イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

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いざ日本へ!

2007-09-28 21:51:47 | Weblog


10月1日に1年半ぶりで里帰りをします。航空券はとっくに手にしているのですが電子チケットってなんだか実感がわかないもんですね。ただの紙っきれ…。ラマザンに入ってから毎週末は日本へ持って帰るお土産などを買いに出かけているのですが、水も飲めない日中、まだまだ暑いイズミルの人ごみをうろうろして夫と二人でへろへろになっています。

日本へ行ったらまずはこれとこれ!

    

旬だから4年ぶりに!大根おろしも。



胃袋2個持って帰りたいくらいです。

  

プラス+トンカツの写真も入れようかと思いましたが、「食べてもいいけどやっぱり食べたら悲しい」と言う夫が見るといけないので…。
でもトンカツね。

季節は秋、職場から毎年昼休みに駆けつけていたここへも行きたいし!



久しぶりに本を心行くまで買い込みたい!



秋の夜長、都会でコンサートや映画も楽しみたい!

  

写真を色々なところから拝借しながらだんだん気分が高揚してきました。
今回は夫を置いて一人での里帰りです。結婚してから離れて暮らすのは初めてのこと。トルコでは単独行動なんて日中の買い物くらいしかしていなかったので久しぶりに一人で飛行機に乗ることすら緊張してしまいそうです。ラマザン中に一人残していくのはちょっと気の毒なのですが、「両親のためにも行かなくちゃ」と言ってくれているのでありがたく行ってきます!

日本からも更新するつもりでおりますが、カルチャーショック状態が癒えるまで皆様のブログ巡回(?)も滞るかもしれません。でも忘れないでくださいね~♪





イズミル-イスタンブル-成田の往復航空券…これだけです。
       






☆現在のイズミル☆

   
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RAMAZAN DAVULCUSU(ラマザンダヴルジュス=ラマザン太鼓屋さん)

2007-09-23 03:44:45 | Weblog



YouTubeでご覧ください。これがラマザン太鼓!朝3時半頃ドカドカ聞こえてきます。


今年もラマザン(断食月)が始まりました。ラマザンと言えばラマザンピデとともに忘れてはならないものに「RAMAZAN DAVULCUSU(ラマザンダヴルジュス=ラマザン太鼓屋さん)」の存在があります。サフルと言って朝日の出前迄に(現在イズミルでは5時半頃)最後の食事を取るのですが、もちろん準備をする為に1時間くらい早く起きなければなりません。その為にちゃんと起こしに来てくれる人、それが「RAMAZAN DAVULCUSU」です。地区ごとに担当者がおり、真っ暗な夜道を太鼓を叩きながら練り歩きます。この人選は毎年市で行われているようです。ラマザンの中盤と終盤にはイフタル(日の入り後に取る断食明けの食事)の時間に自分の担当地区の家々を回ってご祝儀をもらいに来るので、市ではいんちき太鼓屋が出ないようにちゃんと顔写真つきの名札をつけさせているようです。

この「RAMAZAN DAVULCUSU」は遥かオスマン帝国時代から続くそうで、各家に目覚まし時計などなかった頃には欠かせないものでしたが、最近は目覚まし時計のないうちなどないし、断食自体をしない人が増えてきたこと、断食をしてもサフルの時間に起きずに寝る前に食べてしまう人もいること、太鼓の音を騒音だと思う人がいることなど、時代が変わるにつれ場所によっては「RAMAZAN DAVULCUSU」を廃止する自治体もあるようです。

今年の我が地区の太鼓屋さんはとってもノリがいい太鼓を叩いてくれます。3時半頃からたっぷり30分は名演奏を聞かせてくれます。でも遅く寝て寝つきが悪かった時など眠りかけたと思ったら太鼓の音で目が覚めて結局サフルまで…ということも。
それでもやっぱり私は、同じラマザンを共有していることを感じさせてくれる「RAMAZAN DAVULCUSU」はいつまでも続いてほしいなあと思います。


今晩のイフタルのソフラ(食卓)

今日はお友達夫婦がイフタルの食事に来てくれました。食事をすませてからイズミル湾を望む「インジルアルトゥ」と言うところまで海岸沿いをドライブしチャイを飲んでお開き。翌日仕事があるとなかなか夜更かしはできませんが週末の土曜日、気の合う友達と楽しいおしゃべりをしながら頂くイフタルの食事とチャイバフチェ(チャイガーデン)の煌々と光る灯の下で飲むチャイは今年のラマザンの良き思い出となりました。


いつもとっても仲が良くて見ているだけでこちらまで幸せになるご夫婦です。





イフタルの食事で最初に口にするHURMA(フルマ=ディーツ=ナツメヤシの実)
          






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BAMYA(バムヤ=オクラ)

2007-09-18 22:46:39 | 料理

トルコのオクラは小ぶりです。


空気の色がなんとなく濃くなって海の色も藍色に、暑かった夏もそろそろおしまいですね。

おととしの末に日本へ行ったのはついこの前のことの様な気がするのに、そう考えると月日のたつのはなんとはやいことでしょう。光陰矢のごとし、トルコ語ではあっという間の出来事のことを目と眉毛の間と言います。今年は10月1日に日本へ里帰りができることになりました。今は静かに喜びをうししと心の中で醸成させています。主に思うことはあれを食べよう、これも食べようと食べ物のことばかりなのですが…。

この夏は水不足を理由に野菜も果物も全然安くならずじまいでした。特にこのBAMYAは高いものの筆頭で毎週値段を聞いては「ひえ~買えないよう」と引き下がっていたものの一つ。一番高い時で1キロ8YTL(約800円)でした。先週のパザルでようやく1キロ5YTLと言うのを見つけたのでパザルから姿を消していく前にと、500g買ってきました。日本にいた頃オクラなんて多分数回しか食べたことがないと思います。しかも付け合せ程度に2個とか3個食べる程度ですよね。トルコではこの通りドカーン!と食べます。でもこの茎の部分をナイフでくり抜くのが意外と疲れる作業で500gも作業した後には腱鞘炎になるんじゃないかと思うほど。だからふだんの夏でも多くて3回買うくらいです。


腱鞘炎になりそうな、ヘタ剥き。

トルコでオクラはオリーブオイルとレモンで料理をしさっぱり味を楽しみます。


レモンスライスと一緒にオリーブオイルで煮込みます。


AFIYET OLSUN!


1年半ぶりの日本、電車に乗る時切符はどうやって買うんだろう、電話はかけられるだろうか、冗談ではなくそんなことが心配です。トルコに来て着るものにもまったくかまわなくなってしまったのでお洒落な装いの秋、浮き上がっている浦島状態の私を見ても笑わないでくださいね~。食べ物で一番の楽しみは大好きな梨を4年ぶりに食べること!秋刀魚も美味しいだろうなあ。




<作り方>
バムヤ500gかさの部分だけ切って洗っておく
玉ねぎ1個みじん切り
トマト2個皮をむいてすり下ろす


レモンスライス2・3枚
オリーブオイル

①鍋にオリーブオイルを多めに入れ玉ねぎをしんなりするまで炒める。
②バムヤを入れ、その上にトマト、ひたひたになるくらいの水、塩を加え、
 レモンスライスをのせてバムヤが柔らかくなるまで弱火で煮込む。






トルコではラマザン(断食月)が始まりました。ラマザンと言えばラマザンピデ!
         






☆現在のイズミル☆

    




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9 EYLUL(ドクズ エイルュル=9月9日) 2007

2007-09-12 00:01:20 | イズミル暮らし・イズミル案内

国旗大好きトルコ人、風船や旗、リボン、帽子などトルコ国旗グッズを売る人もいっぱい。

9 EYLUL(ドクズ エイルュル)…覚えていらっしゃいますか?9月9日は1922年にイズミルがギリシャ軍から解放された記念日です。毎年イズミルではこの日ベランダや市内のビルの壁一面に巨大なAY YILDIZ(月星=トルコ国旗)がひるがえり、市のお祝いのセレモニーが行われ、イズミルっ子たちは9 EYLULの喜びを分かち合います。今年は85周年にあたるため例年よりも盛大で内容も充実していたようです。


イズミルのシンボル時計塔や市庁舎のあるKONAK広場。

前日には必ず私の大好きなTURK YILDIZLARI(トルコの星達)のアクロバット飛行の予行演習があり、それだけで私の興奮は否が応でも盛り上がります。今年も家の窓に張り付いてイズミル湾に弧を描くトルコ空軍の精鋭たちの飛行にくぎ付けになっていました。(ミーハー


共和国広場のアタトュルク像。


アタトュルクTシャツにアタトュルク帽子のこんなお方も…。

今年は日曜日に当たった為、久しぶりにお祝いに参加することにしました。朝、家からKONAK広場まで歩き、そこから行事への参加者と一緒に行事が行われる共和国広場へ。軍のブラスバンドとともに国歌斉唱、イズミル大市の市長の挨拶、大統領、国会議長、首相などからのメッセージが披露され、軍の兵隊さんや戦車などの行進、オスマントルコ時代の兵隊の衣装を着けた人たち、当時の騎馬兵隊、GAZI(ガズィ)と言うかつて戦争で戦ったおじいさん達も正装をして晴れ晴れしい顔で行進に加わっていました。


正装をして行進に参加した後のGAZIのおじいさん達。

今年の目玉!オスマントルコ帝国の軍楽隊MEHTER(メフテル)がNHKドラマ「阿修羅のごとく」やビートたけしが出た「グロンサン」のCMで使用され日本でも一躍有名になった「ジェッディン・デデン」の音楽とともに登場しました。私はこういうのにすぐ興奮して感動します。
   
    
  「ジェッディン・デデン」の演奏をご覧になりたい方は   こちらをクリックしてください。  


ぼけていてよく見えませんが、MEHTERの勇壮な行進。

そして最後に待ちに待ったあのTURK YILDIZLARIの登場です。ナレーションのお兄さんが絶妙な解説で感動を盛り上げてくれました。


何回見てもかっこいい~!


会場警備のおまわりさん達からも思わず歓声が。


このお兄さんの解説でTURK YILDIZLARIのショーも最高潮に。

行進で使われた戦車やTURK YILDIZLARIの飛行機はピッカピカで使ったことがないんじゃないの?と言うくらいきれいです。セレモニーで見せるものだから当然なのでしょうが、この戦車や飛行機が実戦で使われる日が来ないことを祈ります。飛行機のジェットの音もミーハーな私はかっこいいと思ってしまうのですが、ショーが終わって静かな空の下でふと思いを馳せるのは、戦渦の中で毎日毎晩この音におびえながら生活している人が、同じ地球にいるのだと言うことでした。
9EYLULは他国に国土を割譲されそうになったトルコが、自らの手で国土を解放した記念の日です。勝利の日とはまた別の意味で先祖に感謝し国を愛する気持ちを実感させてくれる一日でした。


帰りの地下鉄の中で思わずパチリ。イズミルに地下鉄あるんですよ!


セレモニーが終わってからも各地でコンサートなどが行われ、最後にイズミル湾のあちこちで花火があがりました。








ハイハイを始めたエリフ。
        






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SALATALIK TURSUSU(きゅうりの漬物)

2007-09-07 20:37:42 | 料理

本日19時頃のイズミル湾。

あんなに暑かったのにここ2・3日急に気温が下がりました。と言っても28度くらいなのですが、ピークの頃に比べると10度以上低いわけで朝は肌寒く感じるほどです。真夏の間せっかくのイズミル湾を望む西側の窓のカーテンは午後になると締め切り状態でしたが、今日は真っ青な空と真っ白い雲を眺めながらいつの間にか秋色に変わってしまった空気の色を楽しみました。

この写真を写した少し前に夫から「キョウ メサイ(残業)アルヨ(なぜか一部日本語)」と“残業ありコール”がありました。残業がある時は家で夕飯を食べないのが決まりなので私も自分だけの夕飯を準備します。今日はこのすぐ後にもう一度電話が鳴ったので「残業中止?」と思いながら電話に出ると「ワタシノ ゴハン タベナイ」とまた日本語で一言。何かあったのでしょうか、この日本語ブーム。「わたしは」と言うべきところをいつも「わたしの」と言います。


上の写真から1時間後20時頃のイズミル湾。

日ごろ職場からは何かない限りほとんど電話をかけてこない我が夫、ジャポンゲリン仲間からは「信じられない!」と言われますが今日の電話にはなんだかなごんでしまいました。


1キロ1.5YTL(約130円)でした。

話が書きたいことからどんどん脱線しました。季節は秋!昨日行ったパザルでも冬の野菜のカリフラワーやブロッコリーが初お目見え、そしてTURSU(漬物)用の野菜が出回っています。私も早速小さいきゅうりを1キロ買って漬けました。
この小さいきゅうり、本当はなんていう名前なんでしょう。生のままで食べずに全て漬けてしまったので同じ味がするのかどうかもわかりません。


普通のきゅうりと並べてみました。

来週からついにラマザン(断食月)が始まります。ラマザンの食卓にこのTURSUは間に合うでしょうか。




ミニきゅうりのTURSU

・きゅうり1キロ
・にんにく10片くらい
・水コップ3杯
・岩塩大匙3杯
・ぶどうの酢コップ1.5杯

容器に詰める前にきゅうりを洗ってフォークであちこち突き刺しておきます。








あんなにうるさくて埃だらけだった天然ガスの工事もあっという間にアスファルトで舗装されました。
         





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KABRISTAN(墓地)

2007-09-03 16:01:35 | Weblog
 「何でそんなにおしゃれしてるの?」と聞くと「だってお墓参りに行くから」とビルテン。
 
アナアンネ(夫の母方の祖母)が100歳で天寿を全うしてから早くも2週間が過ぎました。
9月になっても暑さは一向に衰えず、連日40度近い暑さの中天然ガスの工事がますますピッチを上げている為、暑さと騒音と土埃でもうなんだか夏ばてと言うよりも気が変になりそうになっている毎日です。そんなわけでブログの更新も滞りがちです。(言い訳…。)

 VOLVO製の車。すごく微妙な動きもできる優れものです。

海に並行して走る道路はブルドーザーで、それに直角に走る道は海に向かう坂道の為、車が使えないので手作業でコンクリートを砕いています。当初は9時に始まっていた作業が最近は8時半、今日など8時15分には始まってしまい、とてもトルコとは思えないのですが、ここ2週間は日曜日も返上で夕方も日が暮れる時間までお昼休み以外はずーっと機械の音が途切れません。


こんな状態でも車を完全には通行禁止にしないので、まさにarapsaci(トルコ語で
混乱状態のことをアラプサチ=アラブ人の髪の毛と言います)状態です。


うちはアパートの5階にあるのでまだましなのですが、1階や半地下にある家は土埃がたんすの引き出しの中まで入り込み、大げさではなくスコップでかき出せるほどの土がすぐにたまってしまうのだそうです。人生でこんなに掃除をしたことはないと言うくらい毎日拭き掃除をしているのにそれでも翌日には家具の上にも指で文字が書けるほど埃が積もります。いつかTVで見た西部劇の殺伐とした砂埃舞う光景そのもののイズミルです。

たまにあちこちで水道管や電気のケーブルを切断したりと、大騒ぎの天然ガス工事ですが、作業をしている方たちはこの暑さの中本当にご苦労様だと思います。

昨日の日曜日も朝寝坊をしたいところでしたが、工事の音で寝ていられるわけもなく早々に脱出。アナアンネのお墓参りに行って来ました。お墓までの道のりはずっと海岸沿いを走るので景色はいいし風は気持ちがよく、久しぶりに騒音を忘れて清々しい空気を胸いっぱい吸うことができました。

 
トルコでは土葬なのですぐに埋葬。
特に希望をしなければ無料で市の墓地に埋葬されます。墓石などはあとで用意していくようです。


アンネ(義母)とテイゼ(夫の叔母)は先週も2回行っており、そのたびにアナアンネのお墓に水がかけてあり心当たりがまったくないので誰がかけてくれたんだろうとずっと不思議がっていました。昨日その謎が解けました。墓地の敷地に隣接する土地の持ち主のおじさんが、昨日たまたま畑に水をやりに来ていて話しかけてくれたのですが、お姉さんを最近亡くされ、アナアンネのお墓の隣に埋葬されたのだそうです。アナアンネの周りはそのおじさんのご家族がたくさん眠っており、毎日のようにお参りにいらしており、その時にアナアンネのお墓にも水をかけてくださっていたとのこと。おじさんも「お姉さんのお墓の隣には女の人が来るといいねと家族で話していたんですよ」と喜んでおられました。アナアンネは病気になってから男の人がそばに寄るのを徹底的に嫌がり、お医者さんにもさわらせなかった程。孫たちでも調子がよくて本人だとわかっている時は大丈夫なのですが、わかっていないと殴り、蹴り「あっち行けー!kara kopek!(黒犬)」などとそれは激しく罵倒したものでした。だからお墓のお隣さんも女性でほっとしていることでしょう。


周囲のお墓に水をかけていた夫とビルテン。

アナアンネが亡くなった瞬間から、お葬式が終わるまで近所の友達の家に預けられてしまったビルテンはアナアンネ(ビルテンにとっては曾祖母)のお墓へも初めて行きました。自分でドライフラワーの花びらで一輪のバラの花を作り静かに何も言わずお墓においていました。コーランを詠むアンネ(ビルテンにとっては祖母)の横に座って何を思っていたのでしょう。

 お墓の横で静かにコーランを詠んでいたアンネ。

 何も言わずに座っていたビルテンの後姿。

夫もアナアンネの周りのお墓すべてに水をかけたり、訪れる人もなく印が消えそうになっているお墓に石を立てたりしていました。故人を慕い敬う気持ちは宗教や国が違っても同じなんだなあと思いました。






いつでもどこでもポーカーフェイスのエリフ。
         






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