暇つぶし日記

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ターゲット・ブルー ; 観た映画、May 09

2009年05月26日 10時51分26秒 | 見る


ターゲット・ブルー(1994)

中南海保縹

THE BODYGUARD FROM BEIJIN

93分

監督: コリー・ユン
製作: リー・リンチェイ
脚本: ゴードン・チャン
チャン・キンチュン
撮影: トム・ラウ
音楽: ウン・ワイ・ラップ

出演: リー・リンチェイ
ケント・チェン
クリスティ・チョン
イー・シン

殺人の目撃者である美しい女性の若きボディーガードと悪の組織との戦いを描いた香港版「ボディガード」。主演は「ワンス・アポン・ア・タイム/天地大乱」のリー・リンチェイ。

BBCの深夜映画にかかっていてクレジットに日本人(小中和哉)が出ているので監督か役者かもわからず日本・香港94年の合作と記されているものを見た。 上記のデーターベースの記載をいろいろあちこち比べ合わせ結局は英語のシネマサイトかここでのクレジットを引っ張ってきたのだが、そもそもBBCで放映されたタイトルがここでは影も形もない。 私の見た「The Defender」というのが本作で、退屈な安物アクション映画で誰が日本人か中国人か、はたまたどんな趣向かというのがソファーに私を座らせる動機であり、あまり陳腐で面白くないからやめようかと思っているとアクションが始まりもともとカンフーにはまったく興味のない身としては装飾的なすばやい動きを能のない冗談でサンドイッチにしたお涙頂戴の安っぽいヒーロードラマを初めて観た。 

今ではこういうものを見るものは多くはいないだろうけれど当時は流行ったに違いない。 この15年の変わりようを本作の背景、小物で想像することが出来る。 今から15年前なら本作のデザイン、ガジェットなどは納得がいくものだがそれでは何故今の段階でBBCがこんなもの(失礼!)を流すのかに想像が向かった。

鑑賞後ネットで主演俳優のプロフィールを見て納得がいった。 もしかするとこの人(リー・リンチェイ、BBCクレジットではJet Li)もしくは当時のエリート生徒、学生たちを79年に北京で見ていたかも知れぬ。 9月に北京で体育エリートばかりを集めた講堂で演技を見せられたことがあり、そこでは何年かあとにはオリンピックでメダルをとる候補生たちだと紹介されて同時は中国はIOCには入っていないもののその後80年代には加入して世界の舞台に出た後は周知のこととなったのだが、そのとき中国古来の武術をいくつも見せられてその技術、訓練の完成度にこのノウハウがあれば体操などなんともないと感嘆したものだった。

本作の要は、国軍エリート兵士が経済発展を推進する若手ビジネスマンのガールフレンドをガードする使命を受けて使命を全うするという物語なのだがそこに何かモラルのきな臭さが漂う。 金で何でも解決するビジネスマンのガールフレンドに漂う安っぽい退廃をジェームス・ボンドとまでは行かぬ、逆に杓子定規、使命一番の堅物、つまり国益のために身を挺し、そして芸(武術、射撃の腕)は身を助け、周りのものを「素直に」かつ道徳的に更正させその使命完遂後は元来た国に戻る、といういかにも香港返還後の二つの中国世界を大国の英雄が偃武するプロパガンダとしては上出来の作だ。 ただ、どういう観客がこれに踊らされるか、というところがミソだ。 我々の若いころは高倉健の深夜映画がおわるとぞろぞろ出てきた観客は大抵ミニ高倉だったし、燃えよドラゴンのあとはみんなアチャー、チョーと腕をやたらと振り回したものだ。 たぶんここでは観客はこの手の映画にはジェット・リーの演舞のエンターテイメントアクションを見てそとに出てもアチャーとかチョーと遊ぶことはあまりなかったのだろう。 ジェットのカンフーは映画の中だけで去勢されている。 暴力はあくまで怨念、私怨では行使されるべきものではなく社会悪に向かってのみ行使されるべき種類のものなのだ。 それは国軍兵士のモラルという性格のものだ。 けれどここで我々が見るのは社会主義国がいかに先鋭的に資本主義を導入して世界に対抗するとき暴力とは一切関係ないような野太鼓的若きエリートを守る機能を果たしている事実だ。

次の日に同じ主演俳優の、英題「The Enforcer」、映画データーベースでは「D&D/完全黙秘 (1995) MY FATHER IS A HERO」のはじめの30分か40分を見た。 そうしているとこれはだいぶ前に後半だけを見てそれも最後まで行かずに途中でやめてしまったものへと繋がったのでへえ、あれがここに繋がるのかと最初の、息子が大講堂で100人ほどの子供たちに混ざってカンフーの演技で一糸乱れぬ小さな孫悟空よろしく映っているところで、ああ、これはジェット・リーの子供のころにかけてあるのだなと思ったもののその後の陳腐なアクションには鼻白んで止めてしまった。 

教訓; 陳腐なC級「カンフー?」映画にもしっかりある種のメッセージがこめられていて94年当時のアジア世界では一定の評価を得たことと想像できること。 15年後に再度みるとそれがいっそう露になってそれをどのように回答、料理するのかという命題を本作を観る者に突き詰めるのだ。

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