おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

原爆の子

2021-02-05 09:01:43 | 映画
「原爆の子」 1952年 日本


監督 新藤兼人
出演 乙羽信子 滝沢修 宇野重吉 山内明
   清水将夫 細川ちか子 北林谷栄
   多々良純 東野英治郎

ストーリー
石川孝子(乙羽信子)は昭和20年8月6日の原爆が投下された時に広島に住んでいて、家族の中で彼女一人だけが生き残った。
その後瀬戸内海の小さな島で女教員をしていた孝子は、原爆当時勤めていた幼稚園の園児たちのその後の消息を知りたいと思い、夏休みを利用して久しぶりに広島を訪れた。
街は美しく復興していたが、当時の子供たちは果たしてどんなふうに成長しているだろうか。
幼稚園でともに働いた旧友の夏江(斎藤美和)から住所を聞いて次々と訪問していく孝子だった。
三平も敏子も平太も中学生になっていた。
三平は子だくさんな貧しい父母の元で靴磨きをして家を助け、敏子は原爆症で寝ていた。
孤児の敏子は教会に引き取られて看護されていて明るい顔をして生きていたが余命いくばくもない。
平太も親を失って兄や姉の手で養育されていたが、一家は明るくまじめに生き抜いていた。
孝子が平太を訪ねた日は姉が嫁いでいくという日だった。
孝子は亡き父母の下で働いていた岩吉爺や(滝沢修)に出会ったが、息子夫婦を原爆で失い、老衰し、盲目になり、七歳になる孫の太郎(伊東隆)と乏食小屋で暮らしているのだった。
孝子は二人を島へ連れていこうとしたが、どうしても承知しないので太郎だけでも引き取りたいと思った。
初めは承知しなかった岩吉も隣りに住むおとよ婆さん(北林谷栄)の説得で、孫の将来のためにようやく太郎を手離すことにした。
孝子は広島を訪れたことによって色々と人生勉強をし、また幼い太郎を立派に育てようという希望を持って島へ帰っていくのだった。


寸評
原爆投下がもたらした悲劇を描いていて、米軍が進駐統治していた時なら恐らく撮影許可が下りなかったであろう内容となっている。
島倉千代子が唄った「東京だよおっかさん」が初めて靖国神社や皇居が歌詞に使用されたと同じように、本作で初めて原爆が取り上げられた映画ということである。
それまでは靖国神社を歌った歌謡曲や、米軍投下の原爆を取り上げた映画はタブーだったということだろう。

8月6日、孝子はいつものように幼稚園に向かう。
空襲警報が解除され、市内は平穏を取り戻し、市民は日常生活を送り子供たちは楽し気に遊んでいる。
8時15分に原爆が投下され、それまでの平和な時間が一瞬のうちに地獄絵図となってしまうシーンが強烈だ。
あっという間に27万人が死に、生き残った人々にも過酷な生活をもたらしている。
孝子が訪ねる3人の子供たちと、かつて孝子の家で働いていた岩吉老人を通じて原爆がもたらした悲劇を描いていくが、その生活は悲惨なものである。
孝子は広島に行き、幼稚園でともに働いた旧友の夏江の家に宿泊させてもらう。
夏江は原爆の為に子供が産めない体になっているが、死んだ人に比べれば生きているだけで幸せだと言い、どうやら知り合いから生まれた子供を貰うらしい。
この頃には子供がない夫婦が、兄弟や知人から子供を貰うということが結構行われていたから、今から見ればそんなことってあるのかと思うが公開された頃には抵抗なく見ることができただろう。

最初に訪ねた三平の家では父親が原爆症の為に臨終を迎えていた。
孝子はお悔やみを言うが、母親は「お悔やみを言われても夫は戻ってこない」ときつく言う。
孝子は原爆の悲惨さと自分の無力を悟ったことだろうが前に進む。
敏子は両親を亡くし、自分も原爆症で寝込んでいて、自分の命が短いことを自覚している。
それでも両親のいるところに行けるのだからいいと言って静かに目を閉じる。
その後に映る原爆でただれた手を握り、祈りを捧げる女性の映像が胸を締め付ける。
暗くて悲しいことばかりが描かれるが、わずかな救いとなるのは3人目の平太のエピソードだ。
平太一家は兄弟4人で暮らしているが、孝子が訪ねた日は姉の奈良岡朋子が嫁いでいく日である。
奈良岡朋子も倒壊した家の下敷きになって片足が不自由になっている。
兄の宇野重吉は妹の結婚を諦めていたが、復員してきた婚約者が約束通り妹と結婚してくれることに感謝し、いい人はいるものだと語り、唯一と言っても良い希望を感じさせる。
切ないのは岩吉老人のエピソードで、岩吉老人の滝沢修は映画を引き締めている。
息子夫婦をなくし、目が見えなくなっている彼は物貰いをしながら孫の太郎を施設に預けて生きている。
被爆したことでケロイドが顔を覆っていて、みすぼらしい生活をしているが太郎だけが生き甲斐の老人である。
孝子は見かねて太郎を自分が引き取りたいと申し出る。
その後の物語は涙を誘う話の連続であるが、孝子はまるで天使のようである。
まだ大映所属だった乙羽信子さんには天使の姿を浮いたものにしない雰囲気がにじみ出ている。
夏江が「これが再び使用されたらぞっとする」という言葉が迫ってくる良質の作品である。