花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

取扱説明書(トリセツ)

2018-12-14 | 日記・エッセイ


開業以来、器具の洗浄に活躍してくれていた洗浄機が壊れた。最初は排水が不調となり、その後モーター本体の故障で全く起動しなくなった。毎日の診療業務に影響が出るので至急の修理をお願いしたら、既に補修用性能部品の保有期間が過ぎていた為に新規導入となった。新機種は今様のスタイリッシュな外観に加えて庫内容積が大きく、消費電力や標準使用水量が反対に減って節電、節水となった。内部構造や洗浄時間、パネルの表示なども色々と異なり、当初は大いに戸惑った。ところが取扱説明書に一通り眼を通した後に、あちこちと触って動かしていたらすぐに馴染んでしまった。
 様々な医療機器とともに、電子カルテやファイリングソフトが載ったPCなどもまた、作動しなければたちまち日常診療に影響が出る。器械自体の修理が利かなければ、例え慣れ親しんだ機種であっても廃棄せねばならない。また現行の機種が全く壊れていなくとも処分し、新機能が備わり性能が向上した機種に買い替える必要に迫られることもある。

長い年月を経た道具には付喪神(つくもがみ)が宿ると言う。毎年、師走の最終日には診療室の中に立ち、一年間お世話になった院内の様々な器械にも有難うと御礼を言うのが習いである。ぐるりと見渡して既に姿を消した過去の器械を懐かしく思い出すことがある。どれもこれも大切に扱って決して使い捨てにしてきたつもりはない。しかし日常業務を安全かつ確実に遂行することが第一義である限り、機能を果たせなくなった機械や器械には別れを告げなければならない。そして納期を待って費用をお納めすれば、やがて新しい「モノ」が搬入されてきて、何事も無かったかのような顔で何時しか其処に座を占めている。

最近になり、「トリセツ」という歌が若い女性に人気であることを教えてもらった。私をこの様に大切に取り扱ってねと相手の男性に要求する歌である。この歌を喜んで歌う彼女達に尋ねてみたい気がする。貴女は「ヒト」ではなく「モノ」なのですか。余程特別で特殊なものでない限り、「モノ」にはいくらでも代替品があり、次々と優れた後継機種が出てきます。そして歌詞にうたわれた如く、自分という「モノ」を本当に永久保証出来るのですか。 

鼬(イタチ)

2018-11-17 | 日記・エッセイ


駅前再開発に伴って現在の場所に移転する以前の話である。二階の自室でNEC9801に繋いだNANAOのどでかいモニターに向かい作業を行っていた。不意に言葉にはならない気配に襲われ振り返った時、一匹のイタチが背後の床から静かにこちらを見上げていた。私は椅子に座ったままフリーズし、対するイタチは3メートル程離れた一点で同じく不動である。しばし射竦め合う時間が流れた後に、イタチは音もなく身を翻して部屋から走り去った。
 有り得ない場所で有り得ないものを見て暫し茫然としていたが、気を取り直して階下に降りた時にはもはや何処にもイタチの姿はなかった。後で判明したが、一階の土間に置いていた洗濯機の排水を屋外に導く排水孔の蓋が外れていて、その外部に通じた排水管から逆走して家の内に侵入したらしい。
 それから十数年経った現在もイタチは近隣に生息している。飼犬の散歩途中、犬が立止り畦道を眺めたまま頑として動かない時がある。見守っている内に叢から茶色く細長い風体の動物が出てきたと思いきや、ちらと此方に一瞥をくれる。その後は何事も無かったかの様に反対の方向へと消えて行く。

最近になり、あの時のイタチはどのような眼で私の背を見ていたのだろうと思う時がある。その時間が短かったのか長かったのかもわからない。何時しかイタチに成り変わり、見られているとは露程も感じていなかった己自身を眺めている自分がいる。視線の先には、既にイタチが飲み込んだ人間が背を向けて座っている。
 生き物が新たな別の生き物に遭遇する刹那、医学的な表現で申せば、あたかも全身の感覚受容体における感覚毛が、その後の怒涛のような神経伝達機構における情報伝達に繋がりゆく、最初の僅かな偏位を起こす一瞬である。火蓋が切られる瞬刻の様相は、野性におさらばした筈の人間同士の出会いにおいても何ら変わりはない。地位、学歴、あるいは教養等々、その他諸々の付加価値は所詮、後から張り付けたものである。その時に量られ試されるのは、偽れない裸形の本領である。


紅葉と楓をたずねて│其の十・紅葉の下葉に異ならず

2018-11-08 | アート・文化


庭の楓がようやく色付いてきた。酷暑の期間の水やりが不足したのか、あるいは樹勢の盛りが過ぎつつあるのか、少なからず葉の辺縁が窶れている木が混じっている。紅葉の下葉と申せば、「女の盛りなるは、十四五六歳廿三四とか、三十四五にし成りぬれば、紅葉の下葉(したば)に異ならず 」(梁塵秘抄 巻第二・394)である。私などはさしずめ、地面に落ちて踏まれてもはや葉の原形を留めない朽葉に他ならずと言うべきか。もとより「女人五つの障りあり、無垢の浄土は疎けれど、蓮花し濁りに開くれば、龍女も佛に成りにけり」(梁塵秘抄 巻第二・116)の世界である。

ところで「むかし、世心つける女」で始まる『伊勢物語』第六十三段は、「百年(ももとせ)に一年たらぬつくも髪」と評される、百歳に一年足らない九十九歳、あるいは「百」の字に一画少ない「白」髪の、人生経験豊富な九十九髪(つくもかみ)の御婦人のお話である。対する「をとこ」について述べた最後の件がよい。
「世の中の例として、思ふをば思ひ、思はぬをば思はぬものを、この人は、思ふをも、思はぬをも、けぢめ見せぬ心なむありける。」(伊勢物語 第六十三段)
まさに「まめ男」の面目躍如で唸らせる。狭量な好悪や、損得がからむ費用対効果にておのれを出し惜しみしない、限りなく廣き心の持ち主である。描かれているのは世俗の色恋を超えた、まことの風雅である。

参考資料:
川口久雄, 志田延義校注:日本古典文学大系73「和漢朗詠集 梁塵秘抄」, 岩波書店, 1965
大津有一校注:岩波文庫「伊勢物語」, 岩波書店, 1994


名はしらぬ花

2018-11-03 | 詩歌とともに
  種田山頭火

どこまでも咲いてゐる花の名は知らない  (昭和七年 日記6・4)

たゞ一本の寒菊はみほとけに       (昭和七年 日記11・25)

摘んできて名は知らぬ花をみほとけに   (昭和八年 日記4・6)

咲くより剪られて香のたかい花      (昭和八年 日記4・7)

身のまはりは草だらけみんな咲いている  (昭和十年 日記4・18)

(種田山頭火著:「山頭火全句集」, 春陽堂, 2002)





某所にて

2018-10-30 | 日記・エッセイ


大変意義深い内容の御講演が終わった後で、演者の先生が御自ら室外で著書を販売なさる機会に遭遇した時の事である。大勢の購入希望者の中に並び、ようやく待ち望む自分の番が廻って来た。お手間を掛けぬ為に取り出していた御札を、一礼して向こう様から御覧になる向きで揃えてお納めした。すると一呼吸置いた後に、置いたお札の上にお釣りの小銭がぽんと放り投げられた。拝聴した御講演の印象とは異なる有様を前に固まって立ち尽くしていたら、お札はするりと引き抜かれ回収された。御講演と御本の御礼を申し上げて早々にその場を離れた。先様は終始無言であった。礼儀を失することがなき様に心がけたつもりであったが、当方の至らぬ点の不手際で御不興を買ったのだろう。別に今更ぶりっ子をするつもりでないことを申し添えた上で言うが、この歳になるまで後にも先にも眼の前にお金を抛られたのはこれが唯一の経験である。

悠然として南山を見る

2018-10-27 | 詩歌とともに
  飲酒二十首 其五  陶淵明

結盧在人境  盧を結んで人境に在り
而無車馬喧  而も車馬の喧(かまびす)しき無し
問君何能爾  君に問う 何ぞ能く爾(しか)ると
心遠地自偏  心遠ければ地自から偏なり
采菊東籬下  菊を采る東籬の下
悠然見南山  悠然として南山を見る
山氣日夕佳  山気 日夕に佳く
飛鳥相與還  飛鳥 相与(とも)に還る
此中有真意  此の中に真意あり 
欲辨已忘言  弁ぜんと欲して已に言を忘る

人里に庵を結んでいるが車馬の音に乱されることはない。何故ゆえにとお尋ねか。心が俗世にあらねば自ずと此処が遠地になる。東の垣で菊を手折り、悠然と南山(廬山)を眺めて一体となる。山容は夕方が素晴らしく、連れ飛ぶ鳥は巣に還りゆく。この中にこそ大自然の意趣がある。意を得て言を忘る。語ろうとするも言葉などは忘れたよ。



参考資料:
松枝茂夫, 和田武司:「陶淵明全集 上」, 岩波書店, 1990
川合康三編訳:「中国名詩選 上」, 岩波書店, 2015
陶潜著, 龔斌校箋:中国古典文学叢書「陶淵明集校箋」, 上海古籍出版, 2013
金谷治訳注:「荘子」第四冊, 岩波書店, 2012


南山寿色多(なんざんじゅしょくおおし)

2018-10-25 | アート・文化


中国の「南山」は唐代以降、長安(西安)の南東にある終南山の異称である。不老長寿、長生久視の象徴とされ、南山を用いた成語として「南山寿色多」、「南山寿」や「福如東海、寿比南山」、「福如東海長流水、寿比南山不老松」などがある。後者の対聯の意は、福は東海の如く深甚に(東海に流れる水のように永遠に長く)、寿は南山の如く崇高に(南山に生える常盤の松のように変わらず)である。唐代以前、陶淵明の《飲酒二十首》其五に謳われた「採菊東籬下、悠然見南山」の南山は、蒼潤高逸、秀出東南と形容される廬山である。『枕草子』で清少納言が白氏文集の詩中の「香爐峯雪撥簾看」の典故を踏まえた香炉峰は廬山の名峰である。
 本年の「重陽の節句」(旧暦9月9日、新暦10月17日)、別名「菊の節句」から早1週間が経った。本日は頂戴した香り高い菊花を用いて大和未生流の番外稽古に努めてみた。
謹んで皆々様の健康長寿をお祈り申し上げる。

如月之恆  月の恆(ゆみはり)するが如く
如日之升  日の升るが如く
如南山之壽 南山の壽の如く
不騫不崩  騫(か)けず崩れず
如松柏之茂 松柏の茂るが如く
無不爾或承 爾を承くる或らざる無し

月の弓張る如く、日の立ちのぼる如く 南山のゆたけ如く 騫けず崩れず 常盤木(ときはぎ)の常ある如く 君を慕はぬ者とてなし
(小雅・鹿鳴之什 天保│「詩経雅頌」, p62)



参考資料:
白川静訳注:「詩経雅頌」, 平凡社, 1998
萩谷朴校注:新潮日本古典集成「枕草子 下」, 新潮社, 1977
松枝茂夫, 和田武司:「陶淵明全集 上」, 岩波書店, 1990
川合康三編訳:「中国名詩選 上」, 岩波書店, 2015
岡村繁著:新釈漢文大系「白氏文集 三」, 明治書院, 1988




今週も花野巡り

2018-10-20 | 日記・エッセイ


一段と秋めいてきた本日の昼下がり、京都駅から琵琶湖線に乗り込み草津駅に降り立った。伺う先は草津近鉄百貨店で開催中の大和未生流、滋賀支部いけばな展である。流派は同じくとも異なった会場で開かれる華展はいけばなの佇まいがまた違う。ホームグラウンドにおいでの滋賀支部の諸先生方は、華展に携わっておいでの張りつめた雰囲気の中にあるとも、他所でお目にかかる時に比べて和らいだ御顔である。御出瓶の作品は盛花、飾花、投入ともに一筋の緩みもない静かな気迫のあるいけばなであった。
 夕方からはまた耳鼻咽喉科医に戻り、京滋めまいカンファレンス(メルパルク京都)に参加した。末梢性および中枢性めまいに関する一般口演に続いて、白熱する質疑応答、そして今宵も新井基洋先生節が炸裂の特別講演を拝聴して帰宅の途についた。明日は京都府耳鼻咽喉科専門医会秋期研修会に出席予定である。


鑑真大和上と医薬の道

2018-10-18 | 漢方の世界

鑑真大和上東渡│「大和名所圖會三 添下郡、平群郡、廣瀬郡、葛下郡、忍海郡」

下記は医薬に御造詣が深かった鑑真大和上に関する『続日本記』の記述である。留学僧・栄叡の死去を嘆き悲しまれ御眼から光が失われても、経典をそらんじ諸本の誤字を校正なさったことに加えて、薬物の真偽を嗅いで検証するにあたり一つの誤りもなく、光明皇太后が御病気の際に治療にあたられたことなどが記されている。

<書き下し文> 天平宝字七年(七六三年)「五月戊申、大和上鑒真物化す。和上は楊州龍興寺の大徳なり。博く経論に渉り、尤も戒律に精し。江淮の間に独り化主と為り。天宝二載、留学僧栄叡、業行等、和上に白して曰く、「仏法東流して、本国に至れり。その教有りと雖も、人の伝授する無し。幸み願はくは、和上東遊して化を興されむことを。」辞旨懇に至りて諮請息まず。乃ち楊州に船を買ひて海に入る。而るに中途にして風に漂ひて、船打ち破られぬ。和上一心に念仏す。人皆これに頼みて死ぬることを免る。七載に至りて更に復、渡海す。亦、風浪に遭ひて日南に漂着しき。時に栄叡物故す。和上悲しみ泣きて明を失ふ。勝宝四年、本国使適唐に聘えしとき、業行乃ち説くに宿心を以てせり。遂に弟子廿四人と、。副使大伴宿禰古麻呂が船に寄り乗りて帰朝せり。東大寺安置き供養る。時に勅有りて、一切の経論を校正さしめたまふ。往往に誤れる字あり、諸の本皆同じくして、能く正すこと莫し。和上諳に誦して、多く雌黄を下す。又、以諸の薬物を以て真偽を名かしむ。和上一一鼻を以て別つ。一つも錯失ることなし。聖武皇帝、之を師として戒を受けたまふ。皇太后の不悆に及びて、進れる医薬、験有り。位大僧正を授く。俄に綱務煩雑なるを以て、改めて大和上の号を授け、施すに備前国の水田一百町を以てす。又、新田部親王の旧宅を施して戒院とせしむ。今の招提寺是なり。和上、預め終る日を記し、期に至りて端坐して、怡然として遷化す。時に年七十有七。」
(続日本紀 巻第二十四│新日本古典文学大系 続日本紀三)

藤三娘、光明皇太后は聖武天皇崩御の四十九日にあたり、東大寺大仏に聖武天皇御遺愛の品と「訶梨勒」を含む六十種類の薬物を奉納された。鑑真大和上はこれら薬物の献納目録書『種々薬帳』の成立にも多大な貢献をなさっている。本邦には『鑑上人秘方』という書一巻が存在したらしいが、惜しむらくは散逸し後世の我等医家が拝読する術はない。『唐招提寺論叢』の北川智泉長老著<鑑真大和上の醫道并に製薬に関する文献>の序には、本邦の医薬二法の道は鑑真大和上が開祖であり、医道及び製薬にたずさわる者は初祖の御恩徳に報いて感謝し努めるべしとの意の御言葉が綴られている。

(前文略)我朝の醫道及び製藥の二法は吾宗祖大師に依て開けし事に關しいさゝか諸書の文獻等を採録し研究者の參考に供すると共に現代醫道及び製藥業者は舊の如く大和上の尊像を奉祀し以て其の初祖に對する報恩謝徳の意思表現あらんことを乞ふ之が採録の序となすのみ」(鑑真大和上の醫道并に製薬に関する文献│「唐招提寺論叢」)

鑑真大和上に対する讃仰の念から発した本記事を締めるにあたり、偉大なる御遺徳を偲び医薬の道への御貢献に改めて思いを致すとともに、感銘を受けた大和上の御言葉を記し置きたい。第一回目の渡航計画は誣告の為に水泡に帰して、一時は獄に投ぜられた留学僧・栄叡と普照は再び願い奉るべく鑑真大和上のもとに参上する。大和上の御心は、「是為法事也。何惜身命。諸人不去我即去。」(是れ法事の為なり。何ぞ身命を惜(おしま)ん。諸人去ら不(ず)んば我即ち去んのみ。)と御決意された時のままに揺るがない。これは傍らの思い悩む両人を諭された時の御言葉である。

「不須愁。宜求方便。必遂本願。」
愁(うれふ)ことを須(もち)ひ不(ざ)れ、宜く方便を求て、必ず本願を遂ぐ。


大和尚曰不須愁宜求方便必遂本願│『宝暦十二年原本 唐大和上東征伝』

参考資料:
蔵中進編:和泉書院影印叢刊12「宝暦十二年版本 唐大和上東征伝」, 和泉書院, 1979
唐招提寺戒学院鑑真大和上頌徳会編:「唐招提寺論叢」, 桑名文星堂, 1944
青木和夫, 笹山晴生, 稲岡耕二編著:新日本古典文学大系「続日本紀 三」, 岩波書店, 1992


訶梨勒・訶黎勒(かりろく)/ 訶子(かし)

2018-10-13 | 漢方の世界

訶梨勒 足利義政好写 宗徳作 書院柱飾り

「訶梨勒・訶黎勒」(かりろく)、「訶子」(かし)は、モモタマナ属、シクンシ科の落葉大高木、ミロバランノキ、学名Terminalia chebula Retz.のの成熟果実である。収渋薬に分類され、性は苦、酸、澁、平、帰経は肺経、大腸経、胃経である。効能は澁腸止瀉(大腸よりの便の遺漏を防いで下痢を止める)、斂肺利咽(肺気を収斂して降気し止咳する、咽頭の調子を整え嗄声を改善する)であり、用いる疾患、病態は久瀉久痢、脱肛、喘咳痰嗽、久咳失音である。訶梨勒(訶子)を含む方剤にはその名を冠した訶黎(梨)勒丸、訶黎(梨)勒散がある。これらは『太平恵民和剤局方』、『太平聖恵方』、『金匱要略』、『脾胃論』、『聖済総録』、『普済方』、『医心方』等に広く収載され枚挙に暇がない。訶梨勒単味あるいは主薬の訶梨勒以外の生薬の種類が異なるものなど、同じ方剤名であっても配合にはかなりの部分で差異がある。


訶子│「中草薬彩色図譜」, 376-377

鑑真大和上とともに来日した唐僧の弟子、思託(したく)は、大和上示寂後に『大唐伝戒師僧名記大和上鑑真伝』三巻を記した。この大著を元に大和上十七回忌にあたり一巻にまとめられた伝記が、淡海真人三船撰述の『唐大和上東征伝』である。大和上は渡日にあたり仏教典籍を含む多数の文物や薬物を持参されている。惜しむらく不首尾に帰した第二回渡航の際の品目として、『唐大和上東征伝』には「訶梨勒」を含む以下の薬物が挙げられている。
「麝香廿剤、沈香、甲香、甘松香、龍腦香、膽唐香、安息香、棧香、零陵香、青木香、薫陸香。都有六百餘斤。又有畢鉢、訶棃勒、胡椒、阿魏、石蜜、蔗糖等五百餘斤、蜂蜜十斛、甘蔗八十束。」(「宝暦十二年版本 唐大和上東征伝」, p25)


呵梨勒丸(訶梨勒丸)│影印版「国宝 半井家本医心方」第一巻, p330-331

参考資料:
蔵中進編:和泉書院影印叢刊12「宝暦十二年版本 唐大和上東征伝」, 和泉書院, 1979
唐招提寺戒学院鑑真大和上頌徳会編:「唐招提寺論叢」, 桑名文星堂, 1944
徐国鈞, 王強編著:中草薬彩色図譜, 福建科学技術出版社, 2006
鳥越泰義著:平凡社新書「正倉院薬物の世界 日本の薬の源流を探る」, 平凡社, 2005
安藤更生著:人物叢書「鑑真」, 日本歴史学会, 1989
影印版「国宝 半井家本医心方」全九冊, オリエント出版社, 1991
中医臨床必読叢書「太平恵民和剤局方」, 人民衛生出版, 2007
「聖済総録」上下冊, 人民衛生出版, 2013