蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

露天風呂三昧

2015年08月01日 | 季節の便り・旅篇

 焼け付く日差しに追われるように、米塚の脇を抜けて阿蘇西登山道を下った。再び325号線に戻り、南阿蘇鉄道長陽駅近くの踏切を渡って田舎道を少し辿ると、もうそこが南阿蘇俵山温泉・竹楽亭である。時にはとんでもない離合出来ない道を教えたりもするが、今日のところはナビが正しく近道を教えてくれた。

 アブラゼミの合唱が迎えてくれた。5,000坪の敷地に、15棟の離れが置かれ、それぞれに露天風呂が付いている。勿論、大浴場と露天風呂、洞窟風呂もあるが、誰にも煩わせられない部屋付き露天風呂にこそ、この隠れ宿の妙味がある。
 2時半の早いチェックイン、誰も来ないうちにと、先ず大浴場の露天風呂にはいった。期待通りの独り占めの贅沢である。少しぬるめのお湯がまったりと肌に纏わり付き、眠気を誘う。
 やや傾いた日差しが湯船に映え、吐口から落ちる湯の波紋が広がる。太ももから足先まで、白い(?)肌に絶妙な文様が揺れる。「浪花のおばんの豹柄タイツなんてめじゃない」と一人ほくそ笑みながら、波紋の戯れを楽しんでいた。水音から察するに、どうやら家内の女湯も独り占めらしい。長湯好きな家内にまともに付き合ってると、湯当たりする体質の私は身が持たない。湯船の縁の岩盤に座って風に吹かれ、また首まで浸かって……そんな真夏の昼下がりの露天風呂を楽しんでいた。
 湯の中に平らに伸びた御影石の上に碁盤が刻まれ、丸く刳り貫かれた穴の中に黒と白の碁石が沈められていた。腰湯を使いながら、一人五目並べをやってみる。勿論、勝負はつかない。
 地下から阿蘇の伏流水を汲み上げた冷水をかけて、珍しく長湯して火照った身体を鎮めて、一足先に蝉時雨の回廊を辿って部屋に戻った。

 個室の食事処で摂った夕飯は、シニアコースなのに14品!しかも、お品書きにない馬刺しまでが付いてくる。
 「これ、ほかの部屋と間違ってない?訊いてみようか?」
 「いいよ、いいよ、食べちゃおう!」
 若女将が挨拶に来る。1,500円引きの優待券が6月末で期限が切れて……と話したら、「いいですよ。その分お引きするように言っておきますから」これで、1泊2食付一人13,500円!何だか大儲けしたような気になる後期高齢者二人である。
 窓の外は小さな池、その向こうの木立にヒグラシが夕闇を呼び寄せ、隠れ宿に夜が忍び寄ってきた。

 眠りに就く前の部屋付き露天風呂。切り取られた夜空に、満月前夜の月がうっすらと雲に霞んでいた。湯音の向こうから、時折「クァッ、クァッ」とカエルが鳴く。そのまま眠ってしまいそうな至福の時間が過ぎていった。目覚めの朝湯も、勿論部屋付き露天風呂だった。

 今日も油照りの夏。「あそ望の郷くぎの」で買い物を済ませ、高森から根子岳の東裾を巻いて57号線、内牧から外輪山を駆けあがって大観望、小国町に下って行きつけの「吾亦紅」で蕎麦を食べ、下条の大銀杏の傍のお店で豆を10袋買い(馴染みの耳の遠いお爺さんは、奥の部屋で大口開けてお昼寝中だった。起こすに忍びず、こっそり料金箱に1,000円落として立ち去った)、ファームロードWAITAの曲折多い急坂を下って大分道日田ICへ……いつものコースである。今日も、湧蓋山の長い稜線が美しかった。

 356キロを走り終えて、炎熱厳しい我が家に帰り着いたのは2時48分。
 酷暑を乗り越える覚悟を迫って、7月が逝く。
                   (2015年7月:写真:煙噴く阿蘇中岳)

夏、燃える

2015年08月01日 | 季節の便り・旅篇


 ようやく明けた梅雨祝い……第○次金婚式セレモニー……「理屈と膏薬は何にでもくっつく」と母がよく皮肉っていた。何はともあれ、ひたすら温泉に逃避したかっただけなのだ。

 南阿蘇俵山温泉・竹楽亭。昨年梅雨時に訪れて以来、常宿にしようと決めていたお気に入りの隠れ宿なのに、気付いたら1年以上過ぎていた。加速する時の歩みは厳しい。「歳月、人を待たず」。海外にも同じ言葉がある。「Time and tide wait for no man」。
 天が真っ青に突き抜けた。夏の到来である。ふと田楽が食べたくなって高森に走った。人には誰でも「お気に入りの道」がある。それを無機質に裏切るのが「カーナビ」である。今日は気まぐれに、どんなコースを走るのかとカーナビに任せてみた。
 9時に家を出て筑紫野ICから九州道に乗り、熊本ICで降ろされた。57号線を東に走り、外輪山の切れ目・立野を過ぎたところで北に折れ、325号線に乗って阿蘇の南裾野を巻いていく。突き当れば高森町。もう40年以上通っている「高森田楽保存会」に着いたのが11時半だった。
 亡びかかっていた高森田楽を復活させ細々と守り始めた頃は、車も3台ほどしか停められない小さな民家だった。今では柱だけ残した広々とした築130年の古民家に、20余りの囲炉裏が掘られている。当時のまだ売出し中だったさだまさしの長髪の写真が今も飾られていて懐かしい。当時の看板娘も今は大女将、遠く鎌倉時代から続くという素朴な田楽は、一度食べたら病み付きになる。今では「高森田楽」の看板を掲げる店も少なくないが、やっぱり此処こそが「元祖・高森田楽」。飾り気のない素朴なもてなしが、何よりも心地よい。
 生厚揚げを生姜醤油で食べている間に、竹串に刺し秘伝の味噌を塗った里芋、蒟蒻、豆腐、山女魚が炭火に立てられ、こんがりと焼かれていく味噌の匂いが食欲をそそる。
 ただし、夏場は地獄!冷房のない部屋で、ガンガン熾した炭火の前で焼き上がりを待つ間に、全身汗まみれになる。「田楽食ってて熱中症なんて、シャレにもならないな」と家内と笑い合いながら、阿蘇五岳のひとつ・根子岳から吹き降ろす涼風を懐に入れるのも、田楽と向き合う楽しみのひとつである。
 添えられただご汁と黍飯で満腹になる頃、隣りの席にバイク一人旅の青年、家族連れ、そして賑やかに台湾からの御一行様が到着した。二人分3,780円を払って、早々に退散することにした。

 東西約18キロメートル・南北約25キロメートルに及ぶ広大な阿蘇カルデラ。外輪山に囲まれた中に、最高峰の高岳(1,592m)を始めとする中岳(1,506m)、根子岳(1,408m1)、烏帽子岳(1,337m)、杵島岳(1,270m)の阿蘇五岳が横たわる。その東端に峨々たる岩肌を見せる根子岳に抱かれて、「高森田楽保存会」はある。

 時間つぶしに身体の火照りをアイスコーヒーで冷まそうと立ち寄った「蕗の薹」という店の駐車場で、たどたどしくタマムシが飛んだ。豊かな自然に癒されながら、阿蘇南登山道を駆けあがった。緑の山腹と真っ青な空の対比が美しい。澄み切った空気を切って落ちる日差しに、陰影のキッパリした夏景色が広がっていた。
 阿蘇中岳は、生憎「火口周辺警報(噴火警戒レベル2)発令中のため、火口から半径約1km以内への立ち入りは禁止です。ご注意ください。」という状況で、草千里に停めた車の中から、時折白煙をもくもくと吹き上げる山の姿を眺めるだけだった。

 高原を吹き抜ける風もたじろぐほどに、猛々しく苛烈な灼熱の日差しが額を焼いた。夏が燃えていた。
                    (2015年7月:写真:高森田楽)