オランダでは生の鰊を喰う。 この時期ホランドニューという新鰊が獲れあちこちの露店ではそれをその場で捌いてもらい頭と骨を取り尻尾を摘まんで目の上まで持ち上げ下から、今は無い頭のほうから齧り付くのが作法だ。 ビールやオランダのジン、ジェネーヴァで喰うのが美味い。 世界各地のオランダ大使館では祝日にそれがそこに集うゲストに振る舞われる。 もう30年以上前に東京タワー近くのオランダ大使館の美しい庭でそれを口にして何でこんなところでこんなものが、と奇妙な思いに捉われたことを思い出す。 世界中の日本大使館でそんな折には寿司や天婦羅が振る舞われるのと同様だろうか。
今の時期の鰊のことをホランドニューという、と書いてオランダ語のウィキ゚ペディアで繰りそこにある日本語ではどんなものかとクリックするとひどい間違いとなっていた。 なぜそうなったのか奇妙に思いまたオランダ語に戻りこんどはそこから英語にクリックすると、何かに浸けられた鰊のこととなっていて生鰊が酢漬けというようなバカな間違いになっている。 今の時期人は酢漬けなど喰わず生を喰う。 日本にはちゃんとオランダ語の分かる人間がおらず中途半端な英語の解説をそのまま和訳してそうなったと言う訳だ。 この新鰊のことは8年前に写真を載せて次のように書いていた。
http://blogs.yahoo.co.jp/vogelpoepjp/54691101.html
今日家人が町で大きめの鰊の燻製を買ってきて捌いてくれと言う。 生鰊なら時々は10尾ほど入ったプラスチックの樽から簡単に捌くけれど燻製だからどんなもんかと先ず頭を落とし下腹部からナイフで切れ目を入れると鰊の卵、数の子が燻製になっていた。 これは酒のアテにいいのだがオランダ人の妻は喰わない。 大体そんな「ゲテモノ」を喰うのはベルギー以南の海の幸に富んだフランスや地中海沿岸以南の国の食文化だ。 ここは亜寒帯で海洋国とはいえ伝統的に食文化は貧しい。 昔まだ飛行機がプロペラで飛んでいた頃、国際司法裁判所で判事をしていた日本人で、自分も法学生の頃使っていた教科書を書いたその人がハーグ在住で、日本に帰るときオランダでは捨てる数の子をバケツ2杯飛行機に運び込むのをタラップに登って手伝ったという今は昔のエピソードを退役したKLMの日本人職員から聞いたことがある。 けれど70年以降はそんな捨てるものでも日本では売れるということを知りそれからは日本での数の子がオランダ産になっているということだ。
鰊をそのまま燻製にしたものがオランダではボッキング(Bokking)といい開いて燻製にしたものを英語ではキッパ―(Kipper)という。 キッパ―はイングリッシュ・ブレックファストにも供されることもある。 そうならば干物が朝食に出るのは日本だけではないことの証でもある。 開いたものには当然数の子はついていない。 けれどこのボッキングはそのままを燻製にしたものだから卵がおまけとしてついていたのだ。 卵をまだもたない若い鰊を処女鰊とよぶこともあるそうだ。 だから自分はお母さん鰊の腹を裂いて卵を貪り喰い酒を啜るという野蛮な行為に耽ることとなる。 合掌。