イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

MUTLU YILLAR(幸せな年を)

2006-12-31 00:30:34 | Weblog
いよいよ今年もあと1日。この「イズミル便り」を始めて1年と4ケ月あまりが過ぎました。ブログを通して知り合った多くの大切なお友達、そしていつも変わらず遠くから見守ってくださる日本の皆様、今年一年どうもありがとうございました。2007年が皆様にとって健康でお幸せな年となります様お祈りいたします。ご家族と、また大切な方々と楽しいお正月をお過ごしください。
 

イズミルの年末風景です。
12月29日に、街を歩いた時の写真です。ショッピングセンターには大きなクリスマスツリー、トルコは新年を祝うために、クリスマスの飾り(?)が駆り出されます。



IZMIR FUARと言う見本市会場では、ちょうど贈答品見本市が開催中でした。やっぱり中国製品が幅を利かせています。

  

見本市会場で「OSMANLI MACUNU(オスマン帝国時代の飴のようなもの)」を売る人。



イズミルの旧市街と言った風情のBASMANE(バスマネ)地区。夕暮れが近づいていつもと違うイズミルの顔を見たような気がしました。



TCDD(トルコ共和国国鉄)の「バスマネ駅」。高速鉄道を走らせるためにイズミルでは線路補強や高架化等の工事が続いています。駅舎は一足早く化粧直しが終わったようです。



そしてちょっと恥ずかしいのですが我が家の窓も飾ってみました。








それでは良いお年を!→    

ARAC MUAYENESI (アラチ ムアイェネスィ=車両検査)

2006-12-28 06:56:33 | Weblog

我が家のKangoo号。アンカラナンバー06です。

私は日本でも運転免許を持っておらず車とは縁のない生活をしていたので車やそれにかかわることには全く知識がありません。もし間違ったことを書いていた場合はご容赦を。
そんな私でも「車検」と言う言葉は聞いたことがあります。日本では普通何日か整備工場へ持ち込んで点検、整備、車検を通してもらうのではないでしょうか。車検に結構な費用がかかることや税金を払う為にボーナスをはたいたと言う話も聞いたことがあります。



トルコでこれと同じシステムはあるのでしょうか?ARAC MUAYENESIというものが毎年あります。直訳すると「交通手段検査」とでもなるのでしょうか。うちは毎年12月に居住地管轄の「国道第2地域管理局車検ステーション」と言うところへ車を持ち込みます。さてこのARAC MUAYENESIなるもの、公道へ車が出て事故のないように車がちゃんと走る状態かどうか検査をするものだと思いませんか?車って目で見ただけで正常かどうかわかるものなのでしょうか。そりゃあ運転をする者として毎回乗る前や運転しながらチェックはするでしょう。交通ポリスが整備不良車には罰金を科すでしょう。だから車検ステーションではもうちょっと専門的な詳しい検査をするんじゃないの?と思っている皆さん、それはトルコでは間違いです。トルコのARAC MUAYENESIは例のHARACならぬHARCを国が合法的に徴収するためのもののような気がしてきました。


GWやお盆の日本の高速道路みたい。


ここで手数料を払ったら別の建物で認証印をもらいに走ります。忍耐の2時間。

さてこの日は9時半に車検ステーションへ到着、既に車は長蛇の列です。待つこと2時間でようやく車検の場所へ近づきました。車検を受ける前に車検手数料と言うものを出納で収めて、更に認証印を他の建物でもらってから車検に臨まなければなりません。ここで罰金や税金の未納分がないかどうかをチェックされます。ここも長蛇の列。でも車の列は遅々としながらでも進んでいるわけで車を動かし、更に支払いの列にも並ばなければ車検を受け付けてくれないのです。運転手のほかに私のような暇人同行者がいれば、その人が支払いの列に並べばすみますが、一人で来ている人は車がずりずりと動く時に車へ走り戻って数メートル前進させ、またまた順番を空けてもらっておいた支払いの列に走って戻る、と言う漫画のようなことを何度も繰り返していました。トルコのお役所仕事の典型です。案内板も指示もないので一般人は走り回り疲れ、担当者は動かずにその場で横柄な態度。わけのわからない一般人はお互いに八つ当たり、一般人同士であちこちでけんかが始まります。

2時間並んでめでたく我が家の車も車検場へ。担当官の発した言葉は「ブレーキ踏んでー」「方向指示器をつけてー」「左ー」「もっと強くー」以上でした。あとはボンネットや運転席を空けさせて改造車ではないか等チェック。ものの2分で終了です。一瞬の出来事で写真を撮るのも忘れました。

 
やっと順番が。でも2分で終わります。

我が家の車はルノー社のKangoo、トルコではKAMYONET(小型トラック)扱いになります。だから車検も年1回、普通の乗用車は2年に1回のようです。若干税金なども高くなります。ちなみに年間支払っている税金などは下記の通り。高いです。もちろんこの他に保険があります。しかもトルコは今や世界一ガソリンが高い国の一つです。夫は毎年「もう車売っぱらう!どこへ行くのもタクシーを使ったほうが安い!」と怒っています。

税金 2月333.61YTL、7月329YTL
車検手数料 年1回96.70YTL
排気ガス検査料  年1回14YTL
合計 773.31YTL(約65.000円)


※保険(kaskoとtrafikの2種類でうちは最近事故ってないので) 年間約500YTL。 






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パザルで目が合った。

2006-12-25 06:31:24 | イズミル暮らし・イズミル案内

パザルで買った美しい野菜やくだもの、いつもほれぼれします。

週に一度のパザル(青空市)を歩いていてぱっと目に入ってきた懐かしい顔!友達ではありません、白菜です。ある野菜を売る屋台の前に積んでありました。他の野菜を買う時は何軒かの店を回り値段や鮮度を見比べてから買うようにしていますが、これは迷うことなく一言「これください!」。以前も大きなスーパーで高級野菜コーナーにもやしやカット野菜などと一緒に売っていたのを買ったことがありましたが八百屋やパザルで見たことはありませんでした。しかもこの綺麗な姿どうですか?嬉しくなってしまいました。値段を聞くとなんとこんなに大きくて1個1YTL(約82円)です。




この白菜の美しさ、芸術品のようだと思いませんか?

パザルでは魚も売っているのですが、鮮度はともかく清潔度の点でちょっとね~とまったく買う気はなかったのですがこの日はまたまたバチバチっと魚屋の前で火花が。この魚と目が合ってしまったのです。名前を聞くとMEZGIT(メズギット)、家に帰って辞書で見てみると「コダラ」とありました。私は鱈が大好きなのですがトルコではまだ鱈を見たことがなくいつも行く例の魚屋で聞いても「名前は知っているけどこの辺では見ないねえ」と言われていました。これまた迷わずお買い上げ!





1キロ5YTL(約400円)だったので500g8尾を買いました。二人には充分です。
この夜はMEZGITを片栗粉で揚げて醤油と酢と砂糖の甘辛たれで頂きました。



白菜にコダラとはいえ鱈と来れば鍋物でしょう、と言うことで翌日大きなマーケットへ行ったついでに大根(高級野菜コーナーから)を買って(でも1本80円足らずでした)鍋の準備。前日2尾だけ残しておいたMEZGITと隠しておいた貴重な干ししいたけとこれまた大切なうどんを大判振る舞いしました。アチアチとふうふう言いながら食べる鍋はおいしいですね~。夫は秘蔵の日本酒を出してきて珍しく晩酌でした。 


仕上げはうどんです。

この週は白菜週間、このほかの日も八宝菜や白菜サラダと白菜づくし、最後に残った白菜は漬物にしました。久しぶりのJAPON MUTFAK(日本の食卓)で、なんだか日本が恋しくなってしまいました。


あの峠の釜飯「おぎのや」でもらってきた釜で漬けました。



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PRIENE,MIRETUS,DIDIM(プリエネ、ミレトス、ディディム)

2006-12-20 23:00:02 | 


2ケ月以上もたってしまいましたが、10月の上旬に日本から友達が来てくれた時のことを今頃更新。私よりも数倍トルコ通の彼女、短い休暇の3日間をイズミル訪問に割いてくれました。イズミル周辺で日帰りで行けるところということでクシャダスから更に南へ行ったところにある3つの遺跡プリエネ、ミレトス、ディディムへ行くことにしました。ラマザン中だったこともあり、4時半に起きて一緒にサフル(一日の断食前の最後の食事)をとりそのまままだ暗い6時半に出発と言う日本人ツアーも真っ青なハードスケジュールです。

 プリエネ、アテナ神殿の後ろにそびえるミカエ山。

クシャダスを通り過ぎショケからプリエネへ。プリエネは紀元前300年頃イオニア人による最古の計画的な都市設計がなされた格子状の町並みで知られているそうです。劇場跡、競技場跡等地図を見ながら探すのも楽しみです。聳え立つミカレという山と松の緑を背景にしたアテナ神殿、松林の中を歩くだけでフィトンチッドが胸いっぱいの森林浴。

   
劇場跡。貴賓席の装飾がいまだに残っています。     松の落ち葉を踏みながら森林浴。
  
                        
               まだまだ若い?高いところは登らずにいられないタイプ。飛んでます。

プリエネから約22キロ南にあるミレトスはローマ時代の初めまでこのあたりの最も大きな港湾都市で交易と政治の重要な場所であったそうです。大きな劇場の後ろにはピザンチン時代の城壁が残り、歴史の流れを感じます。劇場の後部からはアゴラや隊商宿、かつての港の名残などを一望でき当時の繁栄を偲ぶことができました。


ミレトスの大劇場から見渡す遺跡群。

ディディムはギリシャのデルフィと並ぶ信託のメッカとして栄えていたそうです。神のお告げを参拝者に告げる神官だけが住んだことから上記の二つの遺跡とは異なり街として栄えませんでした。



 

アポロン神に捧げられたという巨大な神殿は今も当時の威容を想像できます。神官たちはどんなことを告げたのでしょう、そして人々は何を求めてはるばるディディムへと足を運んだのでしょう。


神官はここで聖水を飲んで神託を告げた?


レリーフの美しさ、いにしえ人の技術の素晴らしさ。

予想していたよりも早くにディディムまで行けたので最後にBafa(バファ)湖へ向かいました。かつてエーゲ海はこの辺りまであったそうですが、今は一部だけが切り取られ湖として残っているのだそうです。ヘラクレイアと言う遺跡と自然の岩石が絡み合った異様な光景と深い水を湛えた湖、そんな神秘的なイメージで訪れたのですが、村の入り口でいきなり入村料1人5YTL(夫は3人のところを2人分に値切った)をぼったくられ、村に入るなりパザルのトマト売りのおじさんやスルタンアフメットの絨毯売りをもしのぐ強烈、押し付けがましい村のおばさんと娘に英語とドイツ語の単語を並べただけの3分間ガイドを聞かされた後は、ひたすら自分達が作った手芸品や蜂蜜などの押し売り口上を聞く羽目に。人気のない静かな神秘的な湖を見たかったのに…景色を眺める気もなくなってしまいました。どうにも解放してくれそうにないのでこういう時気の優しい夫は蜂蜜を買っていました。買うことない!と私は思うんですけどね。

帰り道は、睡眠不足がたたった夫、ハンドルを握りながら眠りそうだったのでショケに新しくできたアウトレットセンターで休憩、夫は一眠りをし私達はちょっと買い物をした後はそこのレストランでイフタル(その日の断食を明ける)の食事をしてイズミルへ戻りました。Bafa湖ではぷんぷんだったけれど(今思い出してぷんぷんになった)久しぶりの彼女とのトルコ旅はやっぱり楽しい、また一緒に行こうね!




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DIL BALIGI(ディル バルウ=舌平目) 

2006-12-15 06:08:34 | Weblog

我が家ご用達(?)の魚屋さんの店頭。

日本にいる時はだいたい魚と肉が交互に夕飯の食卓に上っていましたがトルコでは野菜中心の食生活で、肉を使うときも野菜と一緒に料理することがほとんどです。海が見える生活をしているわりには日本にいた時よりは魚が食卓に上る回数が格段に少ない我が家、でもいざ「今日は魚!!!」となると妙に力が入ります。


何の魚かわかりますか?

「今日は魚買って来ようか?」と夫が言ったり「今日は魚を買ってきたから夕飯食べにこない?」と義妹からお誘いがかかったり、何となく魚を食べる日は「晴れの日」ウキウキになるのです。義妹の家ではいざ買うとなると3キロは太っ腹で旦那さんが買ってくるので、魚のみ!スープもピラフも無し!付け合せに玉ねぎを丸ごととロカ(ルッコラ)をどんと食卓に出してひたすら魚に食らいつくと言う感じになります。



先日、出かけた先からの帰り道、遅くなっちゃったけど夕飯何つくろうかなあと思っていると「魚買って帰る?」と言う天の声、じゃなくて夫の声。異論があるわけがありません。我が家ご用達の魚屋さんへ足取りも軽く向かいました。うちの近くには2軒の魚屋さんがありますが、1軒は愛想のないオジサンが煙草を片手に突っ立っていて入る気になりません。お客さんがいるところもあまり見たことはありません。


この夏改装をし、お客さんの目の前のシンクではらわた等の処理をしてくれます。

もう1軒の我が家ご用達魚屋はお父さん、お母さん、アスケル(兵役)から最近帰ってきたお兄さんと弟の一家4人が総出で一日中店に出ています。その日にとれた魚をお昼過ぎに店に並べ始めます。お客さんが絶えず、週末は張り切って魚を買いに来るおじさん達でいっぱいになります。笑顔の絶えない親子4人、水が冷たい冬の日でも店先で鰯のハラワタ抜きをしています。


魚屋さんで既にここまできれいにしてくれます。

この日は、何となくDIL BALIGI(舌平目)が食べたい気分。よく買う鰯は時間が遅かったせいもあって売り切れ、1キロ30YTL(約2.400円)のものを2尾買いました。(高~っ!)


Afiyet olsun......美味しかった~。

塩胡椒をして小麦粉をはたいて、ちょっとたっぷり目のバターでムニエルにしました。こんな時はやっぱりお箸の出番です。骨しか残らないくらいにきれいに身をとる私を見て「上手に箸使うね~」と夫。久しぶりにトルコ料理っぽくない味が嬉しく、お刺身にしてもいいくらい新鮮な舌平目でした。





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JAPON (ジャポン=日本人)

2006-12-11 08:21:54 | Weblog
ある日夫がPCに向かってこそこそメールを書いているのでのぞいてみると「イズミル眼鏡屋組合」宛、「KONAKでこういう看板を見かけた云々」と言う抗議のメールでした。こういう看板と言うのは

            

             

Japon musun?Miyop mu?(日本人ですか?近眼ですか?)と書いてあります。…関係ないけど珍しく雨で地面が濡れているイズミル。

どう思われますか?トルコ人って日本人が好きなのか馬鹿にしているのか何か珍しいものとか変わったものがあるとすぐにJAPONと言いたがるようです。例えば瞬間接着剤のことはJAPONだし、あるメーカーの爪楊枝やひまわりの種の名前はJAPONです。赤い金魚のこともJAPON魚、私も町を歩けば「JAPON」と囁かれ、注意を引くために「チンチャンチョン」と言われ、これが毎日のことになるともう外を歩くのがイヤになることもしばしば。

最近は一緒に歩いている友達まで「皆があなたを見る」「何でJAPONって言わないと気がすまないのかしら、失礼よね」「頭にくるわ~」と私よりも怒ってくれます。以前、夫の職場の近くを歩いていると不動産屋の親爺がじろじろと私を眺めながら隣にいた親爺に「JAPONかね?ふううむ、JAPONだな」と言ったのに腹を立ててすぐに夫に言いつけると夫もその親爺の知り合いに「失礼だ」と文句を言いに行ってくれました。するとその不動産の親爺、夫のところへわざわざやって来て「いやあ誤解だよ、あんたの奥さんが通った時にちょうど瞬間接着剤(JAPON)のことを話していたのさ」とのたまったなんてことも。


それにしても日本人のイメージこれですか~?


さてこの看板はKONAKと言うイズミルの一番の繁華街にある眼鏡屋さんの看板です。書いてあることは「日本人ですか?近眼ですか?」。夫が一人で歩いている時に見つけたのだそうです。私は不快に思うよりもまずどういうつもりで作ったのか聞いてみたいと思いました。夫の同僚がやはり見て「奥さんをKONAKに連れて行かないほうがいいよ」と忠告してくれたとか。と言うことはやっぱりトルコ人もこれは日本人には失礼じゃないの?と思うということでしょうか。眼鏡屋の広告なのだから眼鏡をかけようと言うことだと思うのですが、傘をさしている日本人風の女性、何を言いたいのかわかりませーん。この広告の意図するところを教えて~。

夫の抗議メールに対して「イズミル眼鏡屋組合」は「この広告主の住所を知らせてください、必要な処置を行います」と返事を送ってきたそうです。



後日談、眼鏡屋組合曰く、眼鏡屋組合にはこの眼鏡屋さんに対して「あの看板を取り下げろ」と言う権限がないので「イズミル健康組合」と「工業・商業省」へその旨メールを送付したとの返事があったそうです。そして食らいついたら離れないスッポンのような夫、後日近くに用事があったので看板がどうなったか見に行った時は看板は出ていなかったとのことでした。




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IYI KI DOGDUN BIRTEN!(生まれてきてよかったビルテン)

2006-12-05 07:55:11 | イズミル暮らし・イズミル案内

かわいいでしょ?

12月4日は姪っ子ビルテンの9歳の誕生日でした。私が2003年にトルコへ来た時はまだ5歳、病弱でいつもニコニコ笑っている小さな女の子だったのにすっかり大きくなり相変わらず食は細いけれどしっかり者の元気な小学2年生になりました。


特別に1個だけ食べる許可がでました。

食に保守的な人の多いトルコ人の中では珍しく義妹とビルテンは大の日本食好き。特に海苔が好きでたまに思い出したように「おにぎり作ろう」と声がかかります。おばさんとしては(ビルテンは最初に会った時にに刷り込まれたのかいまだにアブラ=お姉さんと呼んでくれますが)朝から張り切ってビルテンの好きなおにぎりを作ることに。今日は遠い昔母がひな祭りに作ってくれたお雛様風おにぎりを作りました。ついでに明日が結婚記念日のテイゼ(叔母さん)夫婦にも一セット作り夕方の食事会へ持参。皆で食べようと思っていたのに、義妹は大喜びで自分達用にしっかりキープをしてしまい結局私達は食べずじまいでした…。何回も夫が食べたいと主張したにもかかわらずです。鶉卵や人参、薄焼き卵を使って作るうちにとっても楽しくなってきました。アンネやテイゼも「うちの嫁は何をしでかしてくれるの?」と大騒ぎ。

 この色は・・・。

 
4回もおかわりをした子がいたそうです。

昼間は特注した大きな誕生日ケーキを学校へ持ち込みクラスメートと一緒にお祝いをしてきたそうです。25人分の特大ケーキ、色といいデザインといいいかにもトルコです。


昼間のケーキの残りで夜にも再び「おめでとう~♪」

テイゼが海苔で作ったおにぎりの髪の毛を見て「あ~ぁ、エニシュテ(テイゼの旦那さんのこと)の髪の毛もこれくらいあったらいいのにねえ」と一言、返答に困りました。




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