30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

青春18きっぷで、ミツバ岳から屏風岩山東尾根(2)

2010-03-30 | 登山

ミツマタの群生地4カ所を巡るコース
甘い香りに酔いしれた一日だった



圧巻は最後の群生地だった。これでもかとミツマタが続く
 


山行日 2010年3月27日(土)日帰り
天気 雪のち曇り時々晴れ
山域 丹沢
メンバー 単独
コース&タイム
我孫子駅4:42=5:13日暮里5:16=5:27東京5:46=7:05国府津7:08=7:36谷峨駅7:46=8:20浅瀬入口バス停-8:45滝壺橋登山口8:55-10:00ミツバ岳10:15-11:10権現山11:30-12:00二本松峠-13:20屏風岩山13:45(東尾根)-14:40ミツマタ群落(680㍍付近)15:00-15:25東海自然歩道-15:35大滝橋バス停15:47=16:23谷峨駅16:32(国府津経由)=19:10我孫子駅


「これでもかというくらいミツマタの写真を多く載せたね。たしかに見応えがありそうだ」。さっそくにそんなメールをもらった。

このコースはミツマタの道だ。満開になった週末だけに多くの登山者がやってくる。有名だと聞いていたものの、よもやここまで登山者が多いとは思ってもみなかった。

このコース上には4つの群生地がある。
1、ミツバ岳山頂
2、ミツバ岳から権現山へ向かって少し下ったところ
3、二本杉峠から屏風岩山へ進んだ850㍍付近
4、屏風岩山の東尾根680㍍付近

ほとんどの登山者が権現山を経て途中の二本杉峠から上ノ原登山口へ下山してしまう。屏風岩山まで足を延ばす人は少ない。ミツマタは屏風岩山のほうがすばらしい。せっかくだから屏風岩山まで歩かれることをすすめる。それにコースは予想していた以上によく踏まれている。不安なく歩けるはずだ。

(詳報)
青春18きっぷを使っての山旅。三つ目のスタンプを押してもらった。丹沢へはいつもなら小田急を利用するのだが、青春18なので今回はJRになった。東京駅へ出て、東海道線で国府津駅、御殿場線に乗り換えて谷峨駅下車。そこから湘南富士急バスの西丹沢行きに乗る。



谷峨駅前のバス停に30人ほどが並んだ。ミツマタ目当ての登山者で込むことは予想されたがそれにしてもこの時期としては多い。新松田からのバスに全員乗れるのか。
この日の天気予報は晴れだった。ところがまったく晴れ間が見えないどころかバス停に並んでいると白いものがまじったものが落ちてきた。ミゾレだった。予想外の天気になった。ここでミゾレなのだから山は雪かと心配する。バスには全員が乗れた。体が触れあうほどの満員状態になった。



浅瀬入り口で下車。バスから下車したのはやはり30人弱。みんなミツバ岳を目指す。やはりここもミゾレだ。丹沢湖畔の桜は咲き始めている。このミゾレに震えている。

車道を30分ぐらい歩いた所が登山口の「滝壺橋」。団体がマイクロバスでやってくる。タクシーも次々と来る。さすがにこの人出にはあきれた。私もその一人なのだが、ここまですごいとは……。写真ではその様子が分からないが、ちょうど団体が出発したばかりだ。これを見て「先を越された。失敗したな」と。バリエーションルートだから登山道があっても細い道のはずだ。そうなると単独にとって団体は邪魔になる。追い抜くときに面倒だからだ。
滝壺橋の脇が登山口。「山と高原地図」にはここからミツバ岳を経て権現山まで登山道の記載がない。しかし一歩踏み出すとかなりはっきりした登山道が続いている。それだけミツマタを求めての登山者が多いということがわかる。
すぐにさきほどの団体に追いついた。この団体のアンカーはよくわかっていた。すぐに隊列を止めて後続の人たちに道を開けてくれた。「団体のおかげで渋滞だよ。隊列を止めて先に行かせてくれよ」なんて言わなくて済んだ。気持ちよく追い越す。

 

やはりミゾレから雪に変わった。登るにつれて山肌も雪になった。春のぼってとした雪ではなくパウダースノーだ。服についた雪は簡単にふるい落とせる。道は尾根の右側をジグザクに登るように切ってある。尾根をまっすぐに登ってもいける。



1時間ほどでミツバ岳。ここが1番目の群生地。手前からミツマタの群生地が見えてきた。頂上のあたり一面ミツマタの木ばかりだ。それも大きな木だ。これだけのミツマタの群生地を見るのは初めてだけに、さすがに迫力がある。ミツマタは公園などでよく見かけるが、さえない花とばかり思っていた。しかしこれはすごい。頂上からはミツマタの大きな木を前景にして富士を眺めらるというので、晴れの日に満を持して出かけてきたのだが、どういうわけか雪だ。あきらめざるを得ない。





山頂から少し下ると左側の杉林の中に2番目の群生地が広がる。1番目よりは規模は小さい。

 

 

権現山を目指す。途中にもミツマタの群落が多くみられる。足を止めては写真を撮っているのでなかなか先に進めない。それに急坂になると雪でぬかっているのでよく滑る。10時30分を過ぎたあたりから雪がやみ、ようやく薄日が差してきた。
急坂を登りきって権現山から西に延びる尾根に乗った。それを確認できた。今回はバリエーションルートだというので事前に地形をなんどもシミュレーションしてきた。だから常に地形を意識しながら登る。一般登山道なら地形を意識することはない。ただ道をたどって歩くだけだったのに最近は違ってきた。いい傾向だと思っている。

この権現山から西に延びる尾根にぶつかる場所でふと思った。逆方向、すなわち権現山からミツバ岳を目指してきたときに、西へ延びる尾根からミツバ岳への道に分け入ることができるのだろうかと。そのまま西へ尾根伝いに進んでしまいそうな気がする。現実はよく踏まれた道だからだれもが迷うことはないのだが、雪で道が覆われたときなど私などきっと迷うだろうなと思ってしまう。そんな思いがあったからか、これからも歩く機会がないとも限らないので、目安になる分岐近くの「境界見出標217」を撮っておいた。

権現山はちょうど昼食とするにはいいところ。やはり人が多い。私はミツマタに気を取られ、ここまで予定タイムよりもだいぶ時間がかかってしまった。昼食を早々に切り上げて屏風岩山に向けて出発した。

 

まずは二本杉峠に向けて下る。途中に立派な道標が出てきた。このコースではじめての道標だ。ここまで道標がまったくなかっただけに、不思議な整備状態のコースである。



二本杉峠まで急坂の下りになる。ここは慎重に下る。二本杉峠に降り立つ。ここにも立派な道標があった。「屏風岩山」を示すところに「(踏跡不明瞭)」と書いてある。しかし実際はよく歩かれている。目の前に尾根がせり出している。そこを登ってしまった。道標の指している方向がここから登れと言わんばかりだ。しかしこの尾根の左をまいて行くのが正解だ。そこをいくと目の前に急な尾根がそびえる。そこを登る。途中からロープが出てくる。この急な尾根をがんばって登りきると3番目の群生地が右側に現れる。



この屏風岩山への尾根にある3番目の群生地はよかった。1番目と2番目に比べてこちらのほうがいい。立ち止まって見入ってしまう。清楚な雰囲気があたりに漂う。あまり人の目にさらされていない山の気配がある。
二本杉峠からこの屏風岩山へのコースに入るとすっかりひと気がなくなった。ほとんどが上ノ原へ下りたようだ。この群生地で腰をおろして休憩しようか迷ったのだが先に進んだ。少し進んだところで悔やんだ。やっぱり休憩してミツマタをもっと観賞してもよかったかなと。 



3番目の群生地に気をよくしたものだ。道は明瞭で問題ない。尾根を歩いているなとここでも地形を意識しながら歩く。屏風岩山まで緩やかな登りだ。屏風岩山に着いた。ここで大休止。



さて、ここから東尾根をたどる。たぶん不明瞭な道で地図読みが要求されるだろうと思って念入りに地形図とにらめっこしてシミュレーションしてきた。結論から先に言おう。この道はすでに明瞭な道形が付いていた。たしかにバリエーションルートなのだがよく歩かれているのが分かる。私の地図読みの実力が試されるのか、と肩に力が入ったが、いざ足を踏み入れてみると、なんのことはない、拍子抜けするぐらいはっきりした道が続いていた。もちろん途中に道標はないものの特に迷うところはない。それでもせっかく事前準備してきたのだからと地図とコンバスと高度計で自分の位置を確認しながら歩いた。

下山は速い。すぐに4番目の群生地が見えてきた。この群生地が抜きんでてすばらしいことは資料で分かっている。私の期待は大きい。たしかにミツマタがずっと下まで続いている。くりかえすが、それはまるで川の流れのようにどこまでも続いているかのように見える。これはすごい。道は680㍍付近でこの尾根と別れて左にスギ林に入るのだが、このあたりから下がもっともすばらしい。このミツマタがどこまで続いているのかを見たいので尾根伝いにそのまま下りて行った。その群生地の先まで行って振り返るとそのすばらしだがいっそうよくわかる。甘い香りがあたり一面に漂っている。この4番目の群生地でその芳香をはじめて感じた。

そのまま尾根を下って行っても東海度自然歩道に出られるとは聞いていたが、ここは安全にとさきほどの分岐点まで戻り、杉林を少し下りはじめた。十分に満足できたという思いがあった。ところがここで歩みを止めて私は引き返したのである。もう一度見たいがために。私の足を止め、引き返させるほどの魅力があった。





ミツマタの花園に身を置いて、酔いしれた。おかげでだいぶゆっくりしてしまい帰りのバスの時刻が気になり、足早になった。最後はロープが張られた細い尾根の急降下になる。ここはあわてる気持ちを抑えて慎重に下りる。東海道自然歩道に出た。そこの小川で靴の泥を洗い流した。舗装された道を行くとまもなく右手に大滝橋バス停があった。





帰のバスはガラガラの状態だった。あれだけ多くの登山者はどうしたんだと不思議がるほど空いていた。少し前に「臨時バス」が出て、すべてピックアップしたんだとわかった。


               


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青春18きっぷで、ミツバ岳から屏風岩山東尾根(1)

2010-03-28 | 登山

ミツマタの群落はどこまでも河の流れのように続く
飛び込むとほのかな甘い香りにつつまれた



ミツマタの群落で有名なこのコース。大木のミツマタの満開は見応えがある。
 


山行日 2010年3月27日(土)日帰り
天気 雪のち曇り時々晴れ
山域 丹沢
メンバー 単独
コース&タイム
我孫子駅4:42=5:13日暮里5:16=5:27東京5:46=7:05国府津7:08=7:36谷峨駅7:46=8:20浅瀬入口バス停-8:45滝壺橋登山口8:55-10:00ミツバ岳10:15-11:10権現山11:30-12:00二本松峠-13:20屏風岩山13:45(東尾根)-14:40ミツマタ群落(680㍍付近)15:00-15:25東海自然歩道-15:35大滝橋バス停15:47=16:23谷峨駅16:32(国府津経由)=19:10我孫子駅


 (速報)
丹沢のミツバ岳から世附権現山、屏風岩山のコースを歩き、東尾根を下山した。早春のこの時期はコース上にミツマタの群落があり、黄色い花を咲かせる。以前からかなり有名だったようだ。私は昨年に知った。

山の花となると男のくせして恋焦がれる。山の花は好きである。これまで北海道から沖縄まで山の花を見てきた。私は満開時にぶつかることが多く、その花園の魅力を存分に味わう機会を得た。花の時期は毎年違うから自分でも好運だなと思っている。

天気は晴れの予報だったが、山は雪だった。春の雪ではなくパウダースノーで、ふっと息を吹きかけると飛んで行ってしまいそうな雪だった。













満開のミツマタに雪が積もっていた。噂にたがわず大きな木のミツマタの群落だ。それも1カ所だけではない。このコースを歩けば少なくとも4カ所の群落に会うことができる。「すっげえなあ」と歓声を上げてしまう。ミツマタはさえない花だと思っていたが、この群落を見てその迫力と美しさに圧倒された。これまでの思いを改めなければならないことになった。

このコースはバリエーションルートである。資料からはミツバ岳から権現山へのコーストはよく踏まれていると思われた。問題は屏風岩山からの東尾根である。そこでこのコースだけは事前準備で念入りに地図読み、シミュレーションして頭に叩き込んだ。

実際に歩いてみての結果だが、すべてのコースに道形がある。山慣れた人ならまったく問題はない。バリエーションルートと言うからそれなりに構えて行ったのだが、拍子抜けするぐらい道はよく踏まれている。屏風岩山東尾根も地図なしでも歩けるくらいだった。





圧巻は屏風岩山東尾根の680㍍付近の群落だった。上から見下ろすと尾根伝いにミツマタがずっと下まで続いている。まるで大きな河の流れのように感じられる。めったにない体験だからとこの花園に踏み込んだ。ふといい匂いがした。あっ、これがミツマタの香りか。なんともつつましい甘い香りだ。おもわず口元がほころんでしまう。

満開の時期だけに多くの登山者がやってくる。バリエーションルートにしては場違いなほどの登山者の数だ。みんなミツマタの満開を見たさにやってくる。
→この稿続く(詳報)


                


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暑くさせてサトイモの芽出しをする

2010-03-26 | サトイモ

やっとウグイスの初音を耳にした。この春は初音が遅い、という私の気持ちが届いたのだろうか。さっそくにやってきてくれた。

けさの8時過ぎのこと。「ケキョケキョケキョ」と庭先から鳥の声がした。「もしかしてこれは?」と足を止めて耳を澄ました。「たしかにこれはウグイスだな」と確信した。そのとたん「ホーホケキョ」と。カーテンをそっと開けて隙間から姿も確認できた。「ホーホケキョ」を3度鳴いて飛び去っていった。やはりこの声を聞かないと落ち着かない。やっと春が来たんだと実感できた。わが家での初音は2月24日が最も早く、それと比べると今年はひと月も遅かった。

4月も近くなると次々と種まきやら苗の植えつけがはじまる。
3月にやる大事な作業として「サトイモの芽出し」がある。種イモはそのまま植えつけるのではなく、人工的に少し芽を出させて、芽が出たものだけを選んで植えつける。そうすることで芽出しを揃えることができる。家庭菜園では植えつける種イモはそう多くない。植えつけた種イモからすべて芽が出るとわかれば安心する。

わが菜園の「芽出し作業」である。サトイモは気温が上がらないと発芽しないから人工的に気温を上げる工夫をする。

1、土のなか深く保存していた種イモを掘り出す。腐っているものは取り除く。
2、3、4センチの深さにすきまなく芽が出るほうを上に向けて並べ、土をかぶせる。
3、その上に透明マルチを敷く。
4、さらにその上からビニールをトンネル掛けする。

今年は3月上旬にこの作業をした。4月上旬に芽が出たのを確認してから植えつける。今年も「愛知早生」と「ヤツガシラ」の2種類あわせて50個を植えつける予定だ。今年はヤツガシラの割合を多くする。家庭菜園で50個の種イモは多すぎる。近所に分けたところでもてあます。それが分かっているのに多く作ってしまうのは私の大好物だからである。家庭菜園の極意は、自分の好きなものを作ることである、と思う。しかしたまにはかみさんからの注文にも耳を貸すことにしよう。


                


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「巻機」と「巻機山」、どちらもうまい

2010-03-25 | 

酒の話である。
定番の酒ばかり飲んでいるぶんには酒店に買い出しに行く必要はなく、配達してもらえばいい。しかし飲んべえはうまいと聞くとその酒を飲んでみたくなる。そこで酒の雑誌に目を通したり、酒屋にたびたびと足を運ぶことになる。

ゆきつけの酒店の棚で「巻機山」を見つけた。普通酒だが、私は「純米吟醸・巻機」が気に入っているので、てっきりその銘柄の普通酒であると思った。あの「巻機」の普通酒ならめずらしいからためしに飲んでみるかとすぐに買った。値段は1升瓶で1800円である。普通酒だからこんなものだ。

結論を先に言う。「巻機」と「巻機山」は醸造元が違う。両醸造元とも南魚沼市にあるが、わたしは両者が同一銘柄だと勘違いしていた。



買った時点でそんなことは知らない。
「巻機山」のラベルを見て、「鶴齢」の醸造元がつくっているものだとわかった。これが普通酒ながらも燗にしても常温にしてもなかなかいける。まさに新潟の酒でその淡麗さで飲みやすい。定番の酒「〆張鶴」に似ている。毎日の晩酌にこれならいけるかなと思ったくらいだ。さすがに「巻機」だけのことはあるなと感心していた。能天気にそう思い込んでいた。すぐに飲み干し、またもう一本買ってきた。こんなことは珍しい。

鶴齢のHPで「巻機山」を見た。そこには「純米吟醸・巻機」がどうしても見つからなかった。なにかの事情で載せていないのかと思ったものだがこれはどう考えてもおかしい。そこでやっと勘違いに気がついた。あわてて調べたら、「巻機」と「巻機山」はまったく別物だった。

うかつだった。しかし高千代酒造の「純米吟醸・巻機」と青木酒造の「巻機山」は、それぞれのレベルでうまかった。飲んべえにとっては「うまければいい」のであるから、あらたに「巻機山」を見つけたことになる。こういう巡り合わせがあるから酒店通いはやめられない。

本物の巻機山は醸造元と同じ南魚沼市にある。巻機山の頂上直下のテントサイトは最高だ。水場も近い。天の川をいつまでも仰ぎ見ていた。そんないい思い出があるだけに、その山の名前のついた酒がうまいとなると、なおうれしいものである。


               


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腰が痛いねと下仁田ネギの植えつけ

2010-03-23 | 下仁田ネギ

きのう、東京は桜の開花宣言。千葉県北西部のわが町では一気に蕾が赤く膨らんできた。いよいよだ。

きのうはうららかな春の日差しを浴びながら、下仁田ネギの苗を植えつけた。苗は昨年11月にタネをまいたものでうまく育った。それを掘り起こして用意したウネに定植する。ネギは芽出しで決まる。うまくいかないときは2月に再度タネをまく。その時はビニールトンネル内で育てる。

下仁田ネギはタネまきから収穫までは次のように循環している。
11月に種まき→3月と4月に植えつけ→1月と2月に収穫→5月にタネの自家採種→11月にこのタネをまくーという繰り返しだ。下仁田ネギは収穫までタネをまいてから12カ月から15カ月の長い時間がかかる。

下仁田ネギ栽培で一番手間がかかるのがこの定植だ。1本、1本、植えつけていく。腰をかがめての作業になる。私は山歩きのための体力アップでスクワットをやっていると思うようにしている。それでも腰が痛くなるから、立ちあがって「あーあー」と声をあげて腰を伸ばさなければならない。一呼吸してまた腰を落としての作業になる。

「そろそろ昼だな」。午前中いっぱいかかって定植の作業を終えた。私の主義として植えつけた後も見た目がきれいでなければならない。どうです? 

(きのう植えつけた下仁田ネギの苗。慣れた作業だ)


その定植したウネの近くに自家採種のため収穫せずに20本ぐらい残した。すっかりネギ坊主の姿になり、いまにも咲きそうだ。花が咲けばタネをつける。

(下仁田ネギの坊主。まさに擬宝珠です)

いやというほど食べてきた冬ネギに代わってアサツキが出てきた。すっかり葉を伸ばしている。収穫してもいいころだ。いつも取るタイミングを逸してしまう。今年は早めに取ることにした。冬ネギに比べると頼りないほど細い。なにに変身するかと思ったら、「ぬた」になってあらわれた。

(アサツキは緑鮮やかな「ぬた」になった)


               


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厳冬期にまいたダイコンとカブのいま

2010-03-21 | ダイコン

このところなんとも気持ちのいい朝を迎えている。目を覚ますと小鳥のさえずりが聞こえる。きれいな声だ。耳をすまして聞き入ってしまう。それも日替わりで異なる小鳥がやってきては、きれいな声で枕元で歌ってくれる。なんか王子さまになったような気分だ。

鳴き声からその鳥の名前が分かればもっと楽しいはずだ。山歩きをやっているから人よりは野鳥を知っているつもりだが、わが家の庭にやってくる野鳥の声を聞いてもその名前が分からないことが多い。「きれいな声だな」で終わってしまう。名前を知っていると「○○がやってきているよ。今日は一段ときれいな声だ」とその鳥を身近に感じることができるはずだ。

野鳥に限らず名前を知ることは大事だと思う。これも山を歩いて感じることだが、高山植物でも樹木でも名前を知っているといっそう充実した山旅になる。そのことを経験で知っているから、いつかは野鳥の声からその鳥の名前を特定できるようになりたいと、だいぶ前から心がけている。しかしそれがいまもってできないでいる。

ところで、今年はウグイスの「初音」をまだ聞いていない。だいぶ遅い。近所の人はすでに聞いたというのだが。

(1月31日にタネをまいた時なし大根のいま)


(1月31日にタネをまいたカブのいま)


1月31日にタネをまいたダイコンとカブがどうなったか気になるところだ。黒マルチをして穴開きビニールをトンネル掛けしていた。無事に育っているのかどうか、いつも穴からのぞいて確認していた。

そろそろ間引きをしなければならない。トンネル掛けしていたビニールをはずすのはタネをまいてから初めてになる。淡い緑の葉っぱがあらわれた。厳冬期にタネをまくなんていままでしたことがなかったものだから、どうなるもんかと心配していたが、きちんと育っている。この時期の鮮やかな緑はただただありがたい。「うまく育っているもんだ」と感心した。これでひとあんしんだ。今年の収穫第一号はどちらになるか。


               


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菜の花丼で春が来た

2010-03-19 | ハクサイ

春めいてきた。ウオーキングの道すがらそう感じさせてくれる。ツクシ、タンポポ、ハクモクレンそしてコブシ。明るくなった。気分もそうだ。桜前線の北上とともに梅が終わる。桜の花が咲くまでのいまの季節が好きだ。それだけに過ぎゆくのが惜しいほど貴重な時間となる。

少し寒さを感じならも日差しのぬくもりがなんともうれしい。大地は冬期の充電を済ませ、いまかいまかと萌え出ずるのを待っている。それを肌で感じられるのがいまの季節だ。ここは速足にならないでゆっくり来てほしい。急ぐことはない。この自然の移ろいをゆっくりじっくり味わいたいからだ。

この春の訪れを「菜の花丼」で祝いたい。ハクサイはトウがたち花芽を出してきた。これで楽しみにしていた菜の花丼が作れる。菜の花丼は私に春が来たと実感させてくれる。

菜の花丼は2007年にテレビで見たそれ以来毎年作るからで今年で4年目になる。菜の花といえばアブラナ科の花だが、食べるにはハクサイのそれが一番うまい、と私は思っている。だからハクサイのトウだちをいまかいまかと待っていた。

作り方は慣れているだけにあらためてレシピを確認する必要はない。油と塩と醤油で炒めるだけだ。しんなりしてきたら汁ごと丼ご飯にかける。簡単この上ない。これで「春が来た」と実感できるのだからなんともありがたい一品になる。すっかり私の春の定番になった。さらに、からし和えもつくってみた。


               


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青春18きっぷで、サルギ尾根から高岩山へ(2-2)

2010-03-17 | 登山



予想以上に時間がかかってしまった。
息せき切って雪道をかける
 



サルギ尾根の高岩山(11:20 上高岩山の休憩所&展望台からの眺め)


←サルギ尾根(1)から続く

登りきった上高岩山の休憩所&展望台まで一気に来た。雪道は足を取られてさすがに疲れる。軽く食事をしながら「もうこんな時間か」とこれからのコースを検討する。大岳山に行く時間的余裕はなさそうだ。ここで大岳山はあきらめることにした。それでも下山が遅くなる。ゆっくり休憩してはいられない。20分ほど休んでそそくさと後にした。

これからは一般ルートになる。鍋割山~奥の院~御岳山~日の出山~吉野梅郷へと歩く。急げばなんとか日暮れまでには着きそうだ。急ごう。大岳山分岐となる芥場峠で時計を見る。やはり大岳はあきらめざるを得ない。鍋割山を目指す。鍋割山分岐までは御岳山から大岳山への「メインロード」を歩く。多くの足跡がある。多くの人が大岳に向かったことがわかる。雪が解けてぬかるんでいる。歩きにくいったらない。さきほどまでの足跡のない雪道のほうがよっぽど歩きやすかった。 

鍋割山への雪道には踏み跡があった。1人か2人の足跡が続く。歩きやすいのだが、雪が深くなって30㌢から40㌢の積雪になっている。奥の院までアップダウンが続く。だれひとり会わない。奥の院からの下山で踏み跡があるのに道を間違えた。雪道はだから怖い。

(12:20 鍋割山)


(12:30 鍋割山と奥の院の鞍部より奥の院を望む) 

(12:50 奥の院)


(13:00 奥の院からの下り。こんなに積雪がある)


(13:10 奥の院からの下りで、あれが高岩山と上高岩山だろうか、と)

奥の院分岐に降り立ち「メインロード」に合流した。鍋割山から奥の院まで急いだつもりでも予想以上に長い時間かかってしまった。「こりゃやヤバイな」。御岳山から直接の下山も考えたが、予定どおり歩くことにした。

(13:25 奥の院分岐。鍋割山からここまで思いのほか時間がかかってしまった)


(13:25 奥の院分岐から川乗山方面が望まれる)

ここからは馬車馬のごとく、わき目もふらず、日の出山へ急いだ。御岳から日の出までの道も悪かった。ここもこの日は多くの登山者が入ったのだろう。道は雪解けでぐじゃぐじゃ状態。閉口したが構わずぐんぐん泥んこ道を急いだ。こんな道をズック靴で歩いている人もいる。それも一人や二人じゃない。あれじゃ、靴の中までびしょびしょだろう。

日の出山にはまだまだ人がいた。ここでやっと休憩だ。上高岩山の休憩所を出てから3時間近くなる。残りのご飯を食べた。そんなにもゆっくりできない。この時間になると高ぐもりで、遠くまで眺めることができた。ゆっくりとしたいのだがそうもいかない。10分ほど休んで出発だ。自分で計画したコースとはいえ、ややロングコースになり、どうにもあわただしい。自分の責任だろうと苦笑い。

(14:15 日の出山の頂から、鷹ノ巣山(左)と雲取山(右)


(14:25 日の出山では10分の休憩で出発だ。正面に丹沢の山並みが見える)

日の出山から吉野梅郷までの道も長かった。多く人の足跡でこの道は雪解けの泥んこ状態になっている。歩きにくいのなんのって、どうしようもない。滑らないように細心の注意して歩く。こんな道が延々と続く。それも平たんな道が続く。いつになったら吉野梅郷に到着するのかしらと心配になる。この日は吉野梅郷の梅が満開だから、日の出山と吉野梅郷をつなぐコースを選んだ人が多いとわかる。私もその一人だ。

(16:20 日が暮れる前にどうにかゴールした)
 

日の出山から吉野梅郷まで、息もつかずに急いだ。小走りだ。よほど調子がよかったのだろう。ゴールは金毘羅様の鳥居。靴とズボンの裾は泥だらけだった。すぐ下の小川で洗い流し、どうにか日暮れまでに下山できた。吉野梅郷はすぐそこだった。ここまで息せき切って小走り状態で歩いてきただけにやっと落ち着いてきた。まだ吉野梅郷は開いていた。人込みだ。園内に入ろうか迷ったが、せっかくだからと200円の入場料を払い園内へ。

ロングコースだっただけに、日が暮れるまえに歩き通すことができてほっとした。なによりも雪のサルギ尾根を歩けて充実感もある。そんな気分で日向和田駅に向かう。駅のホームは観梅の人たちであふれていた。  

(了)


               


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青春18きっぷで、サルギ尾根から高岩山へ(2-1)

2010-03-16 | 登山

 

積雪の奥多摩
雪のバリエーションルートを歩く 

  
サルギ尾根をたどって高岩山の頂へ


山行日 2010年3月13日(土)日帰り
天気 晴れ時々曇り
山域 奥多摩
メンバー 単独
コース&タイム
我孫子駅5:50=6:03新松戸6:11=7:07西国分寺7:13=7:19立川7:23=7:57武蔵五日市駅8:20(上養沢行きバス)=8:45大岳鍾乳洞入口8:55-10:40高岩山-11:15上高岩山(展望台&休憩所)11:35-11:50芥場峠-12:00鍋割山分岐点-12:20鍋割山-12:45奥の院-13:25奥の院分岐-14:15日の出山14:25-15:25梅ノ木峠-16:20梅郷登山口-16:25梅の公園16:50-17:10日向和田駅17:20(ホリデー快速)=神田経由=19:27我孫子駅


今回の計画は、バリエーションルートのサルギ尾根を登り、大岳山、鍋割山、奥の院、御岳山、日の出山を経て吉野梅郷へ至るロングコースだ。目的はサルギ尾根と吉野梅郷である。この二つを始点と終点としてコースを決めた。

サルギ尾根はバリエーションルートなので事前に情報を収集した。昨年からこの手のコースを自分の実力の範囲内で慎重にわずかだが歩いてきた。この尾根は養沢神社から北西に伸びている。この一本の尾根を忠実にたどればいい。私にでも歩けるだろうと判断した。

しかし奥多摩山中は積雪があった。20㌢から40㌢の雪が積もっていた。歩き始めてすぐに雪道になった。このコースはバリエーシンルートとはいえ、事前情報ではうすいながらも道形が付いているものと思っていた。しかしこんなに積雪があるとは想定していなかったのでそれも期待できない。条件は悪い。慎重ならざるを得ない。コースを選び尾根の高みを意識して歩いた。

急坂になると雪で足が滑り、思うようにすすめない。時間がかかってしまった。下山時間を逆算して大岳山へのピストンはカットした。それでも日が暮れてしまうのではないかと御岳山からは急ぎ足になった。これでもかと急いだ。歩きどおしだった。

2カ月半ぶりに山歩きを再開して2日前に浜石岳を歩いてきたばかりだ。これがよかったのだろう。「ここまでよく速足で歩くけるよな」と自分でも体調の良さを感心していた。吉野梅郷についたときはさすがにほっとした。

→今回のコースマップ
(左クリックしながらコースを全体を追うことができます)

2回目のスタンプが押された青春18きっぷ。


バリエーションルートはたとえ低い山であっても緊張と期待がある。迷わないで歩けるだろうかという不安はこれまでの山歩きとはいささか異なる。年を取ってからの山歩きのひとつの楽しみ方を教わった。

高度計を350㍍に合わせ、さあ行くかと自分に声をかけた。養沢神社の裏側の右手から始まる。こんなコースだから私ひとりだとそう思い込んでいた。ところが、40代の男女2人、中高年4人組が同時に腰をあげて私と同じ方向に歩き始めた。
「こんなに歩く人がいるのか」

(8:55出発地点となる養沢神社。登山口は後ろ右側になる)


(すぐに雪道になった)


(しだいに雪が深くなる。こんなに雪が積もっているなんて)

私が最後尾である。取り付きから5分ほどは急坂で両手を使ってよじ登る。すぐに雪道になった。15分も歩けば尾根に乗っているとわかる地形になった。このコースは尾根の高みを確実に実感できる。ほどよい幅だから雪道でも忠実に尾根を歩けばいいんだなとわかる。それに私のほかに2組のパーティーがいるので安心感もある。

とはいえ、私には理解しにくいことがある。バリエーションルートをなぜ単独ではなく団体で歩くのか。単独で歩くからバリエーションルートは「面白い」のであって、人の後ろについて歩いていてはせっかくのバリエーションルートを歩いてどこが面白いんだろうかと思ってしまう。年寄りの繰り言である。

2日前に山歩きしたばかりだからこの日は絶好調である。すぐに2パーティーを追い越し先頭で歩いた。一般ルートでもそうだが、登山者が前後にいると目ざわりでどうも清々した気分になれない。これも老人の繰り言である。

(9:50 右手に日の出山が見えてきた)

まずは920㍍の高岩山を目指す。途中にはヤブっぽいコブやヤセ尾根があるが、とにかくためらわずまっすぐに伸びる尾根を歩く。高度計と地図で自分の位置を確認しながら進む。
「おかしい、そろそろ高岩山なのだが」
高度計をみてもそうだ。しかしあるはずの山頂標識が見当たらない。事前情報では標識はあるはずなのだ。そのピークを超えて先に進むとその先にはピークらしきものがない。
「やはり高岩山はさっきのところだな」
確かめるために少し戻った。「高岩山920m」という、いまにも朽ち落ちてしまいそうな木っ端に書いた標識があった。来た道からは、この標識は後ろ向きになっている。見つけられないはずだ。

(10:40 高岩山)


(10:45 正面に大岳山)

高岩山から少し下る。そこからまた登りとなるのだが緩やかに尾根の左をまきながら進むとまた尾根に戻る。問題はここからだった。このサルギ尾根でコース取りをハタと困ったのはこの地点だった。目の前に雪の急斜面が出てきた。尾根が急に広がってルートがわからない…。さて、どこを登ろうかためらう。

このあたりが私の未熟なところだ。読図がまだ勉強不足だ。帰ってから地形図をよく見た。要はためらっていた地点から目の前の尾根に登ればいいのである。言い換えればどこを登ってもよく、目の前の「南北に走る尾根」にたどりつけばいいのである。

あたりをきょろきょろ見回すとテープを見つけた。やはりほっとする。コースは間違っていない。そこからまっすぐに登った。ところがこの急坂、雪で足が滑ってなかなか登れない。焦れば焦るほど滑る。尾根に上がったらそこから北(右)に行く。またも急坂が待っていた。ここはさきほどよりもさらに急だ。このルートの胸突き八丁。滑って難渋する。

やっとこの急坂を登りきるとそこには立派で大きな休憩所というか展望台があった。ここまでなにひとつ道標のないコースを歩いてきただけに、この施設はいささか場違いに感じた。しかしありがたい。やっとここでこの日最初の休憩だ。眺めもいい。眼下に歩いてきた高岩山が見える。それに大岳山、奥の院から御岳山も。

(11:15 上高岩山の休憩所&展望所)


(上高岩山の休憩所&展望所から大岳山)


(上高岩山の休憩所&展望所から奥の院と御岳山)

これでサルギ尾根も終わった。無事に歩けて、それも雪道をだ。やれやれである。しかし予定よりもだいぶ時間がかかってしまった。

→この稿続く。 


               


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青春18きっぷで、浜石岳へ(2)

2010-03-14 | 登山



絶好の日和だった。
頂上からは視界を遮るものがなく、海と山の展望が待っていた。



薩埵峠(さったとうげ)近くからの眺め。
駿河湾の後ろには、富士、愛鷹連峰、箱根連山の山並み
 


山行日 2010年3月11日(木)日帰り
天気 
山域 静岡
メンバー 単独
コース&タイム
我孫子4:42=5:13日暮里5:16=5:27東京5:46=8:05沼津8:09=8:41由比駅8:45-9:05由比缶詰所9:15-10:15三本松分岐-10:30青少年野外センター-11:05浜石岳11:50-12:00薩埵峠(さったとうげ)分岐-12:50立花池分岐(往復)13:00-14:30薩埵峠14:40-15:20由比駅15:36=19:10我孫子駅


←浜石岳(1)から続く

浜石岳のコースはいろいろある。前述のとおり、由比缶詰所に立ち寄りたいので結局のところよく紹介されているコースを選択した。由比駅から西山寺、青少年野外活動センターを経て頂上に立ち、そこから尾根伝いに薩埵峠(さったとうげ)へ行き、由比駅に戻るというものだ。

このコースは往復ともに舗装道路の歩きが長い。覚悟していたのだがやはり長い。いいかげんうんざりした。しかし、頂上からのすばらしい展望はそれを補って余りある。広々とした眺めは一級品だ。いい天気で無風ときている。気分がいいのはいうまでもない。

山旅の始まりは富士が迎えてくれた。
田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
JR東海道線の新田子の浦駅近くからの眺め。走る電車の中から撮ったものだがよく写るものである。 



由比といえば「桜エビ」。もりろん桜エビも食べたいのだが、春の解禁日は3月下旬からだという。由比駅を出るとこの看板。なるほどね。この駅前からま白き富士がちょこんと頭だけ見えている。


駅前から歩き始める。まずはコースを外れて由比缶詰所に立ち寄ってツナ缶を買う。そこから道々人に尋ねながら高みを目指した。山腹はかんきつ類の畑になっている。いまハッサクが実っている。
急坂の連続だ。いい天気のうえ舗装道路の歩きだから汗が出てくる。北風と太陽の話ではないが次々と服をぬいでいく。高度をかせぐと駿河湾を眺められるようになった。
西山寺からの道と合流した。なおも舗装道路が続く。このままいけば野外活動センターへ行くのだが、左手に「三本松を経て浜石岳へ」の道標があり、登山道が続いている。いいかげん舗装道路歩きにあきてきたので、どうしてもこの山道を選んでしまう。やっと山道だよといいながら足を踏み出す。



この道は野外センター内に入っていく。展望所があった。富士と駿河湾の展望に、うんざりした舗装道路歩きの気分が一気に晴れた。



頂上が見えてきた。このアプローチがなかなかいい。芝草の広々とした頂上だ。のびやかな風景だ。その先に富士がちらっと見える。しだいに姿が大きくなる。さあ、どんな富士が見られるか。



浜石岳からの眺望はいい。広々とした頂上から富士はさえぎるものがなく見られる。清々とした富士だ。



眼下には駿河湾。その向こうに伊豆半島が。気温が上がってきて少しかすんでいる。

これは山頂標識。でっかい。富士の姿に負けまいとして作ったのだろうか。

楽しみは山の同定だ。思いきって地元の人と思われる方に尋ねた。いい人に出会ったようで詳しく教えてくれた。私は分からないとすぐに尋ねる。山頂に立って、見える山の名前が分かると、山旅はいっそう充実したものになるからだ。

富士の右手には愛鷹連峰、その後方は箱根連山だ。



富士の左手は南アルプスだ。もう少し時間が早ければもっとはっきりと見えたことだろう。北岳がどこかわからない。
「北岳は見えるんですか」
「いま見えているよ」
私は目が悪いからよく見えない。すると双眼鏡が出てきた。北岳に焦点を合わせてくれた。
「見える見える」
子供のようにはしゃいでいる。

南アルプスの手前の身延山はすぐにわかる。山頂までのロープウエ-に縦の白い線が走っているからだ。


さらに荒川三山、赤石岳の白い峰。これは私にも見えた。



すっかり満足して山頂を後に、薩埵峠(さったとうげ)に向かう。山頂直下の分岐点の道標には薩埵峠まで「220分」と書いてある。こんなにも時間がかかるものなのか。この尾根伝いのコースはヒノキの林で展望がなく暗い道だというのだが、私にはそんなふうには感じられなかった。面白い道ではなかったが天気がいいので木漏れ日があり道が明るかった。だれ一人会うこともなく一人静かに歩けたのがなによりいい気分だった。

峠が近づき山道が終わると舗装道路になった。この舗装道路が由比駅まで続くのである。舗装道路に入ると、ここは見上げるほどの急な斜面にハッサクの畑が続く。道路にハッサクがごろごろ転がっている。もったいない。販売所で2個を買った。100円。歩いて汗をかいたせいもあるのだろうが、これがうまかった。食べながら歩いた。青い海にかんきつ類は似合う。おだやかな気分にさせてくれる。 

浜石岳だけなら手軽なハイキングだ。展望だけを楽しむと割り切るのなら、車で野外センターまで乗り入れたほうがいいかもしれない。
浜石岳では私にはなんとももの足りない。そこで薩埵峠までのコースを組み入れた。どうしても歩きたいというコースではなかったのだが、じつは話のタネに一度薩埵峠を見たかったのである。

それは歌川広重(安藤広重)の描いた「東海道五十三次」の「由比」。広重が描いた構図に近い風景が残っていると言われている数少ない場所が、かつての東海道「由比宿」と「興津宿」の間に位置するこの「薩埵峠(さったとうげ)」だ。そう説明されると、行ったついでに見たくなる。もちろんいまの風景は大きく様変わりしているが、険しい海辺の道を往還していたのがよくわかる。



再開した山歩き。
この時とばかりに行っただけに、予想していた以上の展望に恵まれて、上々の滑り出しとなった。足のほうもまったく問題はなかった。これならやれるなと。


               


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青春18きっぷで、浜石岳へ(1)

2010-03-12 | 登山



山歩きを再開した
うららかな春の山と海を訪ねて



浜石岳の山頂からの富士の眺め。視界を遮るものはなにもない


3カ月ぶりに山歩きを再開した。
「どうしたんですか。どこか体の具合でも悪いんですか」
年下の友から電話があった。なにかとこの老人を“師匠”としてたててくれる。
「今年はまったく山に行っていませんね。HPを見て心配してしまいました」
「いやあ、気遣ってくれてありがとう。じつは……」
ということで、この2カ月の山歩きを自重、謹慎?してきたわけを話した。
「なんだ、そんなことでしたか。安心しました。体が悪くて山を歩けないわけではなかったのですね。話を聞くと、相手の誤解の上に師匠の誤解が重なったというわけですか。気にしない。気にしない。師匠に悪気があったわけではないのだから。それにしてもなんとも殊勝というか…」
「いつまでもガキでしようがないね」
「たしかに。せっかちで、喧嘩っ早くて、口が悪いのだから、そんなこと気にとめていたら毎日謹慎じゃないですか。もう年なんだから、いま遊ばないとあっという間にあの世に行ってしまいますよ」

いちいち気に障ることをずけずけ言ってくれる。それで間違いない。ありがたい忠告だった。そうだなあ、もういいだろうと、謹慎を解いて山歩きを再開することにした。この日のために謹慎中は足腰は鍛えていた。用意周到なのである。

3月は「青春18きっぷ」を使ってみることにした。5回分で11,500円。1回分が2,300円で乗り放題だ。この値段はよく利用するホリデーパスと同じ。18きっぷのほうが使い勝手がいい。平日も利用できるし、距離制限がない。春の18きっぷの利用期間は3月1日から4月10日まで。この間に5回分を使いきる。


(今回の浜石岳で使った青春18きっぷ。その1回目のスタンプ)

青春18キップで行く足慣らしの山をリストアップしてみた。最初の山行は静岡県の由比にある「浜石岳」を選んだ。初めて歩く山だが、以前から気にとめていた。歩きたい気持ちはあるのだがいつまでたっても実現できていない山が山ほどある。

静岡「由比」の名物といえば、桜エビ、薩埵峠(さったとうげ)、浜石岳となるのだが、ここにもうひとつ加えたい。それはマグロの油漬け缶詰だ。
「浜石岳に登ることがあれば立ち寄って、この缶詰を買ったほうがいいよ」
以前からすすめられていた。とにかくこのツナ缶はうまいのだという。一般のお店で販売されていないでネットでしか購入できないという。ここまで言われると、食べてみたくなる。その気になると居ても立ってもいられないたちだから、この機会だからとすぐに調べた。

このツナ缶を製造している由比缶詰所に問い合わせた。
1)現地では工場に直売所を設けてある。そこで購入できる。
2)直売所は月~金までの8時から17時まで。

買うのはいいのだが缶詰は重い。そうなると浜石岳から下山のときに買うのがベストだ。しかし予定のコースからすれば、この缶詰所はコースの始めにある。買ってからザックに入れて登ることしかないようだ。うまいものを食べられるのならこれくらいの苦労はいとわない。

再開の山歩きは天気がいい日がいい。しかし3月はずっと天気が悪かった。晴れマークが出てきたのが3月11日。よし、この日に決めようと青春18きっぷを買ってきた。

晴天だった。朝から真っ青な空だ。久しぶりに見る青空だ。
由比は遠い。由比駅から浜石岳へのコースを外れて缶詰所へ直行した。すぐに直売所はわかった。係の人と話していると「もしかしたら朝日新聞を見て来られたのですか……」という。
「なにか朝日新聞に?」
「そうじゃなかったのですか。私どもの缶詰が朝日新聞に載って、その問い合わせが全国から殺到して、てんやわんやなんです」
その朝日新聞の記事を見せてくれた。3月8日付け夕刊の「至福の一品」というコラムだった。なんのことはない。数日前だった。私はこの記事を見逃していたらしい。人のよさそうな方で、よかったらこの新聞をもっていってくださいという。職場は弾んでいるようだ。イヤミで言わせてもらうと評判になると味が急に落ちると聞くから、そうならないよう望む。


(由比缶詰所の直売所)


(マグロの綿実油漬け(左)とオリーブ油漬け(右)




(その晩にかみさんが作ってくれたツナサラダ)

山から戻ったその晩に、かみさんがすぐにツナサラダを作ってくれた。「たしかにうまいわ。これまではツナをそのまま食べることはなかったのに、これはそのまま食べてもうまい」という。かみさんは魚の目利きだ。その点だけはいつも信頼している。そのかみさんが「うまい」というのだから、やはりうまいんだろう。そう言われるとザックに缶詰を入れて山を登ってきた苦労が報われるというものだ。

山行記のはずが味の探訪記になってしまった。
次回はその山行記になります。
この稿続く→。

               


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ジャガイモの植えつけで、今年もスタート!

2010-03-09 | ジャガイモ

日曜日に某テレビ局から電話世論調査に協力のお願いがあった。
「お宅に20代、30代の方がいますか」
「みんな巣立ってしまい、いません」
標本調査だというのが分かっているから、相手がどう出るか試してみた。意地悪じいさんである。
「私は60代ですが、私ではだめですか」
「50代、60代はすでに間にあっています」
もちろん相手が「間にあっています」なんて言葉を使うはずはないのだが、そんな意味のことを言った。それとも「このじいさん、話が長くなるな」と思ってやめたのだろうか。在宅率が高い中高年齢層の協力は得やすいのだが、不在の多い若年層の20代30代の協力をなかなか得られないから、電話しまくっているのだろう。標本調査とはとても思えない。いまのマスコミの世論調査は社会調査というよりマーケティング調査に近い。これで世論をほんとに測れるのだろうか。

今年の農作業がはじまったな。ジャガイモの植えつけ作業をやっているといつもそう思う。種イモを買ってから2週間たった。いい具合に芽が出てきた。植えつけたいのだけど天気が悪い。やっとのこと、畑を耕してジャガイモを植えつけることができた。

種イモはメークインと男爵を合わせて3キロを植えつけてきた。2人の食卓では食べきれないほどの収穫量になる。昨年からメークイン1㌔、男爵1㌔と2㌔に減らした。今年もそうしようと種イモを買いに行った。ところが今年はどういわけかいろいろな品種の種イモが並んでいる。目移りするほどいっぱいある。

予定通りメークイン1㌔(240円)、男爵1㌔(220円)を買った。しかしどうにもほかのジャガイモが気になる。「まあいいか」」とキタアカリを1㌔(298円)買ってしまった。毎年同じ品種ばかりではつまらないからたまにはこういう衝動買いはおすすめである。しかし小さな菜園ではもて余すだろう。50坪の菜園でも3キロの種イモの植えつけると結構な場所を取るからだ。

この後の作業は毎年同じこと。長年ジャガイモづくりをしていても工夫の余地はまだまだあるのだろうが、ここは慣れた手つきで植えつけていくだけだ。





昨年のジャガイモは菜園を始めてから最悪の出来になった。私だけでなく周囲の菜園もそうだった。なにが原因だったのか。知識なんてまったくないので関係書にあたってみた。ジャガイモの病気はこんなにもあるんだと知った。そこで昨年のジャガイモは、その症状からなんの病気にかかったのか調べてみたのだがわからない。浅学の身を嘆く。今年も昨年と同じような病気になったらその時は原因を知る必要が出てくる。まあ、その時はその時だ。とりあえず風の冷たさを感じながら早春の屋外での農作業を楽しもう。
 BIGFARMのジャガイモ栽培


               

 


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相互介護の関係になった私と小型耕運機

2010-03-07 | その他

 

私は小型耕運機である。生まれた場所はホンダの工場だというのは分かっている。生年月日までは覚えていない。仕えるのは今の主人で2人目になる。私を買ってくれた主人から今の主人に譲られたのが10年前だというから生まれてから10数年たっていることは確かだ。

いまは農業ブームらしい。私の仲間を家庭菜園でよくみかける。それに盛んに宣伝されるようになった。生まれた当時、家庭菜園で私たちが活躍する姿をほとんどみなかったのだからか、いまの活況をみると隔世の感がある。今の主人の菜園の周りでも私たちの仲間が活躍している。以前は一人ぼっちだったのだから仲間が増えて素直にうれしい。

私の出番は年に2回ある。2月末と8月末だ。当初、私の仕える主人は私をあまり好きでなかったようだ。身寄りがないからといって私をもらってくれたのだと思う。「家庭菜園は機械に頼らず自力で耕すことが本来の喜びだ」なんて言っていた人だからきっとそうだ。

それが風向きが変わった。そんなことを言っていた主人だが、このところ私をすっかり頼りにしてくれている。私もうれしい。その最大の理由は、たぶん主人が年をとって、シャベルで耕すのが大変になったからだろうか。たとえ50坪の狭い菜園でも、いざ自力で耕すとなると大変なことは私にだってわかる。そこで私の出番が年年多くなってきたというわけだ。だから主人はよくしてくれる。

つい最近のこと。私の出番があった。春の畑の準備である。物置小屋から久しぶりに外に出してくれた。主人はガソリン、オイルを必ず点検する。そしていざ畑へ出発だ。畑までは主人に引かれて住宅地を抜ける。以前は好奇の目で見られ恥ずかしかった。いまは仲間が増えたこともあってあたりまえの「風景」になった。私だって春の兆しを感じるのはとてもうれしい。それに久しぶりに活躍できるのだから。

畑に着いた。さあやるぞお。エンジンが鳴り響く。快調だ。ところが、ここで主人の声が聞こえた。「おかしいな。前に動かないぞ」とぶつくさ言っているのだ。それに「馬力もなくなってきたみたいだ」なんてこともいっている。そういわれると不安になる。いままで精一杯元気だったのだから。うっ、たしかに前に進まない。

主人はあわてているようだ。しばらくして「あっ、そうか。クラッチレバーを握るを忘れていたんだ。これじゃ前に進まないはずだ」。あきれた話だ。久しぶりの運転で主人は私の操作を忘れてしまったらしい。主人とは10年来の長い付き合いだ。こんな事態ははじめてのことでショックだった。やはり寄る年波に勝てなくなってきているのか。

これで前に進めたのだが、また問題が出てきた。こんどは馬力が出ないようだ。前進できてもロータリーが土にくいこんで回転できるだけの力がなく、むなしくゆっくりと回転している自分の姿が情けない。「やっぱり壊れたのかな」と主人は自分のことは棚に上げて私のことをそういう。しかし私も生をうけてもう10数年だ。どこかにガタがきてもけっしておかしくない。

しばらくエンジンをふかしていたら、しだいに力が戻ってきた。「よかった、よかった」。主人も一安心している。私も胸をなでおろした。これで予定していた面積を全面耕すことができた。

こんどは私がショックを受ける番だった。ホンダの工場で生まれてからこのかた、自分の力をすぐに発揮できなくなる事態になるなんて信じられなかった。私も主人同様寄る年波に勝てなくなってきているということか。私の寿命は何年なのか知らないが、主人はこのところ「オレの寿命はそろそろかな」なんておどけて言っているのだが、それが口癖になっているところをみると冗談とは思えない。それならいっそのこと私がサポートしていかなければと自覚してきたのだが、ああ、私がこんな状態になろうとは。

私がいなくなっては主人は困る。こんなことがあってから主人はいっそう私を大事にしてくれている。ホースの水でこれでもかというほど泥を落としてくれて、さっぱりとこぎれいにしてくれる。私もいつのまにか主人と同じく年をとったのだろうか。そんな現実を思い知らされた早春の一日だった。


               


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ホウレンソウを倍食べられる調理法

2010-03-05 | ホウレンソウ

このところ冬野菜の「残りもの整理」に忙しい。こんどはホウレンソウだ。低温でロゼッタ状に地面を這うように広げてきた葉が立ってきた。3月に入り気温が一日でも高い日があるとこうなる。そろそろ終わりだなとのサインだ。味はぼんやりし、急にまずくなる。温度によって味がてきめんに変わる。野菜はなんでもそうだはトウが立つとまずくなる。こうなったら捨てるほかない。

それまではできるだけ食べようと思う。それにしても贅沢な話だ。うまい野菜をこれでもかと食べられるのだから。しかし、こんなこと言ったらばちがあたるかもしれないが、ちょっぴり苦痛でもあるのだ。トウが立つ前にできるだけ食べてしまおうということなのだから時間との競争になる。

私にとってホウレンソウといえば「おひたし」だ。晩酌の友に毎日出てきても飽きない。しかし、いくらおひたしが好きだからといってそう食べられるものではない。「野菜の蒸し煮」というのを知った。たぶん主婦ならそんなこと知っているのだろうが、調理の幅が少し広くなった。

ホウレンソウの「おひたし」は湯のなかでゆでるのだが、蒸し煮は水を加えない。蒸して野菜本来のうまさを引き出すのだという。

鍋(厚手がいいと思う)にゴマ油を薄く敷く。温まったら鍋いっぱいにホウレンソウを投げ入れる。こんなに入れて大丈夫かいと心配になるが、蒸したら何十倍にも縮小するから心配はない。その上に豚バラ肉をおく。調味料は塩だけで、ひとつかみ振る。フタをして弱火にして待つ。フタから湯気が出てきたら、自分の好みのやわらかさで出来上がり。これで完成である。簡単すぎる。加えるのは少しのゴマ油と塩だけ。

食べて驚いた。ホウレンソウのうまみが味わえるのである。「へえ、うまいもんだね」。これで蒸し煮に完全にはまった。蒸し煮はホウレンソウばかりでなく、ハクサイでもネギでもなんでも応用がきく。

そうなると蒸し煮の連続だ。たとえば昼食のうどん。さきほどのホウレンソウの蒸し煮を加えると、めっぽううまくなる。これもなんとかの一つ覚えなのだろうが、この蒸し煮はおすすめだ。

この冬は「ちぢみホウレンソウ」がうまかった。厳寒期は肉厚になって濃厚なうまみを楽しませてくれた。来年も作りたくなるうまさだった。


               


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九条太ネギを大食いする方法

2010-03-04 | 九条太ネギ

冬ネギは3月に入ると葉は青味を増して緑が鮮やかになる。見た目はいいのだがそろそろトウが立ってくる。そうなると冬ネギも終わりになる。

九条太ネギもそうだ。早く食べてしまわないといけない。無駄にしてしまう。毎日が九条太ネギをどう食べようかと思案する。この冬はよく食べた。クセがないから食べ飽きるということはない。それでもまだまだある。ないよりはいいのだが、多すぎるというのも困る。

もったいないからといって、いまさら近所に配れない。そうなると自分で食べるほかない。それでも限度がある。「毎年同じことの繰り返しだな」と思いながら、いかに多く食べられるかを考えるのだが、これといった調理法がない。

昨年からだろうか。一度にたくさん食べられる法を見つけた。お好み焼きでいう「ネギ焼き」だ。これなら一度に大量のネギを食べられる。小麦粉ではなく、そば粉を使うう。これに少し薄力粉を入れる。ネギ焼きなら大量のネギを放り込んでフライパンで焼けばいい。そば粉は約100グラムだがネギが多いのでかなりのボリュームがある。食べきれないほどの大きさになる。

肝心な味はというと、そば粉だけに少しパサパサした食感だ。うまいとは思わない。しかし、まずいかといえばまずくはない。食べられる、としか言いようがない。一度に大量のネギを食べる方法を他に知らないものだから自分では「うまい方法を見つけたものよ」と思っている。それにそば粉に大量のネギだから体にもよさそうな気がする。



              

 


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