蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

夢、果てしなく……(その1)

2007年12月04日 | 季節の便り・旅篇

 誰もが冗談だと思った。

 日本にはちょっと切ない言葉がある。「いい歳をして……」「年寄りの冷や水……」しかし、自分なりに密かに期するものがあった。古希を過ぎたら、もう暴挙愚挙、今が最後のチャンスだろう、と……。
 カリフォルニア西海岸、ロングビーチ沖2時間、チャンネル諸島国立公園に属するサンタ・カタリナ島で挑戦が始まった。11月初旬のカリフォルニアの海は冷たい。水温16度の島影の入り江に30人乗りのボートの碇を下ろした。曇り空のもと、18人の高校生達(13歳から15歳の、日本で言えばまだ中学生達)に混じって、68歳のチャレンジである。

 「お父さん、スキューバ・ダイビングのライセンス取りませんか?」次女知子の伴侶・マサ君から声が掛かったのは9月だった。インストラクター・ダイバーの資格を持ち、高校の体育の授業の正課として、ダイビングを担当するベテランである。かつて、沖縄・座間味島で体験ダイビングを経験して以来、悲願ともなっていたライセンスである。「行く、行く!」……二つ返事で誘いに乗った。「まさか本気になるとは思っていませんでした」と、マサ君に言わせた「いい歳をした男」のトライアルである。

 10月下旬、およそ40日の予定でロサンゼルスに飛んだ。LAX空港から1時間ほど南、オレンジ・カウンティの一角、ラグーナ・ニギェールの静かな新興住宅地に、娘のコンドミニアムがある。数日、200ページ余りのテキストを繰り返し独習したあと、早速コンドミニアム住人専用のプールで最初のテストが始まった。砂漠からの熱風・サンタ・アナで、山火事頻発のニュースが世界中に流れる寒い夜である。泳力、立ち泳ぎ、潜水、浮遊etc.……30分ほどでOKが出て、傍らの温水ジャグジーで凍える身体を温めて、初日が終わった。

 二日目、週末の高校のプールを借りて命を預ける機材の取扱いを覚え、いよいよ実技トレーニングが始まる。ウェット・スーツ、BC(浮力補助ベスト)を着て、レギュレーターを装着したタンクを背負い、ウエイト・ベルトを腰に巻き、マスク、シュノーケルを着け、ダイビング・ブーツ、フィンを履いて……まるで海獣のような姿で(それは、永年の憧れの姿でもあった)、よろけそうな重量を足腰で支えてプールに入った。BCのエアを抜いて、潜水開始である。(マスクとシュノーケルは昨年娘が、フィンとブーツ、グローブは今回マサ君が記念にプレゼントしてくれた。)
 フィンでの泳法、マスクを水中で外して再装着するマスク・クリア、レギュレーターを水中で外してのリカバリー、……ひと通り終わって、今度は隣の深いプールで飛び込み方の実技……立ったまま大きく片足を蹴り出し、開脚して垂直に飛び込むジャイアント・ストライド・エントリー、ハンド・シグナル、耳抜き、中性浮力の調整、バディーがエア切れを起こした場合の補助呼吸器(オクトパス)の与え方、緊急浮上…次々に与えられる課題に、1時間半はあっという間に過ぎた。

 三日目、インストラクターの個人のプール(さすがリッチなアメリカ!)を借りて更に習熟度を高め、最後はBCやレギュレーター、ウエイトを外して、スキン・ダイビングのヘッド・ファースト・ダイブ(ジャックナイフ)を習って、プール・トレーニングが終わった。「お父さん、合格で~す。あとは、海ですね!」
 陽射しのない寒いトレーニングは、さすがに厳しいものがあった。しかし、疲労感をねじ伏せる不思議な高揚感がある。「カリフォルニアの海でのライセンス取得は厳しいけど、ここで取れば世界中の海で大丈夫だよ!」という娘の言葉に励まされて、翌週末のカタリナ島行きを待った。実は、ライセンス取得のあと、密かに期待しているもう一つの大きな夢があった。
 時に暑く、また寒くなる……ここも異常気象、いつものカリフォルニア・ブルーの空は望むべくもなかった。
       (2007年12月:写真:プール・トレーニング)

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1 コメント

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素敵な行動 (すず)
2007-12-08 11:56:49
ライセンス取得に命をかけるその力

青い綺麗な海に誘われたか
また娘さんの伴侶の暖かい言葉に乗せられたのか
どっちにしても 素敵な行動ですね
今日は個々まで読ませていただき
また続きを楽しみに読ませていただきます
疲労感もなく次の作業に まっしぐらですね
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