花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

桃紅李白薔薇紫│其の一「對花有感」

2019-01-20 | アート・文化


七言対句「桃紅李白薔薇紫 問著春風總不知」が含まれた漢詩を知ろうと思い立ったのは、老当益壮の書家、画人、篠田桃紅画伯の随筆を拝読したからである。
「春に生まれた私に、父がつけてくれた雅号で、出典は、中国の古い『詩格』という書物の中にある。“桃は紅、李は白、薔薇は紫 春風は一様に吹くが、花の色はそれぞれ”といった意味の詩である。」(濃き紅│「桃紅百年」, p221)

禅家初学のための禅句集、柴山全慶著『禅林句集』に、「桃紅李白薔薇)紫、春風に問著(もんじゃく)すれども總(そう)に知らず。(詩格)春風無心、花無心、却ってそこに法爾の妙をみよ。」(「禅林句集」, p378)の記述がある。註釈文中の「法爾(ほうに)」は、法として爾(しか)り、何のはからいもなくおのずからの意である。
 出典と記された『詩格』は元・于済著、蔡正孫増補『聯珠詩格』の略で、本国の中国では散佚し、本邦には数多くの諸伝本がある。江戸期・柏木如亭訳注の『訳注聯珠詩格』は関連本の一つで、128首中に末尾に掲げた《對花有感》は収載されてはいない。他詩の訳文は実に軽妙洒脱で、杜甫《満興》の結句「軽薄桃花逐水流」などは「軽薄(うはき)な桃の花は水を逐(おつかけ)て流(いく)やつさ」である。


(「校正 増注聯珠詩格 全20巻10冊 (天保2年版)」六)

  對花有感  宋・陶弼        
得莫欣欣失莫悲、古今人事若花枝。桃紅李白薔薇紫、問著春風總不知。
得るも欣欣たる莫れ、失ふも悲しむ莫れ、古今の人事は花枝の若し。桃はくれなゐ、李は白く、薔薇は紫なり、春風に問着するも総て知らず。
本詩は『聯珠詩格』の他、『欽定四庫全書・集部 邕州小集』、『皇朝文鑑(宋文鑑)』(本書では「問著東風總不知」)、『全宋詩』に収載。

管見の限りに詩意を辿れば、
異なる花が異なった色に咲く様に、人もまた相異なる運命を有する。花は何ゆえに咲くのかは思議すべからず、いかなる答えもなく祗(た)だ咲くだけである。そして百花が花開き又散り落ちるが如く、人事の栄枯盛衰は世の常のことであり、一瞬たりとも移り変わらぬものはない。順境と逆境の何処においても一喜一憂することなく泰然自若と生きよ。おのが手に握り掴むものにもこぼれ落つるものにも執着すること莫れ。本来、得失は人心にあり。

参考文献:
篠田桃紅著:「桃紅百年」, 世界文化社, 2013
柴山全慶編:「禅林句集」, 其中堂, 1972
于濟, 蔡正孫編:「校正 増注聯珠詩格 全20巻10冊 (天保2年版)」(精選唐宋千家聯珠詩格)
于濟, 蔡正孫編:唐宋千家聯珠詩格校証(上下), 鳳凰出版社, 2007
柏木如亭著, 揖斐高校注:岩波文庫「訳注聯珠詩格」, 岩波書店, 2008


孫引き

2019-01-13 | 日記・エッセイ


「孫引き」とは、原著論文、原典に目を通して直接引用するのではなく、それについて書いてある書籍や論文から間接的に引用することである。自分と他者の見解を曖昧にして、あたかも自分のオリジナルな考察であるかのように発表することは不正行為である。倫理的な問題とは別に、孫引きした文中に誤植を含む誤謬がある、さらに引用文自体が論者の主張にかなう恣意的な切り抜きであるという可能性も否定はできない。従って「必ず原典や原著にあたるべし」は、研究発表や論文作成にあたり初学者の頃に厳しく指導されることの一つである。
 さてブログの文などは少々その辺りが厳密でなくとも許されるのだろうか。いやいや安直に考えてはいけない。本業の医学あるいは趣味や道楽の世界であろうが、守るべき基本姿勢に変わりはない。

己亥歳を寿ぐ│大和未生流の花

2019-01-06 | アート・文化


大和未生流の新年祝賀会が、須山法香斎御家元御夫妻、次期若家元御夫妻、流派一門がうち揃い、本年度の二月堂修二会の練行衆において和上の大任をお務めになる東大寺筒井寛昭長老を始めとする御来賓の御方々をお迎えして、菊の薬玉が飾られた歴史ある奈良ホテルにおいて開催された。御家元の年頭挨拶は、御来賓ならびにこれまでに御縁を結ばれた多くの御方々、御一人御一人への丁重な御礼で始まった。そして恒例の新師範による爽やかな初生け披露、御来賓の御心が籠った御祝辞、新春を清める見事な音楽演奏が続き、最後に一同が総勢で居並ぶ記念撮影となり、ひたすらに和やかな花の宴は散会となった。

御家元の年頭所感で思わず襟を正した御言葉は、「(何をするにおいても)自惚れは最大の敵」である。当方はもとより野心も野望もなく、「さこそ悪き所多かるらめ」とばかりにおのれの不出来な欠点ばかりが目に付いて仕方がない方である。だが一方で究めぬ心のままにそれでも自分としては上出来ではないかと、為した事に合格点を与える自己評価の甘さが無いかといえば心中忸怩たるものがある。これもまた立派に広義の自惚れの範疇に入るだろう。はや明日は七草の節句である。『風姿花伝』に語られた「ただ返す返す、初心を忘るべからず。」の原点に立ち返り、この一年を慢心することなく歩いて行こうと切に思う。
平成三十一年己亥歳が、津々浦々の皆々様におかれまして幸多き素晴らしい一年でありますように。





宝船に船乗りせむと

2019-01-02 | アート・文化


江戸期の薬商、随筆家、雑学者である山崎美成著『世事百談』に、その意はなんやようわからんで始まるも初夢の回文歌についての詳細な考察が記されている。

「正月二日の夜、はつ夢とて家ごとに、宝船の絵を枕にしくこと、むかしよりのならはしなり。その宝船の絵に、

  なかき夜のとをの眠(ねぶり)のみなめざめ波のり舟のおとのよき哉

といふ回文の歌をかけり。この歌もその意何ともわきまへ解しがたし。柳亭翁(柳亭種彦)の説に、この歌は九月頃の詠吟なるべきを、いつのほどよりか初夢にして、宝船には書きくはへけん。歌のこゝろは、長き夜すがらに十府(とふ)にねふるとなり。十府は、十府の菅薦(すがごも)などふるき詞にて、十府の枕といふこともあり。舞の伏見常盤に、とふのうらなしといふことも見えたり。かくあるによればすべて敷くものをいへるか。みなめざめは回文なればしひて説くべからず。なみのり船は、船のつくりやう常とは別(こと)なるか。俳諧世話焼草の附合(つけあひ)に、戸といへるになみのり船とあり、かゝれば、波よけに戸などある船などもあるべし。この歌仮字(かな)づかひの訛(あやま)り、詞のことわりなくとゝのはざるは、回文なればなるべしといへり。」

(世事百談│日本随筆大成18, p52)

「十府の菅薦」(十符の菅菰)は菅(すげ)を編み込んだ十筋の網目がある敷物で、「十府」(十符)はみちのくの歌枕である。『奥の細道』には「かの画図にまかせてだどり行けば、おくの細道の山際に、十符の菅有。今も年々十符の菅菰(菅薦)を調へて、国守(仙台藩主伊達氏)に献すと云り。」の記述がある。松尾芭蕉研究家でその足跡を踏破した簑笠庵梨一(さりゅうあんりいち)は、『奥細道菅菰抄』において「おくの細道は、名所に非ず。十符の里は、名所也。」と記し、以下の三首の歌を挙げている。

 見し人もとふの浦かぜ音せぬにつれなく消る秋の夜の月

       新古今和歌集 橘為仲
 水鳥のつらゝの枕ひまもなしむべさへけらし十符のすがごも
       金葉和歌集 藤原経信
 みちのくのとふの菅菰七ふには君を寐させてみふに我がねん
       名所方角抄

参考資料:
日本随筆大成 第1期 第18巻「世事百談, 閑田耕筆, 閑田次筆, 天神祭十二時」, 吉川弘文館, 1976
荻原恭男校注:岩波文庫「おくのほそ道 付 曽良旅日記 奧細道菅菰抄」, 岩波書店, 1991
富山奏校注:新潮日本古典集成「芭蕉文集」、新潮社, 1978



謹賀新年│平成三十一年己亥元旦

2019-01-01 | 日記・エッセイ


新年明けましておめでとうございます。
平成三十一年の皆々様の御健康と御多幸を心よりお祈り申し上げます。
何卒本年も宜しくお願い申し上げます。

  春  正月一日よめる
けさ見れば 山もかすみて ひさかたの 天の原より 春は来にけり
        金塊和歌集 源実朝