花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

平成二十八年大晦日の御挨拶

2016-12-31 | 日記・エッセイ
平成二十八年もあと余すところ数時間となりました。本年御縁を結ばせて頂きました多くの皆々様に、そしてこの時も社会の様々な領域で任務を全うすべく御奮迅の方々に厚く御礼と感謝を申し上げます。
来る平成二十九年の益々の御健勝と御発展を心よりお祈り申し上げます。



   年のはてによめる
昨日(きのふ)といひ今日(けふ)と暮らしてあすか河流れてはやき月日なりけり     古今和歌集巻第六 冬歌 晴道列樹
      





紅葉と楓をたずねて│其の四 ・ もみじの葉

2016-12-06 | アート・文化


庭の楓の紅葉や黄葉はすでに盛りを過ぎ、名残の景色を梢に留めて師走を終えようとしている。先の霜月、第17回綴喜医師会学術集談会が京都市内で開催された。そして今年も演題発表のスライドの中に楓の写真を入れたのだが、それには理由がある。毎年、錦秋の候を迎えるたびに頭をよぎる一つの思い出を此処に記して、本年最後の「紅葉と楓をたずねて」の記事としたい。

「もみじの葉は人間に似ていますなあ、先生。みんな同じような形をしているのに、二つとしてぴたっと重なる程、同じ形のもみじなどありませんものなあ。」
これは勤務医であった若き頃、午前の外来診察でお会いした御高齢の男性患者さんがしみじみとおっしゃった言葉である。何の話の続きであったのか、私がその時どのようにお返事したのかの記憶は定かでない。思い起こせば、肉体としての人体の意味にとどまらず、精神性も含めた人間そのもののあり方についての感慨を述べられた御言葉であったかもしれない。そして今ならば私はどうお答えするだろうかと、紅葉の季節が巡り来るたびに考える。

振り返れば、もみじの葉叢の一枚一枚をしかと拝見して、よく似た形や色を呈する中に僅かに異なる相違を見極めることが医師にとって必要な視線であり、微妙に形や色が違う中に共通した原則を捉えて外さないことも医師に求められる姿勢である。また「手当て」の字面を辿れば、もみじの葉に似た手をお人に当てるのである。改めて思えば「手当て」とは実に含蓄のあるシンボリックな表現であった。








きぬたを巡りて│其の三 子夜呉歌

2016-12-04 | アート・文化

子夜呉歌 李白│『唐詩選畫本』五言古詩一、高井蘭山著、小松原翠渓画

老人性難聴の特徴の一つは、「音は聞こえるが、何を言っているのか分からない」という訴えにみられる言葉の聞き取り能力の低下である。加齢とともに小さい音、高い(高周波数)の音が最初に聞こえにくくなるとともに、耳に入る言葉の音を大きくしても正確に聞き取ることが出来る最高語音明瞭度が頭打ちとなる。さらに周囲の環境雑音から聴きたい会話音声を識別する機能が低下し、また次から次へと耳に届いてくる早い音声を処理する時間分解能が劣化する。
 これらの聴こえの障害をもたらす老人性難聴は、内耳蝸牛の有毛細胞、らせん神経節細胞の減少や消失による内耳機能低下の他に、上位の中枢神経系における音情報処理や言葉の認知機能低下によって生じる。老人性難聴にかかわる要因としては遺伝子、騒音暴露、動脈硬化などが挙げられる。現在は決定的な予防法や根本的な治療法はないが、動脈硬化や生活習慣病の予防、治療と共通する生活習慣の改善が大切である。そして加齢変化はキヌタ骨が属する中耳伝音系においても例外ではない。
 だが年を重ねるにつれて、年端も行かない時には少しも聴こえなかった相手の心の音声がより明瞭に響いてくる別の仕組みが発達するのである。----耳鼻咽喉科医を離れた見解として、私は切にそう信じている。



さて『唐詩選畫本(とうしせんえほん)』は江戸時代に刊行された、全35冊、挿絵入りの『唐詩選』注釈本である。この中の李白<子夜呉歌>篇に描かれた画は、「萬戸衣を擣つの聲」の詩句通りに大勢が往来で砧を打つ大演奏会である。初めて画を目にした時、砧擣ちイコール寥寥たる秋というお約束事の風情にはそぐわない活気に溢れた賑やかな情景に違和感を抱いた。だがしばらく眺めているうちに、これこそ小松原翠渓が原詩から掴んだ大陸風土の趣か、大唐帝国を象徴する長安の夜景は然もありなんとも思えてきた。夜の帳が下りようと帝都に「熱鬧」(ねっとう、renao)が静まる時はない。その頃の長安を知る訳もないのに、昔に読んだ東洋文庫『長安の春』(石田幹之助著)の印象が強く頭に残っているらしい。改めて『長安の春』を拝読しようという気になり本棚を捜したら、何処に消えたのやら再び買い求めることになった。

「子夜四時歌」あるいは「子夜呉歌」は元来、楽府と称する民間歌謡に属し、北宋の郭茂倩 (かくもせん)が古代から唐・五代までの楽譜を編纂した楽府集『楽府詩集』の中の清商曲に分類されている楽府題である。晋代の子夜という女性が創製したとされ、現存するのは春歌二十首、夏歌二十首、秋歌十八首、歌十七首の七十五首である。末尾には李白の「子夜四時歌四首」全文を掲げたが、春歌は太守の命を固く拝辞した陌上桑の羅敷、夏歌は政に翻弄された西施を彷彿とさせる採蓮の女、秋歌は辺塞に出征した良人を思う擣衣の女、冬歌は秋歌に続く厳寒の季節に防人となった良人に暖衣を送らんとする、四季折々の労働に携わる女達を詠っている。このうちの秋歌が冒頭に挙げた<子夜呉歌>である。

李白の<子夜呉歌>は乾坤の乾(天)の孤月から始まる。この<子夜呉歌>、アンデルセンの小説『絵のない絵本』、月岡芳年の連作『月百姿』に共通するのは、移りゆくものに注がれる揺るがぬ月の視線である。人が地上から仰ぎ見る月の形は時とともに変容するが、天空に唯一の月は本来、千古不変である。
 そして冷徹に冴えわたる月光の下、次には坤(地)に視点を移して、萬戸の一隅の女の心が描かれる。銃後の守りの立場を同じくして、閨怨の憂愁で紅涙を絞った女は他にも居たに違いない。そうかと思えば、労作歌が混じるさんざめく一室で、おしゃべりで砧擣ちの手が止まっていると同輩や家族に笑われた女が居たかもしれない。長安の夜の底から湧き上がる擣衣の聲に耳を澄ませば、千差万別の七情と事情を抱えてその時代を駆けて行った女性達の息遣いと拍動が如実に伝わってくる思いがする。

子夜四時歌四首 李白
春歌
秦地羅敷女, 採桑緑水邊。素手青條上, 紅粧白日鮮。蠶飢妾欲去,五馬莫留連。
秦地羅敷の女、桑を緑水の邊(ほとり)に採る。素手青條の上、紅粧、白日鮮かなり。蠶(かいこ)飢ゑて妾去らむと欲す、五馬、留連する莫れ。

夏歌
鏡湖三百里,菡萏發荷花。五月西施採,人看隘若耶。囘船不待月,歸去越王家。 
鏡湖三百里、菡萏(かんたん)、荷花を發す。五月、西施採る、人は看て若耶(じゃくじゃ)を隘(せま)しとす。船を囘(めぐら)して、月を待たず、歸り去る越王の家。

秋歌
長安一片月, 萬戸擣衣聲。秋風吹不盡, 總是玉關情。何日平胡虜, 良人罷遠征。
長安一片の月、萬戸衣を擣(う)つの聲。秋風吹いて盡きず、總て是れ玉關の情。何れの日か胡虜を平らげ、良人遠征を罷めん。

冬歌

明朝驛使發,一夜絮征袍。素手抽針冷,那堪把剪刀。裁縫寄遠道,幾日到臨洮。
明朝驛使發す、一夜、征袍を絮(じょ)す。素手、針を抽くこと冷に、那ぞ剪刀を把るに堪へむや。裁縫して遠道に寄す、幾日か、臨洮(りんとう)に到る。

参考文献:
『李白全詩集』第一巻、久保天随訳註、日本図書センター、1989
中国古典文学基本叢書『李太白全集』第一冊、王琦註、中華書局、2015
中国古典文学雅蔵系列『楽府詩選』、曹道選註、人民文学出版社、2016