
コロナワクチン接種後の発熱を体験して、なんとなく1回目、2回目は発熱しなかったのでワクチン接種について軽く考えすぎていたことを思った2日間だった。落ち着いた歌集を読み直したいと思って、開いたのは奥田亡羊さんの『花』。文体は確かに落ち着いているけれど、書かれていることが恐ろしかったり、考えさせられたりで、どきどきしながら読んだ。
あとがきが書かれた日付が2021年8月5日になっている。その時点でもちろんコロナは蔓延していたけれど、ロシアのウクライナ侵攻は現実化されていなくて、でももうすでに不穏だったのだということに気が付く。
・ワクチンを打ちたるわれが二日たもつ三十八度五分の身熱
・ワクチン接種に命落とせる人のあり廃車の山にひらく夕闇
本当に、高齢者はこの発熱2日間に耐えられるのかと思ったほどだったから、2首目の歌が今回はとてもリアルに響いてきた。
・奈落いま誰をいじめる明るさか空へと滝が突き刺さりおり
・そうすべて嘘だったんだ眠りゆく枯野の舟に花はあふれて
・メリーゴーラウンドの光の渦に妻は子をしんと抱きて流れゆきたり
・南天の小さき実 枝の先々に血の凝りたるごとくしずもる
いま読めばすべて不安に読めてしまうのだけど、「空へと滝が突き刺さりおり」の状態な気がする。誰が何を追い詰めているの? たくさんの死者や負傷者をこれ以上出さないためにはどうすればいいの? 情報の何が正しいの? そのやり方で本当にいいの? 心の中にある不安がさらに強くなる。光の渦に流れていった妻と子は一周したら本当にもとのままで返ってくるの? このメリーゴーラウンドの歌はふつうなら微笑ましい妻と子を眺める歌に思えるのだろうけれど、まったくいまは怖さにまみれている。でも、これは歌の力で、戦争が起こっていなくても、この歌は怖い気がする。
・赤い玉を握り少女は立ち尽くす入れるのが怖い、こわい玉入れ
・白いチョークで水玉模様描かれあり岩が狂っているように見ゆ
この2首は生理的にいろいろフラッシュバックして怖かった歌。幼稚園の教室で行われた座ってやる玉入れの赤い玉が怖くて投げれなかった経験がある。なんでわかるの?と個人的に驚いた歌。大人になってから怖いものが増えてきたと思っていたけれど、忘れていただけで、小さいころから怖いものだらけだったことがわかった。岩が狂っているように見える水玉模様。怖すぎる。
岩でふと思ったのだけど、この歌集には「花」が多いと奥田さんはあとがきに書いているけれど、多いなと思ったのは「石」。次の一連は「火事」というタイトルがついた連作。でも内容は石のこと。この一連が私はいちばんいいと思った。1首だけ引いても伝わりにくいので書き出してみる。
火事
・水の面をじわりと割りて沈みゆく火事だ火事だと泣いている石
・せつせつと羽ばたく鳥のひたすらが空からいくつ爆ぜて落ちくる
・赤さびの匂い残れる手にて逢い抱きしめるとき雨が来るなり
・月光をもろ手ざわりに揉みしだく菊ならば菊におい立つまで
・鳥葬のような交わり重ねつつ夜ごとに人の青空を見る
・金色の背びれゆうらり沈みゆきこころ狂える池か鎮もる
・朽ちてゆく家に放ればふかぶかと石がこの世を抱きしめる音
最後に、いまの季節らしい希望ある歌を。
・梅が咲き水仙が咲きクロッカス咲き子の覚えたるはなという言葉
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