蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

花尽くしの旅(その1:男池にて)

2013年04月24日 | 季節の便り・花篇

<赤川温泉> 全国「滝見の露天風呂」十二選、日本一の硫黄鉱泉
泉質:含二酸化炭素、硫黄、カルシウム、硫酸塩冷鉱泉(硫化水素型) 
効能:神経痛、筋肉痛、関節痛

 湯上りの肌に残る強烈な硫黄の匂いが車内にこもる。当分この匂いは消えないし、多分今夜は何度か夜中に、我が身の硫黄の匂いで目が覚めることだろう。久住山南登山路の取り付きにある赤川温泉。前回来たときは、湯上りに車内で嵌め直した家内の銀のリングが、指に残った成分だけで真っ黒に変色してしまった。それほどの高濃度ゆえに、アトピーに顕著な効能があるという。浴槽から小さな滝が落ちるのを見ながら、いつになく長く、ぬるめの湯に浸っていた。
 久住高原コテージの湯質は、先日の鉄輪温泉と同じ炭酸水素塩泉、塩化物泉。効能:神経痛、筋肉痛、関節痛など。今回は10泊目のサービスとして、通常8,800円の宿泊費が無料である。1,500円上乗せして、黒毛和牛の溶岩焼きでリッチな夕飯となった。

 四季彩ロードから駆け上がって、やがて長者原に届く直前の野焼きの斜面は、期待通り一面のキスミレの絨毯だった。いつもなら、キスミレを愛でながら間に立つワラビを刈るのだが、寒暖急変する今年の気候に戸惑ったのか、まだ1本もワラビの姿が見えない。10日ほど季節が先走っている筈なのに、今年の山の自然は本当に読めない。それでも、高速道路から山道を2時間かけて走ってきた今日の山野草探訪に掛ける期待は、予想以上に熱かった。
  
 黒岳登山道入り口の男池(おいけ)。いつものように泉の畔のベンチでコンビニお握りの昼を済ませ、カメラ抱えて前屈みに蹲りながら山野草を探した。ここ数日、多分今年最後の戻り寒波が氷点下の厳しさとなって、咲き始めた花々を襲ったのだろうか、例年になく花が傷んでいた。ヤマルリソウのブルーのぼかしが汚れている。ヤマエンゴサクも汚い。ネコノメソウは黄色も白も僅かに開くばかりで、花時が遅いユキザサは綻ぶ気配もない。木漏れ日の下にシロバナエンレイソウが1輪、ハルリンドウが2輪、キケマンは数輪、きれいな紫のスミレがちらほら、チャルメルソウとムラサキケマンだけがやたらに元気だった。
 弾む心が少し冷めていく。「さすがにユキワリイチゲには遅いだろう」と思いながらも、かすかな期待を持って「かくし水」の方に山道を辿ってみた。木立の新芽が眩しいほどに輝き、溜息が出るほどに美しい。吹く風も、もうこの木立の中には届かず、シジュウカラの囀りが時折降ってくるだけの静寂である。ヤブレガサはしっかり傘を広げ、キツネノカミソリとバイケイソウが葉を繁らせていた。マムシ草の屹立が猛々しい。
 ハルトラノオやヒトリシズカの穂も短く、開き切っていないサバノオも心なし花が小さく感じられる。そして、ワチガイゾウが僅か一輪。勿論、ユキワリイチゲは葉だけになっていた。ツクバネソウもやっと見つけて1本。ウシハコベ、コンロンソウ…普段はあまり関心を寄せない花までが貴重に思えてくる。この道で、こんなにマイナーな気分になることは珍しい。期待が大きかった反動だろうか。

 やがて「かくし水」に行きつく少し手前の右斜面に、思いがけない花が待っていた。何年振りだろう?微妙な花時を違えると、山の花は決して待ってくれない。急斜面にいくつもの純白の毬のような花が今盛りだった。ヤマシャクヤク…数少ない花を盗掘から守るために、枯れ木で隠したこともあった。その斜面で群生して幾つもの花を咲かせるヤマシャクヤクは圧巻で、豪華でさえあった。
 漸く満ち足りた思いで、芽吹きの木立の中を下った。午後の日差しが少し傾く時刻だった。
             (2013年4月:写真:ヤマシャクヤク)

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