花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

芭蕉葉(ばしょうよう)・芭蕉根(ばしょうこん)

2019-08-29 | 漢方の世界

卅七 芭蕉の花│「四季の花」夏之部・貮, 芸艸堂, 明治41年

「芭蕉根」バショウ科、バショウ属の宿根性の大型多年草、学名Musa basjoo Sieb.の芭蕉の葉あるいは根茎から得られる生薬である。「芭蕉葉」の薬性は甘、淡、寒、帰経は心経、肝経で、効能は清熱、利尿、解毒である。「芭蕉根」の薬性は甘、寒、帰経は胃経、脾経、肝経で、効能は清熱解毒、止渇、利尿である。清熱解毒の対象となる実熱がない場合、あるいは陽虚や脾虚では不適である。芭蕉は夏期に大きな苞葉に包まれた穂状花序を付けるが、この芭蕉の花も生薬「芭蕉花」となる。薬性は甘、微辛、凉、効能は化痰、散瘀、止痛である。

夏の間、青芭蕉の瑞々しい葉の芭蕉は、秋になれば風雨にさらされて破芭蕉(やればしょう)の寂寞たる風情を見せる。芭蕉の精がシテである能の曲目《芭蕉》は「花も千草も散りぢりになれば芭蕉葉は破れて残りけり。」の言葉で終わる。

芭蕉葉は何になれとや秋の風     猿蓑・八十村路通

苦楝皮(くれんぴ)・川楝子(せんれんし)│センダン

2019-08-25 | 漢方の世界

六十四 栴檀の花│「四季の花」夏之部・參, 芸艸堂, 明治41年

「苦楝皮」(くれんぴ)はセンダン科、センダン属の落葉高木センダン(栴檀、オオチ)、学名Melia azedarach L.、あるいは同じくセンダン科、センダン属のトウセンダン(唐栴檀、川楝)、学名Melia toosendan Sieb. et Zucc.の樹皮、根皮から得られる駆虫薬に属する生薬である。薬性は苦、寒、有毒、帰経は肝経、脾経、胃経である。効能は殺虫消積、療疥癬(寄生虫を殺虫し腹痛を止める。頭部白癬・疥癬に外用が有効。)である。現在は日本薬局方には収載されていない。寒性、有毒で元来使用には留意を要し、過量・長期服毒でなくとも脾胃虚寒証には禁忌である。
 「川楝子」(せんれんし、苦楝子、金鈴子)は、トウセンダンの成熟果実から得られる理気薬に属する生薬である。薬性は苦、寒、小毒、帰経は肝経、胃経、小腸経、膀胱経で、効能は疏泄肝熱、解欝止痛、行気止痛、殺、殺虫の効果は苦楝皮の方が強い。方剤例には金鈴子散、一貫煎がある。

ちなみに「栴檀は双葉より芳し」と言う場合の栴檀は、ビャクダン科、ビャクダン属の常緑小高木「白檀」(びゃくだん)、学名Santalum album L.である。香木として有名な白檀であるが、木質心材を生薬として用いた時の名前は理気薬に属する「檀香」(だんこう、白檀香)である。薬性は辛、温、帰経は脾経、胃経、肺経、効能は行気止痛、温胃止嘔(気を温め巡らせ止痛し、寒性気滞による胃部、胸部の疼痛を除く。)である。

2001年5月、耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会に参加した時、開催された福岡市内から西鉄天神大牟田線に乗り約1時間、水郷柳川に伺う機会を得た。涼風溢れる川下りの乗合船に乗った折、青々と茂る緑葉の中に花房をのぞかせたセンダンの木が川面に影を落としていた。「楝・樗(あふち、おうち)」はこのセンダンの花の様な薄い青紫色である。表が薄色(薄紫)、裏が青(緑)の五月に用いる襲の色目でもある。



栴檀の 葉洩日ゆゑに ころぶすや 子はあなうらに すずしがりゐる     北原白秋

(第九歌集「橡」風神四季)

我妹子に 楝の花は 散り過ぎず 今咲けるごと ありこせぬかも
(「萬葉集」巻十・1973)

「木のさま憎げなれど、楝の花、いとをかし。枯れ枯れに、さま異に咲きて、かならず五月五日にあふも、をかし。」(「枕草子」第三十四段)


清風を生ける│大和未生流の稽古

2019-08-18 | アート・文化
  竹   柏木如亭
要依風雨作高吟  不惜低頭立雪深
天性此公多好処  算来第一是虚心

風雨に依って高吟を作さんと要す
惜まず 頭を低れて雪の深きに立つことを
天性 此の君 好処多し
算え来れば第一は是れ虚心
(如亭山人遺藁巻一│揖斐高訳注:東洋文庫「柏木如亭詩集2」, 平凡社, 2017)

 風雨にあたれば妙なる音を響かせて
 深雪に頭を垂れて立つことを惜しまない
 此君と呼ばれる竹は天性がbenignで
 いくつもの美点のその第一は虚心である

「王子猷嘗暫寄人空宅住、便令種竹、或問、暫住何煩爾、王嘯詠良久、直指竹曰、何可一日無此君。」
(任誕、第二十三│日加誠著:新釈漢文大系「世説新語 下」, 明治書院, 1978

「五月ばかり、月もなう、いと暗きに、「女房やさぶらひたまふ」と声々していへば、「出でて見よ。例ならずいふは、誰ぞとよ」と仰せらるれば、「こは誰ぞ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」といふ。ものはいはで、御簾をもたげて、そよろとさし入るる、呉竹なりけり。「おい、此の君にこそ」といひたるをききて、「いざいざ、これまづ、殿上にいきて語らむ。」とて、式部卿の宮の源中将・六位どもなど、ありけるは、去ぬ。」
(第百三十段│萩谷朴校注:新潮日本古典集成「枕草子 上」, 新潮社, 1977)

此君(しくん)、此の君(このきみ)は竹の雅名。「何可一日無此君」(何ぞ一日も此の君無かるべけんや)と竹をこよなく愛した王子猷(王徽之)は王義之の第五子。





未病と亜健康│「医と人間」

2019-08-14 | 漢方の世界

生け花木版画

『医と人間』(京大元総長・名誉教授、井村裕夫博士編)は、第29回日本医学会総会(2015年、京都市)開催に合わせて出版され、参加者には会場で配布された書である。「医学の最前線」、「医療の現場から──きずなの構築のために」という二つのサブテーマの下に、11人の各領域の専門家がお寄せになった現代医学・医療現場からの報告である。冒頭には、医療関係者のみならず一般の方にも読んでいただきたいと考えて、多くの部分をインタビューから書き起こす手法を取ったとある。現行の西洋医学・医療の基本姿勢と行動指針、課せられた責務と課題、そして最先端の医療技術の展開からさらなる未来展望までを包括的に学ぶことができる最適の良書である。

会頭講演および本書の中で井村裕夫先生が強調された《先制医療》は、病気が明確に発症する以前に一定の確度で予測し医療介入を行ない発症を遅らせたり抑制するという概念である。個人の遺伝素因と胎生期から始まる環境を調べ、「慢性の非感染性疾患(NCD, Non-communicable Disease)」(心筋梗塞、糖尿病、がん、肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患など、感染症以外のほとんどの病気を包括する)のハイリスク群の診断を行って早期治療を含む医療介入を行うことを意味する。従来の予防が全ての人ないしは集団を対象とするのに対し、《先制医療》は個別の予防を目標とする。

そして《先制医療》と対比された言葉が、「漢方では、病気があっても本人が知らなければ未病なのです。」と本書で述べられている、東洋医学における《未病》である。《未病》は、二十四節気の養生で取りあげた中国最古の医学書『黄帝内経・素問』にある言葉である。四氣調神大論篇において「是故聖人、不治已病治未病。」(聖人は已病を治せず、未病を治す)と記され、聖人はすでに完成した疾病の治療は行わず、未だ疾病とならぬ内に方策を講じるという意である。完成した病の治療はせずというのは、聖人にははるかに及ばない現代の臨床医には大いに抵抗がある。元来の《未病》は未完成の病気を意味し、ここでは自覚症状に左右されず早期介入により病期の進展を遮断することの重要性が強調されている。

現代の西洋医学の進歩は未だ顕在化しない疾病の診断能力を飛躍的に発展させた。しかしルーチンの各種検査を行った範囲で異常所見が確認できずとも、暫時的に “不定愁訴”と称される様な不調の症状が持続する病態は決して少なくない。また自覚症状はなし、通常の臨床検査で異常なし、遺伝子検査でハイリスク群と診断される例は上記の《先制医療》の対象例となるのだが、正常か異常かで大別する西洋医学的見地から見れば、すでに病人の範疇に入るのか、あるいは治療の先取りをするもののいまだ健康人と分類しておくべきなのか。

健康と疾病の間には、健康でもなく疾病でもない中間状態が存在する。健康であるのは第一状態、疾病があるのは第二状態、そして中間の亜健康状態は第三状態とされる。王育学教授が提唱した《亜健康(Sub-health)》とは、自覚症状があるが系統的な諸検査で異常がなく病気がみつからない状態とされている。《亜健康》は固定した状態ではなく流動的な過程であり、調整にて健康状態に導くことが可能であるとともに、対処が適切に行われないと疾病へと発展する怖れがある状態でもある。 

ありふれたかぜ症候群(普通感冒)をとってみても、体内に冷えがある陽虚体質は風寒を、体内に熱を起こしやすい陰虚は風熱を招来しやすい。いつも念頭に置くべき事の一つは、個人々々が自らの看護・介護者となり身体を見守り、毎日の生活習慣の偏倚を注意深く制御してゆくことである。「不相染者、正気存内、邪不可干、避其毒気。」は、同じく『黄帝内経・素問』の遺篇、刺法論篇にある言葉である。その意は、五疫(伝染病)に感染せぬ者は内に正気が存在し、外邪の干渉を許さずその毒気(virulence)を避けうるからだ、である。ペニシリンの発見からはや一世紀近くが過ぎたが、伝染病を含む種々の感染症とていまだ人類が克服した疾病の範疇には至っていない。そして正気の充実、生体の恒常性維持が問われるのは感染症の病態だけではない。

参考資料:
井村裕夫編:岩波新書「医と人間」, 岩波書店, 2015
田代華編:「黄帝内経素問」, 人民衛生出版社, 2005
周宝寛著:「従疲労到亜健康」, 人民軍医出版社, 2013