イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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CEMRE(ジェムレ)

2012-02-26 14:58:10 | イズミル暮らし・イズミル案内

今年はずいぶん寒い冬でした。イズミルには春の足音が聞こえてきました。久しぶりの青空を嬉しく思えるこの頃。日本の暦でも雨水が過ぎてもうすぐ啓蟄、トルコにはCEMRE(ジェムレ)という言葉があります。

 

Wikipediaによると「ジェムレ(トルコ語:Cemre)は、トルコの古い迷信で、春の予兆を表す言葉である。ジェムレが空から三回落ちたら春になると信じられている。ジェムレは、まず空気中に落ち、ついで水の中に落ち、最後に大地に落ちる。ジェムレとジェムレの間隔は7日間で、それぞれ、2月19〜20日頃、2月26〜27日頃、3月5〜6日頃のこととされる」とあります。

今日くらいには2回目のCEMREが水の中に落ちるのでしょうか。土曜日の午後たまたま私達と同じくKONAK(コナック)方面へ行く友達親子に遭遇、地下鉄の駅へ向かっていたのですが、あまりにも天気がよくて気持ちがいいから「歩いていこうか?」と言うことに。寒くもなく暑くもなくぶらぶらと歩きました。

KONAK(コナック)のフェリー乗り場や時計塔のあるKONAK広場あたりは春を心待ちにしていたイズミルっ子たちが全員でてきたのではないかと思うほどの人出。途中で友達と会っていたECEMの手には風船がありました。

晴れた日が続くようになって、日が暮れるのも少し遅くなり、西の空が赤く染まる頃うっすらと筆で刷いたような新月とともに一際明るい金星が西の空に見えるのにお気づきでしょうか。我が家のキッチンの窓からもこんな空が見えます。特に24日には月と金星、木星が一直線に並び本当にきれいでした。CEMREが大地に降りる3月6日頃、今度は火星が地球に最接近するそうです。東の空に一際明るくオレンジ色に輝く火星を探してみましょうか。

 

 

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SEHZADELER SEHIRI MANISA(シェフザーデ・皇子の街マニサ)

2012-02-21 20:40:52 | Weblog

オスマン帝国の時代、スルタンの息子SEHZADE(シェフザーデ)達が住んでいたMANISA、イズミルのお隣の県ですが、今まで通り過ぎただけでした。先日雪を見に出かけた時、少しだけ街の中を歩いてみました。日曜日だったせいもあってか静かで落ち着いたたたずまい。町の中心部には立派なCAMI(ジャーミー=イスラム教の寺院)が多く見られました。

このCAMIはMURADIYE CAMII(ムラディイェジャーミー)。スルタンムラト3世の名によりオスマン帝国時代の教育機関として作られました。設計はかの有名な建築家MIMAR SINAN(ミマル シナン)のものだそうでオスマン帝国時代の最も美しい建築様式が取り入られているそうです。現在は学校部分はマニサ博物館として使われています。このように一部にはお店が入っているところもありました。

MURADIYE CAMIIと向かい合うようにして建っているのはSULTAN CAMII(スルタンジャーミー)。敷地内に入って、その女性的な美しい装飾に驚きました。こんなにかわいらしい絵の書いてあるジャーミーを見たのは初めてです。いったいどんなCAMIなのだろうと説明書を読んでみると、壮麗帝もしくは立法帝と呼ばれたスルタン・スレイマンの母HAFSA SULTAN(ハフサスルタン)の名がつけられていました。スレイマンがスルタンになる前に藩主としてマニサで任務についていた時から建設が始められたそうです。

イスラム教徒は日に5回お祈りをするのですが、その時間にはCAMIでお祈りを呼びかけるエザーンが詠まれます。このCAMIの壁にかけられたこの石版の様なものは、そのお祈りの時間を知るための日時計なのだそうです。木などの日陰にならないようにこの場所にかけられているのだとか。

このスルタンスレイマン、今トルコでは「MUHTESEM YUZYIL(華麗なる世紀)」と言うタイトルのドラマで一躍ブームになりました。美しい妃HURREM(ヒュッレム)や母后をはじめとするHAREM(ハレム)の世界、スレイマンの片腕大宰相IBLAHIM(イブラヒム)達やイェニチェリ達、そしてハンガリーを初めとするヨーロッパ諸国への遠征などの物語がくりひろげられています。衣装やセットにもかなり力がはいっておりそれを見るのも楽しみになっています。

                ハマムで身体に巻く布が干してありました。

と言うわけもあってかこのSULTAN CAMIIも美しく修復がされ、病院、ハマム、救貧院、学校などに使われた建物を見ることができます。ハマムは現在も営業中。学校の建物はCAFEになっており、ドラマ「MUHTESEM YUZYILI(華麗なる世紀)」のポスターが広告になっていました。

またこのCAMIでは毎年3月に、MESIR MACUNU(メシル マージュヌ)が市民に配られることでも有名です。MESIR MACUNUはHAFSA SULTANが病気になり、どんな治療を施しても効果が見られなかった時にある医者が41種類の植物や香辛料を調合して作ったペーストで快癒した為、一般民衆にもこのペーストをとCAMIから配られ始めました。毎年この時期にはスルタン達の装束をまとった人たちがこのMESIR MACUNUを投げ、それを取ろうと市民達が取り合いをする光景は日本の節分の豆まきを思い出させます。

この近辺は街並みもなかなか趣があり、石畳やCESME(チェシュメ=泉水)も見られます。1825年頃に作られたというYENI HAN(イェニハン)も2004年にこのように修復され、現在ではカフェやおみやげ物を売るお店がテナントとして入っていました。日曜日のせいでシャッターを下ろしたお店がほとんどでした。今度はゆっくりと平日にSEHZADEの街を歩いてみたいものです。

 

 

 

今朝の空は雲がきれいでした。

   

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SEFIKA KUTLUER(シェフィカ クトゥルエル)

2012-02-16 13:16:49 | イズミル暮らし・イズミル案内

雨の降る夜、KONAKのELHAMRA SAHNESI(エルハムラ舞台)と言う国立オペラバレエの劇場へ出かけました。この日のソリストはフルート奏者のSEFIKA KUTLUER(シェフィカクトゥルエル)さん。アメリカのレコード会社が「フルートを吹く為に神がつくられた選ばれし人物」と評したそうですが、私達もその音楽のすばらしさに、音色に、そしてSEFIKAさんのお人柄にあっという間に魅せられました。

イズミル在住のお琴奏者末冨敦子さんが、昨年SEFIKAさんと共演されたことが縁で今回のコンサートに私たちも誘っていただきました。第一部がSEFIKAさんをソリストに迎えての演奏です。「ヘンデルのメサイア」「ピエトロモルラッキのスイスの牧人」そして現在闘病中だというメキシコの作曲家Jose L.Elizondoの楽曲2曲を演奏されました。

不肖私、小学校から高校までブラスバンドでフルートを吹いていたのでSEFIKAさんと一緒になって吹いている気分になってしまいました。その超絶技巧!はすばらしくもちろんとても真似のできるものではありません。でもまたフルートを吹きたいなあと思いました。SEFIKAさんは、トルコのクラシック音楽のコンサートで数少ない観客を呼べる演奏家だそうです。

第二部はモーツァルトのオペラ「後宮からの誘拐」、ロッシーニの「セビリアの理髪師」、そしてFerit Alnar(フェリトアルナル)と言うトルコ共和国草創期に西洋音楽を導入した作曲家、指揮者の「二つの舞曲」でした。常任指揮者のIBLAHIM YAZICI(イブラヒムヤズジュ)さんが演奏前にそれぞれ簡単に楽曲の説明をしてくれたのでわかりやすく音楽に入ることができました。

このコンサートは、TURGOK(トルコ視力障害者図書館)とIZDSO(イズミル国立交響管弦楽団)によるチャリティーコンサートでした。目的はTURGOKの図書の充実、そして点字書籍の貸し出しシステムを軌道に乗せること。TURGOKの創設者であるGULTEKIN YAZGAN(ギュルテキンヤズガン)氏は、11歳で視力を失いますが、教師として弁護士として働いた後、2004年にTURGOKを設立しました。コンサートの9日前に残念ながら生涯を閉じられましたが、このコンサートにはその遺志を継ぐ夫人と息子さんがいらしていました。

終演後、末冨敦子さんにくっついてSEFIKAさんにご挨拶、そしてCDにサインまでしていただきました。クラシックのコンサートってやっぱりいいですね。

 

 

Tango曲が収録されたCD。

    

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DAMLA ve ECEM(ダムラとエジェム)

2012-02-11 14:04:12 | イズミル暮らし・イズミル案内

近所に住む友達の娘ECEM(エジェム)とその従姉妹DAMLA(ダムラ)は、日本のアニメ大好きな高校生。昨年の「SEVGI KOPRUSU PROJESI(愛の架け橋プロジェクト)」や「折り紙のフラワーバスケット」など、いつも私を喜ばせ幸せにしてくれる若い友人です。バイラム(イスラムの祝日)や新年にもわざわざ二人揃って挨拶をしに来てくれます。

今回は、夫が二人を喜ばせたいと日帰り旅行を計画しました。夫はセルチュクにあるマケットキョイ(模型村)が大好きで、最近は誰でもそこへ連れて行きたがります。と言うことでセルチュク方面にある観光地と来ればスタンダードにエフェスやシリンジェ、トルコの学校は日本のように修学旅行や遠足などの行事があまりないのか、二人とも行った事がないと言います。

次に日程を決めるのがまた大変。建築家を目指すDAMLAはこの夏大学入試を控えた高校4年生、学校の授業の後はもちろん週末も塾へ通っており予定のない日がまったくない状態。ちなみにECEMは幼児教育を専攻したい高校1年生です。二人の予定があいているのは1月末から2週間あったSOMESTRE TATIL(学期休み)の最後の3日間だけでした。

雪が降ったり雨が続いたこの冬のイズミル、この日はぽっかりと太陽が出て小春日和の絶好の遠足日和でした。小さな村シリンジェは、最近観光化著しく、狭い山道を大型バスが連ねてやってくるようになってしまったので、混まないうちにと最初に訪問。山肌にへばりつくシリンジェの家々の景色は変わらないけれど、村の中心のお土産屋さんやカフェは来るたびに増えて京都の三年坂かと思うような混雑ぶり。それでも村の中に入っていくと、昔と変わらぬ家畜と共に暮らす人々の生活が垣間見られます。どこで見ているのか、家の中から「山で採れたKEKIK(タイム)があるよ」とさりげなく商売に精を出すおばちゃんもいます。

エフェスは、もう本当に20回くらい行ったでしょうか、いつ行っても青空と華麗なケルスス図書館のコントラストに見とれます。この日は日本人と韓国人ツアーが次から次へと来ていました。

ハドリアヌス神殿前で日本人ツアーが立ち止まってガイドさんの説明を聞いている間、私達も一休み。二人が座っていた石の上にツアーの一人の女性が座りました。DAMLAが少し詰めて場所を空けてあげるとその女性が「ああ、ありがとうございます」と丁寧に日本語でお礼を言いました。DAMLAは即「ドウイタシマシテ」と日本語で返答。女性は「あらあ、日本語がお上手なのねえ」とびっくり。

日本のアニメ効果はすごい!もちろん彼女達が見ているアニメはトルコ語字幕がついているそうですが、字幕と会話を合わせて見ているのでこんな挨拶程度の日本語は知っているのです。アニメ友達同士でFACEBOOKで会話しているのを見ると「oyasuminasai」とか「Damla chan」とか書いているので笑ってしまいます。でも見知らぬ日本人と話すのは初めてでしょうに、咄嗟に口を突いて日本語が出てくるというのはやっぱり若さかなあ。夫はこの日一日中「若いっていいねえ」とつぶやいていました。

最後にマケットキョイを訪問してすべてのスケジュールは終了。帰り道に私達がこちら方面へ行く時に立ち寄るロカンタ(レストラン)で食事をしたのですが、このロカンタは幹線道路からちょっと道を離れたところにあって個人で造った池や滝があります。そこで見たこの光景この日一番の感動だったのですが、皆さんいかがでしょう・・・。

木の枝に止まっている鶏たちなのですが・・・。鶏のこのぽったりした体型?と木の枝がなんだか似合わないと思うのは私だけでしょうか。でもそう言えば「ブレーメンの音楽隊」でも鶏は一番上に乗っかっていましたね。

貴重な休みの日を私達と一緒に過ごしてくれたDAMLAとECEM、どうもありがとう。あとでECEMの両親に「もういつでも二人ともあげるから持ってっていいよ」と言われました。

 

 

ざくろまでトルコ国旗をつけています。

    

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KARDAN ADAM

2012-02-06 15:00:22 | イズミル暮らし・イズミル案内

世界中から大寒波のニュースが聞こえてきます。日本でも3m4m積もっている豪雪地帯の方々の生活が案じられます。トルコでも村への道が閉ざされ急病人や妊婦さんが救急ヘリコプターやラッセル救急車で大きな町の病院に搬送されると言うニュースや玉突き事故などのニュースが続きます。ただちょうど学期休み中だった子供達だけにはよい楽しみとなったことでしょう。

イズミルにまともな雪が降ったのはなんと21年ぶりのことだったそうです。7時ごろから降りだした雪は瞬く間に石炭ストーブの煤で煙る町に雪化粧を施してくれました。ちょうどパザル(週一度の青空市)の日だったので、出かけようかなあ、何もこんな日に出かけなくてもいいか、と葛藤の後、雪景色のパザルを写しに行こう!と雪だるまのように着込んで出かけました。

外へでると酔狂なのは私だけではなかったようで、カメラを持った人や雪ダルマを作る子供達、初めての雪を赤ちゃんに見せる人たちなどで大賑わい。町の雑音が消えてしーんとする中に大人も子供もはしゃぐ声が響いていいものです。

少し小ぶりになってから出かけたせいか、パザルは意外にも大賑わい。さすがに身体の芯から冷える寒さで売り場の人たちは焚き火をして暖をとっていました。出店もいつもより少な目のせいで歯の欠けた販売台の間には雪ダルマがいました。トルコ語で雪ダルマのことをKARDAN ADAM(カルダンアダム=雪から(つくった)人)と呼びます。

雪と寒さを楽しみながらぶらぶらして家に着いたら2時間近くが過ぎていてびっくり。ずいぶん歩いたせいで身体も温まりました。雪が降ってイズミルっ子の喜びようは尋常ではありませんでした。イズミル中でKARDAN ADAMが作られましたが、秀逸は下の逆立ちKARDAN ADAM。twitterのおかげで世界中をこの写真が飛び回ったそうですよ。こういう柔軟な発想はさすがトルコ人!なんでもイズミルのエゲ大学体育教育専門学校の学生さん達が作ったそうです。

 

 

 

    

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GULE GULE(さようなら)

2012-02-01 11:36:17 | イズミル暮らし・イズミル案内

トルコ語で「さようなら」は見送るほう、見送られるほうにそれぞれの表現があります。「GULE GULE(ギュレギュレ)」は、「笑って笑って」と言う意味で見送るほうが出かける人に使う言葉です。旅立つ人にだけではなく、仕事へ行く人へも、家へ帰る人にも「GULE GULE」。姪っ子ビルテンは小さい時からいつも反対に言って笑わせてくれましたが、今は妹エリフが同じことをしています。

前置きが長くなりましたが、このGULE GULEは月曜日にイズミルから日本へ帰って行ったN家の皆さんへ。まだまだと思っていたお別れの日がついにやってきました。前日に夫が朝までかかって作った思い出アルバムのCDを見ると2年間でも結構色々な思い出を共有したんだなあとほろりとします。海外にいるせいなのか、別れは送られるほうよりも残るほうが寂しいような気がします。ホームシックなわけではないけれど日本の生活に戻るんだなあとちょっとだけうらやましいような取り残されるような、そんな気持ちになるのです。 出発前の週末にはJIKADの会長宅で有志18人が集まって歓送会がありました。

2010年JIKADの発足の年に来土、ちょうど「トルコにおける日本年」だったこともあり様々な行事に参加されたN一家、JIKADのメンバーにとっても忘れられない日本の友となることでしょう。気心の知れた18人での歓送会は、穏やかな冬の日差しの下でマンガル(BBQ)や会長はじめみんなの持ち寄りのご馳走を頂きながら楽しくて、いつまでもこの時間が続けばいいのにと思うあたたかい雰囲気でした。

出発の日、空港で涙のお別れかなと思っていたのですが、トルコらしく色々バタバタがあり慌しいお別れでした。と思っていたら更にバタバタは続き、おりしもトルコ全土を襲っているシベリア寒波の影響かイズミル発の飛行機が3時間近く遅延、イスタンブルに到着した時には既に成田便は飛び立った後・・・。結局その日はイスタンブルに泊まり翌日の便に振替えられてやっとのことでトルコを離れることができたようです。

                                         マンガルの締めは焼き栗

イズミルは雪はありませんが、おとといの夜はマイナス9度にまで下がったそうです。イスタンブルは大雪で交通網まひの大混乱。空港は夜を徹しての除雪作業が続けられていますが、それでもキャンセルになる便も多く、空港周辺のホテルはどこも満員で空港で夜を明かす羽目になった人であふれかえっているようです。

                                 JIKAD会長から記念のプレート贈呈。

そんな混乱の中、ホテルから「最後の最後まで、『予測の不可能なトルコ』を満喫中のN家、雪のイスタンブルで疲れをとっています。あと2時間程したら空港へ向かいます。今日は無事にトルコの大地から飛び立てるとよいのですが」とメールが届きました。すんなり帰ることができていたらかえって物足りなかったかもしれないそんなトルコからGULE GULE、N家の皆さん!また会いましょう。

 

 

2月2日、朝の7時過ぎからついにイズミルにも雪が降りだしました。外では子供も大人もちょっぴり積もった雪をかき集めて雪投げしています。静かな朝、はしゃぐ声が響きます。

 海が見えません。

 

 

 

 

エリフ5歳になりました!

    
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