蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

夢、果てしなく……(その2)

2007年12月04日 | 季節の便り・旅篇
 ひとつ間違えば命に関わる海の底…日頃優しいマサ君も、ハンティントン・ビーチのダイブ・ショップOcean Gearのインストラクターとしてトレーニングに臨む姿勢は厳しい。わが息子でありながら、気がついたら敬語を使っている自分がいた。

 11月3日、日本ではもう初冬の冷たい風が吹く頃である。ロングビーチ港に停泊するダイビング・ボートに、三々五々子供達が集まって来る。早めに乗船し、準備に忙殺されるマサ君を置いて、上部甲板の食堂で早めに弁当を食べ、早々に下のバンク・ルームのベッドに横になった。蚕棚のような2段、3段ベッドが30人分ほどある。船酔いに備え、耳の後ろに娘が用意してくれた4日間有効というスコポラミンのパッチを貼った。疲れが溜まっていたのか、乗船して来る子供達のざわめきを夢うつつに聞きながら、いつの間に深い夢の中に沈んでいた。
 翌朝、港は濃い霧の底にあった。7時、霧笛を鳴らしながら、風強くやや波高い太平洋に出た。食堂に起き出してきた子供達は、白人、黒人、メキシカン、チェコ、パキスタン、日系…80カ国の言葉が飛び交うという、カリフォルニアらしい人種構成である。勿論全て英語、「第2次世界大戦を知ってるか?」と問いかけてくるチェコ系の女の子、いつも「ハーイ!」と声を掛けてくれるパキスタンの少年…2メートル近い大きな子や、成熟した体型の少女、重いタンクを背負わせるのが痛々しいほど小柄な男の子など、屈託がないけれども、気分はまだ無邪気な子供である。今人気の日本語のゲーム機に没頭している子供も何人もいて、マサ君が声を嗄らしながら叱咤しているのが微笑ましい。
 2時間半後、カタリナ島の入り江に着き、碇を下ろして早速訓練が始まった。子供達を4つのグループに分け、2人のインストラクターが交替で海にはいる。そのあとで、私だけ個人レッスンという、贅沢な待遇である。16度の水温に備え、頭から胸まで覆うベストを着て、7ミリのウエット・スーツにブーツとグローブを着けると、露出するのはマスク周辺部だけになる。発砲ネオプレンの合成ゴムで出来たウエット・スーツの圧迫感に慣れることが第一歩だった。
 初冬のカタリナの海は透明度15メートルを超え、ジャイアント・ストライド・エントリーでたどたどしく潜水を開始した私を待っていたのは、ジャイアント・ケルプの林だった。10メートルの海底の砂に膝をつき、マサ君と向かい合ってハンド・シグナルを交わしながら、プール・トレーニングのおさらいをした。いよいよ水中遊泳の開始である。ジャイアント・ケルプの林の中をくぐり抜けると、岩礁と砂地……いきなりアンチョビの群れが、流れるように眼前に現れた。つるべ打ちの感動の始まりだった。オレンジ色のガリバルディー、砂に潜るエンジェル・シャーク、ホーン・シャーク(ネコザメ)、幾種類ものゴビー(ハゼ)やレイ(エイ)、オパール・アイ(メバル)……砂の中から小さな焔のように揺れるクリスマス・ツリー・ワーム、セニョリータ、ブラック・スミスなどという可愛い名前の魚達…黄昏時のナイト・ダイブでは、ライトの中に砂地を歩くロブスターがいた。世界屈指の豊饒の海である。(魚達の名前は、帰宅後マサ君が図鑑を見ながら教えてくれたものである。)
 その日3本のダイブのあと、船端を叩く波音を枕元に聴きながら一夜をボートに眠り、翌日2本……ウエット・スーツの圧迫感に戸惑い、最後まで自己課題だったエントリー直後のレギュレーター呼吸の安定にもようやく自信がついて、全てのトレーニングを終えた。
 強い横波に大きく蛇行しながら帰途に着いた。夢の実現を可能にしてくれたカタリナ島、遠ざかるその姿を甲板で見送りながら、無量の想いがあった。数百頭のイルカの群れが長い列を成して、まるで車輪を転がすように次々とジャンプしながら、夕映えの航跡を横切って北上して行った。

 港に戻ってマサ君から成績発表があり、私の実技合格も告げられ、子供達の祝福の拍手を貰って……年甲斐もなく、ふと胸が熱くなる。
 翌日、日本語で50問の筆記試験をクリア、マサ君から「おめでとうございます!お父さん合格で~す。」仮の認定カードとダイビング記録を記入するDive Logを受けた。……正式な認定書は1ヵ月後に届く。
 NAUI(1960年にアメリカで設立された、世界で最も権威あるScuba Diver認定コース National Association of Underwater Instructors )の悲願のライセンスが、今、私の手中にあった。
       (2007年12月:写真:夕映えの航跡)

最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Congratulation !!! (わさび)
2007-12-07 22:48:27
ダンディーさん、ヤリマシタネ!
ここまで読んで、私までもドキドキ・・・熱くなってきました。

22歳の時に、与論の海でシュノーケリングをした経験があるので、海の素晴らしさは少しは想像できるのですが、実際に潜られると、もっともっと凄いのだろうなあ~~~ただただ羨ましいです。

私ももう少し若く体力があったら、是非挑戦したいのですが、ずっと夢に描いておりました。
でもなかなか時間とチャンスとお金が無くて・・・とうとう今の歳になってしまいました。

スカイダイビングの方は、インストラクターにダッコしてもらうと飛べそうなのでなんとか夢はかないそうなのですが・・・これもそういう場所を探さなくちゃ。
オーストラリアのアデレードではできるのですが。
私のホストマザーは60歳で飛びました。
そのビデオを見せてもらってからの夢です。

ではまた、続きを読ませて頂きます。



返信する
感動しています (すず)
2007-12-09 12:02:53
ゆっくり噛み砕きながら読みふけりました
だって海の中にもぐり色いろな機械 器具をつけての
テストなのですよね なかなか
水中遊泳が出来た瞬間 うれしいのかな 不安なのかな 岩礁 砂地での出会った魚達がその不安もかき消してくれるのでは 夕映えの中イルカの群れにも
出会えて またテストに合格の点数が取れ
大勢の子供達からの拍手聞こえてくるようです
おめでとうございました また明日続きを読ませてもらいます 楽しみです 娘さんの伴侶に最敬礼ですね いいですね
返信する
ありがとうございます! (蟋蟀庵ご隠居)
2007-12-10 10:29:17
すずさんへ

いつも読んでいただき、ありがとうございます。
海の中は別世界、感動の連続でした。訓練中は不安もありましたが、為すべきことをきちんと守り、常に冷静に事態を把握していれば不安はありません。それに、信頼できる素晴らしいバディーが付いていてくれましたから。想像を超える体験でした。目に焼きついた全てを、文章で表現できないもどかしさ…拙文の行間でお察し下さい。
返信する

コメントを投稿