宜秋 │ 池霞樵 謝春星『十便十宜畫冊』
日常診療において、処暑まであと二日となるも、夏の暑湿に起因する不調を引き摺っておられる方が少なくない。《二十四節気の養生│夏のように生きる》で取り上げた「宜夏」に続いて、秋風を呼び寄せるべく「宜秋」を取り上げる。李漁(李笠翁)の『伊園十便十二宜詩』を主題とした描かれた、国宝指定の『十便十宜帖』(川端康成記念會蔵)は、一般に「十便十宜図」とも呼ばれる。与謝蕪村(南画の絵師としての雅号は謝春星、謝寅)作の『十宜画冊』は、宜春、宜夏、宜秋、宜冬、宜暁、宜晩、宜晴、宜風、宜陰、宜雨の十種の詩画から成る。
「「宜秋」は十圖のうち最も端正典雅である。靜寂、淸淨に落ち着いてゐる。大樹のもみぢの色が畫面を領して華麗である。木の幹、岩、堀、屋根、山にも、大方同じ色を淡くつけて、秋色を漂はせている。細かい竹が愛情をそへている。遠山のおもしろい形も調和をやぶらない。まことに整った畫面である。」
(『川端康成全集』第二十八巻 随筆(3), 口繪解説,十八 與謝蕪村 十宜の内、宜秋, 新潮社, 1972)
上に掲げたのは、私蔵の美術品の口絵解説において川端康成が「宜秋」について述べておられる一節である。没後30年『川端康成---文豪が愛した美の世界』展が、2002~2003年にかけて東京・サントリー美術館に続いて京都文化博物館で開催された。この一文はその時に求めた図録の「第二章:美との邂逅---文豪が愛した美」の章にも掲載されている。
伊園十宜・宜秋 李漁
門外時時列錦屏 門外時時列す錦の屏
千林非復舊時靑 千林復た舊時の靑にあらず
一從澆罷重陽酒 ひとたび重陽の酒を澆(そそ)ぎ罷(おわ)りしより
醉殺秋山便不醒 秋山を醉殺して便(すなわ)ち醒めしめず
門外時時列錦屏 門外時時列す錦の屏
千林非復舊時靑 千林復た舊時の靑にあらず
一從澆罷重陽酒 ひとたび重陽の酒を澆(そそ)ぎ罷(おわ)りしより
醉殺秋山便不醒 秋山を醉殺して便(すなわ)ち醒めしめず
原詩の詩意を辿れば、門外の錦の屏風となった樹々の色、重陽の節句(陰暦九月九日には登高し菊酒を飲む)の酒をそそいだ時より、深き酔いの只中のように全山は紅葉の色で染められ醒めずにいる、という意味となる。蕪村の画では、東屋を囲む紅葉の中に點葉で描かれ青磁色の淡彩を帯びた緑樹が挿まれる。さらに深遠に経営位置された山谷の重畳は皴法で、余白に消えゆく遠山はたっぷりと墨を含ませた淡墨の没骨で描かれる。全山を酔いつぶした紅葉に描くのでなく「舊時の靑」(以前の緑)を残した景色は、この後さらに深まりゆく季節の推移をみせているのだろうか。置かれた寒色はつと吹き来る秋の涼風を感じさせる色面構成でもある。
原寸大完全複製の『国宝十便十宜画冊』は最近入手することが出来た、つづら掛けの桐箱に納められたレプリカである。場所塞ぎの道楽本がまた増えたと家族には至って不評であるが、相も変わらず聞こえないふりで座右に置いて飽かず眺めている。もとより私は蕪村が好きである。
参考資料:
『池霞樵 謝春星 十便十宜畫冊・別冊』, 筑摩書房, 1970
川端康成:川端康成全集 第28巻 随筆3, 新潮社, 1982
没後30年『川端康成---文豪が愛した美の世界』展図録, 2002
『芥子園画伝』巻二, 天津古籍出版社, 2006