花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

走り梅雨

2024-05-31 | 日記・エッセイ


室内に花を生けた日から花の望診が始まる。盛りを過ぎた後に散りゆく花があれば、花弁は落ちずに末枯れる花がある。切花延命剤を用いても何時かはどの花も花弁や葉の色艶が褪せゆき、蕾が開いてもはるかに小さな花に留まる。これでお別れですと散る花からははっきりと告げられる。散らない花も黙したままに萎れ移ろう姿を繕うとはしない。その度に、散る花の様にも散らぬ花の様にもなれない、覚悟無き身を見つめられている気がする。



山滴る│花信

2024-05-30 | アート・文化

徳力富吉郎「畝傍山」 昭和十七年

さ百合花ゆりも逢はむと思へこそ 今のまさかもうるはしみすれ
   万葉集・巻十八   大伴宿禰家持







ささゆり薫る│花信

2024-05-28 | アート・文化

中澤弘光「奈良公園」 大正十一年

  同じ月の九日に、諸僚、少目秦伊美吉石竹が館に
  会ひて飲宴す。時に主人百合の花縵三枚を造りて、
  豆器に畳ね置き、賓客に捧げ贈る。おのもおのも
  この縵を賦して作る三首 其一

油火の光に見ゆる我がかづら さ百合の花の笑まはしきかも
   万葉集・巻十八   大伴宿禰家持




初夏の紫の花を頂く・其二│花信

2024-05-19 | アート・文化


春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲の、細くたなびきたる。
夏は、夜。月のころは、さらなり。闇もなほ。蛍のおほく飛びちがひたる、また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。

(第一段 春はあけぼの│萩谷朴校注:新潮日本古典集成「枕草子 上」, p18-19, 新潮社, 2000)




初夏の紫の花を頂く・其一│花信

2024-05-18 | アート・文化


葡萄染の織物。すべて、なにもなにも、紫なるものは、めでたくこそあれ。花も、糸も、紙も。庭に雪の厚く降り重きたる。一の人。紫の花の中には、かきつばたぞ、すこし憎き。六位の宿直姿のをかしきも、紫のゆゑなり。

(第八十三段 めでたきもの│萩谷朴校注:新潮日本古典集成「枕草子 上」, p199-203, 新潮社, 2000)





緑迢迢│花信

2024-05-04 | アート・文化


  題画  柏木如亭
迢迢草色連  迢迢として草色連なり
遊子動帰思  遊子 帰思を動かす
長路何時尽  長路 何れの時か尽きん
天辺恰子規  天辺 恰も子規

揖斐高訳注:東洋文庫「柏木如亭詩集2」, p252-253, 平凡社, 2017





神医華佗と芍薬のはなし

2024-05-03 | アート・文化

紫丁香花と芍薬葉 

三国志時代の名医華佗は、家の周囲に植えている花木薬草の内、役にたたぬと芍薬を放置していた。ある深夜、女が泣く声を耳にし、窓外に月光を浴びた美女を見る。外に出てみたが人影が見えた処に芍薬があるばかり。屋内に戻ればまた泣き声が聞こえ、出たり入ったりを何度も繰り返した後、華佗は熟睡中の奥さんを起こして面妖な出来事を聞かせた。
 奥さん曰く、「一草一木を丹精し良薬となし数多の病人をお救いになっている貴方が、芍薬だけを軽んじて放置するのが悔しいと泣いているのでしょう。」
 華佗は一笑に付し、「私はあらゆる薬草を吟味し薬効を把握できなかったものはない。しかし芍薬だけは花、葉や茎の何処もが薬用にならん。だから恨まれる筋合いはない。」
 さらに奥さん曰く、「確かに地上の部分はお調べになりましたけれど、根は検証してはおられませんよ。」これに耳を傾けることなく煩わしいと寝てしまった華佗に対し、「以前は人が勧めて話すことに耳を傾けた主人なのに。このままでは何時か取り返しのつかない仕儀になるのでは。」と、奥さんは気がかりに思うのであった。
 それから数日経過、湧き出る様な月経血と下腹部の絞痛に苦しんだ奥さんは、隠れて芍薬根を掘り起こし煎じて服用したのだが、なんと半日もたたずに出血はおさまり腹痛も癒えた。華佗はこの次第を聞いて奥さんに感謝するとともにさらなる追試を行い、まさしく芍薬根が止血止痛の良薬となることを確信した。(『中薬趣話』、花相---芍薬<華佗与芍薬>, p173-174を拙訳)
重要:一般の方は決して真似をなさらぬ事。芍薬に限らず、花木薬草を用いた素人療法は危険です。

参考資料:
王煥華著:「中薬趣話」, 百花文芸出版, 2006
湖北省群衆芸術館編, 立間祥介, 岡崎由美訳:「三国志外伝: 民間説話にみる素顔の英雄たち」, 徳間書店, 1990


*参考資料に提示した両書の記述を比較すると出血の原因、病態が異なる。『中薬趣話』、花相─芍薬<華佗与芍薬>では「月経来潮、血湧如注、小腹絞痛」の月経過多・月経困難症であり、一方『三国志外伝: 民間説話にみる素顔の英雄たち』、魏の部<華佗と芍薬>では「女房は菜切り包丁をつかむと、「南無三」覚悟を決めて、と股(もも)の肉を抉った。」の刺創である。いずれにせよ「聖手能く医するは華陀を説う」の神医、華佗元化の妻は深謀遠慮、剛毅果断な女傑でないと務まらない。

*冒頭の丁香花・紫丁香(ライラック)は水下がりし易く、花が咲き終わった後も瑞々しさを保つ芍薬葉を添葉とした。神医華佗に役立たずと見捨てられたが、芍薬葉は生け花の花材としては有用で主薬ならぬ主花を補ってなお余りがある。