しだから、いつまでたっても上達しない。上達の方法は、ひとつある。かみさんから独立することだ。うーん。


 

         


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こんどはトマトとモッツァレラチーズの冷製パスタ

2012-08-09 | トマト



思いのほかテント山行のダメージは大きかった。いまでも筋肉痛などの“後遺症”がある。久しぶりの重荷だったとはいえ、ここまで体力が落ちたのかとあぜんとさせられた。寄る年波には勝てないなと冗談半分に自分を茶化していたのだが、こんどは全部本気でそう言わざるを得なくなったのだから、まさに憐れむべし半死の白頭翁、である。それなのに、かみさんは元気だ。けさはやく、先週に続いて今週は前穂高岳から奥穂高岳への山行に出掛けた。わたしは1週間たったいま、山を歩く元気はない。しばらくはケアに努め、夏山の計画を見直さなければならない。「年寄りなんだからもうテントはやめたら」。返す言葉がなかった。

そんなわけできょうから数日間は一人暮らしになる。台所に立たなければならない。外食は大嫌いだからすべて自分で作る。早速、朝飯づくりだ。それを済ませてから次回の山の食料や用具を買い出しに行き、戻ったら昼過ぎになった。次は昼飯づくりだだ。慣れないうちはつねに飯の用意に追われているように感じられる。これじゃ食うために生きているようなもんだ。

昼飯は、トマトとモッツァレラチーズの冷製パスタを作った。ミニトマトが連日とれている。自分からトマトは食べないほうだから、かみさんがいないとつい無駄にしてしまう。そうしないためにも、先週作ったトマトの冷製パスタがうまかったこともあり、今回もである。なんとかの一つ覚えといわれないためにも、少しは目先を変えて、モッツァレラチーズを加えることにした。

どんな食感になるのかまったく想像できない。とにかく味付けは前回と同じにしてチーズを加えただけである。食べてみると、トマトと調和しない。お互いばらばらで、とくにチーズはぼんやりした味で浮いている。調理の仕方がまずいのだろうか。期待したのだか、こんな味かと気に入らなかった、といってしまえば身も蓋もないのだが、前回のほうが私の好みだった。

こんどはトマトではなくほかの夏野菜、たとえばナスとか、オクラなんかも使ってはどうだろうか。やってみよう。このように前向きに考えると台所仕事も苦にはならなくて楽しい。しかし毎日ともなるとそうもいかなくなる。やはり食事の用意に毎日追われると少ない手持ちのレシピは底をつき、そこで今晩は何にしようかと、パソコンに向かってレシピをさがすのである。


         


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谷川岳ー馬蹄形を半周(2)

2012-08-06 | 登山

蓬峠からの道は長く感じた。一ノ倉沢まで遠かった。
このあと突然の大雨に襲われたが、ここまでくればもう安心だ


山行日 2012年8月1日~l2日 1泊2日テント泊
天気 1日晴れ 2日晴れ夕方雷雨
山域 谷川連峰
メンバー 単独
コース&タイム
8月1日 我孫子駅 4:42=5:16上野駅5:43=7:27高崎駅7:45=8:48水上駅8:57=9:17谷川岳ベースプラザ・ロープウエー駅=天神平駅9:45-10:30熊沢穴避難小屋-11:40ザンゲ岩11:50-12:05肩の小屋12:10-12:20谷川岳トマノ耳12:40-12:50オキノ耳13:20-13:30奥の院-13:55ノゾキ-14:40一ノ倉岳14:50-15:15茂倉岳15:30-15:40茂倉岳避難小屋(泊)

8月2日 茂倉岳避難小屋5:05-5:20茂倉岳5:35-7:25武能岳7:40-8:25蓬峠8:35-8:50水場-9:45白樺小屋9:55-11:55JR見張小屋・虹芝寮12:25-13:20一ノ倉沢13:40-14:10マチガ沢-14:45谷川岳ベースプラザ15:16=15:20土合駅15:31=15:43水上駅(雷雨により車内で2時間30分待機)=代行バスで渋川駅=我孫子駅


2日目である。1日目は暑さと重荷でばててしまい、目的地である蓬峠のテント場まで行けず、手前の茂倉岳避難小屋に泊まることになった。これで、2日目に朝日岳、笠ケ岳、白毛門を経て土合橋に下山することは時間的にも体力的にも無理であきらめざるを得なくなった。馬蹄形縦走は意気込みは十分だったが体力がついていかなかった。2日目は茂倉岳、武能岳を経て、蓬峠からは土合駅を目指すことにした。


4時前に起床した。茂倉岳避難小屋は快適だった。ここならもう一度泊まりにきてもいいくらいだ。同宿の高校生は行儀がいい。これから先どのような人生を歩もうとも、たとえいっとき山をやめざるをえないときがあっても、山への気持ちを持ち続けてほしい。きっと自分に山があってよかった、と思うときがかならず来るはずだ。おのれの人生を振り返りながら、そう願う。

朝食の準備だ。小屋の外に出て天気をたしかめる。稜線に雲はない。よしっ、とご機嫌になり小屋に戻った。高校生たちも先生の指導で朝食だ。この高校生たちも馬蹄形縦走できょうは清水峠の避難小屋に泊まり、あした下山するという。

5時5分。笹の原が続くため最初から雨具のズボンをはき、「気をつけてね」と若い人にあいさつして一足先に小屋を出る。起き出したときの風景は一変してガスにつつまれていた。茂倉岳まで登り返した。西へ続く仙ノ倉への稜線はガスの中だ。この天気だとまもなく晴れるだろうとしばらく待つ。15分ほど山頂で待ったが西方面のガスは晴れなかった。

きょうはショートカットするからといっても、あまりのんびりしてはいられない。きょうもまた日照りと重荷にきっと苦しめられるはずだ。それにしてもテントはとうとう使わずじまいだった。こんなこともあるよな。山の体は山でつくれというからきょうは試練だな、と自分を納得させるしかなかった。

さあ出発だ。まずは武能岳を目指す。北方面はガスがしだいにとれてきた。逆光だからまだだ朝の湿った大気の中でぼんやりしている。

きのうは歩くだけで精一杯であった。好き花を撮る余裕などなく、「花はあしただ」と自分言い聞かせて歩いた。よほどつらかったのだろう。きょうはせっかくだからできるだけ撮りながら歩こう。谷川岳の高山植物の豊かさにあらためて驚いた。谷川岳の花ってこんなによかったか。夏の谷川岳には痛い経験があるだけに目を疑った。自分でいうのもなんだが、これまで全国のお花畑を見てきた。それも最盛期にぶつかるという強運の持ち主だ。だからお花畑にうるさい。お花畑には目が肥えている。そんな自分がいうのだから間違いない? トマノ耳、オキノ耳から先の稜線は茂倉岳までお花畑の連続だった。百花繚乱状態だ。そのとき面倒がらずに撮っておけばよかったといまさらながら思う。とくにシモツケソウとハクサンフウロのピンクが目立った。きょうの武能岳へ続く稜線もそうだった。どちらかといえばきのう歩いた稜線のほうが豊かだった。まめにカメラを向けたつもりだが、ここに載せたものはたぶん目に入った花々の何十分の1にも満たない。 

 
  
  
  
  
  
  
   

 武能岳への稜線が見てとれる。なかなかいい眺めだ。


きのう同様に谷川岳を離れてから北方面の道は静かだ。きょうも人っ子ひとりいない、と思ったら、武能岳から降りてくる人が目にはいった。ちょうど鞍部ですれちがった。昨晩は蓬峠のテント場で一人だけだったという。わたしが予定通り歩いていたら昨晩会っていた人だ。

7時15分。歩いてきた道を振り返る。西方面もすっかり青空が広がっている。喜んでばかりはいられない。きょうもきびい日差しとの戦いになる。目を凝らすと避難小屋で一緒の高校生グループが下ってきているのを見つけた。右に茂倉岳、左に一ノ倉岳、その左が谷川岳。

武能岳山頂。茂倉岳を5:35に出て7:25着。やはり歩みはきょうも遅い。そうそう、ここまでの道は細く、草や木に覆われているから歩きにくい。ストックでよけながら歩くのだが谷川の岩は滑りやすいから一時も気が抜けない。



山頂から蓬小屋が見える。その後ろには鋭鋒の大源太山。北東に目を移すと、清水峠の送電線の監視所も見える。



さらに東には朝日岳、笠ケ岳、白毛門が逆光の中だ。本来ならあそこあたりを歩いているんだな、と今になっても未練がましい別の自分がいる。

蓬峠に向けて笹原を進む。



蓬ヒュッテが見えてきた。手前に土合への道が分かれているが、直進してヒュッテまで行ってみた。管理人はいなかった。



早々に腰をあげて土合への道に入る。蓬峠から土合への道は初めて歩く。ここも細い道が続くのだ、やはり草が道にかぶさって歩きにくいったらなかった。そう感じるのは疲れきっていて、足の運びが思うようにならなかったからだろう。



蓬峠の南にある水場。15分ほどかかる。水量は豊かだった。上部には雪渓が残っていた。雪解け水である。


きょうも日差しが強い。午前中だから、東の太陽がこれでもかと私を焦がす。あきらめたはずの東の山並みがどうにも気になる。

白樺小屋。休憩を取ろう。くたびれ果てている。ここからJR見張小屋までは亀さん歩きになった。いや亀より歩みが遅くなった。このすぐ先に新道と旧道の分岐がある。新道を左に取る。

ブナの林に立ち止まることもなく、よたよた進んで行く。



やっとだ。やっとJR見張小屋に着いた。

この小屋の前でへたり込んでいたら声をかけられた。一ノ倉沢見物のハイカーだった。「この建物のうしろにコウシリョウという由緒ある山小屋があるのを知っていますか」。

JR見張小屋の左側に「この先は行き止まりです」という立て札がある。関係者以外敷地内に入るなということだろう。しかし、谷川では由緒ある山小屋だ聞いたら見たくなるものである。

細い道を進むと建物が現れた。けっして古くはない。「虹芝寮」とある。建物正面に説明板があり、持ち主は成蹊学園であった。虹芝寮は谷川岳芝倉沢ちかくに1932年完成した当時の成蹊高校の山小屋で、1978年に解体再建した、とある。

侵入者は建物をひとまわりした。水も近くまで引いていた。山と高原地図を見るとたしかに記されていた。私は知らなかった。教えてくれたハイカーに感謝した。 

新道を行くと、一ノ倉沢への分岐があった。さてどうするか。寄り道することにした。疲れきった体に鞭を入れて急坂を上る。旧道に出た。左に行くと一ノ倉沢だ。さすがに腹が減った。正面に座り込んでむしゃむしゃ食う。 

いまの時期は谷川岳ベースプラザから一般車は通行止めだ。家族連れのハイカーが岩壁を背に記念撮影している。大型ザックを背負っている人などいない。わたしも撮ってもらった。いつのまにか稜線上はガスに包まれている。急に天気が悪くなった。

さよなら。会えるはずだった笠ケ岳と白毛門に。

マチガ沢手前あたりからぽつぽつと雨が落ちてきた。これでやっと日照りから解放された。いい気分だ。こんな雨なら大歓迎である。お天気雨だろうと高をくくっていた。向こうから来たハイカーは戻ろうかどうか心配していた。
小雨がよもやの大雨になった。ざあざあ降りになった。突然だ。大雨になるなんて思ってもみなかったから雨具を取りだすのが遅れた。すっかり濡れてしまった。雨具さえ着ればこっちのものだが、ハイカーはどうなったのだろう。ほとんどの人が雨具を持っていないようだった。

大雨のなか谷川岳ベースプラザに着いた。土合駅まで歩いて15時31分に乗りたい。この雨の中を歩くのはつらい、15時16分のバスがあった。発車時刻になると雨は小ぶりになっていた。土合駅までのバスの乗車時間は3分ほどだがこれを利用した。土合駅は懐かしかった。何十年ぶりだろう。

いったん小雨になった雨だが、水上駅に着くころに再び激しくなった。雷だった。大雨になった。定刻になっても発車しない。電車は運転を見合わせるという。なんともついていない。手持ちの酒を飲み干し、ビールを買いに売店に走った。すでに発車時刻から2時間30分もたっている。きょう中に家に戻れるかしらと心配になった。渋川駅まで代行バスを走らせるという車内放送があり改札口を出て並ぶ。なんとか帰れそうだが、なんか難民になったような気分だ。今回の山行は心と体の歯車がどこまでもかみ合わないままだった。年寄りの病みあがりなんだからもっと自重せよ、ということなのだろうか。


         


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谷川岳ー馬蹄形を半周(1)

2012-08-04 | 登山

谷川岳では大型ザックは目立つ。「ボッカ」ですかと声をかけられた。どう見ても老人だろうに。


山行日 2012年8月1日~2日 1泊2日テント泊
天気 1日晴れ 2日晴れ夕方雷雨
山域 谷川連峰
メンバー 単独
コース&タイム
8月1日 我孫子駅 4:42=5:16上野駅5:43=7:27高崎駅7:45=8:48水上駅8:57=9:17谷川岳ベースプラザ・ロープウエー駅=天神平駅9:45-10:30熊穴沢ノ頭避難小屋-11:40ザンゲ岩11:50-12:05肩の小屋12:10-12:20谷川岳トマノ耳12:40-12:50オキノ耳13:20-13:30奥の院-13:55ノゾキ-14:40一ノ倉岳14:50-15:15茂倉岳15:30-15:40茂倉岳避難小屋(泊)
8月2日 茂倉岳避難小屋5:05-5:20茂倉岳5:35-7:25武能岳7:40-8:25蓬峠8:35-8:50水場-9:45白樺小屋9:55-11:55JR見張小屋・虹芝寮12:25-13:20一ノ倉沢13:40-14:10マチガ沢-14:45谷川岳ベースプラザ15:16=15:20土合駅15:31=15:43水上駅(雷雨により運転見合わせ。車内で2時間30分待機)=代行バスで渋川駅=我孫子駅


テントをかついで谷川岳の馬蹄形縦走を目指した。谷川岳から白毛門まで時計回りで歩く。しかし、暑さと重荷でばててしまい、予定を変更して蓬峠から下山した。結局は半周にとどまった。

膝の快復具合をみるため6月に2度近くの山を歩いてみた。痛みは大分消え、それでもやや重いものの、これなら夏山を歩こうと決めた。“病み上がり”の身でいきなりテント縦走とは、膝への負担が増して無謀かなと思ったものの、やはり歩いてみたかった。

この真夏に谷川を選んだのには訳がある。わたしの山歩きは単独が基本だ。団体登山は50歳前後に地元の同好会に入っていたことがあるが性に合わなかった。いまは共同通信の共同ワンゲルの隅っこに名前を連ねている。年に2回ほど群馬県みなかみ町にある保養所で合宿を行い、谷川周辺の山を歩く。それには参加して団体登山を楽しんでいる。

この共同ワンゲルが今年で50周年を迎え、記念山行として7月に谷川岳集中登山を行った。わたしは膝の状態が心配なため参加しなかったのだが、どんな理由があったにせよ、50周年という節目に会員として参加しなかったことにふがいなさを感じた。その感情が不思議にいつまでも尾を引いた。このもやもやとした気分を消すには、遅ればせながらわたしなりに50周年を祝って谷川に登らなければならないなと感じた。たぶんこれで心が晴れてくれるだろうという期待があった。

テント縦走は3年ぶりになる。勇んで家を出た。ザックには水3リットルを入れた。体重計ではかると18㌔になった。出発前にザックの重さをはかるところにわたしの不安が出ている。


1日目の予定は、谷川岳、茂倉岳、武能岳を経て蓬峠のテント場に泊まる。ところがばててしまって大幅に遅れたため、手前の茂倉岳避難小屋泊まりに変更した。

我孫子駅を始発に乗ると、登山口のロープウエー・天神平駅を歩き始めたのが9時45分になる。さっそく谷川岳の双耳峰が目に飛び込んできた。いま頂上にいる人たちは、きっといい眺めを楽しんでいるんだろうなと思わせるほどの青空が広がる。

歩き始めてすぐに、こんどは湯檜曽川対岸にそびえる白毛門、朝日岳、笠ケ岳が見えてきた。待ってろよ、あした行くからな。この時点では意欲満々であった。

熊穴沢ノ頭避難小屋。この先からしだいに暑さと重荷がこたえてくる。


左手にナマイタグラ山稜が見えてきた。姿がいい。
日差しが強い。強すぎる。汗が大量に出る。まめに水を飲む。そのつど重いザックを下ろして中から取り出すのだが面倒だが、そうしないわけにはいかない。とにかく汗が出る。

天神尾根を振り返る。
周囲は日帰りの登山者ばかりでザックは小さい。わたしの大型ザックはかなり目立つ。同じような格好の人が下山してきた。「ボッカですか」「いえちがいます」「どちらまで」「きょうは蓬峠のテント場まで」「わたしはそこからきました。蓬峠のテント場は私一人でした」「お気をつけて」。そんな会話があった。
わたしの大型ザックを見て「ボッカ」だろうかと尋ねたのだろうが、こんな軟弱な年寄りのボッカなんかいないだろうに。


あえぎながらもザンゲ岩に着いた。やっぱり“病み上がり”のテント縦走は無謀だったかなと「ざんげ」する。顔をあげると肩の小屋あたりの道標が見えてきた。もうすぐだな。
 

肩の小屋直下の雪はすっかり消えている。


12:05 肩ノ小屋到着。重荷を背負って足が前に進まず、汗だくでまいってはいるが、かなり順調にきた。正午になり、西方面にガスが出てきた。展望を楽しむにはやはり午前中だ。

左にマナイタグラ山稜、右にオジカ沢ノ頭。

まもなく頂上だ。振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


トマノ耳。登山口から2時間30分できた。この重荷を背負ってこのタイムできたことに気をよくした。笑顔だ。ただし元気はここまでだった。
たまには写真を撮ってもらおう。年に一度ぐらいどんな顔して歩いているのか自分の顔を見てみたい。

 

 

 

 

 

 




 

 

 
わたしの楽しみは山の同定だ。「超展望の山々」(実業之日本社)から、谷川岳からのパノラマをコピーして持ってきた。さあどこから行くか。まずは火打山と妙高山だ。かみさんが友だちといま登っている。きょうは妙高山のはずだ。両山は以前2人で登っている。今回は友だちにつきあっているようだ。西に苗場山が見える。その右手が妙高山だ。アップで撮る。しかし西から南にかけてガスが出てきた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

あまりゆっくりもできない。腰を上げてトマノ耳からオキノ耳に移動する。
ここで昼飯だ。今朝握ったおにぎりをほおばる。うん?臭う。傷んだか。しかしもったいないから再度口にしてみるがやはり臭う。腐らないようにと塩を多めにかけてきたのだが、心配だから食べないでおく。また山の同定に夢中になる。もう山頂について1時間がたっている。ゆっくりしてしまった。ここから予定がしだいに狂い出す。さあ、出発だ。

万太郎山へ続く山並み。

 トマノ耳を振り返る。


奥の院。手を合わせて安全を祈る。平日でも登山者は多い。頂上をピストンする人ばかりだ。足を延ばしても奥の院までである。
この先はばったりとひと気がなくなった。わたしひとりになった。一ノ倉岳の鞍部までは岩場の下りになる。右は切れ落ちている。

ここからはお花畑の連続だった。天神尾根の花たちは人ごみにあきれて姿をかくしてしまったが、このあたりは生き生きと咲き誇っている。谷川の高山植物が豊かなのには驚いた。

いつもだったら花たちにカメラを向けるのだが、この日はその気力がまったくない。すっかり疲れている。歩みがすっかり遅くなった。

これから向かう一ノ倉岳と茂倉岳が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


一ノ倉沢の絶壁をのぞくことができる場所だ。
 

 一ノ倉岳への登りがつらかった。体が上がらない。休みんでいる時間のほうが多くなった。途中後ろを振り返る。


ようやく一ノ倉岳の山頂だ。学生グループがテントを張っていた。土樽から蓬峠経由でここまで来たという。

手前は避難小屋。


すっかり一ノ倉岳の登りで時間を食ってしまった。完全にばてている。山と高原図のコースタイムを大幅に上回ってしまった。もう15時近くになる。ここで思案だ。これから蓬峠まで行くには、いまの疲れ具合からすると3時間はかかるだろう。着くのは18時か。いや、きょうの体調では無理だ。いまの時期は日没が19時過ぎだからそれまでには着くだろうが、テントを張ったり、食事をつくったり、水汲みに行ったり、とかなりあわただしい事態になる。
ここは無理しないできょうは茂倉岳避難小屋に泊まろう。こんな弱気になったのははじめてだ。単独で歩いて予定を変更するなど、これまでにはなかった。それだけに、無理しても行こうか、それともやめようか。判断に苦しむようになったら安全策を取る。
しかしがっかりだ。茂倉避難小屋泊まるとなると、あしたは朝日岳から白毛門を経て土合橋に下山することは時間的に無理だ。食料があれば、清水峠の避難小屋にもう一泊する手もあるが食料の用意がないからあきらめるしかない。
よし、あしたは蓬峠から下山しよう。どうにもしかたない。

一ノ倉岳からは茂倉岳へは登り返しは短い。それでもつらい。


茂倉岳避難小屋に泊まると決めたら余裕が出てきた。ここからなら這ってでも行けるからだ。やっと花をめでる余裕が出てきた。頂上からここまでずっとお花畑が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茂倉岳山頂。ここから茂倉岳避難小屋へは道なりに西に向かう。


茂倉岳避難小屋の評判は聞いていた。谷川では一番いいのではないか、それに水場もすぐ近くにある、と。茂倉岳から土樽への道を進むとすぐに見えた。山頂から10分ほどだった。

たしかにまだ新しい避難小屋だ。トイレも隣りにある。


ドアを開けて中に入る。だれもいない。室内は清潔だ。谷川のほかの避難小屋に比べると別格だ。マットまで置いてある。きょうはここまでと思いザックを床に放り出す。気分が楽になった。すぐに水場に行くことにした。3リットルの水をあらかた飲んでしまっていたからだ。

水場はすぐ近くだった。水筒に水を入れるにはコッヘルが必要だった。まずは水をためて、そこからコップですくって水筒に入れる。細い水流だが、たまるのに時間はかからなかった。冷たいのがなんともありがたい。

きょうは平日だ。たぶんこの避難小屋にはこのあとひとは来ないだろうと、汗でびっしょりになった靴、靴下、シャツ、それにだれもいないことをいいことにズボンまで干してしまい、パンツ一丁になった。入り口は西を向いている。さわやかな風を受けながら、弱くなった西日を浴びる。かみさんが今日登っている妙高山が正面に見える。のんびりしていると、またたくまに時間は過ぎるものだ。この無為の時間がなんとも気持ちよかった。まるで小屋番でもしているみたいだ。

そろそろ夕飯を作ろう。食べ終わっても誰も来ない。こんばんは一人きりだなと思っていたら、人の声が聞こえてきた。高校生と先生の6人だった。わたしが予定していたのと同じな馬蹄形縦走らしい。翌日は清水峠の避難小屋泊まるという。前述したように私もそうできればいいのだが、余分な食料を用意していないのだからあきらめるしかない。

8時には横になった。しかし足に痙攣が連続して走る。あれほど水を飲んだにもかかわらず、はやり水が不足していたのだ。入念に整理体操をした。これで痙攣して夜中に起きることもないだろう。あすは4時前に起床だ。

2日目に続く


   


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キュウリの炒めもので新味発見

2012-08-03 | キュウリ

8月1日と2日はテントをかついで谷川岳を歩いてきた。“病み上がり”なのにいきなりテント縦走とは無謀かなと思ったが、案の定そうなった。暑さと重荷で苦しんだ。初日の夜は足の痙攣が続いた。もうこの年寄りにはテント縦走は無理でそろそろあきらめる潮時かということか。1日はかみさんも友だちと新潟の山歩いていた。谷川の山頂からその頂が西にはっきり見えた。

夏はこのところ毎年、かみさん元気で留守がいい、が続いている。夏山本番のいまがそうだ。留守中はもちろん私が台所に立つ。嫌いではないし、腕は立つ、と自分では思っている。しかしレシピが不足している。将来に備えて私の定番となるおかずのレシピづくりを急がなければならない。ほかに見るべき番組がないと、NHKの「きょうの料理」を見る。段取りをきちんと頭に入れながら見ている自分に気がつく。それだけ熱心だということだ。差し迫った事態ではないが、明日は分からない。

このところ、ナスとキュウリは毎日収穫に追われている。食べきれるものはない。そうなると、ほかの食べ方を探す。たまたま「きょうの料理」で、ナスとキュウリを材料にした中華を紹介していた。これはいい。これなら自分にもできそうだ。

ということで、7月31日にかみさんが山に出掛けているときに、夕飯のおかずに「キュウリと豚肉の炒めもの」をつくった。キュウリといえば、わが家は漬けものだ。夕飯には欠かせない。8月いっぱいまで毎日取れるようにと計画して植えつけてきた。この夏はうまく行きそうだ。しかしキュウリの炒めものとは、たぶん中華屋では定番で食べているのだが、自分でつくるのははじめてだ。目先が変わっていいかもしれない。

レシピを見ながらつくる。まずはキュウリの水けを絞る。塩をまぶしておいて絞ると、こんなにもと思えるほど水が出てくる。豚肉は片栗粉をつけて下味をつけておく。豚肉を炒め、キュウリを加え、調味料で味付けすると出来上がりだ。どうもうまそうには見えない。とにかくあつあつを食べる。これは歯触りがいいぞ。これなら食べられる。見た目よりもうまい。すぐに定番に加えよう。キュウリの漬けものにあきたらこれをつくればいい。暑い日が続くから、トウガラシを入れて辛味をきかせ、濃い味に仕上げたほうが食は進む。

わたしの望みは、こんなものがすいすいと手早くできることだ。しかし現実は毎回レシピを確認している。これでは毎日のおかずづくりはおぼつかない。


         


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