イズミル便り

IZMIR'DEN MERHABA

カルメンの白いスカーフ

2006-04-03 20:33:24 | Weblog
 
「カルメンの白いスカーフ 歌姫シミオナートとの40年」 武谷なおみ著 白水社

日本を発つ前に新聞の書評を読んで慌てて購入したこの本、本好きな私の嗅覚は衰えていなかったと嬉しくなったと同時に、久しぶりに夢中で最後まで一気に読み、ページが残り少なくなるのがもったいなくて悲しくなるような本でした。

音楽は好きで自分で楽器を弾くこともコンサートへ足を運ぶこともありましたがオペラについては全く知りませんし、イタリアにさほど興味があった訳でもありませんでした。

作者であるイタリア文学者武谷なおみさんと20世紀最大のディーヴァことメゾソプラノ歌手ジュリエッタ・シミオナートさんの不思議なめぐり合せの物語です。

小学校5年生の武谷なおみさんがある日、TVでシミオナート演じるカルメンを見た瞬間、武谷さんの人生にシミオナートとイタリアが流れ込んだと言います。
そのTVは武谷さんのおばあさんが「ここへ来てテレビの前に座んなさい。五分間だけ我慢して聞いてごらん。今夜の歌手はほんものやから。五分たって嫌やったら、遊びに戻ってよろしい。」と叫んだことがきっかけ。武谷さんのおばあさんは大正元年に初めて故郷を出て東京音楽学校に入学したハイカラさんだといいます。
このおばあさんがその番組を見ていなかったら、またこの出会いは別のものになっていたはずでまさに運命の不思議です。

そのTVで見たシミオナートに魅せられて10歳の少女が片言の英語でイタリアへファンレターを書くのです。そしてシミオナートもイタリア語の短い返事を送り、それ以来40年過ぎた今も続く「イタリアのマンマ」「ちいさな日本の娘」の交流が始りました。

誰もが絶賛する芸術性と美声を持ちながら、ファシスト達の後ろ盾がないばかりに10数年も日の目を見ることが出来なかったシミオナート、惜しまれる時に引退、引退後も後進の指導などで95歳の現在までまさにディーヴァの輝きを失わないシミオナート。
そんなシミオナートの92歳の誕生日に武谷さんが「カーサ・ヴェルディ」でイタリアのマンマに捧げる講演をバースデープレゼントとして行った時、講演後に武谷さんにシミオナートが駆け寄り「今日は発音のミスがひとつもなかった」と囁いたシーンにシミオナートの飾らぬ愛情、そしてそんなシミオナートに愛される武谷さんを祝福したくなりました。

因みにカーサ・ヴェルディと言うのは、かの有名な作曲家ヴェルデイが生前「音楽家の為の老人ホーム」をと言う構想で建てた「憩いの家」。土地の購入から工事費まで全てを自前、その後の運営もオペラの印税でと定められていたそうです。入居者の誇りを重んじて「保護される人」ではなく「客人」と呼ばれるよう遺言されたと言います。
こんなことを読んでいると、ヴェルディにまで興味が沸きさっそくシミオナートが歌う歌曲「運命の力」が入ったCDを探してしまいました。そしてこの曲は高校時代ブラスバンドで演奏した思い出の曲でもあります。ここにもちょっとした巡りあわせがあったのかもしれません。

いつもありがとうございます。よかったらクリックしてみて下さい!→