おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

好人好日

2021-02-11 10:02:23 | 映画
「好人好日」 1961年 日本


監督 渋谷実
出演 笠智衆 岩下志麻 淡島千景 川津祐介
   高峰三枝子 乙羽信子 北林谷栄 三木のり平

ストーリー
奈良の大学の数学教授である尾関(笠智衆)は、こと数学にかけては世界的な学者だが、数学以外のことは全く無関心で、とかく奇行奇癖が多く世間では変人で通っている。
妻の節子(淡島千景)はこんな尾関につれ添って三十年、彼を尊敬し貧乏世帯をやりくりしてきたのである。
娘の登紀子(岩下志麻)は市役所に勤めていて、同じ職場の佐竹竜二(川津祐介)との縁談がある。
二人は好きあっているし節子もこの縁談を喜んでいる。
竜二の家は飛鳥堂という墨屋の老舗で、竜二の姉美津子(乙羽信子)はお徳婆さま(北林谷栄)に気に入るように色々と格式にこだわっていた。
登紀子は両親の顔をおぼえぬ戦災孤児で、尾関に拾われ今日まで実の娘と同様に育てられてきたので、彼女は父のそばを離れるのが忍びない。
竜二は尾関がしばしば近所のミルク・ホールにテレビを見に行くことを聞き、ある日、自分で組立てたポータブル・テレビを持参すると、尾関は喜ぶどころか怒ってしまった。
竜二もかっとなり怒鳴ったが、文化勲章受賞の報せで中断された。
尾関は勲章など欲しくなかったが、五十万円の年金がつくと知り、もらう気になり節子と上京した。
東京では学生時代にいたオンボロ下宿に泊って主人の作平(小川虎之助)を感激させた。
その夜宿に泥棒(三木のり平)が忍びこみ文化勲章が盗まれた。
奈良では尾関の帰りを待ちうけて数々の祝賀会が計画された。
そんなわずらわしいことの大嫌いな尾関は、とうとう姿をくらまし、関係者を慌てさせた。
そんな騒ぎの中で登紀子は節子が落ちついているのを不思議に思った。
「お父さんは下市の和尚さんのところよ」と、自信ありげに節子はいうのだった。
登紀子は下市に行き、母の予想が当ったのを知った。


寸評
小津安二郎が描くような中流の庶民生活の中にある親子の愛情物語なのだが、これが渋谷実の手になると上質の人情喜劇となる。
笠智衆と淡島千景の尾関夫妻はじつにいい夫婦だ。
娘の岩下志麻は戦争孤児で夫妻に引き取られたのだが実の娘のように育てられ、明るく快活ないい女性で羨ましくなるような平和な家庭を形作っている。
可笑しいのは笠智衆の数学教授が変人で、彼の妻に発する言葉が実に可笑しい。
尾関はまったくの下戸で酒は一滴も飲めないのだが、妻は日本酒が大好きで夫の目を盗んではやっている。
娘もそのことは承知なのだが、実は尾関だってとっくに承知している。
娘に注いでもらったお酒を飲みほした時に、尾関がウサギを貰って帰ってくる。
妻の節子は取り繕うが、「酒を飲んだお前と同じように目が赤い」と言う。
そんな愉快な会話が散りばめられていて、けっして嫌味に聞こえない夫婦間のやり取りに噴き出してしまう。

登紀子が付き合っている竜二の家は飛鳥堂という墨屋の老舗である。
奈良は習字に使う墨の生産地である。
格式を重んじるこの家は、お婆さんと竜二の姉との三人家族だ。
と言うことはこの兄弟の両親はなくなっていて、姉である乙羽信子の夫は婿養子で亡くなっているのか、死に別れて実家に戻ってきているのかもしれない。
この家を取り仕切っているような北林谷栄の婆さんも脇役とは言え面白い存在となっている。
尾関はコーヒーが何よりも好きで近所のミルク・ホールに通っているのだが、店の看板が「コーヒ」となっているのが時代を感じさせ、コーヒーを巡るやり取りも笑わせる。
尾関は物欲がなく、アメリカの大学行きの話にも興味はないが、文化勲章はもらうことになる。
東京までの車中で交わされる会話にも笑わされるのだが、とにかく尾関と言う人物が面白いキャラクターとして描かれていて、この作品を喜劇に仕立て上げている。
人の好さもあって、宿泊先に入った泥棒にもライトを照らして手助けしてやるお人よしだ。
文化勲章を巡る騒動は権威に対する風刺である。
尾関の叙勲を知って周りの人たちは見る目を変えるし、記者が大勢押しかけ大騒ぎとなる。
植木屋などは無償で以前は不満を漏らしていた垣根の修理を申し出る。
金鵄勲章を貰っていた男が登場するのだが、金鵄勲章は日本唯一の武人勲章とされ、武功のあった軍人および軍属に与えられた ものである。
尾関が天皇陛下から頂いた勲章を失くしたことを叱責するが、戦争の負の遺産でもある金鵄勲章と文化勲章は全く違うのだと、暗に戦争非難も行っている。
そうでなければこの尾関を非難する男の登場は唐突過ぎる。

東大寺が度々登場し、奈良を舞台にした映画なので関西人の僕は昔の風景を見ているだけでも心が洗われたのだが、尾関が娘の結婚を認めて淡島千景が「こんないい日はない」とつぶやくシーンは泣けた。
日本映画の最盛期にはこのようなほのぼのとした映画をたくさん撮っていたのだなと思わせる作品だ。