イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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YAZ TATILI(夏休み)♪

2006-09-29 05:55:29 | 
 
Assosのアテネ神殿からレスボス島を望む。

トルコの学校の3ケ月に渡る長い夏休みも終わると言う先々週末、ようやく我が家も2泊3日のさやかな夏休みを過ごすことができました。

行き先は北エーゲ地方(トルコ語ではEGE=エゲと発音します)。私がなぜか昔から憧れていたのが「Assosに沈む夕陽」。どこかで見たその光景を夢に見て、Assosへ行こう!とすぐに話はまとまりました。また「イスタンブール@トルコフォトダイアリー」のakikoさんが、昨年ご旅行されたBozcaadaを見てみたい、ウニが食べたいと言う期待もありました。

 
ホテルの前の海岸。


我が家を8時30分に出発、イズミルからは約270キロ程ですが、ゆっくり行ったのでAssosのホテルには13時半に到着しました。2泊3日と短い日程で日本人的にあっちもこっちも見てみたいところではありますが、やっぱり「ここはトルコ」、一日くらいホテルのビーチでゆっくりとバカンス気分を味わいたいではありませんか!と言うことでこの日は部屋に着くやいなや水着に着替え目の前の海岸へ。学校が始まる前の週末であったせいか、子供連れも若者の姿もなく、静かで穏やかな海辺の景色です。水はかなり冷たく泳ぐことに相当の勇気がいりましたが一度入ってしまえば、ゴミひとつ、葉っぱひとつ浮いていないどこまでも透明な海です。夕方までたっぷり時間があるので本を持参しましたが、本など読む気にもならないくらい、そこにいるだけで楽しくて時間が過ぎるのを忘れるほどでした。

 
これが長年憧れていた「Assosに沈む夕陽」


ホテルからAssosの遺跡までは車で5分ほど。Assosは紀元前8世紀に眼前に横たわるギリシャのレスボス島から入植してきた人々によって建設されたそうで、このアテネ神殿のオリジナルは紀元前530年に築かれたそうです。哲学の都として栄え、あのアリストテレスも3年間過ごしたことがあるのだとか。夕陽を待つこと1時間、かつての繁栄の跡を歩き回ったつもりだったのに「円形劇場」を見落としたことが帰宅後発覚。また来年行こうね!

 
フェリーでBozcaadaへ。


Bozcaadaの西端

翌日はBozcaada(ボズジャアダ)へ日帰り。Bozcaadaは「トロイの遺跡」で有名なチャナッカレへ向かう手前にあるEzineという町からフェリーで30分ほど、直径5~6キロ、人口約2500人の小さな島です。珍しく島民の多くは観光に頼らず漁業やぶどう園、ワイン製造などで生計を立てているようです。

       
 
港には城砦が修復され、そこからはギリシャ風の住居が狭い石畳の両脇に軒を連ねています。島内は車で10分も走れば端から端まで行けるほど、トルコブルーに光る入り江を帰りのフェリーの時間まで巡りました。気持ちのよい太陽の光が島一面に広がるブドウ畑にふりそそぎ、素晴らしいBag(バー=果樹園、農園)の石造りの家々はまるで童話に出てきそうです。

          

写真にある巨大な風車は60,000戸への電気の供給ができる風力発電所です 。
ここは最低でも1週間くらい、何も予定を立てずに何も考えずに都会の雑踏を忘れて心を休ませに来るための場所のようでした。帰り道にはトルコ最西端の岬Babakale(ババカレ)へも立ち寄りました。

 
Babakaleからの眺め、ギリシャの島々が目の前です。

あっという間の3日目、ホテルのチェックアウトの時間まで再び海岸で過ごし、ゆっくりとイズミルへの帰途に。さすがエゲ地方、どこへ行ってもオリーブの実がたわわになりまさに豊穣の季節です。道端には農家の人が手作りのオリーブやオリーブオイルを売っていました。

 
素敵な夏休みをありがとう~!

イズミルまでは行きに通った海岸沿いの道ではなく、ベルガマの遺跡に続く内陸の道を選びました。これが大正解。エゲの山の景色と言うと岩がむき出しで荒涼としているイメージなのですが、ベルガマまでの40キロあまりは山の中を突っ切る細いながらも整備された道で見事な松の森がどこまでも続くのです。松の木の香りが甘く贅沢です。そして時折のぞくこじんまりとした集落、イズミルの近くにもこんなに緑豊かな場所があることを発見できて心地よい疲れで旅を締めくくることができました。




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今日のお仕事

2006-09-22 20:48:12 | 料理
 美味しく漬かるのはいつ頃でしょう。


長かったイズミルの夏もそろそろ終わりそうです。それでもやっぱり日中表を歩くと汗だくになっているのですが、昨日は週に一度のパザルへ出かけました。カッパドキア在住mikiさんの「トルコ子育て生活」によると日曜日にいらっしゃったパザルではラマザン前と言うことでかなり高めだったと言う情報を得ていたので(?)、私も覚悟を決めて出かけました。ところがイズミルは、既にかなり涼しくなったカッパドキアに比べまだまだ暑いせいかそれ程野菜も高いということはなく前の週よりも安いくらいで拍子抜けでした。

今週特に目についたものは漬物用の野菜が多いことでした。小さめのキュウリや小さいウリ、唐辛子や赤パプリカなど皆さん5キロ単位で買っていかれます。私は漬物をつける気はあまりなかったのですが、これまたオリーブさんの「オリーブの子育て日記」で去年私がブログに書いたレシピを参考に漬物を作ってくださったと知りとても嬉しかったので、やっぱり私も作らねば!と奮起、ささやかに500g(奮起したわりに少ない!)のチビキュウリを買ってきました。人参、にんにく、ビベルも一緒に漬けてみたら色合いのかわいらしいこと!なんだかこれだけで料理の達人にでもなったような気がしてよい気分です。

  りんごのジャム

調子が出たところでりんごジャムも作りました。私が住んでいる地区は坂道が多く、買い物もなかなか大変なせいかトラックでの物売りが盛んです。昨日も「3キロりんご1YTL!!! 」と暑苦しく絶叫しながらトラックが通り過ぎて行ったので、職住超接近、住まいと同じ通り沿いに職場がある夫がこの声を聞いたらりんご好きの彼のこと、絶対買うだろうなあ、と想像していました。そしたら案の定帰ってきた夫の手には袋いっぱいのりんごが…。3キロ1YTLなのでまあそれなりのりんごでしたが半分はジャムにすれば十分食べられます。りんごのジャムは簡単で冬の間中欠かさず作ります。色もきれいな飴色になり自画自賛です。


夏の間に作っておいた苺と杏のジャムたち。 

家の中にいる分には海からの風がパタパタと心地よく、お日様をいっぱい浴びて洗濯物もパリッと乾いて爽快気分で家事のできるこの季節が大好きです。




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もうすぐ学校

2006-09-15 04:28:34 | Weblog
 新しい学校の夏の制服


トルコの学校は9月からが新学期です。6月18日から始まった長い長い夏休みもようやく終わり9月18日から新しい学年の始まりです。ただ今年は新一年生は学校に慣れるため、親と離れることに慣れるため、大きい学年の子供たちを怖がらないようになどの理由で9月11日から学校へ行っているようです。日本のように桜咲く四月にぴっかぴかのランドセルを背負って晴れ晴れしい入学式!と言う光景とは全く違う、何だか閑散とした学校です。

 冬の制服、シャツと同色のタイツあり

姪っ子ビルテンも今年は2年生。今までは公立の学校へ行っていましたが、今度は私立の学校へかわることになりました。トルコでは小学校でも留年があるそうなのですが、ビルテンのクラスは総数20人もいないのに3人もが留年すると言うかわいそうな結果に。どうやら問題は担任の先生に。色々あったようです。何しろ1年間で算数の教科書を開いたのはたったの3回!時間割はなくいつも子供たちに「何がいい?」と聞いてから授業を始めたそうです。1年生の子供にですよ。しょっちゅう子供たちの耳を引っ張ったり叩いたりとか、宿題はものすごく出すのに一切チェックしないとかとか…。

 通学用のジャケット
 

まあ、そんなわけで私立の学校へ転入です。学校を変わるといっても本人はケロッとしています。友達と別れるのは悲しくないんでしょうか?…感じていないようです。今までは2部制だったので(トルコの学校は校舎が狭いせいか児童数が多いせいか場所によっては同じ学年でも午前組、午後組の2部制をとっています)ビルテンは朝8時に学校へ行って12時過ぎには帰ってきていましたが、これからは9時から16時まで終日授業になり給食もあるそうです。


 ド派手なかばん。これは学校指定ではありません。

途中転入を認めていないことが建前の学校のようですが、そこはトルコ方式、一緒に転入する子供の父親の知り合いがいるというコネでOKになったそうです。そして年間の授業料もその友達と二人分姉妹割引だそうです。それでも安くはない授業料に全て新調した制服、教科書など物入りな義妹一家の9月です。
学校から帰ってきても家の中で過ごすことの多かったビルテン、新しい学校で友達がいっぱいできるといいなあ。

 
公立の学校の制服。色がこの色であればデザインは様々なものを選べます。襟も取り替えられます。1年前、まだ歯が抜けていたビルテンです。

因みに授業料は年間で5.400YTL(約43万円)昼食費込み、送迎バス代別途月額70YTL(約5,600円)。夏冬制服一式125YTL(約1万円)。その他に教科書代、毎月の購読の雑誌代などがかかるそうです。



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9 EYLUL(ドクズ エイルュル=9月9日)

2006-09-09 23:50:07 | イズミル暮らし・イズミル案内

フェリーからの眺め。国旗で飾られた市庁舎と中央銀行。

今日は9月9日、トルコ語では9 EYLULと言います。イズミルでは9 EYLUL大学、9 EYLU急行、9 EYLUL広場、9 EYLULゲートなどこの日にに因んだ名前をたくさん見ることができます。サッカーなどの試合で赤地に白の月星マークのトルコ国旗は欠かせない光景、ふだん国民の祝日でも国旗がアパートのベランダから翻っていますがこの日のイズミルは祝日以上にたくさんの国旗がはためきます。


海岸通沿いのアパートにもたくさんの国旗が。

10数年前のこの時期に初めてトルコのイズミルを訪れた時も、ホテル前の共和国広場を囲む建物に巨大で真っ赤なトルコ国旗を見た時の興奮は今でも忘れられません。


第一次世界大戦に巻き込まれたトルコはスルタン家が英仏と結んだセーブル条約で国土分割の危機にさらされます。1919年5月にはギリシャ軍がイズミルに上陸しエーゲ地方を支配下に置きます。セーブル条約の無効を訴える軍人ムスタファケマル(後のアタトュルク)に対しイギリスはギリシア政府に鎮圧を要請し、ギリシア軍はアナトリアに侵攻します。そこでムスタファ・ケマル率いる国民軍はギリシア軍を撃退すると追撃に転じ、ついに1922年9月9日、イズミルをギリシア軍から解放するのです。その後国民軍はイスタンブルに迫り、オスマン家最後のスルタンはトルコを脱出、アンカラの議会が共和政を宣言し、ムスタファ・ケマルはトルコ共和国の初代大統領となったのです。


アタトュルクの登場!TV画面より。

イズミルをギリシャ軍、西欧列強の支配から奪回した9 EYLULはイズミルはもちろん現在のトルコ共和国にとっても重要な日、毎年この日には共和国広場で、またイズミル解放にゆかりのある各地で記念のセレモニーが行われます。学生たち、騎馬兵隊、空海陸軍、警察、治安部隊、消防、新月社などのパレード、そしてアタトュルクがイズミルを解放し民衆の喜ぶ様子を劇仕立てで見せ、最後にはトルコ空軍の精鋭Turk Yildizlari(トルコの星達)によるアクロバット飛行で幕を閉じます。今日は新イズミル国際空港の開港式の為にイズミル訪問中のタユップ・エルドアン首相も参列していました。


騎馬兵隊のパレ-ド(2003年に撮影)

今年は会場に行くことはできなかったのでTV見物。実は私が一番楽しみにしているのは最後のアクロバット飛行です。その時間にはそそくさと屋上へあがって青空に見事な弧を描くTurk yildizlariを眺めました。私と同じようにベランダ観覧の人たちの嬌声や拍手に私もちょっと胸が熱くなりました。


赤と白の弧を描く飛行機。かっこいい~!見えますか?

Turk YildizlariのHPです。

http://www.turkyildizlari.hvkk.mil.tr/turkce/indexyeni.htm




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12 DEV ADAM(オニキ デヴ アダム)

2006-09-01 20:21:36 | Weblog


試合中継をしているトルコのTV局NTVによる大会マーク。
お相撲さんがバスケットボールをしています。かわいくてお気に入り。



日本で開催中のバスケットボール世界選手権、盛り上がっているのでしょうか?
日ごろあまりスポーツニュースなど見ない私もここ数日トルコチームの健闘、しかも日本での活躍に胸を熱くしています。

バスケットのトルコ代表チームのことを12 DEV ADAMと呼びます。DEVとはトルコ語で「巨大な」と言う意味があり「でっかい12人の男たち」と言った感じでしょうか。にわか調べを(?)したところによるとトルコチームは2005年FIBAヨーロッパ選手権(ユーロバスケット2005)では、予選ラウンドで敗退しましたが、次回世界選手権開催国!でもあり、FIBAによる2006年FIBAバスケットボール世界選手権ワイルドカード(FIBA招待枠)チームとして出場を果たしたのだそうです。予選ではギリシャに負けたものの4勝、グループC2位でファイナルラウンド進出を果たしました。5-8位決定試合では残り時間3分でアテネオリンピック4位のリトアニアに12点の差をつけられていたにもかかわらず猛攻撃で同点で終了、延長の末95-84で勝利しました。

トルコのサッカー選手たちはなんとなくむさくるしくて汗臭いイメージがあるのですがこのDEV ADAMたちの爽やかなこと!9月2日のフランス戦では5位をかけて戦います。



下のリンクをクリックすると2001年ユーロバスケット「12 DEV ADAM」のとっても楽しい応援CMが見られます。
歌は前々回のユーロヴィジョントルコ代表のアセナ。

http://www.youtube.com/watch?v=71KFKopOX1w



9月2日の5-6位決定戦で我がトルコチームは健闘むなしくフランスチームに64対56で破れ6位に終わりました。



ところでそのむさくるしいサッカー選手の話題、日本の稲本選手がトルコのサッカーチーム古豪ガラタサライにやって来ました。トルコで初の日本人選手、イズミルの地元紙では「ISTE SAMURAY(これが サムライだ)!」という見出しで稲本選手を紹介していました。ぜひ活躍して欲しいですね。

イズミルの地元紙「YENI ASIR」稲本選手の記事






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