花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

新型コロナウイルス感染症におけるTCM│中医体質分析

2020-05-30 | 医学あれこれ
楊家耀, 他:90例普通型新型冠状病毒肺炎患者中医証候与体質分析, 中医雑誌61(8):645, 2020
J.Yang, et al.: Analysis on Traditional Chinese Medicine Syndromes and Constitutions of 90 Patients with Common COVID-19.


本論文は新型コロナウイルス感染症、普通型患者の中医証候および体質を検討した横断研究(cross-sectional study)である。普通型患者の主要な中医証型が「湿阻中焦型」(dampness obstructing in middle jiao type)、「寒湿襲肺型」(cold-dampness attaking lung type)であり、中医体質の検討では「痰湿質」(phlegm-dampness constitution)、「気虚質」(qi-deficiency constitution)が主で次いで「血瘀質」(blood-stasis constitution)、「湿熱質」(dampness-heat constitution)との論述がある。著者らは前二者の体質とCOVID-19との関連について、気虚体質群は衛外不固(衛気が虚して体表を固摂できず外邪が容易に侵入する病態)の為に疫癘の邪を容易に感受する、そして痰湿体質群は外界の寒湿疫癘の邪が体内の内湿と引き合い合邪となり本疾患の発病に至るとの考察を加えている。

研究対象は、2020年1月20日~2月10日の期間、湿蘊の地、武漢市の中西結合病院(武漢市第一病院)で、新型冠状病毒感染的肺炎診療方案(第五版)に従い、RT-PCR陽性患者で普通型(発熱、呼吸器症状を有し、画像診断で肺炎像を確認)と確定診断された90例(男性52例、女性38例、年齢平均47.4±11.6歳(24~65歳))である。既往歴では高血圧症22例、糖尿病17例、高脂血症15例、甲状腺機能低下症4例、これら二種以上の基礎疾患を有する18例、長期の喫煙例21例である。(本研究の対象症例は基礎疾患合併が比較的少ない青年・中年が中心で小児・高齢者が含まれていないことが考察で述べられている)。 

症状出現から確定診断までの平均日数は4.58±3.20日で、3日以内が27例、3~7日47例、7日以上が16例である。確定前の投薬は、抗ウイルス薬(Ribavirin、Lopinavir/ Ritonavir、Umifenovir等)、抗菌剤(Moxifloxacin、Cefoperazone、Cefdinir、Cefixime、Amoxicillin等)、中成薬(連花清瘟膠嚢、藿香生気散、午時茶顆粒、小柴胡顆粒等)、感冒用薬、ステロイド薬である。
 主要症状は発熱83.3%、倦怠乏力62.2%、納呆53.3%、肌肉酸痛52.2%、干咳少痰51.1%で、熱型は午後夜間の潮熱27.8%、微熱20.0%、身熱不揚18.9%、壮熱8.9%、手足心熱5.6%、寒熱往来2.2%である。舌診は淡紅舌56.7%、紅舌35.6%、舌苔は薄白苔36.7%、白膩苔20.0%、黄膩苔20.0%、85例の脈診は沈脈類51.8%、滑脉類21.2%である。
 体質分類は王琦教授の「中医体質類型自測表」に従い判定され、痰湿質50.0%、気虚質41.7%、血瘀質27.4%、湿熱質11.9%を認めた。熟練した中医の中医辨証に基づいた証型分類は、寒湿襲肺型37.8%、湿阻中焦型53.3%、脾肺気虚型8.9%の診断であった。第3病日までは寒湿襲肺型、第3~7病日は湿阻中焦型、第7病日以降は脾肺気虚型が多く観察されている。

*「新型冠状病毒肺炎診療方案」における臨床病型と証型の変遷:
本論文で準拠の試行第五版から最新の第七版まで、臨床病型は軽症(臨床症状は軽微、画像診断で肺炎所見なし)、普通型(発熱、呼吸器症状を伴い、画像診断で肺炎所見を認める)、重症、危重型に分類されている。中医治療における証型分類では、臨床治療期(確診病例)において、第五版は初期:寒湿鬱肺、中期:疫毒閉肺、重症期:内閉外脱、回復期:肺脾気虚であり、第六版以降は軽症:寒湿鬱肺証、湿熱蘊肺証、普通型:湿毒鬱肺証、寒湿閉肺証(第七版、寒湿阻肺証)、重型:疫毒閉肺証、気営両燔証、危重型(内閉外脱証)、回復期:肺脾気虚証、気陰両虚証の分類に改変されている。


本邦「新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第2版」における重症度分類は、軽症(呼吸器症状なし、咳のみ息切れなし、SpO2≧96%)、中等症I(息切れ、肺炎所見、93%<SpO2<96%)、中等症II(酸素投与が必要、SpO2≦93%)および重症(ICUに入院あるいは人工呼吸器が必要)である。

*中医体質九分類における「気虚質」と「痰湿質」:
《気虚質(B型)》
1.定義:一身之気不足、以気息低弱、臓腑効能状態低下為主要特征的体質状態。
2.体質特征:➀形態特征:肌肉松軟。②心理特征:性格内向、情緒不穏定、胆小不喜歓冒険。➂常見表現:平素気短懶言、語音低怯、精神不振、肢体容易疲乏、易出汗、舌淡江、胖嫩、歯痕、脈象虚緩。副項、面色痿黄或淡白、目光少神、口淡、唇色少華、毛髪不澤、頭暈、健忘、大便正常、或雖便秘但結硬、或大便不成形、便後仍覚未尽、小便正常或偏多。④対外環境活応能力:不耐受寒邪、風邪、暑邪。➄発病傾向:平素体質虚弱、衛表不固易患感冒;或病後抗病能力弱、易遷延不入愈、易患内臓下垂、虚労等病。

(王琦著:王琦医書十八種➂「中医体質学研究与応用」, p46,中医中医薬出版社, 2012)

(全身性の気が不足し、各臓腑の機能低下、抵抗力減弱を示す症候が特徴である。性格は内向的、情緒不安定、胆力が乏しく冒険を好まない。肌肉筋肉は締まりなく柔らかい。平素息切れし声を出すのが億劫である、声は低く弱い、精神活動が活発でない、身体が疲れやすい、汗が出やすい。淡紅舌、胖大で嫩舌(舌質が柔らかく湿潤、紋理が細かい)、歯痕あり。虚脉で緩脈。顔色は淡い黄色で艶なく、あるいは淡白、目の輝きが乏しい、口が淡く味を感じない、唇の色が悪い、毛髪が乏しい、眩暈、健忘がある。大便は順調あるいは便秘だが乾結しない、あるいは軟便・泥状便、残便感あり。尿は正常あるいは頻尿。体質虚弱で体表を守る衛気が不足する為に、寒邪、風邪、暑邪などの外感の邪を感受しやすく容易に感冒に罹患。さらに外邪を排除する力がなく、回復力に乏しく変証を来し易く遷延する。中気下陥の内臓下垂や虚労病を起こしやすい。)

《痰湿質(E型)》
1.定義:由水液内定而痰湿凝聚、以粘滞重濁為主要特征的体質状態。
2.体質特征:①形体特征:体形肥胖、腹部肥満松軟。②心理特征:性格偏温和、穏重恭謙、和達、多善于忍耐。③常見表現:主項:面部皮肤油脂較多、多汗且黏、胸悶、痰多。副項:面色黄胖而黯,眼胞微浮,容易困倦,平素舌体胖大,舌苔白腻,口黏膩或甜,身重不爽,脉滑,喜食肥甘,大便正常或不実,小便不多或微混。④対外界環境適応能力:対梅雨季節及潮湿環境適応能力差,易患湿証。⑤発病傾向:易患消渇、中風、胸痺等病証。

(王琦著:王琦医書十八種➂「中医体質学研究と応用」, p48,中医中医薬出版社, 2012)

(水液代謝の障害で余剰水分が組織に停留、湿の性質「粘滞重濁」を反映する症候が特徴である。肥満体型、腹囲大で柔弱である。性格は温和、穏健で慎み深く、忍耐強い。顔は皮脂分泌が多く、汗が多くべたつく。胸部がつかえる、痰が多い。顔色は黄色味を帯びむくみ暗い、上眼瞼やや浮腫性、すぐに疲労する。平素胖大舌で、白膩苔、口が粘り甘く感じる、身体が重たくすっきりとしない。滑脈。脂っこく甘いものを好む、大便は順調あるいは粘つき形を成さない、尿回数は多くなくあるいは微量の混濁あり。梅雨期および湿度が高い環境では活動能力に影響がでて湿証を患いやすい。消渇(糖尿病等)、中風(脳梗塞・脳出血等)、胸痹(狭心症・心筋梗塞等)を発病する傾向がある。)

*脾胃の働きを保つ意義:
六邪に対する感受性は体質によって異なり、病証は体質によって影響を受け変化する。気虚体質には補気健脾(気を補い脾の働きを健やかに保つ)、痰湿体質には健脾芳化(脾の働きを健やかに保ち、発展した湿を芳香の(食)薬で発散させる)が求められる。梅雨から夏季本番の暑湿(暑邪と湿邪)は脾胃(胃腸の消化吸収機能に相当)の不調を来し易く、緊急事態制限の解除が続く今後さらなる留意が必要となる。脾は胃と一体となって働き、脾胃は気血生化の源、「後天之本」であり、脾胃の働きで得られる滋養物質が発育成長および生命活動を維持する。そして「正気存内、邪不可干」、人体に正気(体力、免疫力)が充実していたなら邪気は干渉出来ない(侵襲されない)である。




 

新型コロナウイルス感染症COVID-19と自然免疫・獲得免疫

2020-05-10 | 医学あれこれ
S. Felsensteina, et al.: Review Article COVID-19: Immunology and treatment options. Clin. Immunol.215, 2020.

本論文はオンライン速報版の、新型コロナウイルス感染症COVID-19における免疫機構と治療戦略についての総説である。SARS-CoV2感染者の80%が無症候か中等症に止まり20%が重症化する、これらの疾病予後を左右する因子の全容はいまだ解明されていない。本論文では、SARS-CoV2とRNA配列における相同性(SARS-CoV80%、MERS-CoV20%と一致)を示す既出のコロナウイルス感染症に関する報告を踏まえ、SARS-CoV2の多岐にわたる免疫回避戦略についての詳細な検討が記されている。英語論文はオープンアクセスで全文DL可能である。
 本稿では基本骨格となる「第4章 COVID-19の免疫病理学」(4.Immune pathology of COVID-19)」の章に焦点をしぼり忠実な概訳を心掛けた。本章には気道粘膜上皮、および感染/未感染マクロファージにおける細胞内シグナル伝達、SARS-CoV2による免疫回避機構を明瞭に図式化したシェーマが添えられ、続く第5章《治療》では分子レベルでの治療薬の作用部位が同じく明示されている。現状で有望視される各種治療薬の作用を学ぶ上で、本論文が御提示になった最新知見の理解が必須である。

それにしても免疫学の飛躍的進歩、炎症概念の変遷は、学部教養課程の生物学講義で初めてcentral dogmaを学んだ世代の町医者にはしみじみと隔世の感がある。

4.1. SARS-CoV2感染と免疫回避の機構(Mechanisms of infection and immune evasion)
SARS-CoV2、SARS-CoVの受容体であるアンギオテンシン変換酵素Ⅱ(Angiotensin-converting enzyme 2;ACE2)は殆ど全身の臓器組織に存在する。呼吸器系では肺サーファクタント分泌を担うⅡ型肺胞上皮細胞(type 2 alveolar cell)、繊毛細胞、粘液分泌性の杯細胞・ゴブレット細胞、消化管系では腸上皮細胞、さらに心筋細胞、血管内皮細胞にも存在しCOVID-19の心血管系合併症に繋がる。SARS-CoVでは免疫細胞(単球、マクロファージ、T細胞)の感染が認められているが、SARS-CoV2における感染の程度は確定されていない。単球、マクロファージには低レベルの遍在性ではないACE発現がありSARS-CoV2の侵入門戸となり得るが、ADE以外の受容体および/または免疫複合体を含む貪食機構の関与も示唆されている。

自然および獲得免疫応答の活性化、プライミング(先行する刺激への暴露が後続反応に影響する効果)の目的は病原体排除と組織修復にある。ウイルス感染における排除機構はI型インターフェロン(typeI interferon;T1IFN)に深く依存する。第一段階は、ウイルス由来のRNAなど病原体関連分子パターン(pattern associated molelular patterns;PAMPs)を異物として認識することから始まる。検知する受容体が自然免疫センサー、パターン認識受容体(pattern recognition receptors;PRRs)である。SARS-CoV、MERS-CoV、SARS-CoV2などのRNAウイルスに対するPRRsには、エンドソームのToll様受容体(Toll-like receptor;TLR3/7)、および/または細胞質内のRIG-I(retinoic acid-inducible gene-I)、MDA5(melanoma differentiation-associated protein 5)がある。TLR3/7の活性化により転写因子NFκBが核内に移行、RIG-1/MDA5の活性化はインターフェロン制御節因子3(Interferon regulatory factor 3;IRF3)活性化をもたらす。これらの反応はIRF3活性化を介するT1IFN産生誘導、およびNFκB活性化を介する自然免疫応答の炎症性サイトカイン(innate pro-inflammatory cytokine)、インターロイキン-1/6(IL-1/6)および腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor;TNF-α)産生誘導のトリガーとなる。
 T1IFNおよびこれらのサイトカインは自動増幅(auto-amplification)で発現レベルが上昇する。すなわちT1IFNはインターフェロンα受容体(Interferon-alpha/beta receptor;IFNAR)を活性化し、シグナル伝達兼転写活性化因子ファミリー転写因子1/2(Signal Transduction and Activator of Transcription ;STAT)のリン酸化/活性化に至る。そしてIL-1、IL-6、TNF受容体の活性化はNFκBを介する炎症性サイトカインの発現を促進する。

しかし一定のSARS-CoV、MERSCoV感染患者において(SARS-CoV2感染においても)、ウイルスは防御機構を抑制、免疫システムの監視を回避し、重篤で予後不良な病態を導く。例えばSARS-CoV感染では、RNAセンサー(RIG-I、MDA5)のユビキチン化反応(ubiquitination)、構造劣化(degradation)にかかわり不活性化する。この反応はミトコンドリア抗ウイルスシグナル伝達蛋白(mitochondrial antiviral-signaling protein;MAVS) (IRF3の活性化、核内移動に必須の役割を果たす)の活性化を抑制する。さらにSARS-CoVは(SARS-CoV2も同様の機序で)TNF受容体関連因子3/6(TNF receptor-associated factors;TRAF)を抑制する。このTRAF3/6は、TLR3/7および/またはRIG-I、MDA-5を介するIRF3/7誘導活性化の中心である。また新型コロナウイルスはSTATのリン酸化抑制よってもT1IFNのシグナル伝達過程に拮抗する。総括すればSARS-CoV2感染上皮細胞における、そしてある程度は感染単球/マクロファージにおいても生じる自然免疫応答の抑制は、早期の抗ウイルス反応機構の開始を妨げてウイルスの増殖を寛容する方向に進む。 

そして感染の後期、感染細胞死によりウイルス粒子、各種の細胞内因子が細胞外に放出される。これらはトリガーとなりPRRsによる認識を経て自然免疫機構が活性化、炎症性サイトカインが発現誘導され、後天性免疫細胞がウイルス感染防御の舞台に登場する。後天性免疫機構ではTリンパ球が中心的役割を担い、CD4+ T 細胞由来のサイトカイン、CD8+ T 細胞による細胞障害、 B 細胞活性化から抗体産生が誘導される。新型コロナウイルスはT細胞のアポトーシス(自発的細胞死、後述)を誘導しこれらの免疫機構の回避を起こす。なおリンパ球減少は、肺組織へリクルート(遊走誘導され局所浸潤する)され“サイトカインストーム”進行での過剰な免疫応答の引き金となる、未感染の自然免疫担当細胞がもたらす炎症性サイトカインの発現誘導によっても生じ得る。

*Ⅱ型肺胞上皮細胞:肺胞上皮細胞には、ガス交換にを担うⅠ型細胞(扁平肺胞細胞、肺胞表面の95%を占める)と肺サーファクタントを産生するⅡ型細胞(大肺胞細胞)がある。肺サーファクタント(pulmonary surfactant)は糖脂質から成る表面活性物質で、表面張力を低下させ肺胞虚脱を防ぐ作用を発揮する。さらにⅡ型細胞は組織幹細胞として、肺胞上皮の維持・再生、肺組織修復にも働く。
*アンギオテンシン変換酵素2(ACE2):レニン・アンギオテンシン(Ang)・アルドステロン(RAA)系は神経・内分泌系に作用し電解質および水代謝調節に関与し循環動態を制御する体内システムである。ACE2はAngI→Ang-(1-9)、AngⅡ→Ang-(1-7)に変換を行う細胞膜に結合する変換酵素である。可溶性ACE2が低レベルで血液中にも存在する。
*自然免疫、獲得免疫:免疫系は先天的に備わる自然免疫、生後に獲得する獲得免疫に分かれる。自然免疫は、病原体や外来抗原に対し後述のパターン認識受容体(PRRs)を介し、病原体や外来抗原侵入を感知し迅速な初期免疫反応を誘導する。マクロファージ、好中球、樹状細胞などが担当細胞である。獲得免疫は、病原体を特異的に認識し記憶することにより、再び同じ病原体に曝露された時に効率よく排除する。担当細胞はリンパ球のT細胞、B細胞である。
*病原体関連分子パターン(PAMPs)、パターン認識受容体(PRRs): PAMPsは自己には存在しない特定のグループの病原体に共通した様々な構成分子構造、分子パターンである。PAMPsを認識して病原体侵入を感知するPRMsは自然免疫系のセンサーで、細胞膜に存在する膜貫通型のTLSs(刺激を受けない状態では小胞体に局在し、刺激によりエンドゾーム内に移行してリガンド分子を認識する)と、細胞質内に存在する細胞質型のRIG-I、MDA5がある。受容体とこれに結合するリガンド分子が同時に多くの部位で結合(すなわちパターン認識)することにより、強い結合親和性とこれに続くシグナル伝達を起こすことができる。
*I型インターフェロン(T1IFN)、インターフェロン受容体(IFNAR)、シグナル伝達兼転写活性化因子(STAT):T1IFNはウイルス感染で誘導されるサイトカインでIFN-α/βを含めた総称。T1IFNが受容体IFNARに結合、JAK(Janus kinase)-STAT経路が活性化され、STATが核内に移行し、インターフェロン誘導性遺伝子の転写誘導が行われて抗ウイルス応答が活性化される。ちなみにⅡ型インターフェロン(INF-γ)は免疫細胞により分泌されマクロファージを活性化する。
*インターフェロン制御節因子3/7(IRF-3/7): T1IFN遺伝子のプロモーター領域に結合し転写誘導を担う転写因子。
*TNF受容体関連因子3/6(TRAF-3/6):腫瘍壊死因子(TNF)はサイトカインの一種で腫瘍や病原体排除を担う生理作用を発揮する。狭義にはTNF-α、TNF-β、LT-βの3種類がある。TNF-αは固形癌に対し出血性壊死を生じるサイトカインとして1975年に発見された。TRAFはTNF受容体のシグナル伝達を促進する細胞内蛋白である。
*CD4+ T 細胞、CD8+ T細胞:CD4、CD8はリンパ球、T細胞の細胞表面マーカーで、T細胞はCD4のみを発現するヘルパーT 細胞(CD4+ CD8-)とCD8のみを発現するキラー T細胞(CD4-CD8+)に分かれる。骨髄由来の前駆細胞は胸腺で分化誘導された後に体循環に入り、抗原にまだ暴露されていないナイーブT細胞は、二次リンパ組織で抗原と遭遇して活性化されエフェクターT細胞に分化する。エフェクターCD4+ T細胞はTh1/2/17細胞の3亜群に分類され、ヘルパーT細胞としてB細胞を活性化し抗体産生に関わる。エフェクターCD8+ T細胞は細胞傷害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte; CTL)とも呼ばれ、宿主には異物であるウイルス感染細胞、癌細胞などを攻撃。破壊する。
*ミトコンドリア抗ウイルスシグナル伝達(MAVS):ミトコンドリア外膜上の膜蛋白である。細胞質内のPRRs であるRIG-1、MDA5からの情報はMAVSに伝達され、転写因子IRF-3/7、NF-κBの活性化に至る。


4.2. 過剰な炎症反応とサイトカインストーム(Hyperinflammation and cytokine storm)
SARS、MERSと同様に、COVID-19の予後に関わる鍵として過剰な炎症反応(hyper-inflammation)が挙げられる。免疫回避の機構とは一見相反するが、T1IFN、IL-1β/6、TNF-αの発現増加を含む亢進した自然免疫活性化が、COVID-19、MERS、SARSにおける罹患率、死亡率を決定する中心的な役割を果たす。その背景は血管内皮細胞障害、ウイルス増殖でもたらされる細胞死の誘導である。ウイルスが惹起する炎症性の細胞死、ネクローシス(Necrosis)あるいはパイロトーシス(Pyroptosis)は炎症性サイトカインを発現誘導し、未感染の免疫細胞のリクルートを促し活性化する。抗ウイルス反応およびT1IFN発現抑制を介した、呼吸上皮におけるウイルスの免疫機構の回避はウイルス量の増加を促進する。すなわち以上から導かれる仮説として、未感染の単球/マクロファージおよび好中球の感染病巣へのリクルートが強力で同時に制御不能な炎症性反応を惹起し、罹患率、死亡率を左右する組織障害、全身性の炎症反応を招来する。

臓器障害、予後不良に係る次なる因子になるのが、コロナウイルスに対する早期の中和抗体産生による抗体依存性感染増強現象(antibody-dependent enhancement;ADE)である。ウイルス粒子と抗体が結合した免疫複合体はFcγ受容体 (FcγR)を介して細胞内に取り込まれる。その結果、新たに感染した抗原提示細胞を含む免疫細胞の中で、長期にわたりウイルス複製が可能となり、ARDSなどの臓器・組織障害となる免疫複合体を介した炎症性反応が生じる。事実、COVID-19患者における血管炎性病変、血管閉塞・梗塞が報告され、病理組織学的に免疫複合体を介する血管炎、血管周囲の単球・リンパ球浸潤、血管壁の肥厚、限局性出血が認められる。

全身的な自己免疫性/炎症性病態において、制御不能な免疫反応の招来は自然免疫機構に止まらない。炎症性サイトカイン発現と核抗原提示(細胞および組織障害の産物である)の結果、獲得免疫が活性化され、第二波炎症の引き金となる(感染の7-10日後に悪化する患者の病態がこれに該当する)。獲得免疫細胞、すなわちT細胞は、ARDSおよび/またはサイトカインストームを合併したCOVID-19患者の肺組織に認められ、これらの炎症は疾病後期に惹起された可能性がある。同様の炎症性所見はインフルエンザ、他のウイルス感染症でも報告がある。サイトカインストームを来す重篤なCOVID-19患者はリンパ球減少(lymphopenia)を呈し時にリンパ組織の委縮が観察される。これらの病的所見は原発性・二次性血球貪食性リンパ組織球症(Hemophagocytic lymphohistiocytosis;HLH)、関連するサイトカインストーム、細胞死とリンパ組織の細胞数減少に至る病態に一致するものである。

*アポトーシス、パイロトーシス:アポトーシスは不要となった細胞を除去するために誘導される分子機構で、遺伝学的にプログラム/制御された細胞死(cell death)である。ネクローシス(壊死)が細胞内容物の放出により炎症反応を惹起するのに対し、アポトーシスでは細胞内容物が露出しない。パイロトーシスのパイロ(Pyro)は火・熱を意味し、炎症誘導性のアポトーシスを称する。
*血球貪食性リンパ組織球症(HLH):遺伝子異常による原発性、他疾患に続発する二次性に大別され、乳児、幼児にみられる免疫機能障害を来たす疾患。骨髄、リンパ節などにおけるマクロファージ、組織九による血球貪食を特徴とし、発熱、肝脾腫、汎血球減少を来す。


4.3. 個々のリスクと予後に影響を与える宿主因子(Host factors affecting individual risk and outcomes)
COVID-19の予後は年齢と関連があり、小児はSARS-CoV2感染に抵抗性があり重篤な症状や合併症を来しにくく、一般に小児がウイルス感染症を起こしやすい事実とは対照的である。75%以上の小児は4歳以前に季節性のコロナウイルスの暴露を受ける。季節性コロナウイルスとの交叉免疫性の範囲は限局的であるが、加齢と共に減衰するウイルス抗体価が年配者のSARS-CoV2に対する免疫反応を低下させている可能性がある。そしてリコール効果はSARS回復期患者における季節性コロナウイルス抗体価上昇としても確認される。デング熱のようなウイルス疾患ではADEを介して免疫細胞への感染、T1IFN反応の抑制、IL-6、TNF-α発現が促進される。年配者の様な、季節性コロナウイルス曝露の既往があるが抗体価低下がある様な個体においては、広範囲な抗体産生のリコール応答は免疫複合体の沈着を来し、免疫複合体性血管炎を含む炎症・組織障害を促進する可能性が指摘される。

さらに病態と年齢との関係では、麻疹ワクチン、BCG(Bacille de Calmette et Guérin、カルメット・ゲラン桿菌の略)などの生ワクチン(live vaccination)の問題が指摘される。ワクチンは自然免疫の誘導を介する標的疾患の予防効果の枠を超えて、非特異的効果(non-specific heterologous effects)の防御反応を発揮する。例えばBCG接種は黄色ブドウ球菌、カンジダに対する免疫反応に際してIL-1β、TNF-αを増加させ、これらの感染症における乳幼児の死亡率低下に寄与する。しかしながら標的ではない抗原に対する異種免疫反応は炎症性の合併症をもたらす。しばしば成人で暴露を受けたことがない抗原に特異的なメモリーT細胞が認められ(バーチャルメモリーT細胞)、交差反応性メモリーT細胞は“高親和性”クローン選択を介しT細胞応答を狭小化する。メモリーT細胞のレパトア制限(limited memory T cell repertoires)は免疫老化(Immune senescence、Immunosenescence)の特徴であり、ウイルス性肝炎、伝染性単核球症など他のウイルス感染症における疾病の進行、T細胞が介する組織障害に関連する。

またSARS-CoV2の受容体となるACE2の発現パターンは、細胞組織(呼吸上皮VS免疫細胞)さらに個人(男性VS女性、小児VS成人)における易感染性の差異に影響する。ACE2の発現は小児、若年女性に最も多く年齢に従い減少し、糖尿病、高血圧症などの慢性疾患患者ではさらに低値を示す。ACE2はウイルス侵入を促進する一方、感染・炎症を制御して組織を修復する役割をも有する。すなわちACE2はACE2/Ang-(1-7)/MASシステムを形成しAngⅡの炎症性反応に拮抗する。すなわちAngⅡから変換されたAng-(1-7)は血管収縮を防ぎ、白血球遊走、サイトカイン発現および組織線維化機転を調節する。SARS-CoV2関連粒子とAngⅡとの結合競合において、ACE2の発現が“高値”であれば生体に有利である(ウイルス分子がACE2受容体を乗っ取りACE2の下方制御(down regulation)が進行するが、ACE2発現が多ければACE2→Ang-(1-7)の変換活性低下、AngⅡ上昇およびAng-(1-7)低下傾向が緩和されて炎症反応の惹起に歯止めがかかる)。小児、若年者、特に若年女性においてACE2発現が比較的高値であることがCOVID-19さらに合併症のリスクから保護されている機序を示唆する。

以上を総括すると、SARS-CoV2の様な新型コロナウイルスは自然免疫機構における早期のT1IFN反応を抑制する。その結果、ウイルス増殖制御が頓挫し、遅延ししかも増強したサイトカイン反応が後期に惹起される。早期にウイルス増殖の制御・排除が可能であれば、年配者、糖尿病、代謝性疾患を有する患者の疾病リスクを低下させることができる。健康な小児や若年者は感染早期に効果的にウイルス負荷を制御し、重篤で生命予後にかかわる合併症を招来しないことが示唆される。最後に早期の抗体産生は、生存可能なウイルスの結合、免疫細胞への取り込みを経てウイルス増殖が増加し、免疫複合体が関与する病態を惹起し、明らかな危険因子をもたない若年における病理機転をもたらす可能性が示唆される。

*レパトア:可変領域が示す多様性を意味する。すなわちレパトアが偏向、狭小化すると抗原認識の多様性が失われる。異なった特異性を持つT細胞受容体(T cell receptor;TCR)により特徴づけられるT細胞集団をTCRレパトアと称する。
*免疫老化:エフェクターT細胞の一部はメモリーT細胞として長期に生存する。加齢とともに胸腺が委縮し新たなナイーブT細胞の供給が低下する。老化個体はこれに対し既存のT細胞を増殖させてT細胞数の恒常性維持を計る。TCRレパトアが減少し特定の抗原に対するT細胞がクローナルに増殖すると、他抗原に対するT細胞応答が制限され多様性が低下し、全体として免疫力低下につながる。老化による免疫系の変化はT細胞機能低下が最も大でナイーブT細胞低下とTCRレパトア減少が指摘されている。免疫老化は高齢者の自己防衛機能を低下させ感染抵抗性を減弱する一方で、様々な加齢関連疾患における慢性進行性炎症の亢進にかかわる(炎症老化、Inflamm-aging、Inflamm-ageing)。COVID-19における高齢者の重症化率高値も例外ではない。





新型コロナウイルス感染症COVID-19と中薬香嚢

2020-03-29 | 医学あれこれ


《新型コロナウイルス感染症COVID-19と嗅覚障害》の記事で、嗅神経性嗅覚障害に対する嗅覚トレーニング(olfactory training)(Hummel et al. 2009年)に触れた。用いられた嗅素はバラ・ユーカリ・レモン・クローブ香である。今回のCOVID-19の嗅覚障害に対し、これら4嗅素を用いた嗅覚トレーニングの検証報告はない。 
 嗅覚系の神経は絶えず新陳代謝が行われ、再生した嗅神経細胞が既存の神経回路に組み込まれて機能する為には継続した嗅覚入力があることが重要である。嗅素を用いる嗅覚トレーニングの刺激は、さらに上位中枢の神経活動網を再構築することも示唆されている。嗅覚刺激療法の意義は言うなれば、刺激がないとテンションが下がる嗅覚系に対して絶えず“喝を入れる”ということになる。

嗅覚障害に関連して今回注目したのは、武漢大学中南医院(Zhongnan Hospital of Wuhan University)のグループによる新型コロナウイルス関連肺炎の診断治療指針報告の中の「佩戴中薬香嚢」“Wearing perfumed Chinese herb bags for prophylaxis”と記された香嚢(匂い袋)の効用である。両論文には、多数の定型的・非定型的胸部CT画像の提示を含む、COVID-19の西洋医学的診断から治療に至る詳細な検討があり、末尾にはECMO(extracorporeal membrane oxygenation;体外式膜型人工肺)を装着した重症例の提示や治療経験・教訓が補足されている。加えて本疾患の中医学的治療の章では、予防及び新型冠状病毒肺炎診療方案(試行第四版)に基づく臨床病期や治療薬が論述され、予防の項において足湯、玉屏風散を骨格とする予防方、薬茶などとともに、8種類の生薬粉末を納めた香嚢の携帯が提示されている。

現時点でSARS-CoV-2感染後の嗅覚障害治療における嗅覚トレーニングの有効性を示すエビデンスはない。また本論文中には中薬香嚢を用いた実際の臨床データの提示は記されていない。生薬を用いた嗅覚トレーニングがSARS-CoV-2の感染予防、及び感染後の嗅覚障害合併予防や嗅覚障害の治療に有用であるかは現在のところ不詳であるが、耳鼻科医かつ漢方医として大いに関心を持っている領域である。さらにあくまで私見であるが、中薬香嚢は単に身につけるだけではなく、朝晩嗅ぐ習慣(両側のみならず左右片側づつ)を意識して行った方が有効と考える。

※中薬香嚢に含まれる生薬8種の性味、帰経、効能:
clove 丁香:温裏薬(辛温、脾・胃・肺・腎経;温中降逆、散寒止痛、温腎助陽)
Perilla frutescens 紫蘇:温裏薬(辛温、肺・脾経;解表散寒、行気寛中、解魚蟹毒)
atractylodes lance 蒼朮:化湿薬(辛苦温、脾・胃・肝経;燥湿健脾、祛風散寒、明目)
fineleaf schizonepeta herb 荊芥:解表薬(辛微温、肺・肝経;祛風解表、透疹止痒、消瘡、止血)
cinnamon 肉桂:温裏薬(辛甘大熱、腎・脾・心・肝経;補火助陽、散寒止痛、温経通脈、引火帰原、鼓舞気血)
biond magnolia flower 辛夷:温裏薬(辛温、肺・胃経;発散風寒、通鼻竅)
asarum sieboldii 細辛:温裏薬(辛温、肺・腎・心経;解表散寒、祛風止痛、通鼻竅、温肺化飲)
Elettaria cardamomum 小豆蔲:化湿薬(辛温、肺・脾経;温中祛寒、行気燥湿)


Cardamon(カルダモン)は、ショウガ科、エレタリア属(Elettaria)とアモムム属(Amomum)の複数の植物種子から作られる香辛料である。英文論文では“Elettaria cardamomum”、中文論文では「白豆蒄」(Amomum kravanh Pierre ex Gagnep.)(化湿薬(辛温、肺・脾・胃経;化湿行気、温中止嘔))との記載である。「草香」(Amomum tsao-ko Crevost et lemaire)(化湿薬(辛温、脾・胃経;燥湿御中、除痰截瘧))は「白豆蒄」と同じくアモムム属である。



靳英輝・他:新型冠状病毒(2019-nCoV)感染的肺炎診療快速建議指南(完整版). 医学新治 New Medicine 30:1, p51, 2020
5.4 中医中薬治療
5.4.1 指導原則 辨証施治、三因治宜、防大于治。
5.4.2 預防
(1)環境:執行国家相関規定,強調病源隔離,同時積極消毒環境,加強衛生管理。
(2)個人:飲食有節、起居有常、合理膳食、不妄作労、適度鍛錬。
(3)心理:情志相勝。
(4)薬物:
①室内活動環境熏艾,艾葉按 1~5 g/平方米,熏30分鐘,1次/日。
②佩戴中薬香囊(丁香、荊芥、紫蘇、蒼朮、肉桂、辛夷、細辛、白蔲仁各2g粉碎装袋外用,10天更換1 次)。
③中足足浴方(艾葉 10g、紅花 10g、干姜6g)将薬物物用熱開水浸泡后,加入凉 水至適宜温度,浸泡20分鐘左右。
④中薬預防方:黄耆12g、炒白朮10g、防風10g、貫衆10g、金銀花10g、陳皮6 g、佩蘭10g、甘草10g。正常成人連続5天為一療程(児童減半)。
⑤代茶飲:蘇葉6g、霍香葉6g、陳皮9g、煨草果6g、生姜3片、頻泡服。
⑥中成薬:霍香正气軟胶囊(水)、剤量減半。

Ying-Hui Jin et al: A rapid advice guideline for the diagnosis and treatment of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) infected pneumonia (standard version). Military Medical Research 7:4, p14-15, 2020.
6.4.2 Prevention
(1) Community. Implement relevant national regulations and take great effort to keep away from contaminated materials, disinfect the environment, and improve the healthcare management.
(2) Individual. It is recommended to take food in proper amount and balanced nutrition, have regular daily life and physical activities, and avoid overloaded work.
(3) Psychology. Develop proper interests and career in a mutual promoting manner.
(4) Drug. Including:
I. Fumigation with moxa in the room, 1-5g/㎡ for 30min per day.
Ⅱ. Wearing perfumed Chinese herb bags (clove, fineleaf schizonepeta herb, Perilla frutescens, atractylodes lance, cinnamon, biond magnolia flower, asarum sieboldii, and Elettaria cardamomum, 2g for each, crushed into powder and put it into bags for external use, change a new one every 10days).
Ⅲ.Prescription of Chinese herbs for feet bath (vulgaris 10g, carthamus 10g, and dried ginger 6g) Soaking the herbs in boiling water and bath the feet into the medical liquid when the temperature is suitable. Soak feet for about 20min.
Ⅳ.Prescription of Chinese herbs for prophylaxis: Astragalus mongholicus 12g, roasted rhizoma atractylodis macrocephalae 10g, saposhnikovia divaricata 10g, Cyrtomium fortunei 10g, honeysuckle 10g, dried tangerine or orange peel 6g, eupatorium 10g, and licorice 10g. Taking the medicine above yielded decoction once a day for adults, and for 5days as a treatment course. If for children, cutting the dose to half.
Ⅴ.Medical tea: perilla lea 6g, agastache leaf 6g, dried tangerine or orange peel 9g, stewed amomum tsao-ko 6g, and 3 slices of ginger. Soak the herbs in hot water and drink the water just like enjoying the tea.
Ⅵ.Chinese patent medicine: Huoxiang Zhengqi capsule or Huoxiang Zhengqi Shu (in half dose).

COVID-19の集団発生が最初に発生しその後封鎖された武漢市で、医療従事者への感染が相次ぐ中でSARS-CoV-2と戦い、限られた時間の中で発表なさった本論文は各々20~30総頁数に及ぶ。今回取り上げた部分は御労作の極々一部にすぎない。英語・中文版ともにWEB上で全文の閲覧、DLが可能である。



新型コロナウイルス感染症COVID-19と嗅覚障害

2020-03-27 | 医学あれこれ


新型コロナウイルス感染者における嗅覚障害や味覚障害の報告が各国から出てきている。3月27日現在、PubMedでCOVID-19/SARS-CoV-2と、Anosmia(無嗅覚)/Hyposmia(嗅覚低下)/dysgeusia(味覚障害)等の用語を掛け合わせて検索をかけたがヒットする論文は上がって来ず、いまだanecdotal evidence(事例証拠)蓄積の段階である。アメリカ耳鼻咽喉・頭頸部外科学会(American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery;AAO-HNS)は3月22日付で、アレルギー性鼻炎、急性および慢性鼻副鼻腔炎などの気道疾患を合併しない嗅覚障害、味覚障害例に対する注意喚起を行い、これらの症状を感染徴候として捉え隔離やウイルス検査を考えるべきであるとの警鐘を鳴らしている。
Anosmia, hyposmia, and dysgeusia in the absence of other respiratory disease such as allergic rhinitis, acute rhinosinusitis, or chronic rhinosinusitis should alert physicians to the possibility of COVID-19 infection and warrant serious consideration for self-isolation and testing of these individuals.

嗅覚障害をもたらすウイルスは、今回可能性が示唆されているSARS-CoV-2だけではない。《感冒後嗅覚障害》は上気道のウイルス感染後、鼻漏や鼻閉などの急性症状が消退したのにもかかわらず嗅覚障害が持続する状態を示す。患者さんは感冒罹患後から長期間経過した後に受診する為に、その時点でのウイルス同定は困難であることが多いが、ライノウイルス、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルスなどの関与が報告されている。ちなみに感冒当初、鼻副鼻腔粘膜が腫脹する時期の嗅覚障害は、吸入した空気が嗅裂部に到達できずに匂い分子が嗅細胞の受容体と結合できないために生じる。
 2017年、日本鼻科学会発刊の『嗅覚障害診療ガイドライン』では《感冒後嗅覚障害》(p514-516)について、中高年女性に多い、味覚障害合併が多いが大多数は味覚検査で異常を認めない風味障害である、病態は嗅粘膜および嗅覚伝導路にウイルスが感染し直接組織を傷害、またはウイルスに対する免疫応答(局所に浸潤した炎症細胞が放出する組織障害因子が関与)が2次的に嗅粘膜を傷害して発症する「嗅神経性嗅覚障害」(sensorineural olfactory dysfunction)の一種であると論述されている。予後に関しては、従来は回復困難と考えられてきたが、月~年単位の治癒経過を辿り嗅神経細胞が再生して嗅覚の自然回復があるとされている。治療は本邦では亜鉛製剤、漢方製剤(当帰芍薬散、人参養栄湯ほか)、ステロイド点鼻、内服ビタミン製剤、代謝改善剤を使用することが多い。また嗅素を用いた嗅覚刺激療法(olfactory training)(4種類の合成の香り、レモン(lemon)、バラ(rose)、ユーカリ(eucalyptus)、 クローブ(cloves)を一日2回ずつ嗅ぐ嗅覚訓練)の有効性が報告されている。
 嗅覚障害、味覚障害例において、鼻副鼻腔内に器質的病変がなければ即新型コロナウイルス感染を疑うべきか、障害例の全例にウイルス検査が必要かという問題は、今後さらなる検討が加えられる必要がある。さらにSARS-CoV-2を含む原因となるウイルスの種類により、もたらされる嗅覚障害や味覚障害の病態および障害予後に差があるのかも現時点ではいまだ不詳である。

新型コロナウイルス感染症におけるTCM│中薬による予防(一)

2020-03-08 | 医学あれこれ
Luo Hui et al.: Can Chinese Medicine Be Used for Prevention of Corona Virus Disease 2019 (COVID-19)? A Review of Historical Classics, Research Evidence and Current Prevention Programs. Chin J Integ Med, 2020

中薬(漢方薬)によるCOVID-19予防について検証を行った論文である。(1)中国最古の医学書『黄帝内経』に始まる伝染性疾患・疫病に関する古典の解析、(2)過去のSARSとH1N1インフルエンザについての分析疫学研究、(3)2020年2月12日までに23地域の公的機関から出されたCOVID-19の予防プログラムの検討の三方面から厳密で詳細な解析が加えられている。本稿で編訳と考察を行った全文(英文)はWEB上で閲覧、DL可能である。

(1)医学古典にみられる“疫病”予防(CHM(chinese herbal medicine) formula for preventing “Pestillence” in ancient CM classics)
“pestilence”(refers to fatal epidemic disease, wenyi;予後不良の伝染病、瘟疫(うんえき))の予防及び治療理論は中国最古の医学書『黄帝内経』に始まる。本書に記された伝染病の伝播防止における二大原則は、体内に健康な気を保ち適切な食生活と運動を行い外邪の侵入を防ぐこと、及び感染源の遮断であり、これらはが現在に至るまで揺るがない原則である。『黄帝内経』には最初の推薦中薬は「小金丹」が紹介されている。
 以降の時代、『肘后備急方』、『備急千金要方』、『外台秘要』、『本草綱目』などの数多くの成書に伝染病予防に関する記述がある。その一方、中薬を用いた予防に関する具体的な報告は稀である中で、北宋の政治家・詩人、蘇軾(蘇東坡)が、左遷された湖北省、黄州で用いて民衆を救った「聖散子」について、自ら論述した貴重な経過報告がある。異なった時代の文献比較では、金・唐時代(紀元後3-10世紀)では病的因子の除去(eliminate the pathogenic factors)を意図した薬物の選択が行われ、明・清時代(紀元後14-20世紀)では健脾、祛湿、清熱と解毒(fortify spleen (Pi), resolve dampness, clear heat, and detoxify)を目的とする。

*「小金丹」:「又一法、小金丹方:辰砂二両、水磨雄黄一両、葉子雌黄一両、紫金半両、同入合中、外固了、地一尺築地実、不用炉、不須薬制、用火二十片燬之也、七日終、候冷七日取、次日出合子、埋薬地中七日、取出順日研之三日、煉白紗蜜之丸、如梧桐子大。毎日望東吸日華気一口、氷水下一丸、和気咽之。服十粒、無疫干也。」(『黄帝内経素問』刺法論篇第七十二)は、疫病の伝染を防ぐ方法をお尋ねになった黄帝に対して岐伯がお答え申し上げたくだりである。辰砂(硫化水銀)の使用は水銀中毒の可能性がある。
*「聖散子」:『蘇沈良方』、『太平恵民和剤局方』、『医方類聚』に収載。
論聖散子「普予覽《千金方》三建散,雲於病無所不治。而孫思邈特為著論,謂此方用藥節度,不近人情,至於救急,其驗特異。乃知神物效靈,不拘常制,至理開感,智不能知。今予得聖散子,殆此類也。(後文省略)」(沈括、蘇軾著『蘇沈良方』)
〇聖散子方の組成『蘇沈良方』:草豆蒄、木猪苓、石菖蒲、高良姜、独活、附子、麻黄、厚朴、藁本、芍薬、枳殻、柴胡、沢瀉、白朮、細辛、防風、霍香、半夏、茯苓、甘草
*脾の生理的機能と健脾:
五臓の「脾」(spleen、Pi)は西洋医学的な脾臓とは異なる臓器概念である。脾、および脾と表裏関係にある六腑の胃は、密接な関係で消化系統の重要な臓器をして働くので「脾胃」と総称されることが多い。飲食物から消化吸収した栄養物質や水液を原料として、気血津液が作られ生命活動が維持されるために、脾胃は「気血生化の源」、「後天の本」と呼ばれる。これらの機能が減弱すると食欲不振、倦怠感、腹の膨満感、エネルギーや栄養不良などの全身の気血不足状態が引き起こされる。また飲食物中の余剰の水液を肺や腎に送って汗や尿に変えて体外に排出する機能も「運化水液」とよばれる脾の機能であり、機能低下が起こると水液が体内で停滞し湿毒、痰飲などの病的物質が生じ、頭痛、めまいやむくみの原因となる。

(2)SARS / H1N1インフルエンザ疫学研究における予防(Evidence of CHM formula for preventing SARS / H1N1 influenzae)
SARSの予防に関して症例研究1件(香港の病院従事者16437人)、コホート研究2件(北京2病院の医療関係者3561人、4163人)があり、前者では玉屏風散加減に桑菊飲の服用者群ではSARS感染を認めず(0/1063)、非服用群の感染率は0.4%(64/15347人)であった。なお服用者の0.4%(19/15437)に下痢、咽頭痛、めまいなどの副作用が出現した。後者のコホート研究では、清熱解毒薬を加えた玉屏風散加減の服用期間が各々6日、12~25日、両者ともにSARS感染者の出現なく、服用に伴う副作用や安全性に関しての記述は認めなかった。
 H1N1インフルエンザ予防に関する研究は、中国本土での発生時で病院・学校など高リスクの感染が懸念される環境におけるRCT3件(介入群/対照群の人数は100/100、28/25、27/27)、CCT1件(介入群/対照群の人数は23947/1382)があり、個々に調整された中薬や市販薬(清解防感顆粒、抗病毒口服液、感冒清熱胶嚢)の投与期間は3~7日、追跡期間は5~30日で、効果判定は血清学的診断にて行われた。これらのデータをメタアナリシス解析した結果では、中薬服用群の感染率は対照群より有意に低値を示した(相対危険度0.36、信頼区間0.24-0.52、P<0.01)。CCTを除いた3件で行われた感度分析でも同様の結果が得られた(相対危険度0.36、信頼区間0.21-0.62、P<0.01)。

*症例対照研究(case-control study):観察研究を行う研究手法。すでに疾病ありの群と疾病なしの群の過去を分析し、特定要因の曝露(ここでは中薬投与)を比較調査する後向き研究である。
*コホート研究(cohort study):観察研究を行う研究手法。症例対照研究よりもEBMレベルが高い。曝露(中薬投与)ありの群と曝露なしの群を一定の長期間追跡し、アウトカム(疾病罹患の有無)を比較調査する前向き研究である。
*ランダム化(無作為化)比較試験(randomized controlled trial;RCT):対照群と介入群(中薬が施された群。対照群に比してどれほどの効果があるかを調べる為のグループ)を比較する研究手法。コホート研究よりさらにEBMレベルが高い。効果の検証から主観的評価を除く為に、各群は乱数表などを用いて無作為に割り付ける(randomization)。
*比較臨床試験(controlled clinical trial;CCT):対照群と介入群を比較する研究手法。患者番号などを用いた無作為割付を行っていない。効果の検証に主観的評価が加わる可能性がある。準ランダム化対照試験(non- randomized controlled trial;NRCT)
*メタアナリシス(meta-analysis):独立して過去に行われた複数の臨床研究のデータを統合し統計解析を行う総括的な研究手法。RCTよりさらにEBMレベルが高い。
*感度分析(sensitivity analysis):曝露とアウトカムに関連する他要因を想定し、その要因の為のアウトカムの変動を追跡して研究解析結果の頑健性(robustness)を量的に評価する手法。
*相対危険度(relative risk;RR):曝露要因と疾病との関係の強さを評価する指標。曝露群(中薬服用群)/非曝露群(非中薬服用群)0.36は、中薬服用者は非服用者よりも感染リスクが36%になることを意味する。
*P値(P-value):p<0.01は、99%以上の確率で偶然の産物ではない差異が認められるという表示である。すなわち中薬服用群と非服用群の比較においては、99%の確率でH1N1インフルエンザの発症率に差があるという仮説が正しいと証明される。
*Evidence-based medicine(EBM):最良かつ最新の科学的根拠(エビデンス)に基づく医療

(3)COVID-19に対する各地の予防プログラム
自治区をふくむ31の行政地域の内、23地域の公的機関から出されたCOVID-19予防プログラムの解析では、治法における重要原則は益気固表、疎風泄熱、祛湿(tonify qi to protect and provide defense from external pathogens, disperse wind and discharge heat, and resolve dampness)であり、医学古典の記述およびSARSでの観察結果との類似性が指摘される。23の地域プログラムに含まれる54の生薬の内、3ケ所以上に採用された汎用19生薬は上位より黄耆、甘草、防風、白朮、金銀花、連翹、蒼朮、桔梗、霍香、貫衆、蘇葉、芦根、沙参、陳皮、麦門冬、佩蘭、大青葉、薏苡仁、桑葉で、黄耆(Radix astragali)、白朮(Rhizoma Atractylodis Macrocephalea)、防風(Radix saposhnikoviae)の三味は「玉屏風散」の配合生薬である。「玉屏風散」は近年の研究で抗ウイルス、抗炎症、免疫調節作用があることが報告されている。

*「玉屏風散」:
効能は益気固表止汗。『世医得效方』、『医方類聚』、『丹溪心法』における黄耆、白朮、防風の配合比率は2:2:1である。

*上位汎用6生薬の性味、帰経、効能:
◎黄耆:補気薬(甘・微温、脾・肺経;健脾補中、昇陽挙陥、益衛固表、利尿、托毒生肌、補気行血)
◎甘草:補気薬(甘・平、心・肺・脾・胃経;補脾益気、袪痰止咳、緩急止痛、清熱解毒、調和諸薬)
◎防風 :解表薬(辛・甘・微温、膀胱・肝・脾経;祛風解表、勝湿止痛、止痙、止瀉)
◎白朮 :補気薬(甘・苦・温、脾・胃経;健脾益気、燥湿利尿、止汗、安胎)
◎金銀花:清熱解毒薬(甘・寒、肺・心・胃経;清熱解毒、疎散風熱)
◎連翹:清熱解毒薬(苦・微寒、肺・心・小腸経;清熱解毒、消腫散結、疎散風熱、清心利尿)


中国国家衛生健康委員会発布の「新型冠状病毒感染的診療方案」(最新版は試行第七版、2020年3月3日)に予防プログラムは含まれていない。著者らはその第一理由に「三因制宜」の原則を挙げ、第二は地域レベルで推薦された生薬・処方内容の地域差があり、これらを統べた全国的な確固たるエビデンスを備えた予防プログラムは確立されていないことを指摘する。例えば北部の乾燥地域では養陰作用がある沙参、麦門冬が、湿度の高い南部地域では湿濁を除く芳香化湿の作用がある霍香、佩蘭が加薬されている地域差を挙げる。さらに18の地域プログラムで、年齢や性別、慢性基礎疾患の有無などの違いに対し応用可能な二味かそれ以上の生薬が提示されていること、7の地域プログラムで中医学的体質に基づいた生薬選択が行われていることを踏まえ、各人に合せた最良の予防戦略(tailored prevention strategy)が、予防効果を挙げる為には必須であることを強調する。

*三因制宜:因時・因地・因人制宜、すなわち季節、地域、個人の体質・性別に基づいて予防および治療方法の調整をおこなうこと。

加えて著者らは、長期にわたる薬物使用における安全性を確保する為に、地域の公的機関が発布した医療プログラムに従った医療管理下での処方を選ぶこと、由来不詳あるいは公的な推薦がない処方や生薬を用いることに警鐘を鳴らす。万人が生薬による予防を行うことは推薦せずの言明とともに、医療関係者、家族、その他の患者との接触者、集団発生地域の住民などの高リスク集団において、入手が容易なこれらの生薬を用いた予防プログラムが有意義であると論述する。

さらに本研究の限界として、第1に“pestilence”が古典においては感染経路が多岐にわたる広範囲な概念を含み、必ずしも呼吸器感染症、特に今回のCOVID-19の病態を完全に表すものではないこと、第2にSARS、H1N1インフルエンザにおける過去の研究報告に基づく応用がなされても、COVID-19自体の予防法に関する直接的なエビデンスが現時点では得られていないこと、第3に各地の予防プログラムが、過去の伝染性疾患あるいはCOVID-19流行初期の疾病概念に基づいて各地の熟練の医療者が集団発生後の短期間に下したものであり、今後さらなる臨床応用と改良が必要であることを提示する。考察は以下の結論で締められている。
In conclusion, based on historical records and clinical evidence of SARS and H1N1 influenza prevention, CHM formula could be an alternative approach for the prevention of COVID-19 in high-risk population while waiting for the development of a successful vaccine. Prospective well design population studies are needed to evaluate the preventive effect of CM.


赤壁月 / 月岡芳年「月百姿」/ 81 Moon of the Red Cliffs Sekiheki no tsuki
Stevenson J: Yoshitoshi’s one hundred aspects of the moon, Hotei Publishing, 2001
《前赤壁賦》壬戌之秋、七月既望、蘇子與客泛舟、遊於赤壁之下。










新型コロナウイルス感染症におけるTCM│「新型冠状病毒肺炎診療方案」(試行第六版)

2020-02-24 | 医学あれこれ
新型コロナウイルスの名称が「2019-nCoV」から「SARS-CoV-2」(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2)(国際ウイルス分類委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses:ICTV発表))に変更され、新型コロナウイルス感染症の疾患名が「COVID-19」(coronavirus disease 2019)に決定した(WHO発表)。重篤な急性呼吸器感染の可能性を有するCOVID-19に関する世界規模の報告が続く中で、いまだ現時点で根本的な治療法は確立されていない。

「新型冠状病毒肺炎診療方案」(試行第六版、2020年2月19日発布)(novel coronavirus pneumonia diagnosis and treatment plan, provisional 6th edition)は、中国国家衛生健康委員会から出されているSARS-CoV-2関連肺炎に関する中西結合医療のガイドラインである。本稿では中国伝統医学(Traditional Chinese Medicine:TCM)における病期分類、治療に関する章に注目し編訳及び考察を行った。本文(中文)はWEB上で全文閲覧、DL可能である。 
 最新の試行第六版では従来の臨床治療期分類(初期:寒湿鬱肺、中期:疫毒閉肺、重症期:疫毒閉肺、恢復期:肺脾気虚)から「軽型、普通型、重型、危重型、恢復期」の5期、9病証に改変された。一連の診療方案に関する解説では、病因・病態に関する考察として「新型冠状病毒感染的肺炎当属‘寒湿(瘟)疫’、是感受寒湿疫毒而発病」、「従病位即邪气攻撃的臓腑来看,主要是」(試行第四版)、「本病属于中医疫病范疇、病因為感受疫戻之気、病位在肺、基本病機特点為“湿、熱、毒、瘀”」(試行第五版)の論述がある。

1.医学観察期
臨床表現1:乏力伴胃腸不適(消化管不調を伴う脱力感)
推薦中成薬:藿香生気胶嚢(カプセル)(丸・水・内服液)
臨床表現2:乏力伴発熱(発熱を伴う脱力感) 
推薦中成薬:金花清感顆粒、連花清瘟胶嚢(顆粒)、疏風解毒胶嚢(顆粒)

*関連方剤(方剤名、出典、組成、効能)
〇藿香生気散《和剤局方》(霍香、蘇葉、白芷、大腹皮、厚朴、半夏、陳皮、茯苓、甘草、白朮、生姜、大棗、桔梗):解表化湿、理気和中
*中成薬の主要配合生薬(薬品名、組成、効能):
〇金花清感顆粒(金銀花、浙貝母、黄芩、牛蒡子、青蒿等):疏風宣肺、清熱解毒
〇連花清瘟胶嚢(連翹、金銀花、炙麻黄、炒苦杏仁、石膏、板藍根、綿馬貫衆、魚腥草、広藿香、大黄、紅景天、薄荷、甘草):清瘟解毒、宣肺清熱
〇疏風解毒胶嚢(虎杖、連翹、板藍根、柴胡、敗醤草、馬鞭草、芦根、甘草):疏風平熱、解毒利咽
*中成薬配合生薬の分類:
◎解表薬:<発散風寒薬>白芷、生姜、麻黄;<発散風熱薬>牛蒡子、薄荷、柴胡
◎清熱薬:<清熱瀉下薬>石膏、芦根;<清熱燥湿薬>黄芩;<清熱解毒薬>金銀花、連翹、板藍根、貫衆、魚腥草、敗醤草;<清虚熱薬>青蒿
◎瀉下薬:<攻下薬>大黄
◎利水滲湿薬:<利水消腫薬>茯苓;<利水退黄薬>虎杖
◎芳香化湿薬:霍香、厚朴、
◎理気薬:大腹皮、陳皮、
◎化痰止咳平喘薬:<温化寒痰薬>半夏;<清化熱痰薬>桔梗、浙貝母;<止咳平喘薬>杏仁
◎補虚薬:<補気薬>白朮、紅景天、大棗、甘草


2.1臨床治療期(確信病例)
清肺排毒湯
活用範囲:适用于軽型、普通型、重型患者,危重型患者。
基礎方剤:麻黄、炙甘草、杏仁、生石膏(先煎)、桂枝、沢瀉、猪苓、白朮、茯苓、柴胡、黄芩、姜半夏、生、紫菀、冬花、射、細辛、山薬、枳実、陳皮、藿香。
(服用方法、生薬処方量および中成薬注射液の投与量(処方に際し加減が必須)は引用を省略。以下同文。)

*清肺排毒湯が含む方意をもつ関連方剤(方剤名、出典、組成、効能):
〇麻杏甘石湯《傷寒論》(麻黄、杏仁、石膏、甘草):辛涼宣泄、清肺平喘
〇射干麻黄湯《金匱要略》(射干、麻黄、生姜、五味子、細辛、紫苑、欵冬花、大棗、半夏)
〇小柴胡湯《傷寒論》(柴胡、半夏、人参、黄芩、大棗、生姜、甘草):和解少陽
〇五苓散《傷寒論》(沢瀉、茯苓、猪苓、白朮、桂枝):利水滲湿、通陽化気
*抽出成分を考慮した煎じ方法:有効成分が溶出困難な鉱物や毒性の強い薬草は初めから加えて長時間煎じる(先煎)。芳香性・揮発性のある薬草や大黄などの瀉下作用発揮を目的とする場合は、煎じ終わる前の時期を見計らって投入する(後下)。

2.2 軽型
(1)寒湿郁肺証
臨床表現:発熱、乏力、周身酸痛、咳嗽、喀痰、胸緊憋気、納呆、悪心、嘔吐、大便粘膩不爽。舌質淡胖歯痕或淡紅、苔白厚腐膩或白膩、脉濡或滑。
(発熱、脱力感、全身の筋肉痛、咳嗽、喀痰、胸の拘束・閉塞感、食欲不振、悪心、嘔吐、粘稠な便・残便感。淡白舌、胖大あるいは淡紅舌、厚い白色腐膩苔あるいは白膩苔、濡脈あるいは滑脈)
推薦処方:生麻黄、生石膏、杏仁、羌活、葶藶子、貫衆、地竜、徐長卿、藿香、佩蘭、蒼朮、雲苓(茯苓)、生白朮、焦三仙、厚朴、焦檳榔、煨草果、生姜。
(2)湿熱蘊肺証
臨床表現:低熱或不発熱、微悪寒、乏力、頭身困重、肌肉酸痛、干咳痰少、咽痛、口干不欲多飲、或伴有胸悶脘痞、無汗或汗出不暢、或見嘔悪納呆、便溏或大便粘滞不爽。舌淡紅、苔白厚膩或薄黄、脉滑数或濡。
(微熱あるいは発熱なし、軽度の悪寒、脱力感、全身が重だるい、筋肉痛、乾性咳嗽・痰は少量、咽頭痛、口腔・咽頭の乾燥感があるが水分をほしがらない、胸腹部が痞えて苦しい、無汗或いは汗がすっきりと出ない、悪心・嘔吐・食欲不振、軟便・残便感。淡紅舌、厚白膩苔あるいは薄黄苔、渇数脈あるいは濡脈。)
推薦処方:檳榔、草果、厚朴、知母、黄芩、柴胡、赤芍、連翹、青蒿 (後下)、蒼朮、大青叶、生甘草。

*関連方剤:
〇麻杏甘石湯《傷寒論》(麻黄、杏仁、石膏、甘草):辛涼宣泄、清肺平喘
〇達原飲《温疫論》(檳榔、厚朴、草果、知母、芍薬、黄芩、甘草):開達膜原、避穢化濁
*寒湿(cold-dampness):寒邪と湿邪が結びついた病態。六淫(six pathogenic factors)は発病原因の邪気となる「風・寒・暑・湿・燥・火」の六気の季節の異常変化であり、六邪(風邪、寒邪、暑邪、湿邪、燥邪、火邪)とも呼ばれる。また六淫はあらゆる外感病(affliction by exo-pathogen;外邪が体に侵入して起こる疾病)の病邪や季節・地域により異なる気候環境因子を含んだ概念であり、病因となる外界因子を網羅した総称でもある。
 寒湿は、六淫病邪の寒邪による外寒寒湿、および体内で生じる内生寒湿に分類される。湿邪は寒邪を伴う場合と熱邪を伴うもの(湿熱)がある。「寒湿郁肺証」に比し「湿熱蘊肺証」は湿多熱少の寒熱錯雑の病態を示している。ウイルス性気道感染症の初期症状では、悪寒、発熱などの表証とともに、肺気の宣発・粛降の失調と津液の運行失調が生じて咳嗽や喀痰などの呼吸器症状が出現する。


2.3 普通型
(1)湿毒鬱肺証
臨床表現:発熱、咳嗽痰少、或有黄痰、憋悶気促、腹脹、便秘不暢。舌質暗紅、舌体胖、苔黄膩或黄燥、脉滑数或弦滑。
(発熱、咳嗽・痰は少量あるいは黄色痰、胸の痞え・呼吸促迫、腹部膨満感、便秘傾向。暗紅舌、胖大舌、黄膩苔あるいは黄燥苔、渇数脈あるいは弦滑脈。)
推薦処方:生麻黄、苦杏仁、生石膏、生薏苡仁、茅蒼朮、広藿香、青蒿草、虎杖、馬鞭草、干芦根、葶藶子、化橘紅、生甘草。
(2)寒湿阻肺証
臨床表現:低熱、身熱不揚、或未熱、干咳、少痰、倦怠乏力、胸悶、脘痞、或嘔悪、便溏。舌質淡或淡紅、苔白或白膩、脉濡。
(微熱、熱感があるが体表には甚だしい熱を触れない、あるいは発熱なし、乾性咳嗽、痰は少量、倦怠感、胸腹部に膨満感があり痞える、悪心・嘔吐、軟便。淡白舌あるいは淡紅舌、白苔あるいは白膩苔、濡脈。)
推薦処方:蒼朮、陳皮、厚朴、藿香、草果、生麻黄、羌活、生姜、檳榔。

*関連方剤:
〇麻杏薏甘湯《金匱要略》(麻黄、杏仁、薏苡仁、甘草):発汗解表、祛風利湿
〇藿香生気散《和剤局方》(霍香、蘇葉、白芷、大腹皮、厚朴、半夏、陳皮、茯苓、甘草、白朮、生姜、大棗、桔梗):解表化湿、理気和中
*湿(dampness):湿邪は重濁粘滞(heaviness, turbidity and viscosity)の性質があり、寒邪と同様に陰邪で人体の陽気を損傷する。汚濁する性質により体内で長期にわたり蓄積、滞留すれば湿毒(toxic dampness)が生まれる。その病的過程で津液の消耗につながる化熱が生じることがあり、熱と湿の両者の性質を持った症候(湿熱、damp-heat)は水分代謝障害を伴う炎症性反応と考えられる。湿邪がからむ疾病は一般に経過が遷延し再発が多い。また消化管障害を招来しやすいことが特徴の一つである。脾気虚、脾陽虚があると運化機能失調(消化管の運動機能障害)と内湿の悪循環を生み、さらに同気相求(似たものは自然に寄り集まる)として、さらに外来の湿邪の侵襲を受け易くなるので外湿と内湿は混在することが多い。
 軽・普通型を通じて見られる、低熱あるいは無熱、身熱不揚(湿邪が熱邪を覆い隠す)、微悪寒あるいは悪寒なし、頭身困重、口干不欲多飲(湿邪が鬱阻して脾気が昇らず津液が行き渡らない)、悪心・嘔吐・腹脹、便溏などの臨床症状と膩苔、濡脈は、湿邪、湿毒が枢機となる病証を示唆している。
*芳香化湿薬:辛温温燥の性質を有し、化湿運脾(脾胃の運化を促進し湿濁を除く)作用を持つ。属する生薬には霍香、佩蘭、蒼朮、厚朴、砂仁、小豆蒄、草果があり、中医学的に寒湿疫毒の感受が病因・病態と考えられる本疾患の病態で多用されている。「醒脾」は芳香化湿薬を用いて無力となった脾気を高める治法である。


2.4 重型
(1)疫毒閉肺証
臨床表現:発熱面紅、咳嗽、痰黄粘少、或痰中帯血、喘憋気促、疲乏倦怠、口干苦粘、悪心不食、大便不暢、小便短赤。舌紅、苔黄膩、脉滑数。
(発熱・ 顔面紅潮、咳嗽、黄色・粘稠痰、血痰、喘鳴・呼吸促迫、疲労倦怠感、口渇・口が苦く粘る、悪心・食欲減退、大便不調、尿量が少なく尿色が濃い。紅舌、黄膩苔、渇数脈。)
推薦処方:生麻黄、杏仁、生石膏、甘草、藿香 (後下)、厚朴、蒼朮、草果、法半夏、茯苓、生大黄(後下)、生黄耆、葶藶子、赤芍。
(2)気営両燔証
臨床表現:大熱煩渇、喘憋気促、譫語神昏、視物錯瞀、或発斑疹、或吐血、衄血、或四肢抽搐。舌絳少苔或無苔、脉沈細数、或浮大而数。
(高熱で強い口渇、喘鳴・呼吸促迫、うわごと・意識混濁、視力障害、皮下出血斑、吐血、鼻出血、四肢痙攣。絳舌、少苔あるいは無苔、沈細数脈あるいは浮大かつ数脈。)
推薦処方:生石膏(先煎)、知母、生地、水牛角(先煎)、赤芍、玄参、連翹、丹皮、黄連、竹叶、葶藶子、生甘草。
推薦中成薬:喜炎平注射液、血必浄注射液、熱毒寧注射液、痰熱清注射液、醒脳静注射液。

*関連方剤:
〇麻杏甘石湯《金匱要略》(麻黄、杏仁、薏苡仁、甘草):発汗解表、祛風利湿
〇宣白承気湯《温病条辨》(生石膏、生大黄、杏仁、栝楼皮):宣肺通腑
〇清瘟解毒飲《疫疹一得》(生石膏、生地黄、犀角、黄連、山梔子、桔梗、黄芩、知母、赤芍、玄参、連翹、甘草、牡丹皮、鮮竹葉):清熱解毒、凉血瀉火
〇化斑湯《温病条辨》(石膏、知母、生甘草、玄参、犀角、白粳米):清気凉血
*中薬注射剤の主要成分(薬品名、組成、効能):
〇喜炎平注射液(穿心蓮成分):清熱解毒、止咳止痢
〇血必浄注射液(紅花、赤芍、川芎、丹参、当帰):化瘀解毒
〇熱毒寧注射液(青蒿、金銀花、山梔子):清熱疏風解毒
〇醒脳静注射液(麝香、欝金、冰片、山梔子):清熱解毒、凉血活血
*疫毒(疫気、癘気、疫癘、異気、戻気)(epidemic toxin/pathogen):一般的な六淫病邪とは性質が異なる外邪で強力な伝染性・流行性を有する特殊な邪気と定義される。『黄帝内経素問遺残篇』刺法論に「五疫之至、皆相染易、無問大小、病状相似。」(五疫の疾病が至ると皆が感染し大小問わず病状が相似る)、明代の呉又可著『温疫論』に「瘟疫之為病、非風、非寒、非暑、非湿、乃天地間別有一種異気所感。」(瘟疫の発病は、風・寒・燥・湿いずれでもない天地の間に在る一種の異気を感受する為である)の記述がある。疫毒が発生し感染性(infectivity)、病原性・毒性(virulence)を発揮する重要な条件として、六淫病邪(SARS-CoV-2関連肺炎で留意すべきは湿邪、そして寒邪)あるいは特殊な形で邪毒となった六淫病邪の関与を考えねばならない。
*気営両燔(きえいりょうはん):気分の熱邪が盛んで営分に波及し、気分証と営分証が同時に存在する病態。衛気営血弁証は主として熱性の外邪を感受して発症する温病の病期・病位の捉え方であり、衛分証(温熱の邪が初めて人体を侵襲する、病位が浅く病状は軽い初期)から、気分証(邪が表から裏に侵入する、病位が深く病状が重い中~極期)、営(血)分証(病位が最も深く病状が最も重篤、津液を灼傷し脱水状態を来す、意識障害や出血症状が出現する)の四証に分けられる。

2.5 危重型(内閉解脱証)
臨床困難:呼吸困難、動輒気喘或需要机械通気、伴神昏、煩燥、汗出肢冷、舌質紫暗、苔厚膩或燥、脉浮大無根。
(呼吸困難、通常呼吸不全で人工呼吸器の導入、随伴症状として意識障害、不穏、発汗、末梢性チアノーゼ。紫暗舌、厚膩苔あるいは燥苔、浮大脈で無根。)
推薦処方:人参、黒順片(附子) (先煎)、山茱萸、送服蘇合香丸或安宮牛黄丸。
推薦中成薬:血必浄注射液、熱毒寧注射液、痰熱清注射液、醒脳静注射液、参附注射液、生脉注射液、参麦注射液。

*関連方剤:
〇参附湯《正体類要》(人参、附子):益気回陽救脱
〇蘇合香丸《和剤局方》(白朮、青木香、犀角、香附子、朱砂、訶子、白檀香、安息香、沈香、麝香、丁香、蓽撥、竜脳、乳香、蘇合香油):芳香開竅、行気止痛
〇安宮牛黄丸《温病条弁》(牛黄、犀角、麝香、真珠、朱砂、雄黄、黄連、黄芩、山梔子、欝金、冰片):清熱解毒、鎮惊開竅
推薦処方に含まれる山茱萸は補益肝腎、収斂固渋の作用を有する固渋薬である。
*中薬注射剤の主要成分:
〇参附注射液(紅参、黒順片):回陽救逆、益気固脱
〇生脉注射液(紅参、麦門冬、五味子):益気養陰、復脈固脱
〇参麦注射液(紅参、麦門冬):益気固脱、養陰生津
重型と危重型は、重症呼吸困難、低酸素血症、ARDS、敗血症性ショックなどの重篤な症候を生じる時期で西洋医学との結合医療が不可欠である。中医学的には熱毒が心包に深陥して心竅を内閉した熱入心包が生じ、さらに津液を消耗して陽気が解脱の方向に進行した非常に危険な病態が「内閉外脱」である。


病毒感染或合并軽度細菌感染:喜炎平注射液、熱毒寧注射液、痰熱清注射液。
高熱伴意識障碍(高熱を伴う意識障害):醒脳静注射液。
全身炎症反応総合証或/和多臓器功能衰竭:血必浄注射液。
免疫抑制:参麦注射液。
休克(shock):参附注射液。
(本項の末尾に記されている重型、危重型の症例に対する中薬注射剤の推薦用法である。生理食塩液に混合して投与された中薬注射剤名(加減を要する投与量は省略)を掲示した。)

*全身性炎症反応症候群(systemic inflammatory response syndrome;SIRS):各種の侵襲により誘発される高サイトカイン血症に伴う全身性の急性炎症反応。多臓器障害(multiple organ dysfunction syndrome;MODS)に至る前段階の重篤な病態である。
*生理食塩液:生食、血漿と等張で塩化ナトリウムを0.9w/v%含有の食塩水


2.6 恢復期
(1)肺脾気虚証
臨床表現:気短、倦怠乏力、納差嘔悪、痞満、大便無力、便溏不爽。舌淡胖、苔白膩苔。
(息切れ、倦怠感・脱力感、食欲不振・悪心嘔吐、大腸の蠕動運動低下、胸脘部の痞え、軟便・残便感。淡白舌、胖大舌、白膩苔。)
推薦処方:法半夏、陳皮、党参、炙黄耆、炒白朮、茯苓、藿香、砂仁(後下)、甘草。
(2)気陰両虚証
臨床表現:乏力、气短、口干、口渇、心悸、汗多、納差、低熱或不熱、干咳少痰。舌干少津,脉細或虚无力。
(気力低下、息切れ、口内乾燥、口渇、動悸、多汗、食欲不振、微熱或いは発熱なし、乾性咳嗽・痰は少量。舌は乾燥・津液不足、細脉あるいは虚脉で無力。)
推薦処方:南北沙参、麦冬、西洋参、五味子、生石膏、淡竹叶、桑叶、芦根、丹参、生甘草。

*関連方剤:
〇香砂六君子湯《万病回春》(人参、白朮、茯苓、甘草、陳皮、半夏、香附子、縮砂):
〇沙参麦門冬湯《温病条辨》(沙参、玉竹、甘草、桑葉、扁豆、天花粉、麦門冬):清養肺胃、生津潤燥
〇竹葉石膏湯《傷寒論》(淡竹葉、石膏、甘草、粳米、麦門冬、半夏、人参):清熱生津、益気和胃
邪熱が消退した回復期は正虚で気血津液不足であり、また余邪や余熱は完全には除かれていない。呼吸器疾患の回復期には「肺脾気虚」がみられ、消化吸収機能(脾胃の機能)を向上させて障害を受けた肺機能の回復をはかる必要がある。体に潤いをもたらす体液(津液)は加齢とともに減少傾向を示す。発汗を伴う熱性疾患で消耗・乾燥が進行すると津液不足がおこり、気虚に陰虚を兼ねた「気陰両虚」の病態が起こる。「肺脾気虚」の推薦処方構成は補気薬の人参と黄耆を含む参耆剤である。「気陰両虚」における西洋人参は、補気養陰、清熱生津の作用を示し補気とともに熱を冷ます作用がある。











新型コロナウイルス(2019-nCoV)感染症の続報

2020-02-08 | 医学あれこれ
新型コロナウイルス(2019-nCoV)肺炎に関する続報で、Lancet誌のWebに公開され閲覧可能である。
Nanshan Chen.et al.: Epidemiological and clinical characteristics of 99 cases of 2019 novel coronavirus pneumonia in Wuhan, China: a descriptive study. Lancet, 2020

2019-nCoV感染症と診断された2020年1月1日から20日までの武漢市金銀潭医院(Wuhan Jinyintan Hospital)入院患者99例の検討である。病原体診断は既報と同様にreal-time RT-PCRで行われ、咽頭ぬぐい液は入院時に全例採取された。性別は男性67例、女性32例、平均年齢55.5±13.1歳、49例(49%)が華南海産物市場(Huanan seafood market)での暴露感染が示唆され、50例(51%)が慢性疾患の既往歴を有し、心血管・脳血管性疾患40例(40%)、内分泌疾患13例(13%)、消化管疾患11例(11%)等を認めた。症状は発熱82例(83%)、咳嗽81例(82%)、息切れ31例(31%)、筋肉痛11例(11%)、以下意識障害9%、頭痛8%、咽頭痛5%、鼻漏4%、胸痛2%、下痢2%、悪心・嘔吐1%である。
RT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction):RNAを鋳型としてDNAを合成、逆転写反応により合成されたcDNA(complementary DNA)をPCR(核酸ポリメラーゼ連鎖反応)で十分な検出感度まで増幅する。微生物特有の遺伝子をターゲットにしてウイルスや細菌を検出する手法である。

胸部のCT画像所見は両側性肺病変75例(75%)、一側性病変25例(25%)、多発性の斑状およびすりガラス状陰影(multiple mottling and ground-glass opacity)14例(14%)、気胸1例(1%)を認め、17例(17%)が急性呼吸窮迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome;ARDS)を合併した。1月25日時点で31例(31%)が退院、11例(11%)が短期間に増悪、多臓器不全に至り不幸な転帰をとった。重症肺炎、ARDSの早期死亡2例の臨床経過の提示があり、両者とも慢性の基礎疾患は認めず長年の喫煙習慣を有した。61歳男性例は呼吸不全、心不全、敗血症を合併、69歳男性例は低酸素血症が持続、呼吸不全、敗血症性ショックを合併し、症状発現から人工呼吸器導入までの日数は3日と10日、入院第11病日と第9病日に死亡した。これまでに報告された死亡率はSARS10%以上、MERS35%以上であったのに比し、本症例群における2019-nCoV感染症は11%であった。ウイルス性肺炎の死亡リスクを予測するMuLBSTAスコアでの評価が上記の重篤な2症例の予後と一致したことが指摘され、有効活用の為の検討が望まれると記されている。
MuLBSTA score: multilobular infiltration(多小葉性浸潤)、hypo-lymphocytosis(リンパ球減少)、bacterial coinfection(細菌の混合感染)、smoking history(喫煙歴)、hyper-tension(高血圧)、age(年齢)の6項目からなる。

入院時の一般血液検査では、白血球増多24例(24%)白血球減少9例(9%)、好中球増加38例(38%)リンパ球減少35例(35%)、血小板増加4例(4%)、血小板減少32例(32%)、ヘモグロビン低下50例(50%)を認めた。2019-nCoVのリンパ球への作用、特にTリンパ球への指向性、Tリンパ球障害が病態悪化の重要因子であること、サイトカインストームの惹起とARDS、敗血症ショック、多臓器不全に至る病態についての論述が続き、絶対的リンパ球減少がクリニックにおける新規感染例の一つの診断指標となりうることが指摘されている。
絶対的リンパ球減少症:成人では、成人では 1000/μl 以下、正常値は1000~4800/μl、リンパ球の約75%がT細胞、25%がB細胞である。

治療薬は、オセルタミビル(oseltamivir))、ガンシクロビル(ganciclovir)、ロピナビル(lopinavir)・リトナビル(ritonavir)などの抗ウイルス薬が投与された(投与期間3~14日、平均3日)。抗菌剤投与70例(70%)の内、25例(25%)が単独投与、45例(45%)が抗ウイルス剤との併用療法であり、抗真菌剤投与は15例(15%)、ステロイド剤投与19例(19%)、免疫グロブリン製剤投与27例(27%)であった。混合感染例で検出された細菌はAcinetbacter baumanni(近年多剤耐性アシネトバクターによる難治性感染症が世界的な問題となっている)、Klebsiella pneumoniae(肺炎桿菌)、真菌ではAspergillus flavusCandida glabrataCandida albicansである。
 著者等は考察末尾の結論で、2019-nCoV感染症は集団発生であったが、合併症を有する高齢者男性ほどより感染傾向が増加し、ARDSの様な重篤で致死的な呼吸器疾患を来す重症化リスクの可能性があると注意喚起を行っている。




新型コロナウイルス(2019-nCoV)感染症の臨床像を知る

2020-01-30 | 医学あれこれ
1月30日現在、PubMedで“novel coronavirus pneumonia”を検索すると、2020年の論文が8例ヒットする。下記は新型コロナウイルス(2019-nCoV;novel betacoronavirus)感染症の臨床像に関する詳細な報告で、Lancet誌のWebで公開されている。
Huang C.et al.: Clinical features of patients infected with 2019 novel coronavirus in Wuhan, China. Lancet, 2020

本論文は、2019-nCoV感染症と診断された、1月2日までの武漢の入院患者41例の解析報告である。性別は男性30例(73%)、年齢の中央値は49歳、華南海産物市場(Huanann seafood market)での暴露感染が27例(66%)、家族内感染1例、13例(32%)が糖尿病、高血圧症、心血管疾患などの基礎疾患を有する。
 主症状は発熱40例(98%)、咳嗽31例(76%)、筋肉痛・疲労18例(44%)、喀痰、頭痛、喀血、下痢がこれに続く。呼吸困難に至った症例は22例(55%)、呼吸困難出現までの期間は8日。殆どの症例が鼻漏、くしゃみ、咽頭痛などの上気道症状は示さず、感染の標的となる細胞が下気道にあることを示唆した。
 著者らは考察において、41例の検討が下気道から得られた検体によりなされ、同時に鼻咽腔ぬぐい液が採取されていないこと、従って上・下気道における2019-nCoV検出の差異を今後の検討課題の一つとして挙げている。この点は耳鼻咽喉科医の一人として特に関心がある。

肺炎は全例に認められ、観察された胸部CTの異常所見は、40例(98%)に両側性肺病変あり。ICU入室患者入院時の典型的画像は、両側性多発性の小葉・亜区域の浸潤影(bilateral multiple lobular and subsegmental areas of consolidation)、非ICU患者は、両側のすりガラス状混濁、亜区域の浸潤影(bilateral ground-glass opacity and subsegmental areas of consolidation)。である。
 合併症は、急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)12例(29%)、RNAaemia6例(15%)、急性心障害5例(12%)、二次感染4例(10%)。集中治療室(ICU)での加療を要した13例(32%)、6例(15%)が不幸な転帰をとり、1月22日現在で28例が退院基準に達した。
 SARS(severe acute respiratory symdrome;重症急性呼吸器症候群)やMERS(middle east respiratory syndrome;中東呼吸器症候群)と同様に血清サイトカイン上昇が観察され、本症例群ではIL1B、IFNγ、IP10、MCP1が高値で、さらにICU入室患者は非ICU群に比してGSCF、IP10、MCP1、MIP1A、TNFαが高値を示し、サイトカインストーム(cytokine storm;サイトカイン放出症候群;高サイトカイン血症による免疫系の過剰な全身性炎症反応で、ショック、播種性血管内症候群、多臓器不全など致死的な状態に至ることがある。)が重症度に深く関連することが示唆される。そしてTh1細胞(細胞性免疫応答に関与する)サイトカイン、Th2細胞(液性免疫応答に関与)サイトカイン(IL4、IL10)の反応解析が病態生理の解明に必要と結ばれている。

治療薬は、診断を確定する前の抗菌薬投与(empirical antibiotic treatment)が行われ、38例(93%)にオセルタミビル(oseltamivir)、9例(22%)にコルチコステロイド(corticosteroid)の全身投与が行われている。コルチコステロイド投与はSARS、MERSに対し炎症反応抑制の目的で用いられたが、ウイルス排出抑制を惹起する問題が残り、2019-nCoV感染症における有効性についてはさらなる解析が必要と論じられている。現時点で2019-nCoV感染症に対する有効な抗ウイルス治療法の報告はないが、著者等はロピナビル(lopinavir;HIV感染症治療に用いるプロテアーゼ阻害薬)とリトナビル(ritonavir;同じくプロテアーゼ阻害薬)の併用療法の確立に向けた、無作為化対照試験の開始を紹介している。



家庭での耳掃除

2018-09-02 | 医学あれこれ


『無理な耳掃除やめて ~ 風呂上り ぬぐう程度に』という記事が、本日9月2日の朝刊(京都新聞、暮らし欄)に掲載されていた。日耳鼻の学校保健委員会の朝比奈紀彦先生が御監修で、「基本的に家庭内での耳掃除はやめてください」という骨子のもとに、外耳道の皮膚表皮の落屑物と皮脂腺・耳垢腺からの分泌物の混合物から成る「耳垢」(じこう、みみあか)は皮膚を保護する働きがあること、耳垢は本来、外耳道の外に自然に排泄される機構があること、家庭で行う耳掃除が耳垢栓塞、外耳道損傷、鼓膜穿孔を起こすリスクがあることなどが詳細に述べられている。

家庭での耳掃除に関してもう少し付け加えさせて頂くとすれば、「大人が子供さんの前で絶対に自分の耳掃除を行わない」「耳かきの道具、綿棒などは決して子供さんの手の届く所に放置しない」である。背伸びをして大人の真似をしてみたい年頃の子供さんが自分ひとりでやってみた、あるいは親御さんを真似て弟や妹に耳掃除を試みた、その結果、外耳道や鼓膜を傷つけて大出血で受診という事例が時にある。中には怪獣の尖った尾を耳に突っ込んでという場合もあり、留意すべきは耳かきの棒に限らない。さらに子供さんは当初は大人しく身を任せていても、何をきっかけに急に動くか予測不能である。《お母さん、謝らないで下さい》(2017/5/14)のブログ記事に書いたが、どのような耳鼻咽喉科の処置であっても介助による固定は必須である。従って私は公私ともに子供の耳掃除(医療行為としての名称は、耳処置、耳垢栓塞除去)を介助なしで行ったことはこれまでに一度もない。

そして大人、子供に限らず、家庭での耳掃除を契機に起こりうる可能性のある耳の病気のいくつかを最後にまとめておきたい。誤って加えた深い一撃で鼓膜を破ると(外傷性鼓膜穿孔)、傷つけた位置によっては鼓膜後方に繋がる耳小骨の連鎖が壊れ(耳小骨離断)、聴力回復の為には手術加療(鼓室形成術)が必要となる。鼓膜や中耳損傷のみならず内耳にも障害が及べば、治療をお受けになっても難聴や耳鳴の改善が困難となる場合がある(外傷性内耳障害、急性音響外傷)。また皮膚を擦過して生じた微小な外傷から感染を来すことがある(外耳炎)。外耳道内腔の皮膚が炎症を来して腫脹すると、外耳道は外側を軟骨や骨に囲まれている為に、腫れあがった皮膚は内腔へと盛り上がる。その結果、激しい耳痛や耳漏を伴って外耳道の孔が殆ど塞がる事態も起こる(外耳道蜂窩織炎)。たかが耳掃除とお思いかもかもしれないが、されど耳掃除であり、ゆめゆめ侮ることなかれである。

再興感染症

2018-08-25 | 医学あれこれ
毎年10月頃、独立行政法人国立病院、南京都病院の御主催で医師向け結核研修会が開催される。8月22日の新聞には、正岡子規の新たな句が収められた歳旦帳が初公開されるという記事が掲載されていた。子規は肺結核、脊椎カリエス(結核性脊椎炎)を発症し三十四歳で夭折した。明治から昭和に至る時代、かつては国民病とまでいわれた結核に罹患し志半ばで斃れた作家、詩人や俳人、芸術家は数知れない。
 結核は空気(飛沫核)感染を起こす伝染病である。飛沫核は咳やくしゃみで口から飛び散った水滴(飛沫)から水分が蒸発した小粒子(直径<5μm、1μmは0.001mm)で、軽いために長時間空気中を浮遊する。吸入された飛沫核は末梢の気道内で沈着し、飛沫核に濃厚暴露されて結核菌感染が成立すると、その後2年以内に発病する人は約6~7%、細胞性免疫で封じ込められた菌を休眠状態で抱えながら発病を免れ天寿を全うされるのが90%、宿主の免疫力が低下した時に、結核菌が休眠状態から再び増殖(内因性再燃)して発病(二次型結核)に至るのが3~4%である。結核の既感染率は年齢が上がるにつれて上昇し、高齢者の多くは気が付かないうちに感染し保菌者となっていると考えられる。そして結核の年代死亡層は、かつての青年層になりかわり、高齢者が占めるようになっている。近年、多剤併用療法から成る標準化学療法が確立され、結核の診断、予防と治療の取り組みは、宿痾と恐れられた時代に比べ隔世の感がある。しかし年次推移で新登録患者数、罹患率は減少傾向にあるも結核撲滅にはなお道遠く、毎年、集団感染の事例報告がなされている。時代のグローバル化に伴う感染者の地球内移動、有効薬剤が効かない多剤耐性結核、免疫抑制宿主における内因性再燃などの課題を含め、結核は克服された過去の病気ではなく、「再興感染症」(発症が一時期は減少し克服できると考えられたが、再び流行する傾向が出ている感染症)と現在位置づけられている。

臥して見る秋海棠の木末かな

秋海棠に鋏をあてること勿れ
   
              明治34年 正岡子規


大正十三年木版画