あるニヒリストの思考

日々の思いを綴る

義理と人情について(自我その28)

2019-02-10 16:29:05 | 思想
義理の本来の意味は「物事の正しい筋道。道理。」であるが、人情と対比して使われる場合は、「人が他に対し、交際上のいろいろな関係から、いやでも務めなければならない行為やものごと。社会生活を営む上で、人として守るべき正しい道筋。道義上または立場上、他人に対して果たさなくてはならないつとめ。体面。面目。」という意味である。人情は「自然に備わる人間の愛情。他人に対する思いやりの心や情け。いつくしみ。」という意味である。古典でも現代の物語でも、義理と人情の板挟みになって悩む姿が題材としてよく取り入れられている。そして、ほとんどの場合、人情を捨て、義理に則った行動を取ることになる。その方が大衆受けが良いからである。義理に則った行動は、社会生活上のルールを守っているから、大衆は、その行動は自らに利するから、歓迎するのである。例えば、「平家物語」に、次のような話が出ている。一の谷の戦いで、源氏の武将である熊谷次郎直実は、平氏の身分の高そうな武将を捕らえた。よく見ると、16,17歳ぐらいの若者である。その時、彼は息子のことを思い出し、助けようと思った。彼の人情である。しかし、味方の源氏の軍勢が五十旗ぐらい近づいてきたので、「自分が逃がしても、他の者に殺されるだろう。それならば、自分が討ち取って、後に供養しよう。」として、斬殺した。彼は義理を果たしたのである。後に、この若者は、平経盛の子で、平清盛の甥の平敦盛だとわかった。この話はよくできている。熊谷次郎直実の優しさがにじみ出ているとして、よく取り上げられる話である。しかし、彼は、対他存在のあり方を示しただけなのである。対他存在とは、「自我(自分のその時のポジションやステータス)を他の人から評価してもらいたいという気持ちで、自我が他の人からどのように思われているかを気にしている人間のあり方。」である。彼は、その若い武将を自分の息子と重ね合わせてみて、一時は助けようと思った。それは、彼の人情である。しかし、それも対他存在から発する。なぜならば、彼は、後に若者を殺した非人情な人間だと言われたくなかったのである。しかし、彼はその若者を斬殺した。この行為は、二つの対他存在から発したと思われる。一つは、彼がこの武将を逃がせば、確実に、味方の源氏の武将たちから非難されるのである。それどころか、死罪に処せられる可能性もある。もう一つは、彼がこの武将を討ち取ったことで、武功を讃えられ、恩賞が与えられるのである。そして、彼が殺した若い武将を供養しようという行為も、対他存在から発する。このようにすれば、味方の源氏の武将から、敵の平氏の武将から、そして、大衆からも評価されるからである。そして、実際に、そうなっているのである。次に、大岡昇平の「俘虜記」に出ている話である。太平洋戦争のことである。銃を持っている主人公は、一人、草むらにいて、アメリカ兵を見ている。アメリカ兵も一人であり、しかも、主人公に気付いていない。主人公は、射撃に自信があり、しかも、アメリカ兵は射殺可能範囲にいる。彼は迷ったあげく、引き金を引かなかった。ついに、アメリカ兵は、彼に気付かず、遠ざかった。何も起こらなかったのである。彼は人情に叶った行動をしたのである。彼は、後に、アメリカ兵の母に感謝されることを想像して喜んでいる。もちろん、アメリカ兵自身に感謝されても良いわけである。彼は、アメリカ兵とその母親を対象として、対他存在の行動を取ったのである。しかし、後に、彼は、「仲間がそばにいたら、迷わず、引き金を引いていただろう。」とも述懐している。仲間の目を気にして、射殺するのである。つまり、仲間がそばにいなかったから、仲間を対象とする対他存在が働かなかったから、引き金を引かなかったのである。このように、義理と人情と言えども、その行為の裏側に、対他存在の心理が働いているのである。人間の社会的な行為には、常に、対他存在の心理が働いている。人間が社会的な動物であるということは、人間が対他存在のあり方をしているということである。人間が、義理と人情の板挟みなると、ほとんどの場合、義理を選ぶのは、対他存在の対象が多数派である大衆だからである。