花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

芍薬(シャクヤク)

2024-04-26 | 漢方の世界

廿一 芍薬 瑠紅草│「四季の花」夏之部・壱, 芸艸堂, 明治41年

「芍薬」(シャクヤク)は、同名のボタン科、ボタン属多年草の芍薬、学名 Paeonia lactiflora Pall.の根から得られる生薬である。「赤芍」(セキシャク)と「白芍」(ビヤクシャク)に中国では区別され、日本市場品は「白芍」である。「赤芍」の基原植物は芍薬(P. lactiflora Pall)の他、川赤芍(P. veitchii Lynch.)などがあり、根の外皮を付けたまま乾燥するのに対し、「白芍」は外皮を取り去り蒸乾する。
 清熱薬に分類される「赤芍」の薬性は苦、微寒、帰経は肝経、効能は清熱涼血、散瘀止痛である。「白芍」は養血薬に分類され、薬性は苦、酸、微寒、帰経は肝・脾経、効能は養血斂陰、柔肝止痛、平抑肝陽、止汗である。効能の違いは白補赤瀉、白收赤散(「白芍」は補益に働き、陰血・陰液を保ち収める。「赤芍」は通瀉に働き、血熱・血瘀・肝火を冷まし散じる。)と称される。配合される方剤には、四物湯、四逆散、桂枝湯、芍薬甘草湯、小建中湯など多数がある。
 芍薬の花期は5~6月で一重咲や八重咲、花色も濃紅、紅から白色など多様である。「芍薬」は夏(初夏)の季語で、異名は貎佳草(かほよぐさ)、花の宰相である。ちなみに顔佳花(かほよばな)は燕子花・杜若(カキツバタ)の別名である。

 芍薬に帋魚(しみ)うち払ふ窓の前   新花摘 与謝蕪村

参考資料:
三橋博監修:原色牧野和漢薬草大圖鑑, 北隆館, 1988
南京中医薬大学編著:「中薬大辞典 上(第二版)」, 上海科学技術出版社, 2006
御影雅幸, 小野直美:赤芍と白芍に関する史的考察, 日東医誌:60(4), p419-428, 2009





貝母(バイモ)│アミガサユリ・バイモユリ

2023-03-16 | 漢方の世界

六 春龍膽・筆桔梗・文字ずり草・貝母・白蒲公英│「四季の花」春之部・壱, 芸艸堂, 明治41年

貝母(バイモ)は、ユリ科、バイモ属の多年草、アミガサユリ(編笠百合)、別名バイモユリ(貝母百合)、学名Fritillaria verticillata Willd. var. thunbergii Bakerの鱗茎から得られる、化痰止咳平喘薬に分類される生薬である。中国では浙貝母(セツバイモ)、川貝母(センバイモ)に区別され、日本市場品は浙貝母である。浙貝母の薬性は苦、寒、川貝母の薬性は苦、甘、微寒、両貝母ともに帰経は肺・心経である。両貝母の効能は同じく清熱化痰、散結消腫であるが、浙貝母は開泄の力が大で清熱・開鬱・散結の働きが強く、川貝母は潤性で潤肺止咳の作用に優れる。配合される方剤に清肺湯(効能は清肺養陰、理気化痰)、滋陰至宝湯(効能は滋陰清熱、疏肝健脾)などがある。なお2023年3月現在、COVID-19における需要増加の為、医療用漢方製剤の多くが出荷制限され安定供給が滞っている状況である。
 編笠百合/貝母百合の花期は3~4月、花弁は淡緑色で、内側に名の由来となる網目模様を持つ、鐘状の下垂する花を茎頂に数個つける。「貝母の花」は春の季語である。



柴胡(サイコ)│三島柴胡(ミシマサイコ)

2022-09-11 | 漢方の世界


柴胡(サイコ)は、セリ科、ミシマサイコ属の多年草、ミシマサイコ(三島柴胡)、学名Bupleurum scorzoneraefolium Willd. var. stenophyllum Nakai/日本薬局法:B. falcatum Linné (Umbelliferae)、またはその変種の根から得られる、辛涼解表薬に分類される生薬である。ミシマサイコの名は、静岡県の三島地方で産出されるサイコが良質であったことに由来する。花期は8~10月、複散形花序に黄色の小さな花を咲かせる。
 薬性は苦、微辛、微寒、帰経は肝・胆・心包・三焦経で、効能は解表退熱、疏肝解鬱、昇挙陽気、退熱截瘧である。サイコは『神農本草経』上品に含まれ、傷感少陽病期に治療に用いる重要な生薬である。配合される柴胡剤は多く、小柴胡湯、大柴胡湯、補中益気湯、四逆散や柴葛解肌湯等がある。柴葛解肌湯は従来よりインフルエンザなどウイルス感染症、急性熱性疾患に用いる、表証と半表半裏を兼ねた病態に対する方剤である。昨今ではCOVID-19感染症に有効な漢方処方の一つとして注目されている。

ちなみに「蛍草」(ほたるそう)はホタルサイコ(蛍柴胡)の別名で、学名はB.longiradiatum var. elatiusである。一方「露草 つき草 ほたる草」(「草木花 歳時記(秋の巻)」, p52-53, 朝日新聞社, 1998)と記された様に、「蛍草」(ほたるぐさ)はツユクサ科、ツユクサ属の「露草」(つゆくさ)の別名ともなりまことに紛らわしい。また芭蕉の句「陽炎や柴胡の糸の薄曇り」(猿蓑)の“柴胡”は、キンポウゲ科、オキナグサ属の「翁草」(おきなぐさ)であり、“柴胡の糸”は花後に絹の玉の様に白い綿毛を伴う結実の表現である。
 さらなる蛇足として、ツユクサの全草から得られる生薬は清熱瀉火薬の「鴨跖草」(オウセキソウ)(効能は清熱瀉火、解毒、利水消腫)、オキナグサの根から得られる生薬は清熱解毒薬の「白頭翁」(ハクトウオウ)(効能は清熱解毒、涼血止痢)である。




冬瓜皮(トウカヒ)│冬瓜(トウガン)

2022-09-10 | 漢方の世界

八十三 冬瓜│「四季の花」夏之部・四, 芸艸堂, 明治41年

冬瓜皮(トウカヒ)は、ウリ科、トウガン属の蔓性の一年草、トウガン(冬瓜)、学名Benincasa hispida (Thunb.) Cogn.の果実の果皮から得られる利水滲湿薬に分類される生薬である。薬性は甘、凉、帰経は肺・脾・小腸経で、効能は利水消腫、清熱解暑である。配合する方剤に冬瓜湯がある。果実は生薬のみならずスープや煮込み料理の食材として利用される。冬瓜(とうぐわ、とうがん)は秋の季語である。

トウガンの成熟種子から得られる生薬は冬瓜子(トウカシ)、冬瓜仁(トウガニン)である。薬性は甘、微寒、帰経は肺・大腸経で、効能は清肺化痰、利湿排膿である。配合する方剤に大黄牡丹皮湯、腸癰湯がある。

冬瓜やたがひに変る顔の形(なり)
     西華集   芭蕉




黒点草(コクテンソウ)│杜鵑草(ホトトギス)

2022-09-07 | 漢方の世界

油点艸 コスモスヒブリダース│「草花百種 三」, 山田芸艸堂, 明治34年

「黒点草」(コクテンソウ)はヒマラヤホトトギス(中国名は黄花油点草、柔毛油点草)、学名Tricyrtis maculata (D. Don) Machride/T.pilosa Wall.の根あるいは全草から得られる生薬である。性は甘・淡・平、効能は清熱除煩、活血消腫である。

ホトトギス属(杜鵑属)はユリ科の多年草で、学名Tricyrtis、世界に約20種が分布する。ホトトギスの和名は、花弁の紫色の斑点模様が野鳥ホトトギスの胸模様に似ることから名付けられた。現在ホトトギスとして流通している多くは、日本固有種のホトトギス(杜鵑草)、学名Tricyrtis hirtaと、タイワンホトトギス(台湾杜鵑草)、学名Tricyrtis formosanaの交雑種である。ホトトギスは花芽が互生する葉腋(葉の脇)各々に付くのに対し、タイワンホトトギスは分岐した茎先に花芽が付く。

生薬名「杜鵑花」(トケンカ)は、ツツジ科、ツツジ属の学名Rhododendron simsii Planch.、タイワンヤマツツジ(台湾山躑躅)の花から得られる別物である。ちなみに薬性は甘、酸、平、効能は和血、調経、止咳、袪風湿、解瘡毒である。




紫苑(シオン)│不忘草

2022-08-16 | 漢方の世界

五十 紫苑 河原撫子 男郎花]│「四季の花」秋之部・壱, 芸艸堂, 明治41年

「紫苑」は、キク科シオン属の多年草シオン(紫苑)、学名Aster tataricus L.f.の根と根茎から得られる生薬である。花期は8~10月、淡紫色の散房花序の花を咲かせる。薬性は苦、辛、温、帰経は肺経、効能は潤肺下気、化痰止咳である。紫苑を含む方剤には、射干麻黄湯、紫苑散、そして新型コロナウイルス感染症に関する「新型冠状病毒肺炎診療方案」(現在は第九版)に提示された清肺排毒湯(射干麻黄湯の方意を含み、効能は宣肺解表、疏散清熱、利尿祛湿、健脾化飲、化痰止咳)などがある。

兄弟二人萱草紫苑語二十七│「今昔物語」三十一
 今昔、□ノ国□ノ郡ニ住ム人有ケリ。男子二人有ケルガ、其ノ父失ニケレバ、其ノ二人ノ子共恋ヒ悲ブ事、年ヲ経レドモ忘ル事無カリケリ。  昔ハ失ヌル人ヲバ墓ニ納メケレバ、此ヲモ納メテ、子共祖ノ恋シキ時ニハ打具シテ彼ノ墓ニ行テ、涙ヲ流シテ、我ガ身ニ有ル憂ヘヲモ歎ヲモ、生タル祖ナドニ 向テ云ハム樣ニ云ツヽゾ返ケル。
 而ル間、漸ク年積テ、此ノ子共公ケニ仕へ私ヲ顧ルニ難堪キ事共有ケレバ、兄ガ思ケル樣、「我レ只ニテハ思ヒ可□キ樣無シ。萱草ト云フ草コソ、其レヲ見ル人思ヲバ忘ルナレ。然レバ彼ノ萱草ヲ墓ノ辺ニ殖テ見ム」ト思テ、殖テケリ。
 其ノ後、弟常ニ行テ、「例ノ御墓ヘヤ参リ給」ト兄ニ問ケレバ、兄障ガチニノミ成テ不具ズノミ成ニケリ。然レバ弟、兄ヲ「糸心踈シ」ト思テ、「我等二人シテ祖ヲ恋ツルニ懸リテコソ、日ヲ暗シ夜ヲ曙シツレ。兄ハ既ニ思ヒ忘レヌレドモ、我ハ更ニ祖ヲ恋ル心不忘ジ」ト思テ、「紫菀ト云フ草コソ、其ヲ見ル人心ニ思ユル事ハ不忘ザナレ」トテ、紫菀ヲ墓ノ辺ニ殖テ、常ニ行ツヽ見ケレバ、 弥ヨ忘ルヽ事無カリケリ。

 此樣ニ年月ヲ経テ行ケル程ニ、墓ノ内ニ音有テ云ク、「我レハ汝ガ祖ノ骸ヲ守ル鬼也。汝ヂ怖ルヽ事無カレ。我レ亦汝ヲ守ラムト思フ」ト。弟此ノ音ヲ聞クニ、「極テ怖シ」ト思ヒ乍ラ、荅ヘモ不為デ聞居タルニ、鬼亦云ク、「汝ヂ祖ヲ恋ル事、年月ヲ送ルト云ヘドモ、替ル事無シ。兄ハ同ク恋ヒ悲テ見エシカドモ、思ヒ忘ル草ヲ殖テ、其レヲ見テ既ニ其ノ験ヲ得タリ。汝ハ亦紫菀ヲ殖テ、亦其レヲ見テ其験ヲ得タリ。然レバ我レ、祖ヲ恋フル志懃ナル事ヲ哀ブ。我レ鬼ノ身ヲ得タリト云ヘドモ、慈悲有ルニ依テ、物ヲ哀ブ心深シ、亦日ノ内ノ善悪ノ事ヲ知レル事明カ也。然レバ我レ、汝ガ為ニ、見エム所有ラム、夢ヲ以テ必ズ示サム」ト云テ、其ノ音止ヌ。弟泣々ク喜ブ事無限シ。
 其ノ後ハ日ノ中ニ可有キ事ヲ夢ニ見ル事違フ事無カリケリ、身ノ上ノ諸ノ善悪ノ事ヲ知ル事暗キ事無シ。此レ祖ヲ恋フル心ノ深故也。
 然レバ、喜キ事有ラム人ハ紫菀ヲ殖テ常ニ可見シ、憂ヘ有ラム人ハ萱草ヲ殖テ常ニ可見シ、トナム語リ伝ヘタルトヤ。
(馬淵和夫, 国東文麿, 稲垣泰一校注訳:日本古典文学全集「今昔物語4」, p559-561, 小学館, 2015)

*二十四孝に匹敵する孝行譚である。祖(おや)の逝去後、墓の亡骸を守る鬼が生前と変わらぬ孝養の心を哀(あわれ)み、身の上に起きる諸々善悪の事を夢に見る予知能力を弟に授けた。一文は「さればこそ、喜(うれし)い事のある人は紫菀(紫苑)を植えて常に見るべし(その思いを忘れない為)、憂いのある人は萱草(かんぞう)を植えて常に見るべきだ(その思いを忘れる為)」と締められている。
 さて知るべくもないが、泉下の御祖は何を願っておられただろう。忘草や不忘草に依らんとする、何処となく心が脆く優しき揺れがちな子供たちである。
-----あらゆる桎梏や軛を解き放ち、今在る自分の本然に徹して生き抜いて欲しい。私ならばそう望むかもしれない。







蓮(ハス)基原の生薬

2022-08-14 | 漢方の世界

極楽世界 楼閣地水図│芹沢銈介画, 佐藤春夫作:「極楽から来た挿絵集」(法然上人絵伝), 吾八, 1961

又舎利弗 極楽国土 有七宝池 八功徳水 充満其中 池底純以 金紗布地 四辺階道 金銀瑠璃 玻瓈合成 上有楼閣 亦以金銀瑠璃 玻瓈硨磲 赤珠瑪瑙 而厳飾之 池中蓮華 大如車輪 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色百光 微妙香潔 舎利弗 極楽浄土 成就如是 功徳荘厳 (仏説阿弥陀経)

水生多年草のハス(蓮)、学名Nelumbo nucifera Gaertnerは、かつてスイレン科ハス属に分類されていたが、現在はハス科ハス属である。泥中から茎を伸ばし水上に清浄な花を咲かせる蓮は、古来、西方極楽浄土に咲く神聖な花と尊ばれてきた。薬用としてハスは『神農本草経』上品(じょうほん;無毒で長期服用が可能な不老長生薬)、果菜部に「藕實茎」(ぐうじつけい;蓮根)の名が収載され「味甘平。主補中養神、益气力、除百疾。久服軽身耐老、不飢延年。」の記載がある。ハスは花や葉から種子、蓮根まで各部位が薬用となり、この意からも藕花は極楽浄土の七宝池に植生するにまことに相応しい花である。ハス基原の主たる各生薬名<薬用部位>:薬性/帰経/効能/方剤例を下記に掲げた。

〇蓮子(レンシ)、蓮肉(レンニク)<成熟種子>:
 甘、渋、平/脾・腎・心経/
 健脾止瀉、養心安神、益腎固精/参苓白朮散、清心連子飲
〇蓮子心(レンシシン)、蓮心(レンシン)<種子中の胚芽>:
 苦、寒/心・腎経/清心安神、交通心腎、渋精止血/清宮湯
〇荷葉(カヨウ)<葉>:苦、渋、平/心・肝・脾経/
 解暑清熱、升陽止血/清絡飲
〇荷梗(カコウ)<葉茎、花茎>:苦、平/肝・脾・胃経/
 解暑清熱、理気化湿
〇蓮房(カボウ)<花托、果托>:苦、渋、平/肝経/
 散瘀止血/瑞蓮散
〇蓮花(レンカ)<花蕾>:苦、甘、凉/心・胃経/
 散瘀止血、去湿消風
〇蓮髭(レンシュ)、蓮蕊(レンズイ)<雄蕊>:甘、渋、平/腎・肝経/   
 清心益腎、渋精止血/金鎖固精丸
〇藕節(グウセツ)<根茎(蓮根)の節部>:渋、平/肝・肺・胃・膀胱経/
 収渋止血、凉血化瘀/小薊飲子

朝露にきほひて咲ける蓮葉(はちすば)の塵には染(し)まぬ人のたふとさ
     良寛歌集・夏   良寛


五十 蓮花│「四季の花」夏之部・參, 芸艸堂, 明治41年

酸漿(サンショウ)│鬼灯(ホオズキ)

2022-08-07 | 漢方の世界

四十八 丹波鬼燈 瓔珞鬼燈 千生鬼燈│「四季の花」秋之部・參, 芸艸堂, 明治41年

酸漿(サンショウ)は、ナス科、ホオズキ属の多年草ホオズキ、学名Physalis alkekengi L. var. franchetii (Mast.) Hort.の全草から得られる生薬である。薬性は酸、苦、寒、帰経は肺経、脾経で、効能は清熱利咽、通利二便である。一般に各種の鑑賞用、食用のホオズキが広く栽培されているが、観賞用のホオズキは誤食で中毒をおこす有毒性があり、特に妊娠女性が摂取した場合、子宮収縮作用で流産の危険性がある。「ほほづき」(鬼灯、鬼燈、酸漿)は秋の季語である。

陽がとゞどけば草のなかにてほほづきの赤さ
     昭和八年   山頭火




瞿麦(クバク)│撫子(ナデシコ)

2022-05-24 | 漢方の世界

瞿麦ノ一首│幸野楳嶺, 幸野西湖画:「草花百種」三, 芸艸堂, 明治34年

「瞿麦」はナデシコ科、ナデシコ属の多年草、カワラナデシコ(河原撫子)、学名Dianthus superbus L. var. longicalycinus (Maxim.)Kitam.、エゾカワラナデシコ(蝦夷河原撫子)、学名D. superbus L. var. superbus の全草から得られる生薬である。利水滲湿薬に属し、薬性は苦、寒、帰経は心経、肝経、小腸経、膀胱経で、効能は利小便、清湿熱、活血通経(利尿を促進し湿熱を除き、瘀血を散じて経絡を通じさせる。)である。下焦虚寒、妊婦は服用禁である。方剤例には、瞿麦散、栝楼瞿麦丸、八正散などがある。
 カワラナデシコの花期は6~9月で、枝分かれした茎の頂端に淡紅色の花を咲かせる。7~9月に結実する黒色種子から得られる生薬は「瞿麦子」である。
  
   庭中の花を見て作る歌一首 幷せて短歌
大君の 遠の朝廷(みかど)と 任(ま)きたまふ 官(つかさ)のまにま み雪降る 越(こし)に下り来 あらたまの 年の五年 敷𣑥(しきたへ)の 手枕まかず 紐解かず 丸寝をすれば いぶせみと 心なぐさに なでしこを やどに蒔き生ほし 夏の野に さ百合引き植ゑて 咲く花を 出で見るごとに なでしこが その花妻に さ百合花 ゆりも逢はむと 慰むる 心しなくは 天離る 鄙に一日(ひとひ)も あるべくもあれや

   反歌二首(一首略)
なでしこが 花見るごとに 娘子らが 笑まひのにほひ 思ほゆるかも
     万葉集・巻十八   大伴家持




附子(ぶし)・トリカブト│関雲長 骨を刮りて毒を療す

2020-05-26 | 漢方の世界

四十九 紅いたどり 鳥兜│「四季の花」秋之部・參, 芸艸堂, 明治41年

附子は、キンポウゲ科、トリカブト属の多年草であるカラトリカブト(唐鳥兜)、学名Aconitum carmichaeli Debx.の塊根から得られる生薬である。兜様の花が秋に咲く直前に掘った母塊根が烏頭、新しく伸長した塊根が附子である。全草にアコニチンなどの強毒性アルカロイドを含み、呼吸中枢麻痺、心臓伝導障害などの神経毒の作用を示す。毒性緩和の為の修治処理が必須であり、家庭での素人療法での使用は禁である。温裏薬に属し、性味は辛、甘,大熱、有毒、帰経は心・腎・脾経、効能は回陽救逆、補火助陽、散寒止痛(衰微直前の亡陽病態を回復する、陽気を補い高める、経絡を暖めて寒を除いて止痛する)である。方剤例には四逆湯、麻黄附子細辛湯、八味地黄丸等がある。


葛飾戴斗画「華陀関羽が臂を割き毒瘡を療ず」│「完本三国志」
中国古代、後漢末期の神医である華佗元化は、『三国志演義』(三国演義)・第75回「関雲長刮骨療毒」でトリカブトの毒矢で受傷した義絶の関羽雲長、関公の外科的治療を行う。

 華佗骨を刮りて関羽を治す
 華陀、「瘡を見ん」と請いければ、関羽衣を袒(かたぬ)ぎ臂を伸べて見せしむるに、華陀申しけるは、「これは弩(いしゆみ)の矢瘡にして、烏頭といふ毒薬すでに骨に透り入れり。もし早く治せずんば、この臂ながく廃るべし」
 関羽がいわく、「いかなる物をもって治すべきぞ」
 華陀がいわく、「ただ恐らくは、将軍の驚き怖れたまわんことを」
 関羽笑っていわく、「われ死をだに顧みず、なんの怖るることあらん」
華陀がいわく、「静かなる所に一つの柱を立て、鉄の環を打って将軍の臂を環の中に容れ、縄をもってよくよく縛り、被(ふすま)をもつて顔を蒙う。病む人これを見れば怕れ動くことを思うゆえなり。われ刀をもつて皮肉を割き開き、骨に付きたる毒を刮りて藥をもってこれを塗り、その口を縫うときは、おのずから無事ならん。ただ恐らくは将軍おどろき怕れたまうべし」
 関羽笑っていわく、「これに過ぎたる易きことやある。何ぞ柱を用うべき」とて、酒を出だしてもてなし、みずから数盃をのんで、もとのごとくまた馬良と碁を囲み、右の臂を伸て華陀にさずけしかば、華陀手に刀をもって、一人の士卒に盆をささげて血を受けさせ、「ただいま切り破り候ぞ、おどろきたまうな」と言いければ、関羽がいわく、「早く割きたまえ、われなんぞ世間の小児と同じからん。御辺心のままに療治せよ」
 華陀すなわち刀を持って皮肉をことごとく切り破り、骨を出してこれを見るに、骨すでに毒に染みてその色青し。
 すなわち刀をもってこれを割くに、満座みな面を掩うて色を失わずというものなし。
 関羽酒を飲み肉を食うて笑ひ談ること故のごとく、碁を囲んでさらに動くことなかりしかば、血ながれて盆に滿し、華陀その毒をことごとく刮りて、能々(よくよく)藥をぬり、。線(いと)をもって口を縫いおわりければ、関羽おおいに笑ひ、諸人に向かって申しけるは、「この臂すでに伸べ屈むるること故のごとし。すこしも痛むことさらになし」
 華陀がいわく、「それがし医を業とすること久しけれども、いまだ将軍のごとくなる人を見ず。すなわち真の天神なり。それがしすでに療治を加うる上は、百日を過ぎずして、もとのごとくなるべし。よくよく慎み護りて、怒りの気を起こしたまうな」
 関羽かぎりなく欣び、黄金百両をもつて謝しければ、華陀がいわく、「それがし元より、将軍は天下の義士なることを知りて、ここに来たれり。なんぞこの賜を受けんや」とて、ついに受けず。別に藥一貼(てつ)を残して、「後に瘡の口を掩いたまえ」と言うて相別れて去りにけり。
(巻之三十二│落合清彦校注:「完本三国志」第四巻, p313-314, ガウスジャパン, 2006)

治病須分内外科、世間妙芸苦無多。
神威罕及惟関将、聖手能医説華陀

(羅貫中著:中国古典文学読本叢書「三国演義 下」, p618, 人民文学出版, 2019)

治病 須く内外の科を分かつべくも、
世間の妙芸 苦(はなは)だ多きこと無し。
神威 罕(まれ)に及ぶは 惟だ関将のみ、
聖手 能く医するは 華陀を説(い)う。

治療となれば 内科と外科を分けねばならぬが、
世をうならせる名人芸はまず見当たらぬ。
神威の域におよぶのは 関公ただ一人、
聖医の名にふさわしいのは 華陀しかいない。
(井波律子訳:講談社学術文庫「三国志演義 三」, p326, 講談社, 2019)


葛飾応為画「関羽割臂図」, クリーヴランド美術館蔵│久保田一洋編著:「北斎娘・応為栄女集」,藝華書院, 2015