おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

故郷

2021-02-16 07:59:16 | 映画
「故郷」 1972年 日本


監督 山田洋次
出演 井川比佐志 倍賞千恵子 伊藤千秋
   伊藤まゆみ 笠智衆 前田吟 矢野宣
   田島令子 阿部百合子 渥美清

ストーリー
瀬戸内海・倉橋島。精一、民子の夫婦は石船と呼ばれている小さな船で石を運び生活の糧を得てきた。
民子もなれない勉強の末に船の機関士の資格をとった。
決して豊かではないが、光子、剛の二人の子供、そして精一の父・仙造と平和な家庭を保っている精一に最近悩みができた。持船のエンジンの調子が良くないのである。
精一はどうしても新しい船を手に入れたかった。
そこで世話役に金策の相談を持ちかけたが、彼は困窮した様子を見せるだけだった。
各集落を小型トラックで回り、陽気に食材を売り歩いている松下は精一の友人で、精一の悩みを知って慰めるのだが、それ以上、松下には何の手助けもできない。
精一は大工にエンジンを替えるにしても、老朽化して無駄だと言われるが、それでも夫婦で海に出た。
数日後、万策尽きた精一夫婦は、弟健次の言葉に従い、尾道にある造船所を見学し、気が進まぬままに石船を捨てる決心をするのだった。
最後の航海の日、夫婦は、息子の剛を連れて船に乗った。
朝日を浴びた海が美しく、民子が機関士試験に合格した日のこと、新婚早々の弟健次夫婦と一家をあげて船で宮島の管弦祭に向った日のことなど、楽しかった島での生活が精一のまぶたをよぎった。
翌日。尾道へ出発の日である。
別れの挨拶をする夫婦に近所の老婆は涙をこぼした。連絡船には大勢の見送りの人が集った。
松下も駆けつけ、精一に餞別を渡し、山のようなテープを民子たちに配り陽気に振舞った。
大人たちは涙をこらえたが、六つになる光子だけは泣きだすのだった。
やがて、船が波止場を離れた。港を出て見送りの人がだんだん小さくなっていった。


寸評
70年に撮った「家族」の前段を後から撮ったような作品だ。
「家族」が炭鉱夫として生活できなくなった一家が長崎の島を出て行くところから始まったが、この作品では砕石運搬をやっている一家が、やはり生活できなくなるのだが最後に島を出て行くところで終わっている。
どちらの家族も高度経済成長の波に押し寄せられ、故郷を捨てて旅立たねばならない姿を描いている。

精一は「海が好きで、この仕事が好きで、島が好きなのに、どうして続けられないのか」と叫ぶ。
精一の父である仙造は”金”だと言っている。
金では買えないものもあり、故郷もその一つかもしれないが、それでも人間の欲望は人よりもいい暮らしを求めるし、裕福になりたいと願ってしまう。
慎ましやかな生活でいいと思っても、その生活を維持するだけの経済力を求められる。
精一と民子にはそれが分かっているので島を捨てるが、幼い光子はそれがわからないので故郷を捨てる場面で泣き出す。
光子は本当はそうしたくない両親の代弁者だったような気がする。

精一の船は古くて小さいので買い替えたいと思っているが、そんなお金はない。
修理するのにも多額の費用が必要で、それも出来ない。
かつては父や弟も乗っていて、時には船上でピクニックまがいのことができた時代もあったのだが、今は夫婦ふたりで運営している。
彼等の船と対比するように時々大きな運搬船がすれ違う。
最後の運搬での埋め立て作業時には、彼等の船の向こうに大きな船が有り、そこではブルドーザーを使って砕石を海に落とす作業を行っている。
精一と民子の埋め立て作業は船を半分ぐらい傾けて砕石を海に落とし込む過酷なものだ。
バランスを崩して転覆してしまうのではないかと思われるそのシーンは、作業のあり方そのものに驚いてしまうと同時に、彼等の誇りすら感じてしまう迫力のあるシーンだった。
そこに至るまでの航海は切ないものがある。
民子が機関士の免許を必死でとったことが思い出され、楽しかった過去の日々が思い出される。
船も今日が最後と知っているのかエンジンの調子がいい。
浜では廃船が燃やされていて、彼等の船もやがて焼き払われるに違いないことが分かる。
それを見つめる二人の姿に胸が痛む。

「家族」では最後に、貰うことになっていた牛が生まれ明日への希望を感じさせたが、この作品の精一と民子夫婦にはそれすら見えない。
彼らに平穏な日々が訪れるのだろうか。
島と都会の格差はますます広がるだろうし、島からの人口流出は止まらないだろう。
「どうして、こんないいところから皆出て行ってしまうのだろう」と精一の友人松太郎は言う。
それが前述の仙造が言う「給金だ」になる。
失われていく日本のふるさとへの山田洋次が贈る鎮魂歌だった