花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

石榴(ざくろ)

2015-06-28 | 漢方の世界


石榴(ざくろ)はザクロ属ざくろ科の落葉高木で、学名Punica granatum L.である。花期は6月で、医院の駐車場でも朱色の花を咲かせ始めた。いまだ青い果実であるが、秋になると次第に赤褐色に変色してゆく。完熟すると果皮が自然にはじけて、中からは隙間なく詰まった鮮紅色の小さな果肉の粒が顔をみせる。石榴の花は夏の季語、石榴(実石榴)は秋の季語である。

「石榴皮(ざくろひ)」は成熟果皮が基原の生薬で、収斂薬(しゅうれんやく、体内や体表から漏れ出る汗、血や大便などの液体成分を止める薬物)に分類される。「石榴皮」の薬性は温性、薬味は酸、渋、帰経は胃経、大腸経である。効能は渋腸止瀉、殺虫、止血で慢性の下痢や脱肛、種々の寄生虫の駆虫、不正性器出血や帯下に有効とされている。さらに花は生薬「石榴花(ざくろか)」になり、効能は凉血、止血である。葉は「石榴葉(ざくろよう)」として効能は収斂止瀉、解毒殺虫であり、いずれも類似した作用を有している。

花石榴久しう咲いて忘られし     正岡子規




石榴は果実の中の種子が多いために、豊穣、子孫繁栄を象徴する吉木とされている。下は「多福多寿多子孫」の吉祥図(『中華吉祥画与伝説』p138、中国文連出版、2003)で、佛手柑(ぶしゅかん)、桃、石榴が描かれている。仏手柑は「仏」と「福」の音韻(fu)が似ていること、西王母の仙桃、蟠桃を食すれば寿命が三千年延びることから、桃が長寿を表わすことが併せて述べられている。





夏の養生│夏のように生きる

2015-06-27 | 二十四節気の養生


夏は立夏から小満、芒種、夏至、小暑、大暑までの六節気である。国宝『十便十宜帖』(川端康成記念館所蔵)は池大雅と与謝蕪村の合作画帖であるが、蕪村が手掛けた十宜図のうちの夏への賛歌が「宜夏(ぎか)」である。描かれているのは『徒然草』」第五十五段の一節、「家の作りやうは 夏をむねとすべし」さながらの、緑樹のもとに佇む草庵である。流水に面した窓辺には片肌脱ぎでくつろいだ主人が顔を見せている。一陣の風が紙面を超えてこちらにも吹き来るようである。

二人の文人の詩心を触発して『十便十宜帖』の筆を取らせたのは、清朝の李漁(李笠翁)が別荘伊園での生活をうたった伊園十便十二宜の詩である。原詩に詠われた伊園の風景を越えて、『十便十宜帖』では人が心の内に憧れ続ける理想郷が具象化されている。眠りを忘れ、その心をとらえた水上の花を、蕪村はあえて画中に描いてはいない。李漁の「宜夏」を以下に掲げる。

繞屋都将緑樹遮  屋を繞(めぐ)りて すべて将に緑樹遮る
炎蒸不許到山家  炎蒸 山家に到るを許さず
日長却羲皇枕  日長くして却す 羲皇の枕
相對忘眠水上花  相対し眠りを忘る 水上の花

遡る時代、陶淵明の『與子儼等疏』(子儼等に与ふる疏)には、「五六月中, 北窗下臥, 遇涼風暫至, 自謂是羲皇上人。」(夏、北窓の下に臥して爽風が吹き来れば、羲皇の時代の古人(いにしえびと)の様に憂いも慮りもない。)の一節がある。人生を経た後の季節において述懐すれば、この思いは意淺識陋(考えが浅く狭い)でしかなかったと、文は続くのである。されど時は盛りの夏、風に吹かれて午睡もよし、水面の花に遊ぶもよし。夏の心のありようは、羲皇人のままに逍遥自在、悠然自得でありたい。




「夏三月, 此謂蕃秀, 天地氣交, 萬物華實, 夜臥早起, 無厭於日, 使志無怒, 使華英成秀, 使氣得泄, 若所愛在外, 此夏氣之應, 養長之道也。逆之則傷心, 秋爲痎瘧。奉収者少, 冬至重病。」(『黄帝内経』素問・四気調神大論篇第二) 
(夏、三月、此れを蕃秀(ばんしゅう)と謂う。天地の気は交わり、万物華咲き実る。夜に臥せ早に起き、日を厭うこと無れ、志をして怒せしむること無かれ。華英をして成秀せしめ、気をして泄らすことを得しめ、愛する所外に在るが若くす。此れ夏気の応にして、長を養うの道なり。之に逆うときは則ち心を傷め、秋に痎瘧を為す。収を奉ける者少なし。冬重病に至る。)

ふたたび『黄帝内経』で語られる季節の養生を辿るが、「生」、「長」、「収」、「蔵」の四文字で表される四季の属性の中で、夏は成長の「長」である。夏の三か月は「蕃秀」と名付けられるが、蕃は繁殖、秀は植物の穂で、「蕃秀」は繁栄、上昇、突出を意味する。萬物は花咲き実り、天地の陽気が極みとなり、人の陽気も最も盛んとなる時節である。これとともに天の陽気はその極みから下り始め、地に萌してくる陰気と呼応して、天地の気が交わる。四季の起床と就寝に関しては、春および夏は「夜臥早起」、秋は「早臥早起」、冬が「早臥晩起」と記載され、夏も目覚めている時間を長くして、陽気が内に収束する睡眠時間は少なめとする。起床後は陽の光を厭うことなく享受して、外に向かうべき志を内に押し込めることなく、心中に鬱積する怒りにしてはならない。花が咲き誇る様に、心身を解き放ち陽気を発散すべきであり、愛でるものを外に追い求める如く、積極的に外の世界で活動を行うことが大切である。これらが夏の気の動態に呼応し、萬物成長の力を養う道であると述べられている。

次いで、以上に反すれば夏に旺盛となる心の働きを障害して、秋に痎瘧(がいぎゃく)の病変がおこり、秋の収穫の力が妨げられて冬に重病に至ると締めくくられる。別項の素問・陰陽応象大論篇第五章においても「夏傷於暑, 秋必痎瘧」(夏、暑に傷られると、秋、痎瘧となる。)と記されている痎瘧であるが、マラリア様の諸症状を示す他の熱性疾患を広く包括する。夏の暑湿の邪を受けた後に、秋から冬にかけて発病する急性熱病は「伏暑」と称される。「伏暑」は伏気温病に属する、後代に提唱された温病学の疾病概念であるが、夏の負の遺産が後の季節にもたらす季節病であるという観点において異なるものではない。



夏至の養生

2015-06-22 | 二十四節気の養生


夏至(6月22日)は、二十四節気の第十番目の節気である。昼の長さが一年で最も長く、夜の長さが反対に最も短くなり、陽気の最盛期を迎える一方で、陰気がすでに芽生え始める時期である。気温がますます上昇するとともに雨も多いので、暑熱の気候が湿気と結びついて、五臓のうちで消化系統の働きを司る脾の機能を損ないやすい時期である。五臓の脾、そして表裏関係にある六腑の胃は、相互に密接な関係をもって働くために、「脾胃」とひとつにまとめて称されることが多い。脾胃の働きにより、飲食物から消化吸収した栄養物質や水液を原料として気血津液が作られ、からだの生命活動が維持されている。そのために脾胃は「気血生化の源」、「後天の本」と呼ばれている。雨水で述べた様に、脾の機能が弱ると食欲不振や、倦怠感、腹の膨満感、エネルギーや栄養不良などの全身の気血不足の状態が引き起こされる。また飲食物中の余剰の水液を肺や腎に送って、汗や尿に変えて体外に排出する機能も、「運化水液」とよばれる脾の働きであるので、脾の機能が衰えると水液が体内で滞って湿毒や痰飲と呼ばれる病的物質ができやすくなり、頭痛、めまいやむくみの原因となる。多汗の季節には、酸味のもの(表を引き締める)や塩辛いもの(心を補う)を多くとることが薦められるが、夏の食事は基本的にはあっさりと薄味が良い。熱性食品の摂取、冷飲食、油脂の多い食事は、体内に熱を生じたり、脾胃の機能を損なう恐れがある。

草深く 荒れたる宿の ともしびの 風に消えぬは ほたるなりけり    和漢朗詠集、蛍、詠み人しらず

薬種商の館 金岡邸│富山紀行

2015-06-20 | 漢方の世界


第66回日本東洋医学会学術総会(6月12日~14日)が富山で開催された。京都駅から金沢駅まで特急サンダーバードで約2時間、さらに北陸新幹線に乗り換えて15分で富山駅到着である。学会会場のANAクラウンプラザホテル富山にチェックインし、2日後に控えた演題発表の予行演習を部屋で行ったのだが、何度繰り返しても与えられた発表時間をオーバーする。いささか疲れてきたこともあり、気分一新、富山観光に出掛けることにした。乗り込んだタクシーの窓からは残雪を帯びた立山連峰が見える。夏の立山登山で、オンザロックならぬ雪の上に日本酒を注いで飲んだ酒がこれ迄で一番旨かったと運転手さんはおっしゃっていた。



出掛けた先は、国登録有形文化財「薬種商の館、金岡邸」である。富山の売薬業や薬業全般にわたる多くの貴重な資料や生薬が保存展示されていて、江戸末期の薬種商に始まる名家、金岡家の歴史が一杯詰まった館である。母屋の店舗奥、薬箪笥の上に掲げられた書額の「丹霞堂」は金岡家の雅称である。手入れの行き届いた、緑に溢れた庭園に面した一室には薬研体験コーナーがあった。硬い生薬2種類(橙皮、丁子)と柔らかい生薬2種類(薄荷、茴香)を薬研で擦り砕いて、細かく砕いた生薬を薬包紙に包んだ後に越中和紙の封筒に入れるまでを実習させて頂けるのである。硬い生薬は結構力を込めて擦らないと細片にならない。入魂の薬を作り上げるため、先人はこうやって日々もくもくと地道な作業を行っておられたに違いない。時が立つのを忘れて、薬研の上に身を乗り出して力を込めて腕を動かしていると、患者さんの為に自ら処方薬を作っていた頃の漢方医の原点に立ち戻った気がした。書物に記録された薬方を目の前で確かな形にしてゆく過程を実感することが、現代の漢方医からは失われている。いつしか一面に生薬の芳香が立ち込めていた。

使わせて頂いた四種類の生薬の基原や効能は以下の通りである。
橙皮(とうひ):ミカン科ダイダイの成熟果皮。理気薬で効能は行気健脾、降逆化痰(気を巡らせ脾胃の作用を整える、降気により痰を除去する)
丁子(ちょうじ)(丁香):フトモモ科チョウジノキの花蕾。温裏薬で効能は温中降逆、温腎助陽(脾胃を温め虚寒による逆気を降逆する、腎陽虚の陽痿、腰痛、陰部の冷えを改善する)
薄荷(はっか):シソ科ハッカの葉。解表薬で効能は疏散風熱、清利頭目、利咽、透疹(風熱の邪を透散し、頭や眼、咽頭の熱を冷ます、速やかに発疹させ熱毒を排出する)
茴香(ういきょう)(小茴香):セリ科ウイキョウの成熟果実。理気薬で効能は祛寒止痛、理気和胃(寒邪を除き、気を巡らせて冷痛を除く、胃気を整え消化を助ける)




薬研実習の後に金岡邸宅の母屋に続く新屋を見学させて頂いた。寒山拾得の二幅の掛軸がかけられた新屋の日本間には、剣山を据え置いた多くの水盤が整然と並べられていた。これから生け花のお稽古が行われるらしい。生薬の香が染みた、伝統と格式のある屋敷でお生けになるのはどのようなお花なのだろうか。また何時の日か再びお伺い出来た時には是非、拝見させて頂こうと思っている。



金岡邸からの帰りは、旧街道を抜けて立葵の花咲く野道を辿り、富山地方鉄道本線の東新庄駅に出た。鞄の中から立ち上る芳香に包まれて、ホームで富山駅行きの列車を待っている時間は少しも気にならない。富山学会旅行の贅沢な初日であった。

はるかゆくてに│夏の詩

2015-06-08 | 二十四節気の養生


旅立つもの    江原 達

ぼくはふたたび旅立つだろう
夢みる逃亡者の影のように彷徨い
にぶい岩肌の道を
朝の静寂が夜のしじまに面紗を蔽い
さわやかな風の音とともにやってくるのを聞きながら
空のたかみに突き刺さる樹々の梢が
肩を寄せあう森の上 湖の中に影を沈めた
その尖峰のところへ。

ひとしきり烈しい雨が降り
霧が苔を培う橋の下に
名残りをとどめる雫がぎらぎら輝き
岩をかむせせらぎに咲いた
一本の真紅のコスモスも
ぼくの濡れた午後を癒すことはない。

ぼくはふたたび旅立つだろう
はるかゆくてに虹が架る
草いきれのむんむんする中に仰ぎみた
積乱雲の中で
白い花びらのように飛翔する
鳥たちの群れのめざす
その夕映えの中へ。



子供の頃、親に連れられ京都市内からの帰り道の思い出である。お土産に一冊本を買ってあげると言われ、京都駅の土産物店が並んだ一隅の小さな書店に立ち寄った。早く決めなさいと叱られながら、迷った挙句に選んだのが『エーデルワイス・シリーズ2 山の詩集』(角川書店、1968年)で、このなかに収載されていたのが「旅立つもの」である。

駅前再開発に際して自宅や医院が移転を余儀なくされたのを機に、再び読むことはあるまいと思う多くの本を処分した。この本は手元に残して今の住まいに携えてきた内の一冊である。巷で右往左往したまま、ついぞ本格的な山登りには御縁がなかった身であるが、この詩にふれるたびに、心身共に山巓の涼気に洗われる思いがする。

芒種の養生

2015-06-06 | 二十四節気の養生


芒種(6月6日)は、二十四節気の第9番目の節気である。イネ科植物の小穂に見られる鱗状の包葉を穎(えい)と呼ぶが、これの先端にあるとげの様な突起が芒(のぎ)である。芒種は稲や麦などの芒のある穀物の栽培に最も適している時期とされている。暦の上での入梅(6月11日)は芒種の後の最初の壬(みずのえ)の日とされているが。今年の気象庁の発表では、すでに6月3日に関西も梅雨入りとなった。梅雨の雨は田植えの後の稲を育て草木を根付かせる。緑の葉は5月の若葉よりさらに一段と深い色を見せて、暑熱厳しい夏本番に備えている。我々もこの時期には医食同源という言葉を改めて念頭において、バランスの取れた食事を毎日とることを心がけて、病気を予防し健康を維持してゆく必要がある。漢方薬となる生薬だけでなく様々な食材もまた、その性質や功能により、「酸・苦・甘・辛・鹹」の五味、「寒・涼・平・温・熱」の五性に分類されている。夏の食材としては、体内の熱を取り除いて涼しくする清熱の働きのあるものや、上った熱を冷まして下げる働きのある苦味のものや、体内にこもった湿毒を取り除く利湿・利尿の働きのあるものを、努めて食べるように心がけたい。

どくだみや真昼の闇に白十字    川端茅舎


夏椿(なつつばき)

2015-06-03 | 日記・エッセイ


梅雨入りの雨に濡れた庭の一隅で、夏椿(ナツツバキ)、別名、沙羅樹(シャラノキ)の花が咲き始めた。『原色牧野植物図鑑』(北隆館、1982年)で調べてみると、学名Stewartia pseudo-camellia Maxim.で、つばき科ナツツバキ属の落葉高木である。椿に似た五辨の白い清楚な花である。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす」は平家物語の冒頭文であるが、お釈迦様が入滅なさった時に一斉に花開いて散った沙羅双樹(サラソウジュ)はこの夏椿ではない。しかしながら、朝に花開いた夏椿がその日の夕方には落花して、緑苔の上に白く散り敷いている風情には、「色は匂へど散りぬるを、我が世たれぞ常ならむ」と相通ずる覚悟を感じる。

踏むまじき沙羅の落花のひとつふたつ    日野草城