イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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トルコなボートツアー

2010-09-28 09:24:26 | イズミル暮らし・イズミル案内

私たちのDILARA(ディララ)号。

日本からの友達があっという間の滞在で帰ってしまい、ぽっかりと寂しくなりました。一緒に出かけた先についても追い追い書こうと思っていますが、今日はこの週末に出かけた「FOCA(フォチャ)」のボートツアーについて。


船から港を眺める。

3年前の冬に訪れてその静かなたたずまいがとても気に入った「FOCA」、先週友達を連れてこじんまりと残っている遺跡を歩いてみたのですが、その時にボートツアーがあるのを知り乗ってみたいなあと思っていました。そこで即実行、イズミル在住の友人家族を誘って参加することに。



シーズンは終わっているけれど、まだ夏の名残の暑い日曜日、地元の人がのんびりと休日の朝を楽しみ、観光客もちらほらと見られます。落ち着きを取り戻したFOCAは今が一番過ごしやすい季節かもしれません。


風が強く波も高いのでヨットやウィンドサーフィンをする人もたくさん。すごいスピードです。


先週ボートツアーを催行している一人のカプタン(船長)に話を聞くと「大人数でも少人数でもここにいる船の持ち主は皆で船を融通し合っているから、乗りはぐれることはないから安心していつでもおいで」と言われ、しかも前日その船長自身に電話をして日曜日の11時出航でと予約もしたので、大船に乗ったつもりで出かけたのです。


無人島風。

10時半過ぎには港に着きましたが、そのカプタンの船がない!まあトルコだし時間通りにいることはないでしょうと思ったものの待機中のツアー船も少なく一艘だけお客さんを乗せていましたが、私たちが予約をしている船ではありません。その船のカプタンも私たちのことは連絡を受けていないようです。前日予約をしたカプタンの携帯に電話をすると、魚釣りの客が多かったらしく、私たちを捨てて早朝魚釣りツアーに出てしまったと。どうしてくれるんですかっ!


とれたてのチュプラと言う魚。脂が乗っていて美味しかった。


残っていた船も私たち7人を乗せるスペースはないので無理だと言われ、かといって他に出航できそうな船もない、がああああん。はるばるイズミルから友達を誘って来たのに…帰るしかないの?と思った頃自転車でそこをたまたま通ったもう一つの港(FOCAには大港と小港があります)に船を停めているカプタンが、私たちの事情を聞いて自分の船のお隣さんが出れるかもしれないよ、と確認をしてくれました。

 
カプタン二人が昼食の準備もチャイやフルーツのサービスもしてくれます。

再び歩いてもう一つの港へ移動。親切なカプタンのお隣さんは「小さな13人乗りの船で、貸切になるのでちょっとだけ割高になるけれどそれでよければ、今すぐに魚市場で昼用の魚を買って出発できるよ」と。たちこめた暗雲がようやく晴れた気分でした。予定時刻より1時間遅れでしたがやっとのことで出発できました。




このお二人さんよく寝ていました。

怪我の功名、7人だけの貸切でカプタン二人もとてもいい人。お料理も今まで私が参加したボートツアーの中で一番美味しかった。
ただやっぱり天気が下り坂で海はかなり波が高くぐらんぐらん揺れることも。一番行きたかったSIREN KAYA(シレンカヤ)と言う場所が危険で行けなかったのとFOCAの地名の由来であるこの辺りに生息する地中海モンクアザラシ(Phoca)にもお目にかかれなかったのは少し残念でした。
波の静かな入り江3箇所で泳ぎ休憩。始まりはいきなりぶち切れそうになりましたが6時間あまり海の上でのんびりと皆で過ごせて体の疲れも心の疲れもすっきり、ほっ。


元漁師さんの優しいカプタン二人。

カプタンによると、私たちが前日電話をしたカプタンはかなり問題のある人で、夫は「よりによってとんだ人に当たってしまったね」と言われたそうです。仲間内では「コルサン(海賊)サリム(名前)」と呼ばれているのだとか。いくらちゃんと予約をしていてもトルコでは最後の最後まで気を抜いてはいけないとの教訓を思い出させてくれました。

皆さんも「コルサン・サリム」にはご注意を!






記事とは関係ありませんが、イズミル名物ボヨズ(手前)とゲヴレッキ。
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DUNYA KUPASI ATICILIK FINALI(クレー射撃世界大会決勝)

2010-09-21 23:11:16 | イズミル暮らし・イズミル案内

試合前の鈴慶子選手。

日本からの友達が本日イズミルへ到着。またまたダンボール一箱の重い重い救援物資を遥々と運んできてくれました。本当に感謝感謝です。
短いイズミル滞在、近郊の見るべき場所はもう見尽くした感もありますが、それでも行きたくても行けなかったところなどをピックアップして出かけようと思っています。


男子選手の試合風景。こちらには日本選手はいません。

空港で出迎えてすぐ向かったのはヤカキョイというイズミルにある小さな村。イズミル市民にとっては週末にKAHVALTI(カフヴァルトゥ=朝食)を楽しむ場所として人気が有ります。


男子の得点ボード。

今日の目的はKAHVALTIではなく「DUNYA KUPASI ATICILIK FINALI(クレー射撃世界大会決勝)」!クレー射撃なんてオリンピックでちらっと見るくらいで何の興味もなかったのですが、日本女子選手として鈴慶子さんが参加と聞いて応援に駆けつけずにはいられなかったのです。日立所属の鈴選手、日立のドゥバイ駐在の方とJIKADのメンバーで日本に住んでいた頃に日立と縁があったJさんが大会期間中のフォローをしていらっしゃいます。昨晩今日が決勝だと聞き、どうしようかなどうしようかなと悩んだ挙句、何もないけれどおにぎりを握って麦茶と一緒に差し入れをしてきてしまいました。


鈴選手の射撃スタイル。

試合中で集中しているところなのに、Jさんに紹介して頂き記念撮影までさせてもらいました。コーチも同行せずにたった一人での参戦、ここにも美しくてかっこいい日本女性がいました。
イズミルの射撃会場ですがJさんの裏情報によると実はイスタンブルでの開催が予定されていたのに1ケ月前に何かの事情で急遽イズミルに会場変更。イズミルは23日の突貫工事で競技場や会場の整備を終わらせたのだとか。さすがトルコ!


射撃を終えた鈴選手。笑顔を向けてくれました。かわいいー。

次の予定があったので最後まで応援することはできませんでしたが、結果は中国選手の優勝に終わったようでした。今まで興味がなかったクレー射撃ですが、ちょっとだけルールもわかったことだし、これからは鈴選手を応援しますよー!







この犬も観戦中。
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JAPONYA PULLARI SERGISI(日本の切手展示会)

2010-09-15 23:13:28 | JIKAD・トルコにおける日本年

JIKAD発行の記念切手をデザインしたポスター。

「2010年トルコにおける日本年」行事がイズミルでまた一つ。9月14日(火)から18日(土)までの5日間、「日本の切手展示会」がパサポルト「共和国広場」前のPTT(郵便局)2階展示室で開催されています。

 

 
会場設営中。

「切手収集家協会」と「JIKAD(日本イズミル文化友好協会)」の共催です。会場ではBulent OKTEM(ビュレント オクテム)氏が所有する2400枚の日本の切手を初めとして、懐かしいテレフォンカードやグリーティングカードなどが展示されています。


「日本年」公式切手シート。

PTTでは「日本年」に因んだ記念切手を印刷しました。日本でもそうかもしれませんが、トルコのPTTは最近個人で切手をオーダーすることができるようになったのでJIKADもこの機会にオリジナルの切手を印刷しました。もっとも最近は請求書すら電子化されてしまい家のポストに郵便が入っていることは滅多になくなってしまいましたね。


左から切手収集家協会会長、KONAK区長、郵政省イズミル局長、JIKAD会長によるテープカット。

9月13日にはJIKADの有志11名が朝から一日かかって切手コレクションとは別に設けた「日本に関する展示」の飾り付けをしました。みんなが家から持ち寄った人形や本、飾りなど、個人の持ち物ですから大した物ではありませんが、それでもひとところに集まると結構日本っぽいコーナーができました。
なんだか学生時代の文化祭の準備を思い出して和気藹々とっても楽しかったです。


区長も記念切手をお買い上げ。


今度から名刺はこうやって印刷しよう!とご機嫌区長。

私たち日本人よりもJIKADのトルコ人の方が日本のものをたくさん持っていてびっくり。私たち日本人はお土産でプレゼントすることはあっても自分の家に飾ることはあまりないからかもしれませんね。


TRT(トルコの国営放送)からも取材がきていました。

初日には、KONAK(コナック)区長をゲストに迎えてささやかな開会式を行いました。招待客の方たちももともと日本に興味がある方が多く、どちらかと言うと切手よりも私たちの展示の方が混雑していたような気がしました。


よくぞ集めました。懐かしい切手がたくさんでした。昔はよく手紙を書いたものです。

緑茶のサービスをしていると「これは日本から来たの?」「トルコで売っているグリーンティーとは全然違う味だね」「これが本物だね」「なんだか魚のにおいがするなあ」など様々な感想。でもおおむね好評で美味しいと言ってもらいました。


JIKADのきれいどころ?の皆さんも浴衣を着ました。

会場では「日本年」記念切手の販売も行っています。イズミルにお住まいの方、土曜日まで開催中ですのでぜひ一度ご来場下さい!







外に出たらこんなオープンデッキの観光バスが走っていました。暑そう・・・。
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CIFTE BAYRAM(二重のバイラム)

2010-09-10 16:45:03 | イズミル暮らし・イズミル案内

イズミルのシンボル、時計塔。

RAMAZAN BAYRAMI VE IZMIR´IN KURTULUSUNUN 88.YILDONUMU KUTLU OLSUN.

          ラマザンバイラムとイズミル解放88周年おめでとう!


29日間続いたラマザン(断食月)が終わり、9月9日から12日まではバイラムと言って祝日です。今年はその上ちょうどバイラムの一日目が「9EYLUL(イズミルの解放記念日)」に当たり、イズミルっ子には二重のバイラムとなりました。盆と正月が一度に来たような感じでしょうか。


市庁舎も巨大な国旗とアタトュルク初代大統領の旗で飾られています。

しかも8月28日からトルコで開催中の「2010年バスケットボール世界選手権」でトルコチームは快進撃を続け9月8日に強豪スロベニアを95:68で下し見事準決勝進出を決めました。11日にセルビアに勝てば決勝戦!とサッカーは見ない我が家も連夜TVのバスケットボールに釘付けになっています。


灯火行列を今か今かと待ちわびる人達。

9日のバイラム一日目は少し暑さがぶり返したイズミルでした。アンネ(義母)の家にテイゼ(夫の叔母)夫婦と義妹一家が集まり、バイラムの挨拶を交わした後、皆で朝ごはんを頂きました。子供達にはお小遣いを渡します。ラマザン中は毎朝4時頃に食事をとっていたので、普通の朝ごはんを食べるのは約1ケ月ぶり、オリーブやチーズ、トマトやきゅうり、ゴマつきのシミットを久しぶりにお腹いっぱい食べました。


共和国広場のポールに点灯されました。


イズミル湾では「9EYLULおめでとう」の電飾を乗せた船が一晩中運航していました。

9EYLULの行事は午前中に行われていましたが、私達は夜の灯火行列と2003年のユウロヴィジョンで優勝したことでご存知の方もいらっしゃると思いますが、SERTAB ERENERという歌手のコンサートに出かけることに。予定では20時半にCUMHURIYET MEYDANI(共和国広場)の二本のポールに点火されると同時に音楽隊と手に灯火を持った人達の行列が始まるはずでした。実際は市長が遅刻してきた為に30分近く待たされたのです。こういう時トルコ人ってとても我慢強いなあと思うのですが、イズミルマーチなどで自分達で盛り上がって文句も言わずに待ち続けていたのでした。


灯火を持つお兄さんたちは皆さん屈強な体格の方たちばかりでした。


Tシャツの背中には「9EYLUL Onurumuzdur=9月9日我々の名誉です。」

市長ご一行は白いカーネーションを手に登場、みんなに花を配りながらの行列でした。灯火隊?の後には自転車隊にオートバイ隊が行進を続け、待たされたわりにあっという間に灯火行列は終わりました。


こんな豆粒だったけれど生SERTABに変わりはありません・・・。

そこから少し離れた別の広場では既にSERTAB ERENERのコンサートが始まっている様子。いやいやな夫をだましだまし会場へ。既に黒山の人だかりでとてもステージ近くには近寄れませんでしたが、大好きなSERTABの生声が聞けて大満足でした。


ホテルの正面にもトルコ国旗とアタトュルク初代大統領の照明。

家に帰ってしばらくすると、イズミル湾に花火が上がり、9EYLUL、そしてバイラム一日目の夜は更けていきました。






バスケットボール世界選手権、トルコとセルビアの準決勝は白熱の試合でした。
どうしてもリードできないトルコボール、心臓が止まりそうで最後は見ていられませんでした。
残り4.5秒の時点でセルビア82:トルコ81。そこからシュートを決めたトルコ!
ついに83:82と大逆転!
夢の決勝進出、日曜日にアメリカと対戦です



バイラム用に新調した服がよく似合っていたビルテンとエリフ。
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YESILDERE SELALESI(イェシルデレ滝)

2010-09-05 00:45:15 | 


日本はまだまだ残暑が厳しいようですが、イズミルはここ2・3日急に涼しくなってしまい拍子抜けしています。もちろん日中の気温は30度を越し、外を歩けば汗をかきますが家の中にいると海からの風が気持ちよく、靴下をはくほど涼しいのです。



トルコにもガイドブックの類はありますが、日本のものの様に懇切丁寧ではないし、よほど有名なところでない限り地図と首っ引きで探さないとなかなか行き着くことができません。YESILDERE SELALESI(イェシルデレ滝)、またの名をAGLAYAN KAYA(アーラヤンカヤ=泣く岩)もそんな場所でした。地下のパムッカレから再びパムッカレ方面に戻り北へ40kmほど村から村へ細い道を走るとHOCANIN YERI(ホジャヌンイェリ=先生の所)と言う看板が現れます。その看板の先にこの滝はありました。



日本でも景勝地が茶店に入らないと見えないところにあることがありますが、ここもそう。でも広い場所なので別に何も注文しなくても自由に入ることができます。50mの高さから流れ落ちるイェシルデレ滝は冬には雨水の影響でその幅が6mにもなるそうです。樹齢300~400年の巨大なプラタナスの樹の根から流れ落ちるようにも見えます。





自然の景観にまあまあマッチするように木造の屋台がところどこにありそこに座って養殖している鱒を食べることもできます。





水の音を聞くだけで涼を呼びます。木陰の屋台で足を延ばして座りチャイで一服していると、滝を見ていた時から遠巻きにして興味津々で私たちに注目していた少女達のグループの中から勇気のある数人が近寄ってきました。私には目もくれず(なんでー?)、友人(日本人)を全員が目をきらきらしながら見ています。そして「コニチワ!」「彼女はトルコ語しゃべれますか?」と。彼女たちは夏休みに近くの村のモスクで開かれているコーランクラスで一緒に学んでいるそうで11歳から15歳位の少女達、その日はピクニックに来たとのことでした。






本日のイズミル湾。ヨットの競技会が開かれているようでした。
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