花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

新型コロナウイルス感染症におけるTCM│中医体質分析

2020-05-30 | 医学あれこれ
楊家耀, 他:90例普通型新型冠状病毒肺炎患者中医証候与体質分析, 中医雑誌61(8):645, 2020
J.Yang, et al.: Analysis on Traditional Chinese Medicine Syndromes and Constitutions of 90 Patients with Common COVID-19.


本論文は新型コロナウイルス感染症、普通型患者の中医証候および体質を検討した横断研究(cross-sectional study)である。普通型患者の主要な中医証型が「湿阻中焦型」(dampness obstructing in middle jiao type)、「寒湿襲肺型」(cold-dampness attaking lung type)であり、中医体質の検討では「痰湿質」(phlegm-dampness constitution)、「気虚質」(qi-deficiency constitution)が主で次いで「血瘀質」(blood-stasis constitution)、「湿熱質」(dampness-heat constitution)との論述がある。著者らは前二者の体質とCOVID-19との関連について、気虚体質群は衛外不固(衛気が虚して体表を固摂できず外邪が容易に侵入する病態)の為に疫癘の邪を容易に感受する、そして痰湿体質群は外界の寒湿疫癘の邪が体内の内湿と引き合い合邪となり本疾患の発病に至るとの考察を加えている。

研究対象は、2020年1月20日~2月10日の期間、湿蘊の地、武漢市の中西結合病院(武漢市第一病院)で、新型冠状病毒感染的肺炎診療方案(第五版)に従い、RT-PCR陽性患者で普通型(発熱、呼吸器症状を有し、画像診断で肺炎像を確認)と確定診断された90例(男性52例、女性38例、年齢平均47.4±11.6歳(24~65歳))である。既往歴では高血圧症22例、糖尿病17例、高脂血症15例、甲状腺機能低下症4例、これら二種以上の基礎疾患を有する18例、長期の喫煙例21例である。(本研究の対象症例は基礎疾患合併が比較的少ない青年・中年が中心で小児・高齢者が含まれていないことが考察で述べられている)。 

症状出現から確定診断までの平均日数は4.58±3.20日で、3日以内が27例、3~7日47例、7日以上が16例である。確定前の投薬は、抗ウイルス薬(Ribavirin、Lopinavir/ Ritonavir、Umifenovir等)、抗菌剤(Moxifloxacin、Cefoperazone、Cefdinir、Cefixime、Amoxicillin等)、中成薬(連花清瘟膠嚢、藿香生気散、午時茶顆粒、小柴胡顆粒等)、感冒用薬、ステロイド薬である。
 主要症状は発熱83.3%、倦怠乏力62.2%、納呆53.3%、肌肉酸痛52.2%、干咳少痰51.1%で、熱型は午後夜間の潮熱27.8%、微熱20.0%、身熱不揚18.9%、壮熱8.9%、手足心熱5.6%、寒熱往来2.2%である。舌診は淡紅舌56.7%、紅舌35.6%、舌苔は薄白苔36.7%、白膩苔20.0%、黄膩苔20.0%、85例の脈診は沈脈類51.8%、滑脉類21.2%である。
 体質分類は王琦教授の「中医体質類型自測表」に従い判定され、痰湿質50.0%、気虚質41.7%、血瘀質27.4%、湿熱質11.9%を認めた。熟練した中医の中医辨証に基づいた証型分類は、寒湿襲肺型37.8%、湿阻中焦型53.3%、脾肺気虚型8.9%の診断であった。第3病日までは寒湿襲肺型、第3~7病日は湿阻中焦型、第7病日以降は脾肺気虚型が多く観察されている。

*「新型冠状病毒肺炎診療方案」における臨床病型と証型の変遷:
本論文で準拠の試行第五版から最新の第七版まで、臨床病型は軽症(臨床症状は軽微、画像診断で肺炎所見なし)、普通型(発熱、呼吸器症状を伴い、画像診断で肺炎所見を認める)、重症、危重型に分類されている。中医治療における証型分類では、臨床治療期(確診病例)において、第五版は初期:寒湿鬱肺、中期:疫毒閉肺、重症期:内閉外脱、回復期:肺脾気虚であり、第六版以降は軽症:寒湿鬱肺証、湿熱蘊肺証、普通型:湿毒鬱肺証、寒湿閉肺証(第七版、寒湿阻肺証)、重型:疫毒閉肺証、気営両燔証、危重型(内閉外脱証)、回復期:肺脾気虚証、気陰両虚証の分類に改変されている。


本邦「新型コロナウイルス感染症COVID-19 診療の手引き 第2版」における重症度分類は、軽症(呼吸器症状なし、咳のみ息切れなし、SpO2≧96%)、中等症I(息切れ、肺炎所見、93%<SpO2<96%)、中等症II(酸素投与が必要、SpO2≦93%)および重症(ICUに入院あるいは人工呼吸器が必要)である。

*中医体質九分類における「気虚質」と「痰湿質」:
《気虚質(B型)》
1.定義:一身之気不足、以気息低弱、臓腑効能状態低下為主要特征的体質状態。
2.体質特征:➀形態特征:肌肉松軟。②心理特征:性格内向、情緒不穏定、胆小不喜歓冒険。➂常見表現:平素気短懶言、語音低怯、精神不振、肢体容易疲乏、易出汗、舌淡江、胖嫩、歯痕、脈象虚緩。副項、面色痿黄或淡白、目光少神、口淡、唇色少華、毛髪不澤、頭暈、健忘、大便正常、或雖便秘但結硬、或大便不成形、便後仍覚未尽、小便正常或偏多。④対外環境活応能力:不耐受寒邪、風邪、暑邪。➄発病傾向:平素体質虚弱、衛表不固易患感冒;或病後抗病能力弱、易遷延不入愈、易患内臓下垂、虚労等病。

(王琦著:王琦医書十八種➂「中医体質学研究与応用」, p46,中医中医薬出版社, 2012)

(全身性の気が不足し、各臓腑の機能低下、抵抗力減弱を示す症候が特徴である。性格は内向的、情緒不安定、胆力が乏しく冒険を好まない。肌肉筋肉は締まりなく柔らかい。平素息切れし声を出すのが億劫である、声は低く弱い、精神活動が活発でない、身体が疲れやすい、汗が出やすい。淡紅舌、胖大で嫩舌(舌質が柔らかく湿潤、紋理が細かい)、歯痕あり。虚脉で緩脈。顔色は淡い黄色で艶なく、あるいは淡白、目の輝きが乏しい、口が淡く味を感じない、唇の色が悪い、毛髪が乏しい、眩暈、健忘がある。大便は順調あるいは便秘だが乾結しない、あるいは軟便・泥状便、残便感あり。尿は正常あるいは頻尿。体質虚弱で体表を守る衛気が不足する為に、寒邪、風邪、暑邪などの外感の邪を感受しやすく容易に感冒に罹患。さらに外邪を排除する力がなく、回復力に乏しく変証を来し易く遷延する。中気下陥の内臓下垂や虚労病を起こしやすい。)

《痰湿質(E型)》
1.定義:由水液内定而痰湿凝聚、以粘滞重濁為主要特征的体質状態。
2.体質特征:①形体特征:体形肥胖、腹部肥満松軟。②心理特征:性格偏温和、穏重恭謙、和達、多善于忍耐。③常見表現:主項:面部皮肤油脂較多、多汗且黏、胸悶、痰多。副項:面色黄胖而黯,眼胞微浮,容易困倦,平素舌体胖大,舌苔白腻,口黏膩或甜,身重不爽,脉滑,喜食肥甘,大便正常或不実,小便不多或微混。④対外界環境適応能力:対梅雨季節及潮湿環境適応能力差,易患湿証。⑤発病傾向:易患消渇、中風、胸痺等病証。

(王琦著:王琦医書十八種➂「中医体質学研究と応用」, p48,中医中医薬出版社, 2012)

(水液代謝の障害で余剰水分が組織に停留、湿の性質「粘滞重濁」を反映する症候が特徴である。肥満体型、腹囲大で柔弱である。性格は温和、穏健で慎み深く、忍耐強い。顔は皮脂分泌が多く、汗が多くべたつく。胸部がつかえる、痰が多い。顔色は黄色味を帯びむくみ暗い、上眼瞼やや浮腫性、すぐに疲労する。平素胖大舌で、白膩苔、口が粘り甘く感じる、身体が重たくすっきりとしない。滑脈。脂っこく甘いものを好む、大便は順調あるいは粘つき形を成さない、尿回数は多くなくあるいは微量の混濁あり。梅雨期および湿度が高い環境では活動能力に影響がでて湿証を患いやすい。消渇(糖尿病等)、中風(脳梗塞・脳出血等)、胸痹(狭心症・心筋梗塞等)を発病する傾向がある。)

*脾胃の働きを保つ意義:
六邪に対する感受性は体質によって異なり、病証は体質によって影響を受け変化する。気虚体質には補気健脾(気を補い脾の働きを健やかに保つ)、痰湿体質には健脾芳化(脾の働きを健やかに保ち、発展した湿を芳香の(食)薬で発散させる)が求められる。梅雨から夏季本番の暑湿(暑邪と湿邪)は脾胃(胃腸の消化吸収機能に相当)の不調を来し易く、緊急事態制限の解除が続く今後さらなる留意が必要となる。脾は胃と一体となって働き、脾胃は気血生化の源、「後天之本」であり、脾胃の働きで得られる滋養物質が発育成長および生命活動を維持する。そして「正気存内、邪不可干」、人体に正気(体力、免疫力)が充実していたなら邪気は干渉出来ない(侵襲されない)である。




 

附子(ぶし)・トリカブト│関雲長 骨を刮りて毒を療す

2020-05-26 | 漢方の世界

四十九 紅いたどり 鳥兜│「四季の花」秋之部・參, 芸艸堂, 明治41年

附子は、キンポウゲ科、トリカブト属の多年草であるカラトリカブト(唐鳥兜)、学名Aconitum carmichaeli Debx.の塊根から得られる生薬である。兜様の花が秋に咲く直前に掘った母塊根が烏頭、新しく伸長した塊根が附子である。全草にアコニチンなどの強毒性アルカロイドを含み、呼吸中枢麻痺、心臓伝導障害などの神経毒の作用を示す。毒性緩和の為の修治処理が必須であり、家庭での素人療法での使用は禁である。温裏薬に属し、性味は辛、甘,大熱、有毒、帰経は心・腎・脾経、効能は回陽救逆、補火助陽、散寒止痛(衰微直前の亡陽病態を回復する、陽気を補い高める、経絡を暖めて寒を除いて止痛する)である。方剤例には四逆湯、麻黄附子細辛湯、八味地黄丸等がある。


葛飾戴斗画「華陀関羽が臂を割き毒瘡を療ず」│「完本三国志」
中国古代、後漢末期の神医である華佗元化は、『三国志演義』(三国演義)・第75回「関雲長刮骨療毒」でトリカブトの毒矢で受傷した義絶の関羽雲長、関公の外科的治療を行う。

 華佗骨を刮りて関羽を治す
 華陀、「瘡を見ん」と請いければ、関羽衣を袒(かたぬ)ぎ臂を伸べて見せしむるに、華陀申しけるは、「これは弩(いしゆみ)の矢瘡にして、烏頭といふ毒薬すでに骨に透り入れり。もし早く治せずんば、この臂ながく廃るべし」
 関羽がいわく、「いかなる物をもって治すべきぞ」
 華陀がいわく、「ただ恐らくは、将軍の驚き怖れたまわんことを」
 関羽笑っていわく、「われ死をだに顧みず、なんの怖るることあらん」
華陀がいわく、「静かなる所に一つの柱を立て、鉄の環を打って将軍の臂を環の中に容れ、縄をもってよくよく縛り、被(ふすま)をもつて顔を蒙う。病む人これを見れば怕れ動くことを思うゆえなり。われ刀をもつて皮肉を割き開き、骨に付きたる毒を刮りて藥をもってこれを塗り、その口を縫うときは、おのずから無事ならん。ただ恐らくは将軍おどろき怕れたまうべし」
 関羽笑っていわく、「これに過ぎたる易きことやある。何ぞ柱を用うべき」とて、酒を出だしてもてなし、みずから数盃をのんで、もとのごとくまた馬良と碁を囲み、右の臂を伸て華陀にさずけしかば、華陀手に刀をもって、一人の士卒に盆をささげて血を受けさせ、「ただいま切り破り候ぞ、おどろきたまうな」と言いければ、関羽がいわく、「早く割きたまえ、われなんぞ世間の小児と同じからん。御辺心のままに療治せよ」
 華陀すなわち刀を持って皮肉をことごとく切り破り、骨を出してこれを見るに、骨すでに毒に染みてその色青し。
 すなわち刀をもってこれを割くに、満座みな面を掩うて色を失わずというものなし。
 関羽酒を飲み肉を食うて笑ひ談ること故のごとく、碁を囲んでさらに動くことなかりしかば、血ながれて盆に滿し、華陀その毒をことごとく刮りて、能々(よくよく)藥をぬり、。線(いと)をもって口を縫いおわりければ、関羽おおいに笑ひ、諸人に向かって申しけるは、「この臂すでに伸べ屈むるること故のごとし。すこしも痛むことさらになし」
 華陀がいわく、「それがし医を業とすること久しけれども、いまだ将軍のごとくなる人を見ず。すなわち真の天神なり。それがしすでに療治を加うる上は、百日を過ぎずして、もとのごとくなるべし。よくよく慎み護りて、怒りの気を起こしたまうな」
 関羽かぎりなく欣び、黄金百両をもつて謝しければ、華陀がいわく、「それがし元より、将軍は天下の義士なることを知りて、ここに来たれり。なんぞこの賜を受けんや」とて、ついに受けず。別に藥一貼(てつ)を残して、「後に瘡の口を掩いたまえ」と言うて相別れて去りにけり。
(巻之三十二│落合清彦校注:「完本三国志」第四巻, p313-314, ガウスジャパン, 2006)

治病須分内外科、世間妙芸苦無多。
神威罕及惟関将、聖手能医説華陀

(羅貫中著:中国古典文学読本叢書「三国演義 下」, p618, 人民文学出版, 2019)

治病 須く内外の科を分かつべくも、
世間の妙芸 苦(はなは)だ多きこと無し。
神威 罕(まれ)に及ぶは 惟だ関将のみ、
聖手 能く医するは 華陀を説(い)う。

治療となれば 内科と外科を分けねばならぬが、
世をうならせる名人芸はまず見当たらぬ。
神威の域におよぶのは 関公ただ一人、
聖医の名にふさわしいのは 華陀しかいない。
(井波律子訳:講談社学術文庫「三国志演義 三」, p326, 講談社, 2019)


葛飾応為画「関羽割臂図」, クリーヴランド美術館蔵│久保田一洋編著:「北斎娘・応為栄女集」,藝華書院, 2015


新型コロナウイルス感染症COVID-19と自然免疫・獲得免疫

2020-05-10 | 医学あれこれ
S. Felsensteina, et al.: Review Article COVID-19: Immunology and treatment options. Clin. Immunol.215, 2020.

本論文はオンライン速報版の、新型コロナウイルス感染症COVID-19における免疫機構と治療戦略についての総説である。SARS-CoV2感染者の80%が無症候か中等症に止まり20%が重症化する、これらの疾病予後を左右する因子の全容はいまだ解明されていない。本論文では、SARS-CoV2とRNA配列における相同性(SARS-CoV80%、MERS-CoV20%と一致)を示す既出のコロナウイルス感染症に関する報告を踏まえ、SARS-CoV2の多岐にわたる免疫回避戦略についての詳細な検討が記されている。英語論文はオープンアクセスで全文DL可能である。
 本稿では基本骨格となる「第4章 COVID-19の免疫病理学」(4.Immune pathology of COVID-19)」の章に焦点をしぼり忠実な概訳を心掛けた。本章には気道粘膜上皮、および感染/未感染マクロファージにおける細胞内シグナル伝達、SARS-CoV2による免疫回避機構を明瞭に図式化したシェーマが添えられ、続く第5章《治療》では分子レベルでの治療薬の作用部位が同じく明示されている。現状で有望視される各種治療薬の作用を学ぶ上で、本論文が御提示になった最新知見の理解が必須である。

それにしても免疫学の飛躍的進歩、炎症概念の変遷は、学部教養課程の生物学講義で初めてcentral dogmaを学んだ世代の町医者にはしみじみと隔世の感がある。

4.1. SARS-CoV2感染と免疫回避の機構(Mechanisms of infection and immune evasion)
SARS-CoV2、SARS-CoVの受容体であるアンギオテンシン変換酵素Ⅱ(Angiotensin-converting enzyme 2;ACE2)は殆ど全身の臓器組織に存在する。呼吸器系では肺サーファクタント分泌を担うⅡ型肺胞上皮細胞(type 2 alveolar cell)、繊毛細胞、粘液分泌性の杯細胞・ゴブレット細胞、消化管系では腸上皮細胞、さらに心筋細胞、血管内皮細胞にも存在しCOVID-19の心血管系合併症に繋がる。SARS-CoVでは免疫細胞(単球、マクロファージ、T細胞)の感染が認められているが、SARS-CoV2における感染の程度は確定されていない。単球、マクロファージには低レベルの遍在性ではないACE発現がありSARS-CoV2の侵入門戸となり得るが、ADE以外の受容体および/または免疫複合体を含む貪食機構の関与も示唆されている。

自然および獲得免疫応答の活性化、プライミング(先行する刺激への暴露が後続反応に影響する効果)の目的は病原体排除と組織修復にある。ウイルス感染における排除機構はI型インターフェロン(typeI interferon;T1IFN)に深く依存する。第一段階は、ウイルス由来のRNAなど病原体関連分子パターン(pattern associated molelular patterns;PAMPs)を異物として認識することから始まる。検知する受容体が自然免疫センサー、パターン認識受容体(pattern recognition receptors;PRRs)である。SARS-CoV、MERS-CoV、SARS-CoV2などのRNAウイルスに対するPRRsには、エンドソームのToll様受容体(Toll-like receptor;TLR3/7)、および/または細胞質内のRIG-I(retinoic acid-inducible gene-I)、MDA5(melanoma differentiation-associated protein 5)がある。TLR3/7の活性化により転写因子NFκBが核内に移行、RIG-1/MDA5の活性化はインターフェロン制御節因子3(Interferon regulatory factor 3;IRF3)活性化をもたらす。これらの反応はIRF3活性化を介するT1IFN産生誘導、およびNFκB活性化を介する自然免疫応答の炎症性サイトカイン(innate pro-inflammatory cytokine)、インターロイキン-1/6(IL-1/6)および腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor;TNF-α)産生誘導のトリガーとなる。
 T1IFNおよびこれらのサイトカインは自動増幅(auto-amplification)で発現レベルが上昇する。すなわちT1IFNはインターフェロンα受容体(Interferon-alpha/beta receptor;IFNAR)を活性化し、シグナル伝達兼転写活性化因子ファミリー転写因子1/2(Signal Transduction and Activator of Transcription ;STAT)のリン酸化/活性化に至る。そしてIL-1、IL-6、TNF受容体の活性化はNFκBを介する炎症性サイトカインの発現を促進する。

しかし一定のSARS-CoV、MERSCoV感染患者において(SARS-CoV2感染においても)、ウイルスは防御機構を抑制、免疫システムの監視を回避し、重篤で予後不良な病態を導く。例えばSARS-CoV感染では、RNAセンサー(RIG-I、MDA5)のユビキチン化反応(ubiquitination)、構造劣化(degradation)にかかわり不活性化する。この反応はミトコンドリア抗ウイルスシグナル伝達蛋白(mitochondrial antiviral-signaling protein;MAVS) (IRF3の活性化、核内移動に必須の役割を果たす)の活性化を抑制する。さらにSARS-CoVは(SARS-CoV2も同様の機序で)TNF受容体関連因子3/6(TNF receptor-associated factors;TRAF)を抑制する。このTRAF3/6は、TLR3/7および/またはRIG-I、MDA-5を介するIRF3/7誘導活性化の中心である。また新型コロナウイルスはSTATのリン酸化抑制よってもT1IFNのシグナル伝達過程に拮抗する。総括すればSARS-CoV2感染上皮細胞における、そしてある程度は感染単球/マクロファージにおいても生じる自然免疫応答の抑制は、早期の抗ウイルス反応機構の開始を妨げてウイルスの増殖を寛容する方向に進む。 

そして感染の後期、感染細胞死によりウイルス粒子、各種の細胞内因子が細胞外に放出される。これらはトリガーとなりPRRsによる認識を経て自然免疫機構が活性化、炎症性サイトカインが発現誘導され、後天性免疫細胞がウイルス感染防御の舞台に登場する。後天性免疫機構ではTリンパ球が中心的役割を担い、CD4+ T 細胞由来のサイトカイン、CD8+ T 細胞による細胞障害、 B 細胞活性化から抗体産生が誘導される。新型コロナウイルスはT細胞のアポトーシス(自発的細胞死、後述)を誘導しこれらの免疫機構の回避を起こす。なおリンパ球減少は、肺組織へリクルート(遊走誘導され局所浸潤する)され“サイトカインストーム”進行での過剰な免疫応答の引き金となる、未感染の自然免疫担当細胞がもたらす炎症性サイトカインの発現誘導によっても生じ得る。

*Ⅱ型肺胞上皮細胞:肺胞上皮細胞には、ガス交換にを担うⅠ型細胞(扁平肺胞細胞、肺胞表面の95%を占める)と肺サーファクタントを産生するⅡ型細胞(大肺胞細胞)がある。肺サーファクタント(pulmonary surfactant)は糖脂質から成る表面活性物質で、表面張力を低下させ肺胞虚脱を防ぐ作用を発揮する。さらにⅡ型細胞は組織幹細胞として、肺胞上皮の維持・再生、肺組織修復にも働く。
*アンギオテンシン変換酵素2(ACE2):レニン・アンギオテンシン(Ang)・アルドステロン(RAA)系は神経・内分泌系に作用し電解質および水代謝調節に関与し循環動態を制御する体内システムである。ACE2はAngI→Ang-(1-9)、AngⅡ→Ang-(1-7)に変換を行う細胞膜に結合する変換酵素である。可溶性ACE2が低レベルで血液中にも存在する。
*自然免疫、獲得免疫:免疫系は先天的に備わる自然免疫、生後に獲得する獲得免疫に分かれる。自然免疫は、病原体や外来抗原に対し後述のパターン認識受容体(PRRs)を介し、病原体や外来抗原侵入を感知し迅速な初期免疫反応を誘導する。マクロファージ、好中球、樹状細胞などが担当細胞である。獲得免疫は、病原体を特異的に認識し記憶することにより、再び同じ病原体に曝露された時に効率よく排除する。担当細胞はリンパ球のT細胞、B細胞である。
*病原体関連分子パターン(PAMPs)、パターン認識受容体(PRRs): PAMPsは自己には存在しない特定のグループの病原体に共通した様々な構成分子構造、分子パターンである。PAMPsを認識して病原体侵入を感知するPRMsは自然免疫系のセンサーで、細胞膜に存在する膜貫通型のTLSs(刺激を受けない状態では小胞体に局在し、刺激によりエンドゾーム内に移行してリガンド分子を認識する)と、細胞質内に存在する細胞質型のRIG-I、MDA5がある。受容体とこれに結合するリガンド分子が同時に多くの部位で結合(すなわちパターン認識)することにより、強い結合親和性とこれに続くシグナル伝達を起こすことができる。
*I型インターフェロン(T1IFN)、インターフェロン受容体(IFNAR)、シグナル伝達兼転写活性化因子(STAT):T1IFNはウイルス感染で誘導されるサイトカインでIFN-α/βを含めた総称。T1IFNが受容体IFNARに結合、JAK(Janus kinase)-STAT経路が活性化され、STATが核内に移行し、インターフェロン誘導性遺伝子の転写誘導が行われて抗ウイルス応答が活性化される。ちなみにⅡ型インターフェロン(INF-γ)は免疫細胞により分泌されマクロファージを活性化する。
*インターフェロン制御節因子3/7(IRF-3/7): T1IFN遺伝子のプロモーター領域に結合し転写誘導を担う転写因子。
*TNF受容体関連因子3/6(TRAF-3/6):腫瘍壊死因子(TNF)はサイトカインの一種で腫瘍や病原体排除を担う生理作用を発揮する。狭義にはTNF-α、TNF-β、LT-βの3種類がある。TNF-αは固形癌に対し出血性壊死を生じるサイトカインとして1975年に発見された。TRAFはTNF受容体のシグナル伝達を促進する細胞内蛋白である。
*CD4+ T 細胞、CD8+ T細胞:CD4、CD8はリンパ球、T細胞の細胞表面マーカーで、T細胞はCD4のみを発現するヘルパーT 細胞(CD4+ CD8-)とCD8のみを発現するキラー T細胞(CD4-CD8+)に分かれる。骨髄由来の前駆細胞は胸腺で分化誘導された後に体循環に入り、抗原にまだ暴露されていないナイーブT細胞は、二次リンパ組織で抗原と遭遇して活性化されエフェクターT細胞に分化する。エフェクターCD4+ T細胞はTh1/2/17細胞の3亜群に分類され、ヘルパーT細胞としてB細胞を活性化し抗体産生に関わる。エフェクターCD8+ T細胞は細胞傷害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte; CTL)とも呼ばれ、宿主には異物であるウイルス感染細胞、癌細胞などを攻撃。破壊する。
*ミトコンドリア抗ウイルスシグナル伝達(MAVS):ミトコンドリア外膜上の膜蛋白である。細胞質内のPRRs であるRIG-1、MDA5からの情報はMAVSに伝達され、転写因子IRF-3/7、NF-κBの活性化に至る。


4.2. 過剰な炎症反応とサイトカインストーム(Hyperinflammation and cytokine storm)
SARS、MERSと同様に、COVID-19の予後に関わる鍵として過剰な炎症反応(hyper-inflammation)が挙げられる。免疫回避の機構とは一見相反するが、T1IFN、IL-1β/6、TNF-αの発現増加を含む亢進した自然免疫活性化が、COVID-19、MERS、SARSにおける罹患率、死亡率を決定する中心的な役割を果たす。その背景は血管内皮細胞障害、ウイルス増殖でもたらされる細胞死の誘導である。ウイルスが惹起する炎症性の細胞死、ネクローシス(Necrosis)あるいはパイロトーシス(Pyroptosis)は炎症性サイトカインを発現誘導し、未感染の免疫細胞のリクルートを促し活性化する。抗ウイルス反応およびT1IFN発現抑制を介した、呼吸上皮におけるウイルスの免疫機構の回避はウイルス量の増加を促進する。すなわち以上から導かれる仮説として、未感染の単球/マクロファージおよび好中球の感染病巣へのリクルートが強力で同時に制御不能な炎症性反応を惹起し、罹患率、死亡率を左右する組織障害、全身性の炎症反応を招来する。

臓器障害、予後不良に係る次なる因子になるのが、コロナウイルスに対する早期の中和抗体産生による抗体依存性感染増強現象(antibody-dependent enhancement;ADE)である。ウイルス粒子と抗体が結合した免疫複合体はFcγ受容体 (FcγR)を介して細胞内に取り込まれる。その結果、新たに感染した抗原提示細胞を含む免疫細胞の中で、長期にわたりウイルス複製が可能となり、ARDSなどの臓器・組織障害となる免疫複合体を介した炎症性反応が生じる。事実、COVID-19患者における血管炎性病変、血管閉塞・梗塞が報告され、病理組織学的に免疫複合体を介する血管炎、血管周囲の単球・リンパ球浸潤、血管壁の肥厚、限局性出血が認められる。

全身的な自己免疫性/炎症性病態において、制御不能な免疫反応の招来は自然免疫機構に止まらない。炎症性サイトカイン発現と核抗原提示(細胞および組織障害の産物である)の結果、獲得免疫が活性化され、第二波炎症の引き金となる(感染の7-10日後に悪化する患者の病態がこれに該当する)。獲得免疫細胞、すなわちT細胞は、ARDSおよび/またはサイトカインストームを合併したCOVID-19患者の肺組織に認められ、これらの炎症は疾病後期に惹起された可能性がある。同様の炎症性所見はインフルエンザ、他のウイルス感染症でも報告がある。サイトカインストームを来す重篤なCOVID-19患者はリンパ球減少(lymphopenia)を呈し時にリンパ組織の委縮が観察される。これらの病的所見は原発性・二次性血球貪食性リンパ組織球症(Hemophagocytic lymphohistiocytosis;HLH)、関連するサイトカインストーム、細胞死とリンパ組織の細胞数減少に至る病態に一致するものである。

*アポトーシス、パイロトーシス:アポトーシスは不要となった細胞を除去するために誘導される分子機構で、遺伝学的にプログラム/制御された細胞死(cell death)である。ネクローシス(壊死)が細胞内容物の放出により炎症反応を惹起するのに対し、アポトーシスでは細胞内容物が露出しない。パイロトーシスのパイロ(Pyro)は火・熱を意味し、炎症誘導性のアポトーシスを称する。
*血球貪食性リンパ組織球症(HLH):遺伝子異常による原発性、他疾患に続発する二次性に大別され、乳児、幼児にみられる免疫機能障害を来たす疾患。骨髄、リンパ節などにおけるマクロファージ、組織九による血球貪食を特徴とし、発熱、肝脾腫、汎血球減少を来す。


4.3. 個々のリスクと予後に影響を与える宿主因子(Host factors affecting individual risk and outcomes)
COVID-19の予後は年齢と関連があり、小児はSARS-CoV2感染に抵抗性があり重篤な症状や合併症を来しにくく、一般に小児がウイルス感染症を起こしやすい事実とは対照的である。75%以上の小児は4歳以前に季節性のコロナウイルスの暴露を受ける。季節性コロナウイルスとの交叉免疫性の範囲は限局的であるが、加齢と共に減衰するウイルス抗体価が年配者のSARS-CoV2に対する免疫反応を低下させている可能性がある。そしてリコール効果はSARS回復期患者における季節性コロナウイルス抗体価上昇としても確認される。デング熱のようなウイルス疾患ではADEを介して免疫細胞への感染、T1IFN反応の抑制、IL-6、TNF-α発現が促進される。年配者の様な、季節性コロナウイルス曝露の既往があるが抗体価低下がある様な個体においては、広範囲な抗体産生のリコール応答は免疫複合体の沈着を来し、免疫複合体性血管炎を含む炎症・組織障害を促進する可能性が指摘される。

さらに病態と年齢との関係では、麻疹ワクチン、BCG(Bacille de Calmette et Guérin、カルメット・ゲラン桿菌の略)などの生ワクチン(live vaccination)の問題が指摘される。ワクチンは自然免疫の誘導を介する標的疾患の予防効果の枠を超えて、非特異的効果(non-specific heterologous effects)の防御反応を発揮する。例えばBCG接種は黄色ブドウ球菌、カンジダに対する免疫反応に際してIL-1β、TNF-αを増加させ、これらの感染症における乳幼児の死亡率低下に寄与する。しかしながら標的ではない抗原に対する異種免疫反応は炎症性の合併症をもたらす。しばしば成人で暴露を受けたことがない抗原に特異的なメモリーT細胞が認められ(バーチャルメモリーT細胞)、交差反応性メモリーT細胞は“高親和性”クローン選択を介しT細胞応答を狭小化する。メモリーT細胞のレパトア制限(limited memory T cell repertoires)は免疫老化(Immune senescence、Immunosenescence)の特徴であり、ウイルス性肝炎、伝染性単核球症など他のウイルス感染症における疾病の進行、T細胞が介する組織障害に関連する。

またSARS-CoV2の受容体となるACE2の発現パターンは、細胞組織(呼吸上皮VS免疫細胞)さらに個人(男性VS女性、小児VS成人)における易感染性の差異に影響する。ACE2の発現は小児、若年女性に最も多く年齢に従い減少し、糖尿病、高血圧症などの慢性疾患患者ではさらに低値を示す。ACE2はウイルス侵入を促進する一方、感染・炎症を制御して組織を修復する役割をも有する。すなわちACE2はACE2/Ang-(1-7)/MASシステムを形成しAngⅡの炎症性反応に拮抗する。すなわちAngⅡから変換されたAng-(1-7)は血管収縮を防ぎ、白血球遊走、サイトカイン発現および組織線維化機転を調節する。SARS-CoV2関連粒子とAngⅡとの結合競合において、ACE2の発現が“高値”であれば生体に有利である(ウイルス分子がACE2受容体を乗っ取りACE2の下方制御(down regulation)が進行するが、ACE2発現が多ければACE2→Ang-(1-7)の変換活性低下、AngⅡ上昇およびAng-(1-7)低下傾向が緩和されて炎症反応の惹起に歯止めがかかる)。小児、若年者、特に若年女性においてACE2発現が比較的高値であることがCOVID-19さらに合併症のリスクから保護されている機序を示唆する。

以上を総括すると、SARS-CoV2の様な新型コロナウイルスは自然免疫機構における早期のT1IFN反応を抑制する。その結果、ウイルス増殖制御が頓挫し、遅延ししかも増強したサイトカイン反応が後期に惹起される。早期にウイルス増殖の制御・排除が可能であれば、年配者、糖尿病、代謝性疾患を有する患者の疾病リスクを低下させることができる。健康な小児や若年者は感染早期に効果的にウイルス負荷を制御し、重篤で生命予後にかかわる合併症を招来しないことが示唆される。最後に早期の抗体産生は、生存可能なウイルスの結合、免疫細胞への取り込みを経てウイルス増殖が増加し、免疫複合体が関与する病態を惹起し、明らかな危険因子をもたない若年における病理機転をもたらす可能性が示唆される。

*レパトア:可変領域が示す多様性を意味する。すなわちレパトアが偏向、狭小化すると抗原認識の多様性が失われる。異なった特異性を持つT細胞受容体(T cell receptor;TCR)により特徴づけられるT細胞集団をTCRレパトアと称する。
*免疫老化:エフェクターT細胞の一部はメモリーT細胞として長期に生存する。加齢とともに胸腺が委縮し新たなナイーブT細胞の供給が低下する。老化個体はこれに対し既存のT細胞を増殖させてT細胞数の恒常性維持を計る。TCRレパトアが減少し特定の抗原に対するT細胞がクローナルに増殖すると、他抗原に対するT細胞応答が制限され多様性が低下し、全体として免疫力低下につながる。老化による免疫系の変化はT細胞機能低下が最も大でナイーブT細胞低下とTCRレパトア減少が指摘されている。免疫老化は高齢者の自己防衛機能を低下させ感染抵抗性を減弱する一方で、様々な加齢関連疾患における慢性進行性炎症の亢進にかかわる(炎症老化、Inflamm-aging、Inflamm-ageing)。COVID-19における高齢者の重症化率高値も例外ではない。