蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

ルビー婚の旅ーアラスカ紀行1-

2005年06月05日 | 季節の便り・旅篇

 東南アラスカ・州都ジュノーの鉛色の空を、王者の風格を見せて白頭鷲が雄渾に舞った。期待していた野生との出会いの一瞬が、こんなに呆気なく実現するとは思いもしなかった。胸の奥で一気に弾けるものがあった。
 結婚40周年。2万円ほどの初任給で就職して2年目、7年付き合った家内と式を挙げたとき、無謀にも預金は3千円足らず、仕方なく当時としては顰蹙ものの会費制で披露する羽目になった。しかも、同じ年に兄と妹と私の3人が結婚するという、大変な親不孝をして私達の人生は始まった。
 35周年はバリ島で祝った。さて40周年はと、来し方行く末を思う早春のある日、記念日の5月23日を間に挟む『アラスカ10日間クルーズ』の案内が目に飛び込んできた。破壊が加速する環境問題、貧困な政治がもたらす殺伐とした世相、喜寿を目前に控える10年後の自分たちの年齢と体力を思うと、金婚式を無事に迎える確信はとても持てない。今ならばまだ、という思いがあって一世一代の豪華船旅を先取りすることにした。
 その日のうちに申し込んだもう一つの大きなキッカケがある。シアトルまで飛んで、昨年長崎で竣工した豪華客船、116,000トンの『ダイヤモンド・プリンセス号』に乗り、東南アラスカのインサイド・パッセージ楽しむクルーズ。その4つの寄港地の中にジュノー、ケチカンという名前を見たとき、心がざわっと鳴った。
 アラスカを舞台に、息を呑むような写真と心に染みるエッセイを残した一人の男がいた。アラスカに魂を奪われ、ワタリガラスの伝説を追い、ヒグマをこよなく愛した動物写真家・星野道夫。残念ながらその存在を知った時、彼は既にカムチャツカの湖の畔でヒグマに襲われて亡くなった後だったが、彼がアラスカで出会った人達の中の一人、先住民族クリンギット族の神話の語り部ボブ・サムがすぐ近くのシトカの港町にいる!…その事実がこの旅への参加を決定的なものにした。(別稿)
 クルーズ初日、バンクーバー沖で激しい嵐に遭遇した。大きな揺れに船員までが船酔いする波乱の中、ルビー婚の旅は始まった。過酷な17時間の時差と船酔いで臥せる家内の傍らで怒濤に身をゆだねながら、40年の星霜を想った。
      (2005年6月:写真:白頭鷲…絵はがきより借用)

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