うたのすけの日常

日々の単なる日記等

昔のお話です 番外1

2015-10-30 08:03:05 | 昔のお話です

       半分怒り、半分呆れて書きます 2007-1-26記

 小中学校で給食費の滞納22億円の活字が、新聞の一面に躍っている。そしてきのう日がな一日各テレビ局がその滞納問題を放送していた。識者は口を揃えて親の無責任、非常識を憂え糾弾している。中にはバカ呼ばわりして憤激する人もいて賑やかである。
 前々からこの事態は新聞やテレビで報じられていたのだが、文科省が調査に乗り出し今回の発表となったわけだ。一応05年が対象だが、都道府県別に発表されて、ことこまやかである。100人に1人という滞納には驚愕の二字が適切であろう。しかし中には格差社会の犠牲で、生活困窮に追い込まれている家庭のあることも否定できまい。行政はそれこそ、ことこまやかに生活保護等、救済の道があることを前面に押し出して欲しい。わが子の給食費を払えず、身を細くしている常識を持つ親御さんは哀れである。

 紙面を眺め、テレビのアナウンサーの声を耳にしているうちに、昔はどうだったんだろうと首をひねる。もちろんあたしの小学生のときのことである。正直いって分からない、おぼえがない。当たり前だ、60余年も昔のことなのだから。しかし書いていけば何かに当たるだろう、本題から外れても、とにかくなんか書いてみよう。
 給食は六年生のとき始まり、疎開するまであったと思う。あたしは食堂の倅ということで、先生から給食当番を仰せつかったりしたものだが、先生も始めてのことで戸惑っていたことはたしかだ。門前の小僧経を読むで、先生に協力してみんなの食器にご飯や味噌汁を盛ってやった。ご飯は大豆飯だ。しかし沢山炊く飯は上手いといわれるが、確かにおいしかったのを覚えている。先生のお椀にギュウギュウ詰め込んでよそってやったりした。なかなか子供のくせに要領がよかったのか、若い先生の空腹をおもんばかってのことか、今は謎だ。
 その給食費のことだが、払っていたのかどうか分からない。公費だったのだろうか。ここで本題から外れる。月謝は払っていたのは確かである。茶封筒に月ごとの領収欄が印刷されていて、それに入れて先生に渡すのである。納付日といったものがあり、前月の
領収印の押された封筒を渡される。帰って親に渡す、親は月謝を入れ子供に渡す。先生はそれを集め集計するのであろう。

  今の学校の月謝の有無はともかく、給食費その他もろもろの納付金は銀行振り込みだ。それが問題だとあたしは考える。先生に余分な労力は課さない、児童の教育に専念してもらう、結構なことである。しかし、この仕事はつい最近まで先生がしていたのではないか、余計な仕事で労働加重というかも知れぬが、昔の先生の受け持ちの生徒の数は半端ではない、現在と比べ物にならないぐらいに多勢である。なのにこなしていたのである、不平ももらさずに。
 
 そこであたしは思うのだが、小学校の低学年のうちから給食費を直接先生に手渡す。全てものを得るには対価を支払わねばならぬという、根本の常識を子供のうちから植え付けられるのではないだろうか。非常識な親を子供を通して、ものの道理を再教育するのである。給食費の受け渡しの中で、先生と子供の間でなにかと話題が生まれる。勉強一辺倒でなく、血の通った心のふれあいが生じるはずである。親も遊びほうける余裕があるなら、給食費を子供に渡さなければ恥ずかしくなるだろう。
納付の遅れがちの子には、なにかと家庭の状態といったものが、先生に把握でき、早い対処が講じられる利点があると思う。
 しかし日教組や先生方の意識の中に、
もしもそんな煩わしいことは真っ平御免という考えがあるなら、何をか言わんやであります。
 話をもどすが、
それで払うぐらいの親なら、最初から払うだろう。蛙の面に小便で、鉄皮面な親には通じないかもと、悲観的な気持ちにもなってしまう。

 気持ちが滅入ってしまったので、懐かしい昔の話を一つしてみよう。学校で子供の頃肝油というものを食べさせられた。もちろん有料である。月謝の袋と同じ対応で毎月肝油代を先生に渡す。下校時缶から一人々々1つずつ先生から手渡され、口に放り込んで帰るのである。四角いゼリー状で、こまかいザラメのようなものがまぶしてあっておいしかった。きっと家庭で補給のままならぬ栄養分を、補う役目を講じていたのかも知れない。

 夏休みに入るときは缶ごと手渡される。これが嬉しかった、毎日一つずつ食べる決まりだがなんのことはない、がばっと口に放り込んで食べてしまって、早々に缶は空になってしまう。



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11 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (やまちゃん)
2007-01-26 17:47:17
給食費未納許されるわけないでしょう。理由をきいてみると面白いです。学校教育の一端だから、つまり 義務教育は無償という事です。それぞれ理屈はあるようです。
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Unknown (志村 建世)
2007-01-26 18:24:53
記録によると、学童の体位向上のための給食を、6大都市で昭和19年3月から始めたとあります。私は残さずに食べることで頭が一杯でした。イナゴの佃煮を食べたのは、多分このときです。しかし間もなく疎開が始まって、短期で終ったようです。
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Unknown (oldsan)
2007-01-26 18:43:21
いやー給食懐かしいです.茨城県西部の純農村で昭和30~38年に小中学育ちました.給食費払った記憶がないので無料だったと思います.週2,3回栄養補助として始まったように思います.脱脂粉乳,カレー,コロッケ,羊肉,鯨肉,さつま揚げ,けんちん汁などだったように思います.もちろん梅干弁当持参で,おかずが出たわけです.動物性たんぱくを家で食べることが滅多になかった田舎少年にとって,どれも涙が出るほど美味かったです.
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Unknown (うたのすけ)
2007-01-26 19:42:05
やまちゃんさんへ
給食は義務教育に含まれるものてはなく、給食費は保護者が支払う義務を負うという判例が出てるそうです。
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Unknown (うたのすけ)
2007-01-26 19:47:16
志村さんへ
あたしたちの給食期間も、ほんとに短期間でした。疎開騒ぎの結果なんでしょうね。それにしてもイナゴの佃煮とは驚きです。
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Unknown (うたのすけ)
2007-01-26 19:55:24
oldsanさんへ
色々メニューが並びましたね。豪華ではありませんか。なにかと思い出がおありのようですね。
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Unknown (まいたけ母)
2007-01-26 23:43:42
この日の一面は、「教員免許国家試験化」に、並んで、「給食費未納22億円」の数字には、あらためてビックリしました。確かに「給食費」は、嫌がらせのような督促は無いだろうし、金利もつきませんから、滞納しやすいのでしょうね。残念ですね。
手渡しは、今のご時世から、難しいのでしょう。
肝油は、私は小さい頃家で食べました。ザラメが美味しくて、もっと欲しいと思いましたが、2つまでしか当たりませんでした。懐かしいなぁ~。
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Unknown (うたのすけ)
2007-01-27 05:12:06
まいたけ母さんへ
肝油をご存知とは嬉しいですね。
給食費の件、現役のお母さんからのコメント、ありがたく読ませていただきました。
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Unknown (もりちんとワニ!)
2007-01-27 06:23:24
今晩3~~~です
給食費の問題ですな!
銀行風呂込みでいいと思いますよ!
もりちんの時は後ろから集めていまたけど
もりちんの家は離婚していたけど!
離婚したら、父の名前から、母の名前に
なったり、払えない援助を貰っている人が
ばれて、虐めにあったりしますから!
子供には関係のないことだと
もりちんは思います
親の常識の問題かな??
良くわからないけど!
帰ります!
PS
もりちんはイジメにはあったことないです!
イジメもしたことないけど!


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Unknown (うたのすけ)
2007-01-27 07:26:46
もりちんとワニ!さんへ
フーム、そういうこともあるわけですね。逃げるわけではありませんが、問題解決の一つの提案と理解していただければありがたいです。
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