バイユー ゲイト 不定期日刊『南風』

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オン・ボクシング

2007-01-12 | ボクシング
『オン・ボクシング』。ジョイス・キャロル・オーツの著作のタイトルだが~久しぶりの更新はこんな感じで。

先日、元・日本ライト級&東洋太平洋ライト級チャンピオン坂本博之選手の現役ラストファイトを観戦した。最初に彼の試合をホールで観たのは確か東日本新人王決勝戦だったからもう14年以上も前のことになる。その後多くの試合を観てきた。1階級上の日本王者桑田選手とのチャンピオン同士の一戦や幾度かの防衛戦、バリバリの世界一線級の前・世界王者ファン・マルチン・コッジ戦…。そして4度に及んだ世界挑戦。なかでも1Rに2度の激しいダウンを奪い、あと1度ダウンを奪えばタイトル奪取というところまでチャンピオンを追いつめたサムエル・セラノ戦は忘れられない。あの日自分は両国国技館の2階席上段から、チャンピオンの腰が3度目となるダウンに向けてガクッと落ちたのをこの目でハッキリと見た。タラレバは禁物だけど、あそこでレフェリーストップ試合終了を宣告しても(勿論少々早めとはいえ)十分許される範囲内だったはずだ!と思う。もっととんでもないマッチメイクや、試合にかかわる茶番が横行する現在の状況からすると全てが本当にあまりに純情に過ぎなかったか?
一瞬の機会がすり抜けていった1R終了のゴング後、二度と坂本選手が世界タイトルに触れることはなかった。遂には試合を完遂することなく、打たれてカットした傷によってレフェリーストップでこの試合を落すこととなった。…今更ながら、あの日タイトルを奪っていれば、あれほどに身体を痛めつけるその後のキャリアも必要なかったはずだ。と思う。
最後の世界挑戦はファン誰もが勝利を信じた畑山戦。激戦ではあったが信じ難い完敗。手を出しながらゆっくりとリングに崩れてゆく彼の姿は今でも脳裏に焼き付いている。あの日の横浜アリーナも坂本を応援する声は圧倒的に男が多かったなぁ。。。

しかしなおもボクサー人生は続く。凄まじいカウンター一閃、最終RにKO敗を喫した佐竹戦を経て~椎間板の手術を克服し更に2年半後に再起。2連勝後の47戦目、この日のラストファイト迎えたのだった。競技としてのボクシングスタイル的には「自分にとって最も好みのボクサー」というわけではなかったけれど「熱」を感じさせる選手で、どうにも目を離すことのできない存在だった。

引退試合の後楽園ホール、これがもうどうしようもなくボクシング、だった。昨今TVで華やかなモドキとは全く違う、明らかに別のジャンル。穏やかに、しかし落ち着き無くざわつき続けるメインイヴェントまでの客席。電気が落ちいつもの入場曲が流れ大歓声の中入場する坂本選手。大歓声といっても騒ぎを求めた類いのものではなくあくまで個々人の匂いがする。みんなで無理に手拍子を合わせたりするわけでもない。近しい人間や関係者の中には大きく盛り上げようとする姿もみうけられたが、超満員のホールの観衆の多くは音頭に合わせて熱を高める様子は無い。南側の客席の暗がりからは息を詰めてリング上で挨拶するボクサーを見つめている様子がみてとれる。暗闇の上部、最上段には昼間の1時、2時から辛抱強く列を作り入場した者たちが立見自由席をビッシリと埋めているというのに。熱く求めているはずの彼らが黙している。目をこらしても特段大きく拍手している風でもない。そんな空気でありながら全ての目がリング上にキリキリと集中している。いつものように静かにリング上に立つ坂本博之。見事になんのパフォーマンスもない。
ボクシングへの熱い情熱を日々感じさせている若手リングアナウンサーが中央に歩み出て、若干…いや大いに過剰でクサイ、紹介コールにとりかかる。手短にしているのだろうが通常とくらべれば何倍あるのだろう?ボクサー坂本博之の功績を称える口上が述べられる。この日のみ許されるクサさ。爆発ではなくゆるゆると熱が上がる観客。「取材の方、メディアの方もひとときペンを置き、最大級の賛辞をおおくり下さい」に続いて坂本博之の名前がコールされた。ようやく遂に!沸点まで上がりきった熱気からすると、意外なほど控え目な大きさの拍手がホールを包みこんだ。しかし隅々まで全てが熱い拍手を贈っている。決して大声はあげているわけではないが大きな大きな賛辞が感じられた。軽く手を挙げ応える坂本選手。見慣れた光景も最後だ。
試合開始、静まりかえる場内。客席から男の声で「坂本!愛してる」と声が飛んだ。ふた呼吸くらいおいて「俺も」。そしてそこし遅れて別の方向から次々に「俺もー」「わたしも。」と声があがる。みんな一瞬躊躇しながら思い切って声をあげているような感じが、悪くない。
試合は、若いタイのカノーンスック選手に苦戦。押し込む力に苦労した。圧力の強さはかつての坂本の長所だった。打たれた。若干ながら劣勢。反則スレスレのムエタイ式のプッシングにやカチあげに対応しきれない。5Rに頭をぶつけて左目の上を切ると傷が深く、7R終了後レフェリーが試合をストップ。判断を静かに受け入れる坂本。勝敗は負傷判定に委ねられ~ドロー、引き分けの裁定が下された。負けでもおかしくはなかった。
ホールを超満員にした現役最後の試合はスッキリと豪快に勝つどころではなく、10R最後まで戦うことも許されなかった。勝敗に関係なく、最後となる10R目を大歓声の中戦い大きな拍手を受けるという場面すらも与えられす、唐突に打ち切られた。一呼吸おいて結果を受け止める観客。自然発生的に拍手が巻き起こる。なんという地味な結末。
月並みな言い方だけど、これがボクシング。みんな「ボクシング観たなぁ」と思ったはずだ。金を払ったからって望み通りの興奮や快感が保証されているわけでもない、ましてや暴力の疑似体験が味わえるわけでもない。手軽さの対極にある。保証がなければゴールデンタイムのTVには相応しくないのだ。何より、才能がありそのうえ激烈な努力をしたからといっても必ず報われるわけでもない~という至って当然のことがこれ以上ないほどわかり易く顕われる。リアルな事このうえない。そしていくら選手に賛辞をおくったところで消え去ることの無い、澱のような後ろめたさ。…その上で、これ以上「面白い」ものは無いというのも事実。「リアルなんて実生活で十分」という声もありそうだけど、とことんリアルでありながら時には現実ではありえないようなことが起こるのがボクシング。
時間にあわせて始まったり終わったりするものではないのだ。
引退式は自らが育った福岡の児童養護施設「和白青松園」で行うらしい。そして今後、後進の指導をしながら福祉に関わっていく予定とのこと。らしいな。と思う。
通算戦績は47戦39勝29KO7敗1分け。20070107