蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

夏、燃える

2015年08月01日 | 季節の便り・旅篇


 ようやく明けた梅雨祝い……第○次金婚式セレモニー……「理屈と膏薬は何にでもくっつく」と母がよく皮肉っていた。何はともあれ、ひたすら温泉に逃避したかっただけなのだ。

 南阿蘇俵山温泉・竹楽亭。昨年梅雨時に訪れて以来、常宿にしようと決めていたお気に入りの隠れ宿なのに、気付いたら1年以上過ぎていた。加速する時の歩みは厳しい。「歳月、人を待たず」。海外にも同じ言葉がある。「Time and tide wait for no man」。
 天が真っ青に突き抜けた。夏の到来である。ふと田楽が食べたくなって高森に走った。人には誰でも「お気に入りの道」がある。それを無機質に裏切るのが「カーナビ」である。今日は気まぐれに、どんなコースを走るのかとカーナビに任せてみた。
 9時に家を出て筑紫野ICから九州道に乗り、熊本ICで降ろされた。57号線を東に走り、外輪山の切れ目・立野を過ぎたところで北に折れ、325号線に乗って阿蘇の南裾野を巻いていく。突き当れば高森町。もう40年以上通っている「高森田楽保存会」に着いたのが11時半だった。
 亡びかかっていた高森田楽を復活させ細々と守り始めた頃は、車も3台ほどしか停められない小さな民家だった。今では柱だけ残した広々とした築130年の古民家に、20余りの囲炉裏が掘られている。当時のまだ売出し中だったさだまさしの長髪の写真が今も飾られていて懐かしい。当時の看板娘も今は大女将、遠く鎌倉時代から続くという素朴な田楽は、一度食べたら病み付きになる。今では「高森田楽」の看板を掲げる店も少なくないが、やっぱり此処こそが「元祖・高森田楽」。飾り気のない素朴なもてなしが、何よりも心地よい。
 生厚揚げを生姜醤油で食べている間に、竹串に刺し秘伝の味噌を塗った里芋、蒟蒻、豆腐、山女魚が炭火に立てられ、こんがりと焼かれていく味噌の匂いが食欲をそそる。
 ただし、夏場は地獄!冷房のない部屋で、ガンガン熾した炭火の前で焼き上がりを待つ間に、全身汗まみれになる。「田楽食ってて熱中症なんて、シャレにもならないな」と家内と笑い合いながら、阿蘇五岳のひとつ・根子岳から吹き降ろす涼風を懐に入れるのも、田楽と向き合う楽しみのひとつである。
 添えられただご汁と黍飯で満腹になる頃、隣りの席にバイク一人旅の青年、家族連れ、そして賑やかに台湾からの御一行様が到着した。二人分3,780円を払って、早々に退散することにした。

 東西約18キロメートル・南北約25キロメートルに及ぶ広大な阿蘇カルデラ。外輪山に囲まれた中に、最高峰の高岳(1,592m)を始めとする中岳(1,506m)、根子岳(1,408m1)、烏帽子岳(1,337m)、杵島岳(1,270m)の阿蘇五岳が横たわる。その東端に峨々たる岩肌を見せる根子岳に抱かれて、「高森田楽保存会」はある。

 時間つぶしに身体の火照りをアイスコーヒーで冷まそうと立ち寄った「蕗の薹」という店の駐車場で、たどたどしくタマムシが飛んだ。豊かな自然に癒されながら、阿蘇南登山道を駆けあがった。緑の山腹と真っ青な空の対比が美しい。澄み切った空気を切って落ちる日差しに、陰影のキッパリした夏景色が広がっていた。
 阿蘇中岳は、生憎「火口周辺警報(噴火警戒レベル2)発令中のため、火口から半径約1km以内への立ち入りは禁止です。ご注意ください。」という状況で、草千里に停めた車の中から、時折白煙をもくもくと吹き上げる山の姿を眺めるだけだった。

 高原を吹き抜ける風もたじろぐほどに、猛々しく苛烈な灼熱の日差しが額を焼いた。夏が燃えていた。
                    (2015年7月:写真:高森田楽)

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