蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

星降る夜に<夏旅・その1>

2006年07月24日 | 季節の便り・旅篇

 南カリフォルニアの空は雲一つなく晴れ渡り、眩しい日差しをいっぱいに浴びながら大平原を疾駆した。3時間半のドライブを経て、序で寄りに辿り着いたSequoia国立公園入口は、数年ぶりの雨と雪解け水が広大な湖水を作り、木々さえも水の中から立ち上がって、道路が湖水の中に姿を没している。1年半前の冬に訪れて雪に追い返されたとき、ここは何もない窪地だった。
 標高2,000メートル、セコイアの巨木の林立は圧巻だった。樹齢2,700年、幹廻り31メートルのGeneral Sherman Treeにしがみついて思いのほか時間を費やし、Yosemite国立公園入口のMariposaの宿に着いたのは夜8時を過ぎていた。(半年前から電話を入れ続けていたキャンプ・サイトの予約が奇跡的に取れたのは、もう諦めかけてFresnoの街を過ぎる夕刻5時頃だった。)素朴なピザ・ハウスで鹿肉のリブ・ステーキ、メキシカン・ピザで夕食を摂って早めの就寝となった。念願のヨセミテはもう目の前にあった。
 翌朝、折からの雪解け水を豪快に流すMerced Riverを遡行する西からの道路140号線は、ブルー・ジェイ(青かけす)やリスが遊ぶ自然豊かな道だった。しかし、残念ながら途中落石でクローズ。これでヨセミテへの4本の道路のうち、メインの2本がクローズされたことになる。やむなく引き返して41号線、South Entranceから公園に向かった。11時過ぎ、標高1,500メートルのゲートをはいり、12時、1,800メートルの峠・Glacier Pointへの分岐点を過ぎて渓谷に下る。途中、Tunnel ViewからBridal Veil Fallと、遙か山あいにヨセミテのシンボル・Half Domeが見えた瞬間の感動を何に譬えよう!
 Upper Pinesのキャンプ・サイトは深い松林の中にあった。リスが遊ぶ木立の間から、首が痛くなるほど見上げた眼前にハーフ・ドームの威容がある。テントを張り終えて、再び車で標高2,200メートルのグレーシャー・ポイントに向かった。ヨセミテ随一の絶景が待っていた。息を呑む大パノラマだった。一望遙かに雪山を頂く山並が連なり、目線の高さにハーフ・ドームが迫る。見下ろせば、緑深い渓谷の底にキャンプ・サイトの車が豆粒のように見える。幾つもの滝が水しぶきを舞い上がらせていた。思いがけず木立の中を歩く夏羽の雷鳥を見た。垣間見たヨセミテの大自然だった。
 備え付けのバーベキュー・グリルに薪を焚き付けて飯盒で炊飯、持参のグリルにチャコールを熾して豪華なバーベキュー・パーティーが始まった。厚さ2センチのステーキから油が滴り、玉葱やピーマン、トウモロコシ、ジャガイモを添えてワインとビールを飲み交わす。飯盒でご飯を炊くなんて何年ぶりだろう?子供達がまだ幼かった頃、庭に石を積んで竃を作り、飯盒でご飯を炊いた。「その原体験が、私をアウト・ドア派にしたんだよ」と娘が言ってくれるのが嬉しい。煙が何故か目に滲みた。
 21時、宴が終わった。ハーフ・ドームもようやく夕映えに沈む。総てを熊除けの鉄のボックスに納めて、ふと見上げた空は満天の星。北斗七星さえ霞んでしまうほどに深く厚みのある夜空が、手の届くようなところに広がっていた。もう忘れかけていた豪華な星空がそこにあった。
 昼間の暑い空気が嘘のように、しんしんと夜気が冷えていく中を、メルセド川のせせらぎが次第に高まっていく。厚さ15㎝のエア・マットを敷き詰めたテントに潜り込み、寝袋の中で瀬音を聴きながら語り合う三人に、三様の感懐があった。
  (2006年夏:写真:グレーシャー・ポイトの景観)

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