イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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Mordogan(モルドアン)

2008-10-30 07:05:27 | Weblog

Andiさん家の屋上からの眺め。

1年前、ちょうど日本へ里帰り中のことでした。このブログに初めてAndiさんという方が「イズミル近郊にサマーハウスを買いました」とコメントをくださいました。その方はトルコに住んでいらっしゃるわけでも、トルコ人と結婚しているわけでもなさそうです。その時は自分が日本にいたせいもあって、ただ「そうですか」と言う反応だったのですが、それから1年、まさか実際にお目にかかって最高に楽しい時間を過ごすようになるとは思ってもいませんでした。


Andiさん家の素敵なキッチンで仲良く食事の準備。

1年の間に、同じくブログお友達で「無題・休題-ハバロネ風味-」のcakeさん「来た道 行く道」のともさんと4人の輪ができて何かと気が合い、勝手に四人姉妹のようだと思うようになりました。
その間にAndiさんは何度かサマーハウスへいらっしゃっていましたが、なかなかお目にかかる機会が無く今回初めてチャンスが巡ってきました。実は「人見知りな」私、ブログを通して知り合った方たちと今まで何人も実際に会うことが出来ましたが、いつも会うまでは緊張します。でも一度会ってしまうとどなたも数年来のお友達のように気が合って話が弾んで、この点で私は本当にラッキーだと思います。


イギリスのかほり~♪
右端に見えるのはご近所さんの差し入れエンギナル(アーティチョーク)ピラフ。


Andiさん、ブログでのイメージはクールなお姉さま、ところが扉を開けて出てきたAndiさんは、小さくてよく笑うとてもかわいらしい方でした。イギリス人の素敵な旦那様は、食事の準備から洗物、その他家のこと全般さくさくっとなさいます。わが夫もまあ家のことは結構やってくれるほうだと思っていましたが…。夫のサポートとは身のこなしから違います。軽いカルチャーショックでした。
イギリスからパンやスコーン、クローデットクリームなどなど持っていらっしゃっていてちょっとびっくり。でもやっぱり本場の味!美味しかった~。
夫はとても無口でしたが、Andiさんご夫婦がとても好きになってしまった様子です。


本場のクローデットクリーム。

Andiさんのサマーハウスがあるのはイズミルから90キロほど離れたMORDOGAN(モルドアン)と言う小さな街、以前にもドライブで何度か来たことがあります。観光化されていない静かな海辺の街です。特にここの海の色は殊更きれいな蒼色でいつか泳ぎに来てみたいと思っていました。


Mordoganの海の色。今回は写しそびれたので以前写したものです。

そんな海を見に出かけて戻ってきた時のこと、玄関の鍵が開きません!他に入れるところはどこもなし!こういう時本領発揮の夫もさすがにお手上げです。そこでAndiさんの旦那様、一瞬のうちの決断で窓のガラスを大胆に割ってさっさと家の中へ。その即行の判断に一同唖然でありました。家へ入ってからはこれまたすぐにほうきとちりとりを手にガラスの始末でした。


二人仲良くお掃除。

そんなミニ事件も楽しく、私はずっとけらけらと笑っていたような気がします。Andiさん家をお暇してからもなんだか二人とも楽しくて、翌日まで気持ちがずっと弾んでいました。たった1週間の短い滞在、でもイギリスからイズミルまでは3時間の飛行と言うことでまた近いうちにお目にかかれるかな。



ご近所のトルコ人の熱~い世話焼き攻勢に目を丸くしているお二人に少し同情しながら、でもつい何かお手伝いをしたくなってしまうそんなAndiさんご夫婦なのでした。






ガラスを割った場所を指して「ここから入れます」と旦那様。
      






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SEYTAN SOFRASI(シェイタンソフラス=悪魔の食卓)

2008-10-25 00:06:20 | 

CINARLI CAMII(チュナルルジャーミー)は、ギリシャ人が住んでいた頃は
AGIOS YORGOS(アギオスヨルゴス)教会でした。


日本からの友達と一緒のイズミルツアー第二日目は、またまた私のお気に入りの「AYVALIK(アイヴァルク)」へ。イズミルに住むようになってから確か5回目の訪問になります。ぎりぎり日帰りができる距離であること、街がそれほど大きくなく歩いて回れること、古い石畳とギリシャ風の建物が残っていて異国情緒にあふれること、そして何よりも海が美しく、きれいな松の木の緑がとびきり青空に映える場所であることが私のお気に入りの理由。


SAATLI CAMII(サアトルジャアミー:時計のあるモスク)は、
かつてのAGIOS YANNIS(アギオスヤニス)教会。



左右に見えるのは荷馬車の荷台。まだまだ荷馬車が現役です。


AYVALIK周辺はオリーブ製品の一大生産地。
イズミルを抜けてAYVALIKまでの道を車で走っているとオリーブ工場のにおいが強烈です。


まずは車を駐車してAYVALIKの街並みを散策。写真を写すことが好きな友達は、好みの被写体を見つけると糸の切れた凧の様になって(ごめん)あちらへすーっ、こちらへさーっと消えていきます。AYVALIKの通りはくねくねと迷路のようになっているので一つ道を曲がってしまうともう姿が見えなくなります。
どこへ消えたのかうろうろと後ろを追いかけながらもなんだか友達が喜んで写真を写しているそんな姿を見るのが嬉しいのでした。


トルコでは魚の新鮮さをアピールする為にえらを見せて売っていることも。

今回の大収穫はこれですこれ!写真の真ん中辺にやる気なさそうに転がっている赤っぽい瓶が見えますか?なんだと思いますか?これ、ウニなんです!以前「FOCA(フォチャ)」へ行った時も岸壁に海がびっしり張り付いていたのを舌なめずりしてみていた私、TVでAYVALIKにはトルコでただ一人ウニをむく(?)おじさんがいると紹介していたのを見て「ウニ」「ウニ」「ウニ」…と夢見ていました。前に来た時も魚市場やレストランで訊ねたのですが「特別なレストランに卸しているだけで小売はしていない」と言われたものでした。
今回写真撮影のために寄ってみた港の魚市場、こんなに無造作に放ってあったけれど見逃しませんでした。突進しながらも高かったらどうしようと夫に話しながら「10YTL 以下だったら買うから」と小声で宣言してから値段を聞くと、「10YTL!今届いたばかりだから新鮮だよー」と私の小声を聞いていたかのような返事。即決でした。


CUNDA ADASIの倒れそうな教会跡。


SEVIM VE NECDET KENT KITAPLIGI


CUNDA ADASI のある家の玄関で。

AYVALIKと橋で繋がっているCUNDA ADASI(ジュンダアダス=ジュンダ島)では、前回遠くから眺めただけだったDEGIRMEN(デイルメン=粉引き小屋)を見に行ってみました。2007年の8月にトルコの財閥ラフミコチ氏の「コチ美術館文化財団」によりきれいに修復・復元された「SEVIM VE NECDET KENT KITAPLIGI(セヴィム&ネジデト ケント図書館)」とのことでした。NECDETさん(SEVIMさんは妻)と言うのは第二次世界大戦時にフランスはマルセイユのトルコ総領事としてユダヤ系のトルコ人達がアウシュビッツへ送られるのを救ったトルコのシンドラー、杉原千畝のような人物であったようです(ちなみにこの方の息子であるMUHTAR KENT(ムフタルケント)氏は、2007年7月にザ・コカコーラ・カンパニーの社長兼最高執行責任者に就任しています)。あいにくこの日は休館日、ここからの景色だけでも充分行った価値はありましたが。


SEVIM VE NECDET KENT KITAPLIGIから眺めた小さな島には修道院跡が。見えますか?

この日、一番友達に見せたかったもの、それは「SEYTAN SOFRASI(シェイタンソフラス)」の景色、そしてそこに沈む夕陽でした。トルコで私が好きなMANZARA(マンザラ=景色)ベスト5に入ること間違い無しのお薦めポイントです。写真では本当に素晴らしさを感じていただくことが難しいのです。あの場所であの空気を吸いながらぜひいつか眺めて頂きたい…。









食卓のような形の地形のせいで「悪魔の食卓」などと呼ばれるようになったのでしょうか。眉唾物もいいところですが、「悪魔の足跡」まであるんですよ。ずいぶん大きくてこの悪魔は靴を探すのがさぞ大変だったと思いますがこれはまあ観光地につき物のご愛嬌でしょうか。でもここに座ってこの景色の一部になって見ると、悪魔達が食卓を囲んでいたのもうなずけるような気がしてくるのが不思議です。






世界を旅する「不思議な世界旅行さん」のブログ。ただいまトルコシリーズ絶賛公開中!
すばらしい写真満載です。これだけ宣伝したら何か出るかな?
  








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IZMIR´E HOS GELDIN(イズミレ ホシュゲルディン=イズミルへようこそ)!

2008-10-20 23:19:33 | 
待ちに待った友達の来土、何ケ月も前から楽しみにして、来たらあそこへ行こう、あそこも見せたい、あそこもはずせないし、食べ物はこれを作ってなどとずっと歓迎モード全開で過ごしていたのに、実際当日になると、考えていたことの半分もできずに心残りがたくさんです。


ダンボールに詰まった救援物資。

イズミルのアドナンメンデレス空港に降り立った友達はスーツケースのほかにダンボール一箱を抱えていました。ダンボールの中身は、頼んであった薬や日用品、そしてお土産色々。トルコへ旅行をしていた頃の私は、いかに荷物を減らすか、そして身軽に旅をするかに腐心していたのに、友達にはこんなにたくさんの荷物を持たせてしまって反省。本当にありがとう。


雨上がりのILDIRIの海岸。

1年ぶりに会ったような気もせず、ちょっと久しぶりといった感じのおしゃべりで夜は更けます。翌日はぜひあの景色を見せたいと言う夫たっての希望でILDIRI(ウルドゥル)の「MANZARA CAFE(マンザラカフェ)」へ。朝から珍しく雨模様のイズミル、ILDIRIへ近づくにつれ雨雲も近づいてそのうち土砂降りになってしまいました。ところがILDIRIに着く頃には雨も上がりすがすがしい青空が広がったのです。


このカフェでは手作りのエンギナル(アーティチョーク)のジャムなるものを売っていました。
買う勇気はなかった。


もうMANZARA CAFEのシーズンもおしまいだろうと夫にしては珍しく前日に営業しているかどうかを確認して出かけたのです。でもやっぱりここはトルコ、10時過ぎに到着したのですが、お店は閉まっていて人の気配なしです。あんなに感激したここからの風景も減点です!地元の人に教えてもらった場所でようやくKAHVALTI(カフヴァルトゥ=朝食)を食べることができました。


ERYTRAIの遺跡からILDIRIの港を眺める。

友達は歴史大好き、遺跡大好き。ILDIRIも古代「ERYTRAI=エリュトライ」と呼ばれていた頃の遺跡が残っています。写真ではよく見えませんが畑のあぜ道を通り抜けると劇場跡や教会跡、墓地跡などが残っています。


教会跡。


円形劇場跡。すり鉢状の座席の遺構が見えますか?

ここからCESME(チェシュメ)までは20km、せっかくなのでCESME在住の日本人友達を訪ねることに。2年ぶりに会った友達はちっとも変わっていなかったけれど、旦那は1.5倍くらいになっており(特におなかのあたりが)、ビルテンと同い年で会うことをとても楽しみにしていた長女はすっかりお姉さんになって日本語もトルコ語も自由自在、去年生まれた弟はお姉ちゃんそっくりでした。


CESMEの港。


CESMEの城砦跡。

CESMEを後にして前回も通ったALACATI(アラチャトゥ)へ。今回は昔のDEGIRMEN(デイルメン=粉引き)を見ることができました。


かつてのDEGIRMEN、ホテルとして使われているようです。
写真をクリックするとホテルのHPが開きます。MENUからgaleriをクリックすると写真を見ることができます。



現代の風車(RUZGAR GULU=リュズギャルギュル=風の薔薇と言います)が遠くに見えます。

イズミルへの帰り道、先日イズミルの家を放って、アナアンネ(夫の義母)のお墓のあるCESMEALTI(チェシュメアルトゥ)に家を借りて引っ越したテイゼ(夫の叔母)夫婦の家へも立ち寄りました。



ここは夏の間GECE PAZARI(ゲジェパザル=夜市)で有名です。毎日21時ごろから深夜2時ごろまで小さな港にたくさんの夜店が出ます。この日は偶然今シーズン最終のGECE PAZARI、出ている夜店も少なく海っぱたなので風が吹きつけて寒いのと、YAZLIK(ヤズルック=サマーハウス)を引き上げた人が多いせいでお客さんもまばらでした。こうやってイズミルツアー第一日目は過ぎていきました。





CESME在住の日本人の友達の子供達。お父さんはトルコ人。
      






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ACILIS KONSERI(アチルシコンセリ=オープニングコンサート)

2008-10-15 00:05:42 | イズミル暮らし・イズミル案内

指揮者の楽しいパフォーマンス。

5月に「IZMIR DEVLET SENFONI ORKESTRASI(イズミル国立交響管弦楽団)」前シーズン最後のコンサートに出かけたことを書きましたが、今回は新しいシーズンのオープニングコンサートでした。覚えていらっしゃいますか?来シーズンはイズミル初の本格的コンサートホールの杮落としで!とも書いたことを…。そして私は忘れませんでした、「実際にこの目で見るまでは信じられませんからね」と書き加えることを…。私もトルコ生活5年を過ぎ、もうわかってきたのです、期待してはいけないことを。トルコ人の発言はほとんど「こうあればいいなあ」「こうなるといいんだけど」がカッコつきでついていると考えるべきなのです。
今回のコンサートも前回オーケストラの代表がコンサートの冒頭に何分もかけて新しいコンサートホールの説明をしたことなんてなかったかのように、普通に前回と同じ野外劇場での開催でした。冒頭の挨拶でも笑っちゃうほど何の説明も無しです。新しいコンサートホールと思われる建設場所の前を通るたびに「これで10月のコンサートに間に合うのー?」と叫んでいた私ですが、やっぱり間に合わなかったんでしょうか。誰も疑問に思わないの?それとも皆何か理由を知っているんでしょうか。わけがわかりません。


ダルブカを演奏するブルハンオチャル氏。

前書きが長くなりましたが、今回のコンサートを知ったのも前日のこと。しかも今回は私が大好きで世界的に活躍しているパーカッショニストBURHAN OCAL(ブルハンオチャル)がゲストだったのです。DARBUKA(ダルブカ)と言うトルコの打楽器をはじめとして様々な打楽器を演奏する傍らその渋いルックスゆえかCMやドラマにも出演しています。


黙祷に続き国歌斉唱。

コンサートに先がけて先ごろ南東部のテロで犠牲になった方々の為に黙祷、そして国歌斉唱があり、コンサートの幕開けです。最初にオーケストラが短い曲を演奏するといよいよブルハンオチャル氏の登場です。今日はブルハンオチャル氏目当ての人も多かった様で大きな野外劇場は満員です。遠くて顔が見えないけれどさえたダルブカの音が宵闇に響き渡ります。


写真をクリックすると、短い演奏を聴くことができます。かっこいいー♪

一曲一曲丁寧に曲の解説があり、クラシックのコンサートとはまた一味違った、昔のイスタンブルのMEYHANE(メイハネ=居酒屋)にでもいるようなよい気分でした。1部が終わると寒いせいもあってかお目当てが終わったせいか観客がごっそりと帰ってしまいました。
2部はポピュラーなバレエ音楽から何曲かを演奏。


これは休憩時間のチャイ屋さん。

休憩時間はもちろん演奏中でもかまわず、チャイ屋さんに列ができていました。でも本当に寒かったんです。常任指揮者のIBRAHIM YAZICI(イブラヒムヤズジュ)氏の指揮はものすごくユニークで見ているだけでも楽しくなります。でもさすがに寒いせいか曲の間をおかずに次々と演奏。観客は我慢できずに次々と帰ってしまいます。そしてついに最後の曲が終了。ああ、終わったー!よかったけど今日はもうアンコールはいいよー!と誰もが思ったであろうその瞬間、アンコールの曲が始まりました。えーっ?と思ったのは私だけだったようで出口に向かっていた人達も皆引き返して大歓声が。入場時に配っていたトルコ国旗を振りながら大興奮なのです。


寒いけど最後まで聞いていてよかった!

「何の曲?」と聞くと「イズミルマーチ」とのこと。そりゃあ嬉しいでしょうイズミルっ子。指揮者のイブラヒムさん、ブルハンオチャル氏にも負けずイズミルっ子の心をぐっと掴んだコンサートでした。


《追記》
「イズミルマーチ」のクリップを見つけました。いつ写されたものかは不明ですが、
イズミルの街中がトルコ国旗で真っ赤になって壮観です。

 → http://www.izlesene.com/video/izmir%20marsi-izmir-marsi-2/189133





写真をクリックすると世界で活躍するトルコ人を紹介している
「We are the Turks」というサイトのブルハンオチャルのページへ飛びます。

   






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よかった、よかった!

2008-10-10 07:47:42 | イズミル暮らし・イズミル案内

石榴も食べず嫌いだけれど、こんなにきれいな姿を見ると少し食べてみたくなります。

日本から遊びに来てくれていた友達は、昨日の朝、飛行機で別の街へと飛び立ちました。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、ただいま脱力状態です。
2週間ぶりにパザルへ出かけたら石榴が出始めており、あまりにも鮮やかな色なので早速撮影してみました。


この矢印の向こう側のちょっとした出っ張りに座ってじっとしているか、
たまにパタパタと場所をかえている様子。暗闇の中にシルエットが見えます。


友達との休暇中の出来事は後日書くことにして、今日はとても嬉しいことが…。朝バスルームにいると外から「カサコソ」と何か音がします。バスルームはアパートの換気口に面しており外部から何かが入り込むことはほとんど不可能。ずっと音がしているわけではなくたまにカサコソとか鳥の羽ばたきのような音です。休暇中で家にいる夫を呼ぶと「昨日の夜からしていた」そうで、やっぱり正体は鳥のようです。屋上から換気口への入り口はほんの数センチしか開いておらずとても鳥が入れるような隙間は無いはずなのに、何かの拍子で入り込んでしまったらしいのです。この換気口は1階まで続いているので7階分の深さですが、我が家は一番上なので何とかそこにしがみついている様子です。鳩なのかクムルなのかその他の鳥なのか暗がりなのでよく見えませんが、どうやら黒い鳩の様です。助けてやりたいけれどどこからも手を入れることができないし、手を入れたところで怖がってパニックになるでしょう。

 



それでも夕方まで時折パタパタと言う音が聞こえるといたたまれなくなります。ついに夫が救出作戦を開始しました。シャワールームにはめ込んである換気扇をはずしそこから換気口の中を覗くと2mくらい下の出っ張りに鳩がいるようです。棒を伸ばしても怯えることもないので、デッキブラシを鳩の目の前に伸ばしてみました。するとパニックになるどころかデッキブラシのブラシの上にちょこんと飛び乗ったのだそうです。そのまま「怖がらないで~」と話しかけながら換気扇の穴からデッキブラシごと鳩を持ち上げ手の届くところでさっと鳩を掴まえました。先日クムルの雛が家の中に飛び込んでしまった時も夫が掴まえたのですが、その時はパニックになったクムルの心臓の鼓動がものすごい速さで手に伝わってきたそうですが、今日の鳩は助けてもらうことがわかっていたかのように鼓動も速くなかったようで逃げるそぶりも見せずにおとなしくしていました。


換気口を開けて夫が覗くとこの出っ張り部分でじっとしていたそうです。


無事救出、よかった~♪

ベランダから外へ離すと元気に飛んでいきました。少なくとも2日間、餌も水もない暗闇でよくがんばったものです。かつて鳩を飼ったことがあるという夫はこういう動物の取り扱いも器用です。よかった、よかった。




《おまけ》

夫が着ているTシャツ、こんな柄です。ユニ○ロの「伝統企業コラボ」Tシャツシリーズ。これは「竹虎」と言う竹屋さんのものです。HPhttp://www.taketora.co.jp/を見ただけでも面白そうです。

 

今日柘榴1個をほぐしてもらって食べました。酸っぱいです!想像しただけで口の中につばがわいてきます。1個分が下の写真です。











時々話しかけていたので、助けてもらえることを知っていたのでしょうか。
     






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我が家のBAYRAM(バイラム)

2008-10-04 15:03:37 | イズミル暮らし・イズミル案内

この子達は、「バイラムおめでとうございます」と言って近所を回っています。
うちにも来てくれたのでチョコレートをあげました。


世間では9連休の今年のRAMAZAN BAYRAMI(ラマザンバイラム)もそろそろ終盤、里帰りや旅行からのUターンラッシュが始まっているようです。夫は金曜日から仕事でした。
バイラム中、アンネとテイゼ(夫の叔母)を訪問した以外は、家に篭ってペンキ塗りのラストスパートでした。

  
担任の先生に「バイラムおめでとうございます」と電話、緊張で心臓がバクバクのビルテン。

そんな中で嬉しい出来事は、今年4回目の雛が9月3日に生まれた我が家のクムル一家、今回の雛2羽はのんびり屋というのか冷静と言うのかほぼ1ケ月ベランダの巣の中で大きくなりました。


クムル兄妹と左側にいるのが父さんクムル。

普通はは20日あまりでまだしっかり飛べないのに親が目を離した時に限って巣から飛び出してしまい、それっきり悲しい結末を迎えることの多かった雛達ですが、今回はベランダの中での飛行練習もばっちり、満を持してバイラムに旅立ちの日を迎えました。






飛ぼうかな、どうしよう・・・。

父さんクムルと母さんクムルが見守る中、半日かかってようやくベランダの外へ飛んでいきました。卵が生まれてから1ケ月半あまり、毎日成長を見守ってきた雛達がいなくなったのは寂しいのですが、翌日も2羽そろって日向ぼっこをする姿を見ることができてひと安心でした。


旅立ちの日から一夜明けて、二羽仲良く日向ぼっこ。

2羽揃って巣立ち、翌日まで元気でいたのを見ることができたのは初めてだったと思うのです。常に親鳥が雛鳥のそばで愛情を注ぐ姿、時には甘えて餌をねだる雛を突き放す姿、こんなに小さな鳥の賢さにいつも胸が熱くなります。

さて、永遠に終らないかと思えた天井補修とペンキ塗りも1部屋を残してほぼ終了。新品のようにきれいになった我が家に今日日本からお客さんが来ました。この日の為にラマザン中もバイラム中も夫を宥めたりおだてたりすかしたり(?)してきたというわけです。昨日は埃だらけの家を大掃除。ようやく工事現場のようだった家が元の姿に戻りました。友達には4日間、楽しいイズミルの休暇を過ごして欲しいものです。と言うわけで我が家の本当のバイラム休暇はこれからです♪♪

楽しいブログの更新ができますように…。




初公開!裸坊のエリフ。
     






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