蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

闇夜の鏡

2020年05月30日 | つれづれに

 風薫る五月晴れも今日まで、明日から梅雨に向かって曇天が続く。その雨の指先を首筋の辺りに感じながら、見ごろを迎えた天満宮の菖蒲池を訪れた。いつもなら、肩越しに伸びあがって見るほど人が溢れる池の周りも、時節柄人影は疎らだった。静寂に包まれた花菖蒲の景色はいい。観光って、何だったのだろう?……ふと、そんな疑問が沸いてくる。色とりどりの花の静かな佇まいに癒されて、帰路は無人の博物館のエスカレーターを上った。

 朝方の散策から、もう1万歩以上を歩いた疲れで午後の転寝を貪った夕方、アベノマスク(鼻の絆創膏)が届いた。宛名もなく、無造作にポストに投げ込まれただけである。これが件(くだん)のアベノマスクか!想定通りというよりも、思っていた以上に矮小で貧弱なマスクだった。
 「みなさまへ」という挨拶が添えられているが、「一部の地域に新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が出されました」という文言に、「いつのことだよ!」と失笑する。それほど時間がかかったということだ。466億+検品費用8億!この膨大な無駄遣いを無にするわけにもいかないから、市役所に届けて寄付することにしている。

 その朝、西日本新聞の署名コラム「風向計」に、タイミング良い記事が載っていた。特別論説委員・井上裕之氏の執筆である。題して、『「鏡」が曇ってませんか』。今日も、一部転載させていただく。

……忘れたころにやってくるのは天災だけではないようだ。
 アベノマスク。待っても一向に届かないし、市販品が出回り始めたので忘れかけていた。それが25日、ポストの中に入っていた。新型コロナウイルス封じ込めへの緊急宣言は同じ日に全面解除された。家族はぽかんと口を開けていた……

……安倍晋三首相らに心得ておいてほしい別のキーワードがある。 
 「三鏡」。リーダーに必要な「銅の鏡」「歴史の鏡」「人の鏡」の三つを指す。中国唐代の名君、太宗の言行録で記されている……

……「銅」は当時の鏡で、そこに映る顔が元気で明るい表情かチェックすること、「歴史」は過去の出来事から学ぶこと、「人」は部下の直言や忠告を受け入れること。これらは現代にも通じる要諦である、と……

……人は権力の地位に就くと、自身の姿が見えなくなる。在位が長期化すると、付託された権力を私物のように錯覚する。過信や慢心は人相にも表れる。学ぶべき過去に背を向け、側近をイエスマンで固めて独善に走る。失敗が重なると、非を取り繕おうとして朝令暮改に陥り、混乱のあげく人心は離れていく-。
 今の国政に照らすとどうか。未曽有の事態への対処に試行錯誤が伴う。それは当然として、感染爆発は取りあえず回避された。それでも内閣支持率は急落している……

……政府からすれば、何よりも諸対策が的確だったと言いたいのだろう。しかし、それは今後の推移を見てからの話。現段階で最も高い評価を受けるべきは国民の努力だろう。
 「鏡」はあるか、仮にあっても表面は曇ってはいないか。為政者の窮地は、自らの使命と職責を忘れたころにやってくる……

 頷ける記事だった。闇夜に鏡を見ても、そこには何も映らない。そこに光を当てることこそ、私たち国民の使命であろう。

 東京、北九州で、第2波が不気味に蠢き始める夕べだった。
                           (2020年5月:写真:アベノマスク)