佩蘭は、キク科ヒヨドリバナ属の多年草、藤袴(フジバカマ)の全草から得られる生薬である。芳香化湿薬ないし化湿薬に分類され、薬性は平、薬味は辛、帰経は脾、胃、肺経で、効能は芳香化湿、醒脾開胃、発表解暑である。化湿は湿を変化させるという意味で、芳香性薬物を用いて上焦および脾胃の湿邪を取り除く作用を示す。化湿は健脾和胃に働き、脾胃の働きが改善すれば湿の除去が効果的に行われる。また解暑は夏に発生する暑病を治す作用を言う。夏は暑熱が盛んな季節であり湿気も多い。暑邪と湿邪の両者の暴露を受けた病態が多いために化湿の働きは重要である。
化湿薬に分類される他の生薬には、霍香(かっこう)、蒼朮(そうじゅつ)、砂仁(しゃにん)、白扁豆(びゃくへんず)があり、多くは性味が辛温、温燥性で、帰経は脾、胃経である。湿邪の停滞により脾胃の働きが障害されると、腹部膨満感、食欲不振、むかつき、嘔吐、下痢、四肢の重だるさ、白膩苔などの湿困脾胃証の症状が出現する。化湿薬は寒湿証に多用されるが湿熱証にも、上記の通り、夏風邪を含む外感暑湿証の病態にも有効である。
佩蘭の薬力はおだやかで、霍香に比べると発表作用(体表の邪を発散してして治す作用)に劣るが、中焦に滞る湿を取り除く力に優れている。刻み生薬を比べても、佩蘭は花野に咲く薄紫色の花の風情そのままに控えめな香である。両者ともに長時間煎じると芳香性成分、揮発性成分が失われるために、後下(煎じ終わる5~10分前に加えること)とすることが望ましい。あるいは上からお湯を注いで、解暑除湿の夏の薬用茶とするのもよい。
「蘭草。一名水香。味辛平。生池澤。利水道。殺蟲毒。辟不詳。久服益氣。輕身不老。通神明。」
これは中国最古の薬物書『神農本草経』の上薬に分類された蘭草(佩蘭)の記述である。「上薬」とは養命を主る君薬(中心の働きをする薬)である。無毒で長期服用が可能で身体を軽く気を益して不老延年の効果がある。蘭草では上薬の性質に加えて末尾に「神明に通ず」の記載を見る。『黄帝内経・素問』生気通天論篇の「天気に服し神明に通ず」であり、四時陰陽の気を身に付けてその変化規律に通暁するという意である。ちなみに「中薬」は養性を主る臣薬(君薬に次いで重要な働きをする薬)である。使い方次第で毒にも薬にもなるので斟酌が必要で、病を予防し虚弱者を補う。「下薬」は治病を主る佐薬(君臣薬の補助をする薬)あるいは使薬(君臣佐薬の補助をする薬)で、毒性が強く長期服用は不可で、寒熱の邪気や積聚(腹腔内の腫塊)を破り病気を治す治療薬としての位置づけとなる。
この蘭草であるが、『源氏物語』第三十帖、藤袴で「蘭の花のいとおもしろきを持たまへりけるを、御簾のつまよりさし入れて」と差し出された「蘭の花」は藤袴である。夕霧が思いを込めて詠みかけた歌、これを上品にいなした玉鬘の歌、さらに『万葉集』巻第八、山上臣憶良が吟じた秋の七草の歌を下に掲げる。
同じ野の露にやつるる藤袴 あはれはかけよかことばかりも
尋ぬるにはるけき野辺の露ならば 薄紫やかことならまし
秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
萩の花 尾花葛花 なでしこの花 をみなえし また藤袴 朝顔の花
秋の野の花を詠む歌二首では、藤袴が秋の七草のひとつとして褒め称えられている。末尾の写真は、京都市内からの帰り道に松栄堂で買い求めた、季節限定の藤袴の匂い袋である。京都市右京区水尾地区で栽培された藤袴の葉が原料に用いられている。趣のある色の中でこの藤袴色と、もう一つ桔梗色の匂い袋を頂いた。
本年もあと三ケ月を残すのみとなり、季節はいまや晩秋である。