おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

恍惚の人

2021-02-10 09:30:47 | 映画
「恍惚の人」 1973年 日本


監督 豊田四郎
出演 森繁久彌 高峰秀子 田村高廣 乙羽信子
   篠ヒロコ 伊藤高 市川泉 中村伸郎
   杉葉子 吉田日出子 神保共子 野村昭子
   浦辺粂子 若宮大祐 大久保正信

ストーリー
立花家は、84歳の茂造、その息子夫婦の信利と昭子、子供の敏が同居していた。
茂造は老妻が死んで以来、ますます老衰が激しくなり、他家へ嫁がせた自分の娘の京子の顔さえ忘れていた。
それどころか、息子の信利の顔も忘れ、暴漢と錯覚して騒ぎ出す始末。
突然家をとび出したり、夜中に何度も昭子を起こしたりする日が何日か続いた。
昭子は彼女が務めている法律事務所の藤枝弁護士に相談するが、茂造の場合は、老人性うつ病といって老人の精神病で、茂造を隔離するには精神病院しかないと教えられ、昭子に絶望感がひろがった。
ある雨の日、道端で向い側の塀の中からのぞいている木の花の白さに見入っている茂造を見た昭子は胸を衝かれ、茂造には美醜の感覚は失われていないと昭子は思った。
その夜、昭子がちょっと眼を離している間に茂造が湯船の中で溺れかかり、急性肺炎を起した。
だが、奇跡的にも回復、昭子の心にわだかまっていた“過失”という文字が完全に拭いとられた。
そして、今日からは生かせるだけ生かしてやろう……それは自分がやることだ、と堅い決意をするのだった。
病み抜けた茂造の老化は著しくなった。
そんな時、学生結婚の山岸とエミが離れに引っ越してきた。
茂造は今では昭子の名さえ忘れ“モシモシ”と呼びかけるが、何故かエミにはひどくなつき、エミも色々と茂造の世話をしてくれるようになった。
しかし、便所に閉じ篭ってしまったり、、畳一面に排泄物をこすりつけるなど茂造の奇怪な行動は止まなかった。
ある日、昭子が買い物で留守中、茂造は恐怖のあまり弾けるように外へ飛び出した。
血相を変えて茂造を捜す昭子の胸に、迷子になり母の姿をみつけた少年のような茂造がとび込んできた。
それから二日後、木の葉の散るように茂造は死んだ。


寸評
老人性痴呆症と介護医療問題を描いた作品だが、時代を先取りした感がある。
1970年代は老人問題が顕著でなかったし、介護医療問題も深刻ではなかった。
現実にはそれらの問題が忍び寄っていたのだろうが、社会は問題視していなかった。
中にはここに描かれたような家庭があり、苦しんでいた家族もあったに違いないのだが、団塊の世代が最前線で働き始め、世の中は活気に満ちていた。
有吉佐和子はそんな世の中に警告を発したのだろう。
彼女はその後も「複合汚染」などを発表し、現代の社会矛盾に目を向けた作品を発表している。

立花茂造おじいちゃん(森繁久彌)は痴呆症の症状が出ていたが、妻の死でそれが顕著になる。
息子の信利(田村高廣)も娘の京子(乙羽信子)もわからず、嫁の昭子(高峰秀子)だけを頼りにする。
どうやら昭子はこの家に嫁いでから舅にもつらく当たられていたようでいい思い出はなさそうだ。
しかし、どうしたわけか茂造は昭子だけは判別がつくらしく、彼女の言うことだけは聞く。
昭子の大変さは分かるが、そのやり取りは滑稽ですらある。
夫の信利は自分が暴漢だと思われていることを理由にして介護から目を背けている。
介護が嫁に押し付けられてしまう現実が描かれていくが、身につまされる。
現在ではやっと介護休暇なども制度化されてきたが、しかしそれが常態化しているとも思えず、やはり嫁にその負担がいっているのが現実だ。
もっとも、ここに描かれたような同居生活そのものが崩れてきて、独居老人問題などが新たに発生していることは、有吉佐和子も予想外だったかもしれない。

映画は介護を通じた森繁久彌と高峰秀子の一騎打ちである。
ボケている茂造が時々まともなこと言うのが可笑しい。
昭子は夫に不満を感じ反発しながらも茂造に献身的に尽くし、その姿は痛々しいぐらいだ。
それと対照的なのが実の娘の京子の存在で、彼女は冷たいというか非常に現実的な女性である。
この対比が昭子の献身性をより一層際立たせている。
京子は小姑的振る舞いを見せるが、実の親に対しては親身でない。
おむつを換えようとしても、悪臭がするからとやめてしまう。
茂造が死んでも厄介者がいなくなって良かったと思っている。
京子は家が臭いと言うが、昭子の息子(市川泉)は「臭いほうがいいんだ。おじいちゃんがいるような気がするから」と言う。
別居していた者と、同居していた者の感情の差なのだろう。

茂造が泰山木 (たいさんぼく)の花の白さに見とれるシーンは美しい。
雨の日に徘徊した茂造が大木の下で昭子を発見し「お母さん・・」とつぶやく姿は涙を誘う。
鳥かごの小鳥に「モシモシ」と呼びかける昭子の姿が胸を打つ。
現在、深刻性を帯びてきている問題を先取りした先駆的作品だ。