おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

八月のクリスマス

2023-01-11 08:02:12 | 映画
「八月のクリスマス」 1998年 韓国


監督 ホ・ジノ
出演 ハン・ソッキュ シム・ウナ シン・グ イ・ハンウィ
   オ・ジヘ チョン・ミソン

ストーリー
主人公ジョンウォン(ハン・ソッキュ)は父親の跡を継いでソウルで小さな写真館を経営している。
彼は不治の病を抱えており余命が限られているのだが、その事は彼と彼の家族だけが知っている。
彼はそんな状況でも、写真館の仕事や同居するやもめの父親との家事をこなし、笑顔を絶やさず穏やかな毎日を送っている。
ある夏の日、駐車違反取り締まり員のタリム(シム・ウナ)が違反車の写真を拡大して欲しい、とやってくる。
その日からふたりはほとんど毎日のように町中で偶然、もしくは写真館にタリムがやって来るという形で会うようになる。
季節が夏から秋へと変わり、遊園地で初めてデートをしたのを最後に、ジョンウォンは写真館から姿を消す。
様態が急変して病院に入院したのだ。
それを知らないタリムは、毎日のように写真館を訪れ、ある時手紙を書いて写真館のドアに挟む。
数日後、受け持ち地区の移動を間近に控えたタリムは、訪れた写真館に相変わらずジョンウォンを見つけられず、思いあまって写真館のガラスに石を投げつけるのだった。
冬の始め、退院したジョンウォンは写真館でタリムからの手紙を見つける。
彼女の移動した地区を探し当て、タリムを見かけるジョンウォン。
しかし声もかけず、遠くから見守るだけだった。
やがてジョンウォンはタリムヘの返事も投函しないまま、帰らぬ人となった。
雪が降ってクリスマスの装いを見せる町。
タリムは久しぶりに訪れた写真館のショーウインドウに、以前ジョンウォンが撮影した自分の写真が飾ってあるのを見て微笑むのだった。


寸評
余命わずかな男性が出会った女性との日々を、淡々と、穏やかに描いている純愛映画だが、美男美女によるベタな純愛映画ではない。
そもそも女性は男性をオジサンと呼んでいて、その呼び方は最後まで変わらない。
つまり駐車違反取り締まり員である若いタリムから見れば、写真館を営むジョンウォンは若さが残っているとは言え素直にオジサンと呼べる年齢なのだ。
ジョンウォンは治癒が難しい病気のようで、その為に結婚もしていないようなのだが、笑顔を絶やさず時間を大切にしながら余生を過ごしている。
死を感じて友人と酔いつぶれることも有るが静かな男である。
父親も妹も彼の心情を知りつつも声をかけることはせず、静かに見守っているだけだ。
青春時代に恋した女性は幸せとは言い難い生活を送っているようだが、恋を蘇らせることもなく女性からは写真を捨ててほしいと伝えられる。
恋は想い出となって通り過ぎていく。

無言のシーンを多く取り入れ、不要な説明を省いて直接的な表現はせずに観客にいろんな感情を引き起こさせる演出方法が激情型の純愛映画とは違うしっとりとした愛を感じさせる。
携帯電話が普及してお互いがすぐに連絡を取り合える時代にはないロマンを感じ取れる。
タリムはジョンウォンが入院中であることを知らず、何度も写真館を訪れるが店は閉まったままである。
何も言わず会えなくなったことに怒り、タリムは写真館のガラスを割ってしまう。
一方で、ジョンウォンは退院したにもかかわらず喫茶店の中からタリムをガラス越しに見つめるだけで声を掛けようとしない。
タリムを愛する気持ちを持ちながらも自らの死期を悟っているジョンウォンと、秘かな愛を覆い隠しているタリムの間には目に見えない壁があるのだ。
若いタリムは2人の間にある壁を壊そうとしているが、死期が近く別れを悟っているジョンウォンはその壁を壊すことができない。
窓ガラスは二人の感情における微妙な違いを表していたと思う。
疑問点を残しながら映画は終わり、観客に顛末を想像させる。
ジョンウォンはタリムに手紙を書いて思い出の詰まる箱に仕舞いこんでいたが、あの手紙はタリムの手に渡ったのだろうか?
タリムはジョンウォンの死を知ったのだろうか?
ジョンウォンの書き残した操作説明書によって父親は写真館に出入りしているから、タリムは父親に声をかけて彼の死を知ったかもしれないが、それを感じさせるシーンはない。
タリムは写真館に飾られた自分の写真を見つけ、微笑みながら去っていく。
楽しかった日々を思い出したのだろうか?
恋は想い出となってしまったことへの自嘲気味の微笑みだったのだろうか?
ジョンウォンの生き様とか遺影を撮り直すお婆さんのエピソードなど、死と向き合う姿勢を感じさせた映画でもあり、僕の気持ちを後押しする作品でもあったような気がする。